ここよりも遥か東、大陸の中央に近い地──インベリアが私が生を受けた場所だった。
昔の私は何不自由することなく育てられた、所謂、箱入り娘と呼ばれる存在だったのだろう。
尊敬すべき父がいて、想ってくれる優しい母がいて、私に良くしてくれる人が身の回りに沢山いた。
我儘を言えば母が聞いてくれる。
愚かな行いをすれば父が叱ってくれる。
身を害しかねない存在が近くに寄ることも周囲が未然に防いでくれていた。
私は大切に育てられていて、恵まれていたのだ。
何の力も持たない、世間知らずの小娘と言われれば、何も否定できない。実際にその通りだった。
それでも……現実を知らず、危機感もなく、この世界がどんなに理不尽なものであるのかを知らなかったあの頃の私は、無知であり、未来への希望に溢れ、幸福だったのだ。
──だがな、幸福とは長続きしないもの。
外敵となる存在が多くいて、人は永らく亜人種や異形種、魔獣との生存競争に負け、淘汰されてきた。この世界は脆弱な肉体の人間には生きづらく、厳しすぎて……ほんの、何か小さな切っ掛けで日常が崩壊することなど珍しくもないのだと……昔の私はそんな当たり前の事さえも知らなかった。
──私は絶望を知った。
私の暮らしていたインベリアは災害とも呼べる出来事で突如として、滅亡したんだ。
父や母、私に良くしてくれた人達、顔見知りの者も皆……そう、全てがインベリアとともに消え去った。
不思議に思うことだろう。何故、無力な小娘だった私だけが災害の只中で生き残ることが出来たのか。
……それこそが私がこの身をアンデッドへと堕とすことになった原因であり、生き残ることが出来た理由でもあるのだが……
悪いが……それは、もう誰にも語るつもりはない。
──大切な存在が皆、突如として周囲からいなくなる。
そんな経験しないにこしたことはないのだが、運悪く私は経験することとなった。本来であれば、皆と同じように、私もまたインベリアと共にいなくなるはずだったのだが、なんの因果か死にそびれてしまった。
あぁ……突如として人がいなくなるとは言ったが、その存在自体が無くなった訳ではない。
……彼らは皆、アンデッドとなったのだ。
ゾンビ、ウォーキングデッド、リビングデッド。まぁ、呼び方は何でもいいが……当時はアンデッド災害とか呼ばれている出来事がいくつかの都市でも起こっていて、インベリアもその被害にあい、一瞬にして死の都に変貌したんだ。
そう変な顔をするな。当時はよくあったこと──とまでは言わないが、もう過ぎ去ったことだよ。
話を続けるが……街を出歩けばアンデッドの群れが跋扈している。お前達はそんな場所でただ独り、何の力も持たない小娘が生活していけると思うか?
……まぁ、意外に思うかもしれないが、生活事態は出来たんだ。アンデッドとなったこの身は睡眠も食事も基本的には不要となり、疲労とも無縁となったからな。アンデッド達も私を敵とは認識せず、襲われずに済んでいたことも理由にある。
……だから、生きる気力もなく、ただ一人きりでは何をするべきなのかもわからなくなり……私もまた彼らのように何も考えようとはせず屍のように日々を過ごし、毎日、毎日、毎日、毎日……それこそ年単位で、ただただ彷徨う彼らを見て過ごしていた。
滅多にあることではなかったが、ごく稀に都市内に魔獣が迷い込んでくることもあった。そんな時は雲霞の如く寄せるアンデッド達が生ある魔獣を貪るのが常でな。ある意味、私にとっては安全な場所でもあったのだ。
本当に愚かな私は……その日々が、この身が滅ぶまで続くのだと本気で思っていたんだ。
──しかし、そんな日々ですら少しずつ変わってゆくもの。この世界に不変などありはせず、不変であるように見えることだって、少しずつ変わっていっている。それは私達が認識出来ないだけでな……
