※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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残念ながら亡国の吸血姫は読めていません……

念の為補足:蒼の薔薇イビルアイとは仮面の状態でしか遭遇していません。なので、イビルアイ = キーノであると気づいてはいません。


28.トラベルノート(過去・隣り合う世界編)

☆月★日

 目を閉じて郷愁に駆られた心を鎮める。暫くしてから再び目を開けば、どんよりとした空気の廃墟。俺は何故か、朽ち果てた建物の一室にいた。

 

 ……なんで? 

 

 一緒にいたはずの彼女たちの姿はなく、周囲からは多数のアンデットの気配がする。

 

 近くの物陰で物音がし、そちらを見ればこちらの様子を伺う怯えている少女。

 

 薄汚れた肌、荒れくすんだ髪、不衛生でボロボロのローブ。しかし、髪の隙間からは、まるでガーネットのように綺麗な瞳が見えた。

 

 

 怯える少女に声をかけよう──と思ったのだが、声が出ない。そして気づいた。手が白く半透明に透けていることに。

 

 予想外の事態にパニックになりかけたが、アンデッドの精神安定化が働いたせいか、すぐに精神が安定化した。それに、この状態には覚えがあった。不死人が霊体化した状態だった。

 

 ユグドラシルでは、不死人の種族的特徴として3つの形態があった。1つ目が生身の人間である生体の形態、2つ目が亡者となったアンデッドの形態、そして3つ目が肉体を持たない霊体の形態。

 

 何故、この状態になっているのかは心当たりがあるが……その心当たりについて考えることよりも優先することがあった。

 

 未だ此方を伺っている彼女に聞きたいことがあるのだが──しかし、声は出ない。

 

 代わりにジェスチャーで大きく一礼をすると、少女は慌てた様子でローブを摘むようにして礼を返してくれた。

 

 

 言葉は出せない。ならば、文字を書いて意思疎通を取るしかないのだが、俺は此方の世界の文字は書けない。

 

 なので転移前の世界の言葉で書き、それをユグドラシル産のアイテムである翻訳の魔法が込められた眼鏡を掛け読んで貰う必要があるのだが……

 

 目の前の少女は礼を返してくれたものの警戒したままだった。まずは、敵意がなく、危害を加えるつもりがないことと、コミュニケーションを求めていることを俺は伝えなくてはならなかった。

 

 

 喉を指差し、口をパクパクと開く事で、話せないことを示す。

 

 続けて何か書けるものを、とインベントリの肥やしとなっていた橙色の助言蝋石を取り出して石壁に試し書きした。

 

 すると、橙色に光る線が描かれ、文字を残すことが出来、眼鏡を取り出して自ら掛ける仕草をしてから少女へと差し出した。

 

 そして幾ばくかの逡巡の後──彼女は俺のやりたい事を理解したのか、躊躇いがちに眼鏡を受け取ってくれたのだった。

 

 ……

 

 少女は眼鏡を掛けて驚いた様子を見せ、着けたり外したりを繰り返していた。

 

『キミの名前は?』

 

 彼女に名前を尋ねたのだが、口からは掠れるような音がするばかり。キミも声が出せないのかと問うも首を横に振られた。

 

 もう一度名前を尋ねると、僅かに聞こえたのはあうああ。もしや、それが君の名前か、と問うと首を激しく横に振る。

 

 では、言葉は知っているかと問うと少しムッとした様子で何度も首を縦に振っていた。

 

 少女の様子に、思わず出てしまった親はどこに、という問いには悲しげに首を横に振る。

 

 少女は必死に声を出そうとしていた。

 

 何度も何度も発声を試し、無限の水差しで喉の乾燥を潤してから、ようやく聞き取れるようになったのはキーノ・ファスリス・インベルンという名前だった。

 

 

 

 幾つかの質問をし、彼女に軽く街を案内して貰う。

 

 過去、ここは砦のように石で組まれた頑丈な壁を周囲に擁する大きな街だったようだ。

 

 だが、その街も荒廃しており、人が住んでいた家屋は長年に渡って手入れされておらず屋根が抜け落ちているか、完全に潰れてしまっているものも見受けられる。

 

 街の内部には外部から植物が侵入したのか、石畳で舗装されていなかった道は丈の高い草で覆われ、通行が困難になっている通りもある。

 

 廃家屋や街路の所々には、鳥が運んできた樹木の種子が発芽してそのまま生長したのか、不自然に生え、突き出ている場所も見られた。

 

 そして、廃都内には人や動物から転じたと思われるゾンビがそこかしこで跋扈している。

 

 キーノの話では、ここはかつてあった国の王都で、多くの人が暮らす生活の中心地だったらしい。

 

 また、この街の場所について、周辺の国家の名前を聞いてみたのだがリ・エスティリーゼやバハルス帝国、スレイン法国ではなく、俺の知らないいくつかの国名を言われた。

 

 ただ、北西の果てに、スレイン法国という国があるのを聞いたことがあるような気がすると彼女は言っていた。

 

 どうやら、ここは同じ世界ではあるようだが……だいぶ元いた場所から離れているようだ。

 

 

 ☆月★日

 少女の声は小さく、少し聞き取りづらい。

 

 たまに咳き込むことがあるし、随分と人と話をしていなかったのだろう。

 

 リハビリ代わりということで、少女とはよく話をすることにした。といっても、実際に話すのは彼女だけで、俺は筆談になるのだが。

 

 

 まず、ここはどこなのか、と聞けばインベリアという人間種の国家の首都だったという。

 

 ──インベリア。

 

 キーノの名前にもその名称が入っている。彼女はこの街の有力者の血縁だったのだろうか? 