世界の在り方や時間の流れ、空間の広がりも、自然の理でさえ、必ずしも不変だとは言えないそうだぞ。これは先生が言っていたことの受け売りで、詳しい理屈は私にはわからなかったがな。
……ともかく、私の生活にも再び変化が訪れていた。
先にも言ったが、稀に訪れる魔獣などの生ある者に対しては、アンデッド達が防壁の役割を果たしていたのだが、私がアンデッド達に襲われなかったのと同じように、街の外から来た意思を持つアンデッドに対しては襲いかかるようなこともなく無力だった。いつの間にか街には、知性を持つような強力なアンデッドが住み着いてしまっていたんだ。
更に不運なことに、そのアンデッドが拠点に選んだのは私が居を構えていた場所だった。私が住んでいた場所は街の中心も中心で、街全体を見渡せるような場所でもあったからだろう。
そのアンデッドは私にとって潜在的な敵対関係にあった。当時、孤独だった私は会話に飢えていて、対話を試みたことがなかった訳ではないのだが、奴は話を聞くこともなくいきなり魔法を放ってきたからな。当然、まだ弱かった私は命からがら逃げ出し、住処を逐われることになった。
……力が無いことをあれ程悔やんだことはなかった。
父や母が暮らしていた場所が、見知らぬ何者かに占領され、私自身は奴の目の届かない場所でひっそりと隠れ住むしかなくなったのだから。当時の私はどうしてこんな目に合わなければならない、どうしてこんなにも世界は私に理不尽なのだと全てを恨んだ気になっていたよ。
……ただ幸い、と言えるかはわからんが、奴は住処を去った私への興味を失ったようで、追手がかかったり、奴自身がわざわざ私を探して始末しに来るようなことはなかった。奴も私が無力であることをわかっていたということなのだろうさ。
それからの日々は無気力に過ごす毎日から、外敵に怯え、新しく定めた拠点に引きこもる日々に変わった。
……といっても、流石にずっと引きこもっていられる訳もない。いつしかそんな隠れ住む日々にも慣れてしまっていた。奴も奴で、拠点に引きこもり、外に出てくる事は稀だったからな。私は周囲を警戒しながらも再び街を出歩くようになっていた。
──そこで出会ったんだ。先生に。
□
インベリア──大陸中央部に位置する人間種によって構成された国。優秀な王により導かれた国は大きな戦争もなく、経済は活発。安心感と安定感に裏打ちされた市場は活気に溢れ、人々の生きる力が王都内には満ちていた──のは今より数十年前までの話。
インベリアは数十年前に突如として壊滅し、廃都と化した。以前あった活気の一切は鳴りを潜め、現在では死人が徘徊する死後の世界のような有様になっていた。
以前までは観光地としても人気が高く、観光客から異国情緒感溢れる街並みと評判であった場所は、無人の廃屋ばかりが並び、屋根は腐食して抜け落ち、人が住むことなど出来そうにない。
街を走る道には何時の間にか植物が侵入したのか背の高い草が覆い尽くし、荒れ果てている。整然と敷き詰められた石畳が生長した樹木の根に押しやられ、彼方此方で捲れ上がっている。
──そんな、生きる者がいなくなった廃都のどこか。廃墟となった建物の片隅で、黄金色に輝くサインが静かに揺らめいていた。
(な、なんだろう、これ……)
私──キーノ・ファスリス・インベルンはここ数年前から都に住み着くようになった強力なアンデッドに怯えながら街を散策していて、以前にはなかったはずの奇妙な物を見つけていた。
黄金色に輝くサイン。
いったい誰が書いたのか、いつからあるのか……そのサインは見たことのない文字を描いているようで、私にはそれが何と書いてあるのか読むことが出来なかった。
初めは警戒して遠巻きに見ているだけだったが、奇妙な物に対する好奇心に負け、躊躇いながら、そっと、それに触れた。
(ひっ……なっ、なに……)
そのサインに私が触れると、それは明滅を繰り返し始め──暫くすると黄金色のサークルを描いて、そこから何かが現れようとしていた。