 

 だが、彼女自身からはアンデットの気配を感じる。もしかしたら、元々は普通の人間だったのが、死んで、何らかの理由でアンデット化したのかもしれない。

 

 言動の幼さからすると、まだ子どもの範疇にあると思うが、幼くして亡くなったのだろうか。

 

 

 それと、何故俺がここにいるのかについて重要な話を聞く事が出来た。

 

 彼女の話では、この場所に無かったはずのサインを見つけたのだという。

 

 金色に輝くサイン。それに触れて暫くして、俺が霧に包まれるように現れたとか。彼女はそれに驚いて、物陰から様子を伺っていたらしい。

 

 ……どうやら、この現象はワールドアイテムの効果によるもののようだ。

 

 

 白いサイン蝋石。

 

 

 俺が持つ唯一のワールドアイテム。

 

 実は白いサイン蝋石と同じ名前のアイテムは、不死人のワールドではプレイヤーならば誰もが必ず一つ持っているような有り触れたイベントアイテムだった。

 

 もっとも、ワールドアイテムとイベントアイテムとではレア度には天と地ほどの差があり、後者には召喚を補助するような特殊効果もなかったが。

 

 

 基本的に不死人のクエストは一人用であり、種族が不死人以外の友人らに手助けしてもらうようなことは出来ない。

 

 ただ、マルチプレイが完全に排除されていた訳ではなく、白いサイン蝋石を使えば、不特定のプレイヤーと協力して攻略を進めることができるという設定だった。

 

 俺もクリアに手こずるステージやボスを攻略するのに手を借りたことも、逆に貸したこともある。

 

 反対に、他人のクエストに侵入し、そのクエストの主を殺害するという事も可能であった。このワールドアイテムを狙ってか通称、闇霊が徒党を組んでやって来た時は流石にもう駄目かと思ったが……

 

 

 この、白いサイン蝋石の設定というか、フレーバーテキストは隣り合う世界に召喚される、または召喚するという内容だったはず。

 

 もしかしたら、俺はこのアイテムの効果をずっと勘違いしていたのかもしれない。

 

 ゲームでは、いくらワールドアイテムである白いサイン蝋石でも、不死人のワールド以外では使用することは不可能だったし、あくまで召喚を補助する効果しかなかった。

 

 そもそもがユグドラシルの他のワールドには隣り合う世界など設定になかったしな。

 

 だが、ここは現実世界であり、この世界では隣り合う世界が存在している。だから、サインを送ることが可能だったのではないだろうか。

 

 だとすれば、ここは俺が元いた世界ではなく、隣り合う世界だということになるのだろうか? 

 

 いや、ゲームのシナリオでは過去に跳んだり、過去から召喚することもあったし、一概には言えないかもしれない。ここが隣り合う世界だとは断定は出来ないだろう。

 

 ワールドアイテムである白いサイン蝋石は召喚を補助する効果があったが……もしかしたら、その本質は世界や空間同士を繋げることに特化しているのかもしれない。

 

 

 ☆月★日

 ダメ元で、元の場所に戻る方法に心当たりがないか聞いてみたがやはり知らないらしい。

 

 だが、それだけでなく、少女は俯き、目尻には涙を浮かべる。

 

 もし俺が元の居場所に帰ってしまえば、キーノは再び一人この廃墟に残ってしまうことになる。

 

 また一人になると思ったのだろうか。

 

 さすがに幼い少女を一人ゾンビだらけの廃墟に置き去りにするのは心が痛む……

 

 アンデットでも心は痛むんだなぁ。そうだよなぁ……普通なら、こんな所に小さな女の子が一人でいるなんて耐えられるわけないよなぁ。

 

 だからまぁ……戻る方法についてはコッソリ調べていくことにしよう。

 

 

 ☆月★日

 ちなみに、ここ数日は少女が住処にしていた下水道にお邪魔していたんだが……

 

 虫は当然いるし、今は使われていないとはいえ衛生的にも微妙だ。なので、生活環境を変えないかと提案した。

 

 だが、彼女は何かに怯えるようにして、それを拒否した。

 

 聞けば、元々は城に住み込んでいたのだが、ある時、強力なアンデットが現れ、城に住み着いてしまったため彼女は下水道へと逃げたのだそうだ。

 

 

 ひとまずは怯える彼女を宥め、城内の様子を探ることにした。近くに敵対的な存在がいるのは俺も彼女も落ち着かないからな。

 

 流石にレベル100に近いようなアンデットが出てくるとは思えないが……可能性は低いが、この国の惨状を作り出した存在であることも否定しきれない。

 

 出来るなら、活動圏内の安全を確保するために早々に始末しておきたいものだ。

 

 

 ☆月★日

 自身に完全不可知化をかけて城内に潜入する。

 

 騎士や侍従、政務を行う官職に就いていたと思われるゾンビを極力避けて内部を探査。ゾンビが徘徊する城を占拠していたのは、質は良さそうだがボロいローブを着たアンデット。

 

 キーノからの情報通りの姿であったことから、気づかれる前に背後から縦に真っ二つにした。少なくともゾンビではないので、もし誤チェストでキーノに怒られたら素直に謝ろう……

 

 もしも、このアンデッドがこの都市を廃都に変えた犯人であるとするのなら、危険と言わざるを得ない。当然、魔法や保持しているかもしれない技能には注意しなければならなかった。

 

 しかし、暫くたってもアンデッドは再生する様子もなく、完全に沈黙。起き上がってくることは無かった。

 

 その後、再び完全不可知化を自身にかけ、同じようなアンデッドがいないか城内を可能な限り調べてみるもゾンビしかいないようで、念の為、城内に他に潜んでいる存在がいないか再度魔法やアイテムで確認した後、取り敢えず安全は確保されたと判断した。

 

 一旦下水道に戻り、彼女にこのことを伝えると、イマイチ疑っているのか微妙な表情をしていた。

 

 でも多分、これをモモンガやぷにっと萌えに話したら雑とか迂闊なんてグチグチ言われるんだろうな……

 

 誰でも出来るPK術は道具やら魔法を大量に使うし、面倒だから正直大変なんだよ……そういうのは、頭の良い奴に極力任せたいものだ。

 

 

 お馴染みのグリーンシークレットハウスをアイテムボックスから取り出し、生活の場を移す。少女が驚愕するのを微笑ましく思う一方で、俺には目的があった。

 

 いい加減、キーノを風呂に入れたい。

 

 ここはどこも埃っぽい。まして下水道で休むなんてゲームの中でしか経験したことがなかった。

 

 ここ数日はまだ我慢していたのだが、もはや限界だった。

 

 なにがって、汚い……汚いのだ。

 

 全然洗ってません、とばかりの粉を吹いたボロボロのローブに、土埃でボサボサ、ギシギシになった髪、泥で汚れた顔……

 

 ほとんど浮浪者じゃないか。

 

 俺の場合今は霊体なので汚れることなどないのだが、汚い場所には当然長居したいとは思わない。同じように、浮浪者が側にいるというのも、精神衛生上ね……

 

 

 グリーンシークレットハウス備え付けの風呂に入れ、設備の使い方を教えた後に土埃を落とさせる。ちゃんと洗っているか不安になったが、少女とはいえ、風呂を覗く訳にもいかないだろうし。

 

 そういえば、ナザリックにはスパがあったはずだ。霊体になる前に行っておけば良かったなぁ。

 

 

 ☆月★日

 そろそろ俺への警戒も薄れてきただろうと、キーノにここで起こった出来事について尋ねた。

 

 今から40年程前になるが、一瞬にして街が滅んだのだという。

 

 キーノが覚えているのは突如、身体に激痛を感じ倒れたこと。それは周囲でも起こっており、母やメイド達も強烈な痛みにのたうち回り、苦しんでいた。

 

 母が痛みに耐えながらも魔法で彼女だけは助けようとしてくれたが、身を苛む激痛はどうにもならず。

 

 最後に……キーノの母や良くしてくれたメイド達から青白い玉が抜け出したのを、薄れる意識の中で見たという。

 

 気絶した彼女が気がつくと母やメイド達を含め、王都の民達は全てアンデットと化し、キーノ自身は人間ではなくなっていたという。

 

 ただ、何故キーノだけが助かったのかだが、彼女が持つ特別なタレントが関係しているようだ。

 

 それも、「受けたり、見たりしたどのような魔法でも1つだけストックし、自分の魔法のように発動させることができる」というもの。

 

 この世界にタレントと呼ばれる異能が存在することは知っていたが、ほとんどがなんの役に立つのかわからないような物だった。

 

 その中でもキーノのタレントは特に珍しいのではないかと思う。

 

 彼女は、薄れゆく意識の中、何かに触れたという。

 

 おそらくだが、何故彼女だけが助かることができたのかは……彼女のその異能で、自身が受けた魔法を無意識にストックし、発動させていたからなのかもしれない。

 

 ……そして、もう一つ。俺は一つだけ青白い玉の正体に心当たりがある。

 

 それは魂/ソウル。

 

 生き物が持ち、肉体の死とともに溢れ出すもの。

 

 もし、キーノが受けた魔法が王都を覆うほどの広範囲から魂を無理矢理集め、吸収するという効果を持った魔法であるならば、キーノがアンデットとなっている理由も予測がつく。

 

 つまりは、彼女は王都中から浮かび上がった魂を吸収したのだろう。そのせいとは言っては何だが、彼女はアンデットとなりながらも意識を保ち続けている。

 

 ただ、何故魂を吸収してアンデット化したのかだが……これも憶測にすぎないが、その魔法には行使者をアンデット化させる効果も含まれていたのかもしれない。

 

 ただの人間では幾つもの魂をストックする事はできない。本来であれば、一つの肉体に魂は一つ。だが、魂の器たる肉体の枷が壊れたアンデットであるならば話はまた別だ。

 

 俺/不死人のように。

 

 いや、肉体の枷というのであれば、魂を吸収し過ぎると肉体がその魂の密度に耐え切る事が出来ないため枷が外れる、という所までがその魔法で意図された効果なのかもしれない。

 

 反対に、肉体から魂が抜け出た存在は、生ける屍──肉体は生きているのに、人を人たらしめる意思が無いという奇妙な状態になっているのではないだろうか。

 

 加えてゲーム内での設定では、ソウルとは自身を強化し、不死人のレベルを上げるための経験値としての役割もあった。肉体が魂の密度に耐えるためにアンデットという種族どころか、その位階すら向上させたとも考えられる。

 

 

 ……そしてアンデッドとなった後、彼女は意思もなく彷徨い続けるだけのゾンビと化した両親やメイド、民達を見続けてきたらしい。

 

 話終わり、キーノの赤い瞳からは涙がとめどなく流れた。

 

 辛いことを話させてしまった。泣かせたのは俺のようなものだ。

 

 なんとかして宥められないかと、俺は彼女にこの世界では珍しいだろう魔術をみせ、少しだけ気分を変えさせることに成功した。

 

 見せた魔法──というか魔術は『降り注ぐ結晶』。上空に打ち上げられた結晶塊から分裂した結晶が降り注ぐというものだが、そのままでは弾数も威力も心許ない産廃。

 

『魔法最強化』や『魔法三重化』、『魔法範囲拡大』といった魔法強化をして、ようやく使えるかも? という魔法だ。

 

 何しろ一つ一つの結晶塊の威力は低い上に、追尾性能が非常に低い。バラけるように降り注ぐため、敵に安定してヒットすることもないという……

 

 まぁ、魅せ技というか、魔法三重化した降り注ぐ結晶は弾幕みたいになるから綺麗ではある。

 

 てか、メイドか……

 

 キーノはいいとこのお嬢様どころか、亡国のお姫様だったみたいだ。そんで、今ではだいたい50歳以上と……

 

 前世合わせたら俺もそのくらいかもな。

 

 

 ☆月★日

 書くのを忘れていたが、キーノが変化した種族は吸血鬼系統のようだ。

 

 よく見れば、その特徴は外見にも現れている。

 

 赤い瞳の魔眼に、白い肌、伸びた犬歯。

 

 ただ、朝が苦手ではあるものの、吸血鬼と言う割に重いペナルティがあるはずの日の光も割と平気のようだし、流水や銀が苦手ということもない。

 

 とすれば、消去法で高位の吸血鬼になるのだが、それにしたってペナルティは存在する。信じがたいことだが、キーノは吸血鬼系統の最高位である真祖にまで到達しているのかもしれない。

 

 

 それと、今日、キーノとともに王城を探索した。

 

 目的は城に居座っていたアンデットが何をしていたのかを調べるためだ。

 

 王城では前と変わらずゾンビが右往左往している。前にアンデットを始末した時も、ゾンビには一切手を出すことはなかった。

 

 彼らの中にはキーノの知り合いも多いし、彼女からも退治しないで、と前に言われていたからだ。

 

 

 あのアンデットがゾンビ化の犯人の可能性もあったのだが、ゾンビ化の原因が魔法であるなら行使者を退治してしまえば魔法は解除されるはず。

 

 どうやら、あのアンデットはゾンビ化の犯人ではないらしい。

 

 現に、城の探索中に前は存在しなかった研究室のような場所が作られており、そこにはインベリア王国がゾンビ化した原因を調べていた主旨のレポートが残されていた。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 あの日から何かにつけて魔法を見せてと、せがまれる日々。