《────の世界に────が召喚されました》
驚きと怖さ、そしてほんの少しの興奮。建物の影に隠れて様子を伺う私の前に現れたのは──大人の男性の姿をした霊。ゴーストだった。
声を出さないように、慌てて物陰に身を隠す。
それが私を害する存在なのか、そうではないのか。私にはわからなかったから。
ただ、その存在があの外から来たアンデッドのように自分に害を与えようとしないことを僅かに期待して……相手の行動によってはすぐに逃げられるように心の準備だけはしてるつもりで……
物影から覗く、目の前のゴーストは何故か困惑しているようで、周囲を見回してみたり、周囲の壁に触れてみたり……どうやら私の存在に気づいているのか此方の様子をジッと伺っているようだった。
「……っ!」
そして──ゴーストがまずしたのは私に襲いかかるのでもなく、対話を試みるのでもなく……大きく腕を振り上げて下ろす、貴人のような優雅な礼だったことに、私はどう反応したらよいのか迷い、混乱した。
……ただ、少なくともあのアンデッドのように、私をすぐに害するような存在ではないみたい。
それに対して、私は不安や緊張で、ぎこちなく物影から出て、何十年かぶりにカーテシー、ローブの裾を摘んで小さく礼を返したのだった。どうやら、まだ挨拶の返し方は忘れていなかったみたい。
──警戒しながら、ゴーストの様子を伺う。
当然ながら体は透けており、向こうの壁が見えた。
そのゴーストはどうやら話すことが出来ないようで、どこからか取り出したオレンジ色の石で文字を書いて私に見せた。
どうやら筆談を試みていたようだけど、私にはその文字も初めて目にするもので、当然読めなくてどうしたらよいのか困惑するしかなくて。
そんな困惑したままの私を見てか、今度は片眼鏡を渡してきた。ゴーストのするジェスチャー通りにその片眼鏡を掛けて文字を見れば『キミの名前は?』と、不思議なことにその意味がわかった。
どうやらその眼鏡は魔法の眼鏡のようで、驚きと興奮で、眼鏡を着けたり、外したりを何度か繰り返した。
私が住んでいた城にも魔法の品はあったが、貴重な物は全て管理されていて、当時子どもだった私が私用にできるものなど殆どなかったから新鮮な気分。それにもう、あれから長い年月が経った。もしも城を探すことができても、長期間手入れもされていなければ、魔道具は劣化で壊れてしまっているかもしれない。
「ぁ、ぅ……ぁ、ぁ」
問われた名前を絞り出す。
誰かと話すなんて本当に久しぶりで、でも喉はカラカラに乾いていて。口や喉が話すことを忘れてしまったみたいで、早く返事をしなきゃという焦りもあって、でもどうしようもなくて。
私の口から出たのはそんな意味のない声。
そんな声を聞いてゴーストは『あうああ、それがキミの名前か?』『言葉は知っているか』なんて宣うものだから。
焦りのせいで混乱している頭で思った──なんて失礼なゴーストなんだろう、きっとこのゴーストは生前から性格が良くなかったのだろう、って。
ともすれば、ようやく私が焦っている様子から声が出ないことを察してくれたのか、喉を潤す水が入った水差しをくれた。
……さっきまで持ってなかったはずなのに、本当にどこから取り出したんだろう?
「わ、たし……キ、ーノ。キーノ……ファス、リス、インベルン……」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。ようやく伝えられた私の名前に、目の前のゴーストは満足そうに頷いたのだった。
□
思い返せばとても恥ずかしい
どうして?
当時の私は土埃だらけで、髪だって全然洗えてなかった。服だって、あのアンデッドが家を占拠してからは替えてなくてな……笑ってしまうくらい汚れていて、淑女とはほど遠い格好だったのに……
淑、女……?