 

 せがまれるのは毎回決まって結晶魔術。

 

 住居に取り付く虫を殺すために毒の霧やら酸の霧の呪術も見せたのだが、気に食わなかったみたいだ。

 

 生活にも使える便利な魔法なんだがなぁ……

 

 女の子ならキラキラする物は好きだろう? という考えなしで結晶魔術を見せたのが失敗だったのだろうか。

 

 

 しかし、魔法を使うようになってから発覚したのだが、何故か使用した魔力が一向に回復しない。

 

 ユグドラシルのゲームであれば時間経過で回復する設定で、ここに来る前もちゃんと回復していたはずなのだが……霊体では魔力は時間経過で回復しないのだろうか。

 

 それに加えて、不死人のクラスであれば、体力や魔力を即時回復させることのできる篝火もここにはない。

 

 回復の制限とか、これからどないしろと。

 

 幸い、体力回復の手段にはいくつか当てがあるのだが……

 

 魔力は手段が限られる。

 

 というのも、肉体に作用するようなアイテムは霊体時には基本的に使用出来ず、霊体に作用するような特殊なアイテムでのみ回復出来たからだ。

 

 ただ、試しに、エストの灰瓶というアイテムを使ってみれば、予想通り回復する事ができた。

 

 でもこれ、あんまり数ないんだよね……篝火さえあれば補充が出来るのだが、その篝火もない。稀にアンデッド系のモンスターを倒すと自然と増えてたりはするんだが……

 

 あとはクリティカルを奪うことで魔力を回復させる事のできる指輪を装備しておくとかか……

 

 とりあえず、緊急時や戦闘時に使うであろう貴重なエストの灰瓶は温存しておき、魔力をゆっくりとだが自動回復させる効果のある装備だけ身に着けておこう。

 

 

 なもんで、魔力節約のために魔法を使うことを俺が渋り始めると、ついには魔法を教えて欲しいと言われた。

 

 キーノの持つタレントの力で、見ただけで発動することができるなら、今でもできるんじゃないか、と問いかけるも自身がアンデットになる原因となった魔法が発動状態になっていて、自分では魔法を止められないらしい。

 

 ……あらら。

 

 教えられるならそうしてやりたいが、俺の使う結晶魔術も少し特殊で、不死人のワールド産のソウル魔術を元にしている。

 

 通常であれば、結晶の魔法が使える代表格といえば大地系のエレメンタリストであるが、俺のはソウルを元にした魔術で、ユグドラシルでもマイナーなものだ。

 

 当然、結晶魔術を使うには最初に魔術の基礎であるソウルの矢から覚える必要があるのだが、それにだってソウルの習熟やら、教えるためには実演が必要で……

 

 そもそも、不死人でない者がソウルを使用できるのかというと、それは俺にもわからないことで……

 

 それを頑張って筆談でぼかしながら伝えると、また泣かれた。最近、わがまま言うようになったなぁ。

 

 ただ不満だからといって、無視はやめて頂きたいものだ。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 ここに呼び出される前の、元の居場所へはいつ戻るのだろうか、もしくはずっとこの場所にいることになるのだろうか。

 

 特に不満等がある訳ではないのだが、最近はよくそんなことを考える。

 

 ……ただ戻るための方法はなんとなく分かっているのだ。ユグドラシルのルール通りならば、呼び出された理由を達成するか、俺が死ぬか。そして、時間切れの三択しかない。

 

 まず、死ぬのを試すのは論外。

 

 本当に無事に戻れるのか確証がないし、そもそもキーノを一人残してゆくことになるから試そうにも試せないのだが。

 

 別にどれだけの期間ここにいても俺は構わないが、ゲームでは召喚された際、あまりに時間がかかると自動で元の場所に戻されることがあった。

 

 現実世界で同様のルールが生きている場合、俺は唐突に送還されることになるのだろう。実際に、それがどれくらいの時間で起きるのかは正直わからないが……

 

 だから、こうもゾンビ以外に何もない場所で日々ボーっとしてるのは無駄な時間を浪費しているのではないかと、何となく焦ってしまう。

 

 

 そんな折、思い詰めた様子のキーノから話があった。

 

 ゾンビになった両親を元の人間に戻せるかもしれない方法を試したいと──

 

 

 ☆月★日

 ゾンビと化した人間を元に戻す方法。

 

 それは王国にある国宝、『虹よりこぼれし白』を使用するというもの。彼女曰く、その宝には信仰系第5位階魔法『死者復活』と同レベルの蘇生魔法が込められているらしい。

 

 結果だけ述べれば、死亡したゾンビに蘇生魔法を掛けたが、ゾンビのまま復活した。対象が灰になることもなく、ゾンビ化が解除されることもなかったのだ。

 

 考えられるのは、復帰した際にゾンビの状態がデフォルトになっている場合だろうか。

 

 肉体の損傷が大きい場合には蘇生が困難になるという話を聞いたことがあるが、その場合には蘇生は失敗したと見なされ灰となるはず。灰となる条件は他にも、レベルダウンによるものもあるが……

 

 そもそも、今回試したのは一般王国民で、高名な冒険者であったり、兵士でも何でもない。

 

 冒険者でも鉄級くらいまでは蘇生出来ず、灰になるのだ。一般市民が灰にならないのがおかしい、ということだろう。

 

 

 一応魔法の位階が足りなかったという可能性もあったため、キーノには内緒で、ナザリックをたつ前に持ち出したワンド・オブ・リザレクションで試してみたのだが……やはりゾンビはゾンビのままだった。

 

 あと考えられるのは不死者化の呪いが継続しているか、蘇生で呼び出す魂が見つからない、というのが原因のような気がするが……

 

 まぁいい。それよりも、キーノが失敗に落ち込んで、励ますのが大変だった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 ゾンビ化を解除する研究の日々。唐突ではあるが、俺たちは旅に出ることにした。

 

 キーノの両親を元の人間に戻す方法がないかを調べるために。ずっとこのインベリアで籠もっていても、手に入れられる情報には限りがあるからだ。

 

 もしも、他の国でゾンビ化の解除が研究されているのなら、それらの知見を得るのもキーノの研究には必要なことだろう。

 

 

 キーノの両親は、彼女が寝床にしていた下水道に閉じ込めてある。見知らぬ冒険者やらがゾンビを退治してしまったら、救う者もいなくなってしまうからな……

 

 ただ、正直なところ、両親の件は期待出来ないのではないかと俺は思う。彼女の両親の魂は、恐らくはキーノの中にある。だから、蘇生の魔法では復活することはできなかった。

 

 前にクレマンティーヌに聞いたことがある。死んで、復活する時には何が起こっているのかを。

 

 彼女が朧気に覚えていたのは、呼ばれたことだそうだ。戻ってこい、という俺の声に。

 

 そして彼女は生き返ることを願って深淵から這い上がり、現世へと戻ってきた。生き返ったはずが、アンデットの不死人になるという彼女にとっては意味不明な状況だっただろうが……

 

 まぁ、それは奴にはまだバレてないようだしいいや。

 

 

 話が逸れたが、重要なのは復活の際に生き返りたいという意思があったことだ。

 

 意思は機能の停止した肉体に残るのだろうか? 