臭い
お前ら……! ……だが、それでも先生は、嫌な顔もせずに私と接してくれていた。当時はそんなこと全く気づかなかったがな……
紳士的な方だったのね
ふっ……まさか。……ただ、そんな恥ずかしい記憶でも私にとっては懐かしい、大切な思い出というだけさ
□
──その日から、私の日常はまた変化した。
久方ぶりの王都への移住者であるゴーストさんは私に色んなことを尋ねた。
『この土地の名前は?』
『街の周辺には何がある?』
『この街はいつからあった?』
『周辺国家の名称は?』
他にも私のことだったり、何処に住んでるかとか……本当にそんなこと聞いて何の意味があるのか、というようなことまで。
でも、私も久しぶりに誰かと会話することが出来て嬉しくて、いつまでも彼との会話をやめられなかった。
「わ、たしが、サインに触れたら、暫くしてあなたが、現れたの」
その頃には私も喉の調子が戻ってきたのか、掠れた声ながら出るようになっていた。
ただ、長く話をしていないと咄嗟に言葉が出て来なくなるようで、以前のように上手く話せない自身にショックを受けたり、そんな自分に無性に苛立った。
──彼と色んな会話をして、要望にあった街の散策に付き合って。あのアンデッドが出て来ないか内心でビクビクしながらだったけど、そこが街の中心からも離れた場所だったからか、結局あのアンデッドが現れることはなかった。
ゴーストさんとの会話で知ったのだが、どうやら彼は此処とは異なる場所から呼びだされたらしい。そして、サインに触れた私が彼を呼び出したようだ。何であんなところにサインが? とも思ったが、それは彼にもわからないのだとか。でも、元の場所に帰る方法はやっぱり知りたいみたい……
(また、ひとりになるのかな……)
心細い……
突如として皆が死んでしまって、私はただ一人だけ。世界に放り出され頼るべき人もいない。街では私とあの危険なアンデッドだけが意思を持って生活していて……そして、そのアンデッドは出会えば私を排除しようとしてくるに違いない。
どうして私ばかりがこんな目に……あまりの理不尽さに、ほろり、と涙が出た。
──でも、新しい住人が増えて私の生活は一変した。
彼は不思議なゴーストで、何処からともなく道具を取り出したり、突拍子もない行動をして私を驚かせた。
ゴーストさんが一緒に行動するようになって、私が普段下水道に身を潜めていることを知ると、彼は場所を移そうと言ったけど私はそれを拒否した。
……私を城から追い出した、あのアンデッドのことが怖かった……下手に下水道から拠点を移して、あまり刺激するようなことはしたくなかったから。
そしたら……
『城にいたアンデッドは退治した』
「えぇっ……?」
そう伝えたら、急にフラッとどこかへに出かけて半日ほど姿を見せなくなって心配させたかと思えば、城を占拠していたアンデッドを退治してきたと言った。
……いきなり退治してきたと伝えられた時はまさか信じられなくて困惑しかなかったけど、真実だとわかった時は本当に驚いた。
あのアンデッドを倒しちゃうくらいだから、彼は強いゴーストだったのだろう。でも……もしも、返り討ちにあっていたら……また私は一人になっていたと気づいて怖くなった。
「もう……危ないことはしないで……?」
『何も問題はない。それより外に新しい拠点を用意するから移動しよう。城は荒れ果てて、住むには適さない』
だから危ないことはしないで欲しいのだけど、ゴーストさんは問題ない、と言って聞く耳を持ってはくれなかった。
それだけじゃなく、彼はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、本当にいったい何処から持ってきたのか……魔法の家をポンと用意したりして私を唖然とさせた。
『ここがキミの新しい寝ぐらだ』
ゴーストさんがこちらの反応を伺うようにニヤリと笑みを浮かべた。その魔法の家の中は温かくて、清潔で、優しく感じられて……
またホロリと涙が出てきて、それで彼がちょっと慌ててたのは少しいい気味だと思った。でも……ありがとう、ゴーストさん。
□
本当に非常識な人だった
今でこそ先生の力量は知っているが、当初の私は先生のことを何も知らなかった。まぁ、当然といえば当然のことだがな……
思えば、何も言わずにアンデッドを退治しに行ったも、私のあまりに劣悪な生活環境に見かねて、だったのだろう
優しい人じゃない。でも、それを非常識って言うのは──
非常識さ……何もないところから珍しい道具を次から次へと出す先生に、どこから取り出しているのかと聞いたことがあったが……何と答えたと思う?
え? そう、ね……道具を収納するアイテムを持っていた可能性もあるし……ポケットスペース/小型空間に似た亜種の魔法を使っていたとか?
妥当な回答だが……ハズレだ。いや、先生は空間収納の技能も持っていたから正解ではあるのだが……なんでも、その時は魂から色々な道具を取り出していたらしい。物質を細かい霊子に変換して魂の器にある未使用領域に保存しているのだとかなんとか……取り出す際は確か、形而上の存在となったモノの情報を魂から汲み上げて再び物質化するらしい……全くもって意味がわからない。大方、マイナーな魔法の一種だとは思うのだが……
どういう意味なのかわからなかったのだけど?
私だって詳しくは知らないし、本当のことなのかどうかもわからん……他にも、どこから来たのかと尋ねれば未来、もしくは隣り合う世界から来たと言っていた
えぇ……? それはなんというか……冗談にしても、あまり上手ではないわね
ぶっとんでる。ある意味メルヘン
クク……そうだな……筆談が面倒だったのはわかるんだが……先生は質問をはぐらかしてばかりで、そんな意味の分からないことばかり言う人だった
□
ゴーストさんのいる生活もだんだんと慣れてこようとしたころ。
『ここでいったい、何が起こった?』
『キミの身に起きた異変には気づいているか?』
とうとうこの街に何が起こったのかを聞かれた。それを答えると、今度は逆に教えて貰った──私の身に何が起こっているのかを。
この街にあの災厄が起こった日のことは、途中まではよく覚えている。
その日、私はいつものようにお母さまに魔法の授業を受けていて……授業中に、いきなり身体中に激痛が走った。まるで、肉体から目に見えない生命力そのものを無理矢理に引き剥がすかのような痛み。
痛くて痛くて、声も出せなくて……あまりに突然の事に『死ぬかもしれない』という恐怖を抱くことも出来なかった。痛みに耐えられずに床へと倒れこむ私が、朧気な意識のなか視界に映したのは、お母さまや、侍従たちも苦しんでいて私と同じように痛みにのたうち回っている姿。
そんな中でもお母さまは苦しむ私を助けるために、自分だって苦しかったはずなのに……私が少しでも楽になれるように、私だけでも原因不明の苦しみから助けられるように魔法をかけ続けてくれた。
……それでも苦しみはどうにもならなくて。そのまま私は気を失って……最後に気を失う前に朧げに覚えているのは……力尽きたお母さまや皆から透明な青白い玉のようなモノが抜け出ていく場面……
そして──目を覚ました私が見たのは、お母様や侍従の皆だけでなく……お父様や街の皆が生ける屍になって彷徨っている光景……
大好きだった街の風景は一瞬にして壊れて、大切だった人達はひとり残らずゾンビになった。活気に溢れていた都市には静寂が訪れて、私は一人ぼっちになった。
「おかあ、さま……おとうさま……みんな……」
涙が溢れた。
思い出したくなくて、でも、どうしても忘れられなくて。
ふとした時に思い出されては私を苦しめる記憶。
どうして私だけが生き残ってしまったのだろう。あの時、私も皆みたいにゾンビになっていたら、こんなに苦しい思いをすることはなかったのに。
『すまない』
ゴーストさんは……私を抱きしめてくれた。体も持たないのに、どうしてそんなことができたのかは私にはわからなかったけど……溢れる感情をどうすることも出来なくて、私は縋るように泣いた。
……思えば、皆がゾンビになってから、こんなに泣いたのは初めてだったかもしれない。一人では、泣いている余裕も、意味もなかった。ただただ虚しいだけだったから……
──暫くして落ち着いた私にゴーストさんは教えてくれた。
『理由は不明だが、キミは吸血鬼に転生しているようだ』
私もまたみんなとは種類が違うが、アンデットとなっていることを。
なんとなく、予想はついていたけどショックだった。だって、生きていれば必要な呼吸や飲食、睡眠でさえも私は不要になって……その反面、朝に弱くなっていたり、日の光が苦手になっていたのだから。いくら世間知らずの私にだってそんなことくらいわかる。
そして、どうして私があの災厄を免れたのかだけど──ゴーストさんは私のタレントが関係しているんじゃないかと言っていた。
『受けたり、見たりしたどのような魔法でも1つだけストックし、自分の魔法のように発動させることができる』というタレント。お母さまがおっしゃるには、とても珍しく、強力なもので、いつか私の身を守ってくれるって。
私はあの時、薄れゆく意識の中、確かに何かに触れた。
それはきっと、私が受けたのが何らかの魔法で、その魔法はかけた相手をアンデットにする効果を持っているものだったのかもしれない。
「……でも、どうして私はゾンビにならなかったの……?」
ただ、それでなぜ私がゾンビになっていないのかわからなくて……ゴーストさんは何かを思案しているようだったけど、静かに首を振り、その答えを持ってはいないようだった。
「……お母さまが魔法で守ってくれたからなのかな。そうだといいな」
『そうだな』
ゴーストさんが言うには、私がなったのは吸血鬼の一種らしく、種族が変わることを転生と呼ぶみたい。
吸血鬼は力が強く、魔法が得意。
反面、日の光に弱く、陽光下では能力が低下する。火に対して脆弱。
スキルとしては闇視、高速治癒、生命力吸収、冷気耐性、精神作用無効を持っている優秀な種族らしい。
それを聞いて素直に喜んでいいのか複雑だったけど、吸血鬼とかの異形種は人間と敵対関係にあるから、今後人間と交流する時は気をつけないといけないみたい。
あはは、私、もう人間じゃないんだって……でもお母さま、お父さまもアンデットだもんね……同じなんだから寂しくなんかないよ……
その後──
『面白い魔法を見せてあげよう』
気分が落ち込んだままでいた私を元気づけるためか、ゴーストさんが見せてくれたもの──宝石のような結晶を操る魔法。
ゴーストさんが取り出した黒くてとても長い杖から空に向かって大きな結晶の塊が打ち上げられ、空高く打ち上がった塊からは分かたれた大量の小さな結晶がキラキラと光を反射しながら大地に降り注いだ。
それはまるで星屑が降り注いでくるようで、地面に降り注いだ結晶達は弾けるように光を放って消えてゆく……
あたり一面に墜ちた星屑の光で夜は昼のように明るくなる。
『綺麗なものだろう』
『だが、落ちてくる結晶には触れるなよ 危険だ』
「うん……」
それは私が初めて目にした大魔法──国で一番の魔法使いだったお母さまでも使えない……そんな魔法が使えるゴーストさんは、いったい何者なの……?