 

 そうは考えにくい。

 

 ならば、深淵から這い上がるための意思を持っていたのは魂と考えるのが妥当だろう。

 

 なんだったら、今の俺だって霊体だし、言わば肉体のない魂だけで動き回っているようなものだ。

 

 それを考えれば、何度、彼女の両親を蘇生しようと試みても結果は見えている。

 

 蘇生に失敗した場合に起こる、肉体が灰になる現象もない。恐らくは前と同じで何の変化もなく、ゾンビはゾンビのまま復活するはずだ。

 

 きっと彼女自身もどこかで気がついている。この研究の成果が実ることはないのだと……今は目を逸していても。

 

 だがそれでも、何もしないよりはいい。その行動した分だけ、彼女は前に進めるのだから。彼女が両親の死を受け入れるには、まだ時間が必要なのかもしれない。

 

 今は彼女の好きにさせてやろう。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 旅に出てから気づいたこと──それは、キーノがすこぶる弱いということ。

 

 上位吸血鬼の癖に体力や力、防御、軒並みステータスが低く、一般的な人間の大人くらいだ。

 

 元々、お姫様で長距離を歩いたり、戦闘に参加したりなんて経験ないんだろうからステータスが低いのは当然なのだろうが。

 

 体も小さく、一歩一歩が小さい。俺のペースで進めると差が開いてしまう。かといって彼女に合わせていては、なかなか進まない……

 

 だから、今は護衛とスピードアップのために幼女肩車してあちこちに移動している。もし人に見られでもしたらどう思われるんだろうな。

 

 傍目には死霊が女の子背おってる図だからなぁ。

 

 もしかしたらキーノが危険な死霊使いだとでも思われるのか、死霊が小さな女の子を襲っているように見られるのかもしれない。

 

 霊体化のことも考えなきゃならないな。

 

 何か使えるアイテムとかあっただろうか……

 

 

 ☆月★日

 インベリアを旅立ってしばらく、不思議なことに虫や鳥以外の生物に出会うことがなかった。

 

 歩けども歩けども、出会うのは人や動物のゾンビ。たまに動物やモンスターに出くわすことはあっても、ゾンビに襲われたのかすでに死体となっている。

 

 最初、この世界では生命の大半が死滅してしまったのかと勘違いしてしまうほどだ。

 

 だが、森を踏破し、山を越え、広大な平原を抜け──

 

 段々と生命の営みが垣間見えるようになり、そこにあったのは、俺が見たことないモンスターに、知らない種族、聞いたこともない人や亜人の文化。

 

 本当に世界は広いな……

 

 

 生命が極端に少なくなっていたのは、歩いた日数から推測しておおよそ4日目の位置まで。

 

 一日に歩いた距離を平均30kmくらいだとすればだいたい120km。魔法が行使された中心がどこかはわからないが少なくとも俺たちが踏破した約100kmに渡り、生命が死滅していたことになる。

 

 その事実に戦慄するしかない。

 

 本当にそんな魔法が存在するのだろうか……? 

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 二人だけの旅を続けている。

 

 キーノと旅に出てからどれくらいの日がたったのだろうか。

 

 最後に日記をつけた日から久方ぶりに手帳を開く。

 

 というのも、実際にこうして見知らぬ土地を歩いて回るのは新鮮で、見知らぬ物ばかりを目にしてすっかり夢中になっていたとも言える。

 

 本当ならその土地固有の物を写生したり、小さいものであれば手帳に挟んだりしても面白いかったんだけどな……すっかりインベントに仕舞い込んだまま忘れてた。

 

 

 だが、久しぶりに日記をつけたのは、暗い偽りの指輪というアイテムで霊体を生体に偽って立ち寄った、とある都市で奇妙な噂を聞いて、書き残しておこうと思ったためだ。

 

 曰く、一夜にして国が丸ごと無人になる原因不明の災害が起きているという。

 

 いや、無人とはいったがその国に何も残っていないという訳ではない。ただ、人間のいない都市に残っているのはゾンビだけなのだという。

 

 それも250kmの範囲に渡り、周辺4つもの国で起きている。

 

 そのせいで、今回立ち寄った都市でも20年程前にアンデットが押し寄せ、大変なことになったそうだ。

 

 ……そう。一夜にして、人がゾンビへと変貌する……これはインベリアで起こったことと同じ。

 

 この現象が人為的に起こされたものなのか、それとも自然災害によるものなのか……調べる必要があるだろう。

 

 そして、そのアンデッド災害の起こった4つの国の中心地にはケイテニアス山があることも気にかけておかなければならない──

 

 

(追記)既に書いたかどうか忘れたが、霊体化の対策については暗い偽りの指輪をつけることで霊体の見た目を生者の姿にすることが出来た。

 

 アイテムに頼ったのは、本来であればアンデッドの一種である不死人は、『非実体化』と『実体化』のスキルを使い分ける事が出来るはずなのだが、召喚という行程を経たせいかスキルが無効化されていたからだ。

 

 これは本来スキルを保持していないアンデッドやゴーストの種族が姿を生体に偽るアイテムなのだが、偽ることが出来るのは見た目だけのようで相変わらず話すことは出来ないままだった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 幾つかの国を旅して回り、道中で『深淵なる躯』とかいうアンデッド限定の相互扶助団体のメンバーに遭遇した。

 

 アンデッド災害のことで何か知っている事はないかと訊ねてゆくが、どうやら、インベリアの王城に居着いていたアンデッドもその団体の一員らしく、過去に何度か意見を求められた事があったらしい。