でも……まぁ、今はいっか。今はただ、この光景を見ていたい。それに、その内ゴーストさんも教えてくれるよね。
私もいつか、こんな魔法が使えるようになりたいな。
□
先生の魔法は本当に凄くてな、私が初めて目にした大魔法は絶大な威力を秘めているだけでなく、綺麗で美しかった。私が大地系の、それも結晶特化のエレメンタリストを目指した切っ掛けだな
そんな理由があったのね……聖者様が使っていた魔法も同じものだったのかしら……それで、イビルアイはその先生が見せてくれた魔法は使えるようになったの?
いや……確か、その魔法はサンパイという奇妙な名称でな……私が目指す魔法の極地の一つなのだが、再現がとても難しいのだ……悔しいが、私はまだそこまで到達出来ていない
……結晶に特化したエレメンタリストのあなたでも使えない魔法があるのね。いつか、貴方がその魔法が使えるようになったら是非見てみたいわ
っ……あぁッ……いつか、絶対辿り着いてみせるさ
□
『王城の様子を見に行かないか?』
とある日──そう言われて、ゴーストさんがアンデッドを退治して安全になった王城内を探索することになった。
「ただいま……」
久しぶりにお家に帰ってこれた気がする……でも、それではゴーストさんに失礼かな。今はあの魔法の家が私達の住む家なのだから。そこに、不満なんてないもの。
王城内の様子は私が追い出される前とそれ程変わっているようには見えなかった。誇りを被っていて、調度品なんかは年月の劣化でボロボロになったり、金属が錆びていたりはしてるけど……
お父さまやお母さま、侍従の皆、近衛達も──変わらずそのままで。
あのアンデッドが皆に危害を加えていなかったことに、ひとまず安堵した……皆が無事かどうかが、ずっと気がかりだったから……
ゴーストさんに付いて来たのはいいものの、今更、城の中を見て回る気にもなれなくて、今はただ皆と一緒にいたかったから……ゴーストさんは動こうとしない私をその場に残して、城の中を探索しに行ったみたい。
『あのアンデッドはここで、インベリアで起こったゾンビ化について調べていたようだ』
「え? ……じゃあ、あのアンデッドは……」
『この惨状を作り出した犯人ではないと思う』
王城内を探索してきたゴーストさんが言うには、インベリアでゾンビ化が起こったのはあのアンデッドが原因ではないみたい。
アンデッドが原因なら、ゾンビ化の魔法が解除されて皆はただの遺体に戻る可能性が高いし、ゴーストさんが見つけてきたアンデッドが書いたと思われるレポートにはインベリアのゾンビ化について考察した物があったから。
そのレポートは色んな実験の結果と考察が書かれていて、誰かに意見を求めるような書き方で纏められていた。どうやら、あのアンデッドにはゾンビ化を調べている協力者がいたみたい。
『キミが謎を解き明かすことを望むのなら、これは手掛かりの一つとして覚えておくべきだ』
「……」
そう言ってゴーストさんは私にレポートの束を渡してくる。
私はどうしたらいいんだろう……出来る事なら皆のことは助けたい。
……でも、もしゾンビ化が解除されて皆が元に戻って、インベリアが前のようになったら──私はここにいられるのかな。私のアンデッド化した体は元に戻ることが出来るのかな。
□
一都市を巻き込むゾンビ化……もし、リ・エスティリーゼでそんな災害が起こってしまったら……
……間違いなく地獄絵図になる
……わかるだろう。先の悪魔の襲来だって、もっと悲惨な事態になっても何ら可笑しくはなかった。お前たちはもっと漆黒の英雄殿に感謝すべきだぞ!