 

 とはいえ、遭遇したそのアンデッドはアンデッド災害には然程興味がなく、意見を伝えただけで共同で研究するような事は無かったようだが。

 

 国の研究を探り、新たな知見を得るのも難しくなってきた。ここらで、情報収集の対象をアンデッドに広げても良いのかもしれない。

 

 そのアンデッドに深淵なる躯のメンバーの所在を聞き、訪ねて回る事にしようとキーノと決めた。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 あちこちを旅して周り、久しぶりにインベリアへと戻ってきた。

 

 と言っても、相変わらずここにはかつてあった街の跡しかない。それでもキーノにとっては故郷であることに違いないのだから。

 

 変わることのない街の様子、ゾンビのままの両親や民達の様子に彼女はなんとも言えない表情をしていた。

 

 

 ここへ戻ってきたのは、インベリアの隣国であるエナ多種同盟国のスルクー3に向かう道中に立ち寄った事や、とうとうキーノの研究が頓挫してしまい、酷く落ち込んでいた彼女には休息が必要だと感じたからだ。

 

 いくら廃都になっているとはいえ久々の帰郷だ。これまで頑張った分、少しぐらいキーノには心身を休めて貰いたかった。研究は頓挫したといえ、諦めなければ先は無限に広がってゆく。今は研究の先が見えない分、精神的に辛い時だろうから。

 

 

 これまで、様々な国を二人きりで旅して来た。決して、順風満帆な旅などではなかった。俺は話せやしないし、キーノは少女姿のアンデッド。

 

 都市で話を聞いたり、調査して回ろうにも、彼女がメインの話し手に立つしかなく、俺は精々が護衛として側にいるしかできない。相手にはナメられ、時に不審な目を向けられ大きな負担になることもあっただろう。

 

 だからか、出会った頃と比べ、彼女が涙を見せることは減り、出会った当初のか弱い少女は鳴りを潜めた。ナメられないようにするためか、いつの間にか口調も尊大な物言いに変わった。

 

 家族を、国の民を助けたいという思いが彼女を突き動かす原動力になっていたのかもしれないが、そのひたむきさの裏では、不安や恐れが常に渦巻いていたのかもしれない。

 

 彼女は不安だからこそ、動いていなければいけなかった。そしてついにその緊張の糸が、研究の頓挫という切っ掛けで切れてしまったのだろう。今日も一日インベリアの風景を眺めていたようだが……今はただ休息の時間が彼女には必要なのだろう。

 

 

 キーノはまだケイテニアス山に何かがあるとは気づいてはいないし、俺も特に何かを伝えることはしていない。

 

 キーノは何故スルクー3なのか訝しげにしていたが、インベリアの様子もついでに見ようという口実も加えて、比較的近隣にあるスルクー3にも立ち寄ろうと説得している。

 

 何故、スルクー3に向かうことにしたのか──それはアンデッド災害が起きた4つの国を線で結んだ時の中心、ケイテニアス山の最も近くにある都市だからだった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 インベリアで旅の疲れを癒やしたり、次の旅に向けての準備作業やキーノの研究成果を再び整理をして過ごしていた、とある日。

 

 廃墟となった街に珍しく来訪者があった。

 

 リーダーと呼ばれる男性の戦士。

 

 ネクロマンサーの人間の女性。

 

 ハーフデビルの暗黒騎士。

 

 神官。

 

 エルフ。

 

 白銀の騎士。

 

 巨人の戦士。

 

 暗殺者の老人。

 

 暗黒邪道師。

 

 ドワーフの魔法工。

 

 他にも様々な種族の戦士や魔法使いがいる集団だった。

 

 聞けば彼らは遥か西方から各地を旅して来たらしく、世界を滅ぼしかねない魔神やその配下を討伐して周っているのだという。

 

 ここには、街を壊滅させたという噂のヴァンパイアロードを探しに来たのだという。

 

 キーノが久しぶりに涙目になったのを見て、俺は声を出さずに笑った。というより、出ないのだが。

 

 

 数日、彼らは廃墟となった街に逗留していたのだが、そこで交流している内にキーノが噂の吸血鬼であると、噂が間違いであると話しても問題ないと判断した。

 

 キーノは討伐されるのではないか、襲われるのではないかと内心ビクビクしていたようだが……

 

 勿論、それでも彼らがキーノや俺を危険視し、討伐しようとするのであれば抵抗するつもりだった。

 

 だが、恐らくは大丈夫だと俺は思っていた。

 

 何しろ、様々な種族の集団であるし、喧嘩することはあっても、他種族に対してある程度の寛容さは生活の中で随所に見られていたから。

 

 そして、敵対関係になってもおかしくはない異種族同士を纏め上げるリーダーのコミュニケーション能力は驚嘆すべきものだったからな。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 討伐すべきヴァンパイアロードもここにはおらず、彼らはインベリアを立ち、再び魔神討伐の旅を再開することになる。

 

 リーダーからの好意で、ヴァンパイアロードは彼らが討伐したと噂を広めて貰うと約束を取りつけられたことは行幸だった。

 

 リーダーからは一緒に行かないかと誘われもした。

 

 俺としては、しばらくゆっくりして十分休んだので旅も再開させたかったし、どちらでもいい立場だったが、今は俺だけで決められることでもない。

 

 ここにはキーノもいる。

 

 沈黙した後、キーノは悩んでいたようだが今はインベリアを離れる気はないと彼らに伝えたようだ。

 

 

 彼らは暫くは周辺諸国を巡り、魔神討伐の旅を続けながら、西にあるという砂漠の都市エリュエンティウへと向かうようだ。

 

 そこに、強力な武器を借りに行くのだという。

 

 ケイテニアス山脈にいるという、何かを討伐するために。

 

 

 彼らもまたケイテニアス山脈を目指すという。

 

 だが、俺は……彼らよりも先にそれの討伐に赴かなければならない。……日に日に募る焦りがあるからだ。

 

 それを達成すれば俺は元の場所へと還るのだろう。ユグドラシルの仕様通りに。

 

 ただ一つだけ、気がかりなのは──

 

 

 

 ……

 

 

 

 ☆月★日

 行き先はケイテニアス山。

 

 滅びた4つの国の中心にある。

 

 今はそのケイテニアス山の西側にある広大な平原にいる。

 

 

 俺がケイテニアス山の調査に一人で行くと伝えると、キーノは反対して荒れた。俺が文字を書き言葉を交わそうとしても文字を読もうともせず、無視されてしまった。

 

 キーノもリーダー達がケイテニアス山脈を目的地としていると聞き、何かに気づいたのだろう。

 

 

 俺は結局彼女をインベリアへと置いてきた。

 

 帰ってきたら二人でまた旅をしよう、か……

 

 それは楽しそうだ。是非ともそうしたい。

 

 だが、それは出来ないだろう。いい加減時間的にここにいられるのもギリギリだと感じている。

 

 日に日に焦燥感が大きくなっている気がしていた。そして、最近気がついたのは霊体の輝きが召喚されたときと比べて、くすんできていることだ。これは帰還する時が近いということなのだろう。その時間が来てしまう前に決着をつけたい。

 

 

 恐らくは戦闘になり──その闘いはこの世界に来て、かつてない熾烈なものとなるだろう。

 

 勝っても負けても俺はここからいなくなる。そして、もしも俺が負けたとしても彼らが元凶の討伐を成してくれるかもしれないし、俺が元の場所に帰還してもいずれ彼らが一人になったキーノを拾ってくれることだろう。

 

 ……キーノには力がない。だから俺が呼ばれたのかもしれないな。

 

 問いただそう。何故、国を滅ぼし、ゾンビばかりの死の都へと変えたのか、その真意を。

 

 

 ☆月★日

 広大な草原、落葉広葉樹林帯を抜け、川に沿うようにして山脈に挑む。

 

 道中、立ち寄ったスルクー3は、やはり廃都となっていた。しかし、アンデッドは街中で見かける事は無く、無人の廃都は自然に還りつつあった。

 

 情報収集も出来ない今、目的地となるはいくつもの山々が連なる山脈地帯において、最も高いケイテニアス山。

 

 遠くからでもわかるほどの高さだ。

 

 標高の低い平地に住む人達がいきなり空気の薄い標高の高い場所に行くと、体調が悪くなったり、死の危険すらあるそうだが、アンデッドには関係ない。

 

 どんどん進めてゆこう。

 

 幸いにも装備に余裕はあるし、本当ならサクっと飛行して元凶を探すというのもありなのだが、それでは精神的に余裕がない気がする。どうせなら、最後にこの雄大な景色を楽しみたい。

 

 こんな景色を独り占めするなんて経験、普通じゃ出来ないことなんだからな。

 

 

 ☆月★日

 標高が高くなれば、植生も変わってくる。低地にあった広葉樹林は少なくなり、常緑性の照葉樹林が多くなった。

 

 清冽な水の流れる沢を越え、未だ遠くにある山脈を望む。

 

 山から流れて来た沢の水は冷たく、透き通っている。

 

 生憎と霊体のこの身では不可能だが、もしも、それを掬って飲めば、その美味さを感じられたかもしれない。

 

 それが少し残念だ。

 

 

 ☆月★日

 森林限界と呼ばれる現象によるものか。

 

 低層では鬱蒼と樹木が生い茂っていたのに対して、高層に登るにつれて、背の高い樹木は姿を消してゆき、草や地面を這うように伸びる樹木ばかりが目立つようになった。

 

 更に登り、標高が高くなれば、植物自体が見られなくなってゆき、さらに山脈の奥地に歩みを進めれば、石と岩ばかりの荒涼とした山肌が剥き出しの景色へと変わる。

 

 足場は悪く、ごろごろした石が歩みの邪魔をした。

 

 気温もグッと下がる。高地では濃い靄がかかっており、当然ながら道も整備されておらず、大地の原初の姿を今に残すケイテニアス山では、登山者の方向感覚を容赦なく奪ってゆくのだろう。

 

 

 ☆月★日

 天高く、気澄む。

 

 太陽が近く、光が強い。

 

 稜線を一人で歩く。

 

 この世界に自分しかいないように錯覚した。

 

 この感覚は嫌いではない……だがもしも、この場にキーノやクレマンティーヌ、ユリがいたら俺はもっと違う心持ちでいられたのだろうか。

 

 心強く感じたことだけは確かだろう。

 

 だが、自問する。

 

 騒がしいのは嫌いではない。しかし、その場に自ら加わりたいと思うほどではない。

 

 キーノの子どもっぽい喚き声も、クレマンティーヌとユリの喧しい言い争いも、全て遠くに感じる。

 

 俺はずっと一人になりたかったのだろうか。

 

 そんな事を思いながら、歩みに力を込めた。

 

 

 

 ☆月★日

 魂が、精神が研ぎ澄まされてゆくのを感じる。

 

 ここには俺しかいない。

 

 一人になって自分自身を見つめているんだ。

 

 歩みを一歩ずつ進める度に。

 

 寝転がり、星々の輝きを視界に納める度に。

 

 魂が研ぎ澄まされてゆくような、妙な高揚感がある。

 

 

 孤独だが、寂しさなどない。

 

 山を歩き、高山植物を眺めては胸が空き、太陽の下で歩むことに喜びを感じる。

 

 一つ山頂を迎える度に得られる小さな達成感が、心に満ちてゆく。

 

 誰かと関わって、自分が生きていると実感したことはなかったが、一人になって俺は確かに生きているのだと実感出来ていた。

 

 ここには複雑な人間関係などなく、下僕たちの妙な期待もない。

 

 普通に生活してるだけで、どうしてこんなにも煩わしいことが多いのか。

 

 ここは気楽でいい。

 

 

 ☆月★日

 天候が荒れたため、持ち運びが可能なグリーンシークレットハウスにて休む。

 

 夕方からは天候も回復し、外の景色や空をボーっと望む。

 

 山が夕日の色に染まり、日が沈みかける時には山の陰影と空のブルーのコントラストが美しい。刻一刻と色が移り変わり、まるで生き物のように変化してゆくのが目を惹きつけてやまない。

 

 インベントリにしまってあるカメラを取り出そうともしたが……何故だろうか。俺はどうしてかファインダーを覗く気になれなかった。今はただ…… この景色を目に焼き付けておくことに留めよう。

 

 

 ☆月★日

 荒れた山肌に、突如として現れる人工物。

 

 これまでの道中にも人工物と思わしきものは幾つかあった。

 

 無人の村や、山の頂きには石が積まれていたり、青、白、赤、緑、黄と色彩の鮮やかな大量の布が旗のように靡いていた。

 