……否定は出来ない?
あなたね……確かに大悪魔を退けてくれた彼には感謝すべきだけど、聖者様だって凄かったんだから
いいや! ラキュースは漆黒の英雄の、あの戦いを見てないからそう言える! 絶対にモモン様の方が凄かった!
は、はぁ!? あなたこそ聖者様のお姿を目にしてないじゃないの! 悪魔の群れに立ち向かう聖者様は本当に格好良かったわ! 漆黒の英雄よりもね!
はぁ〜〜!? モモン様の方が格好いいに決まっているだろう!
……帰っていい? 育ち過ぎた男の話には興味がない
お前は黙ってろ!
あなたは黙ってて!
モモン様の強さはあの強大な魔神にも匹敵していた! 武力では聖者など相手にもならん!
聖者様の魅力は野蛮な武力なんかじゃないの! 自らが先頭に立って人を導こうとする、その高潔なお心よ!
なにぃ!?
なによ!!
……めんどくさ。ティアとガガーランに押し付けてやる
□
「ねぇ、ゴーストさん。いい加減私のことキミって呼ぶの止めて」
ゴーストさんは私のことをいつもキミって呼ぶ。それがずっと気に入らなかった。このインベリアに住むたった二人の仲間なのに。それなのに距離を感じてしまうのが嫌だった。
『なら、何と呼べば?』
「そ、それは……私にはキーノっていう名前があるもん! そう呼べばいいじゃない!」
私にはお父さまが付けてくれたキーノって名前があるのに! ただ、名前で呼んで欲しいって伝えるのが恥ずかしくて、子どもが駄々をこねるみたいになってしまったけど……
ゴーストさんは少しだけ困った顔で。
『わかった』
「むぅ……ねぇ、ゴーストさん。私、また結晶の魔法が見たいわ」
あの日見た大魔法。
いつまでも心の中に残っている。いつかは、私もあんな魔法が使えるようになりたいって願って──
『それは出来ない』
私の願いを裏切る否定の言葉。彼はあれ以降、結晶を操る魔法を見せてくれなくなった。
その代わりに、猛毒の霧だとか強酸の霧だかの魔法を見せてくれることはたまにあったけど、ちっとも惹かれないし、そんな魔法を見せて私にどうしろって言うの?
「ど、どうして!? なら私にあの魔法を教えて!」
『難しい』
私では難しいなんて、酷い言葉だった。あの魔法は私なんかでは扱うことが出来ないって……難しい魔法だっていうのは私にもよくわかってる。でも、頑張れば私でも出来るんだって見せつけて、よくやったなって褒められたかったから。
「ひどい……私頑張るもん! 難しくても絶対にあの魔法使えるようになるもん!」
『あの魔法はキーノには使えない』
「どうして……どうして、そんなこと言うの……やってみなきゃわからないじゃない! …………ばかぁ────!!!」
ゴーストさんの表情は、悔しさで流れ出た涙でよく見えなかった。どうして、人の頑張ろうって気持ちを応援しようと思わないんだろう。本当に頭にくる。
反省するまで会話してあげないんだから!!
□
喧嘩も沢山した
といっても先生は話せないから、ほとんどは私が一方的に言いたい放題するだけだったのだが……大体は先生が折れてくれて、私のしたいようにさせてくれていたな
……クソガキ
……先生、大変だったでしょうね
うっ、うるさい! 昔の私には保護者の気持ちなんてわからなかったんだ! お前たちだって、これまでやりたい放題してきただろうが! 特にラキュース!
鬼ボスは全然人のこと言えなかった
何か言ったかしら、ティナ?
……
……と、まぁ。そんなこんなで、私は粘りに粘って、先生を私の魔法の『先生』にすることが出来たんだ。まぁ、先生の教え方では魔法の使い方のヒントはくれても、呪文の一つすら教えてくれなかったからな……全く、先生向きではない人だったよ
……本当に言いたい放題ね