 それらはここらに住む民族が利用するような目印であったり、もしかした俺の知らない信仰の象徴なのかもしれない。

 

 そして今回目にしたのは、荒れた山肌に挟まれたような谷地にあった、平たい石を積んで造られた石垣。石で組み、土で固められた家。

 

 遠くには家畜であろう動物の姿も見えた。

 

 この山に登り始めて、鳥や虫、ワイバーンなどの魔獣以外の生き物を目にするのは初めてだ。

 

 その家畜の近くには、こちらを伺う人らしき存在が立っていた。

 

 

 家畜の近くにいたのは耳の長いエルフのような外見をした男性。

 

 容姿が優れており、肌は日に焼けている。重そうな厚手のコートのような服を纏っている。どうやら、ここは山岳民族の村のようで、感じられる気配では多くとも50ほど。

 

 こちらに向けて何を話しているのかは理解出来るが、こちらからは声を発して意思を疎通させることが出来ないためジェスチャーで応じるしかない。

 

 彼も無口で、何とか害意がないことを伝えると連れて行かれたのは、村の中心にある建物だった。

 

 

 建物の中では族長と思わしき老齢の男性が待っており、バター茶を振る舞ってくれたのだが、申し訳なかったが断食中であるとして遠慮させて貰った。

 

 この断食については、ここいらでメジャーな信仰で行われる宗教的行為なのだが、祈願や修行のために行われることが多いみたいだ。

 

 俺の場合は物を口に出来ないがための口実としてよく利用させて貰っていた。本当に、断食の文化があって助かった。

 

 

 バター茶を遠慮ふると、族長は、最初の彼ほど無口ではなかったようで、こちらに用を問い掛けた。

 

 それに対し、俺は此方に来てからキーノに教わった字で『声』『出せない』と書き、続けて『魔獣』『魔神』『退治』とだけ、たどたどしく書いた。

 

 彼は目を見開き、険しい表情で文字を見つめていたようだが、暫くして村に滞在することを許してくれたのだった。

 

 

 その後に案内されたのは最初の彼の暮らす小さな家で、そこには彼の家族なのか妹がいるようだった。

 

 彼は無口だが、妹はそうでもないらしい。

 

 彼女からの話では、ここの村には独特の文化があるようで、彼らは夫婦でもあるのだとか。

 

 彼にボソリと抱いていいと言われたのは、流石に遠慮したが。というか生身を偽ってはいるが、本来は霊体だから抱けないし。

 

 この村を拠点にアンデッド災害を起こした元凶の居場所を探ろうと思う。

 

 

 ☆月★日

 翌日。再び、族長のもとへ。危険な魔獣や大きな力を持つ魔神の居場所に心当たりがないか、ジェスチャーと拙い文字を交えて尋ねる。

 

 粘り強く聞けば、彼らはここより東に数日、連なった山脈に周囲を囲まれた高地を避けているらしい。

 

 そして、この村に伝わる言い伝えを教えて貰った。

 

 遥か昔からこの山脈には白い竜王が住んでおり、彼らは竜王の怒りを買わないよう定期的に家畜を生贄として差し出し、魔獣の少ない安全な地を借り受けて生きてきた。

 

 しかし、いつしか西の果てから始まった竜王と八欲王と呼ばれる存在との戦争で竜王達の多くが死に絶え、八欲王が世界を支配すると白い竜王は死の恐怖で狂ってしまった。いつからか竜王は生贄を受け取ることをやめ、彼らとの交流も途絶え、自ら孤独となるように他者を排するようになったのだという。

 

 また、元々彼らは遊牧民らしく、特定の場所に定住している訳ではなく、季節ごとに家畜の餌となる牧草を求めて住む村を変えている。そんな村を移動する折に東の山脈を抜けた際、何かの巨大な影や人のような形をした蠢く数多の何かを見た者がいたそうだ

 

 今はもう、生贄を出すことはないが、彼らにとって白い竜王は隣人でもあった。今はもう狂ってしまった竜王を刺激して、村に被害が及ぶようなことはしないで欲しいと請われた。

 

 そして、彼からは荒ぶる竜の神はヒトの身では止められるものではないと引き止められ、居場所がないのであればここにいても良いとも。

 

 心遣いは嬉しく、迷惑をかけるかもしれないのは心苦しい、が。

 

 俺はきっとその竜を狩るために、ここへと喚ばれたのだろうから。

 

 

 ……

 

 

 ☆月★日

 山を調査すること数日。ようやく見つけた。

 

 蠢く何かとはゾンビ化した数多のヒトのこと。

 

 黒い影は無数のそれらを身に纏った塊の姿。その塊の中に竜がいるのだろう。

 

 勘付かれないよう観察に徹する。動きを探るも殆ど動くことはなく、同じ場所でただジッとしているようだった。 

 

 それを見て俺は思った。

 

 あ、勝確だわ、コレ。

 

 

 

 

 

 

 

☆月★日

 

 はた、と気がつけば、召喚される前にいたはずの野営地。 揺らめく焚火の前にいた。

 

 何やら騒がしく、周囲に視線を向ければ、何かを言い争っているクレマンティーヌとユリの姿がある。

 

 あぁ、そうか。

 

 そういえば、そうだった。

 

 ……なんだか、長い夢を見ていたかのような気になる。

 

 俺の魂は過去へと飛び、確かにあの少女に出会い、共に旅をしていた。しかし、その記憶は何処か夢を見た後のように、遠く感じている。

 

 覚えていない訳ではない。ただ、夢の中で経験した出来事のように現実感は失われている。ただ記憶が真実であると証明するものは、この日記だけ。

 

 あの泣き虫な少女はその後、元気で過ごしただろうか。

 

 果たして、今はどこで何をしているのか。

 

 生きているのか。

 

 怒ってるのか……

 

 彼女とした最後の約束が果たせないものだとはわかっていた。いつか……また彼女に会える機会はあるのだろうか。

 

 

(追記)

 俺には二人掛かりの相手は無理だとわかった。……涸れるまで搾り取られるので、今後は気をつけること。

 

 二人に、次の旅の目的地を教えてはならない。

 

 ……そういえば、モモンガがナザリックでとある実験をしたいと言っていた気がする。二人ともそのメンバーに突っ込んでしまうとしよう。

 

 護衛兼連絡役はシャドウデーモンが一体でもいれば事足りるはずだからな。

 

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