※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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47.フォーサイト編②

 ガタンガタンと馬に牽かれた荷馬車が揺れる。荷馬車の中ではワーカーと呼ばれる者達が狭いスペースで肩を並べるように座っており、皆が皆、その快適性の欠片もない運転に辟易していた。

 

 ──彼らが向かうのは最近発見されたという新たな謎の遺跡。帝国のさる高位貴族からの依頼で、その謎の遺跡を調査することになっていた。遺跡にはどんな危険があるかも分からず、もしもお宝が存在するのであれば、幾らかはワーカーの取り分にしてもよい、というお墨付きを得ていたオイシイ仕事であった。

 

 そんな、誘蛾灯に群がる虫のような、欲に濡れた連中の中に、フォーサイトの面々もあった。

 

「しかし、珍しく剛毅だよなぁ。こんな足まで用意してくれるなんてよ。……しかも遺跡にめぼしいものがあったら、俺達の取り分にしていいときた……がめついお貴族様がそんな事をおっしゃるなんて、いったい何が待ってるのかねぇ」

「まぁまぁ、ヘッケラン。依頼主は伯爵位の貴族って話だし、その上から話が降りてきてるって噂もある。貴族が庶民のことを考えてる訳じゃないけど、少しくらい取り分がなきゃ、こんな依頼誰も受けないわよ」

「それはそう。遺跡にはどんな危険があるか分からない。お金にならなかったら、リスクを負う意味がない」

「まあまぁ、皆さん……。危険がある時こそ慎重に行きましょう。その探索ついでに、お金になりそうなものが手に入れば万々歳というものですよ」

 

 ロバーテイクが苦笑しながら言う。フォーサイトの面々はヘッケランをリーダーとして、これまで苦楽を共にしてきた。しかし、そのヘッケランがこの依頼に関しては妙に不安を抱いているのをロバーデイクは気にしていた。

 

 曰く、この依頼を受けた時から名状し難い不安、間違った道を進んでいる気がしてならないらしい。

 

「でも、今回の遺跡って結局どういう遺跡なの?」

 

 イミーナがヘッケランに質問する。

 

「ん、ああ。なんでも、国境付近とは言っているが、実質王国領だな……そこで新たに見つかった遺跡は墳墓の形状をしているらしい。過去の誰がそんな場所に墓を作ったのか知らないが……そんな場所に遺跡があると今更気付くなんておかしな話だ」

「そう? 地下に隠れてたってパターンもあるし、何かの要因で見えるようになったって事も考えられるじゃない」

「だといいんだがなぁ……」

 

 ヘッケランが憂うような表情で頷く。

 

「うおっ」

 

 そして、突然、ガタンと馬車が大きく揺れ動き、建付けの悪い車輪が軋み悲鳴を上げる。ヘッケランは何となく、その軋みが出来の悪い歯車を無理やり動かしている様を連想した。その想像に、築き上げてきた物全てが吹き飛んでしまいそうな不安感を覚える。

 

 しかし、それ以上何かが起こる訳でもなく。数秒後には完全に静まり、再びガタゴトという荷馬車の走る音が響き始めた。

 

「ヘッケラン、驚き過ぎ。それに心配もしすぎ。私達はこれ迄ちゃんと依頼を達成してきた。今回も大丈夫」

「……そうだな」

 

 悩むようなヘッケランとは対照的に、アルシェは今回の依頼に前向きだった。というのも、今回の依頼の達成後には、彼女は二人の幼い妹を連れて家を出ようと決心していたからだ。今でも彼女が家族を養っているという実態は変わらないが、家を出ればアルシェが一人で二人の世話しなくてはならない。だからこそ、絶対に成功させる、と彼女の意気込みは強かった。

 

「……しかしなぁ、アルシェ。依頼主がさる貴人のお墨付きを得ているって話も気になるんだよ。この依頼は何かやばい気がする。俺の悪い予感は当たるんだ。皆も気をつけてくれよ」

 

 ヘッケランの勘は悪い方向で当たることをアルシェは知っている。だが、その悪い予感だって全てが当たる訳では無い。杞憂に終わる事だって今まで何度もあった。

 

「だからヘッケランは心配しすぎ。私達の仕事が危険が伴うのはいつもの事。それは、どんな遺跡の探索だって、どんな討伐系の依頼を受けても変わらない」

「……まぁ、そうなんだけどよぉ……旦那にも依頼の同行断られちまったし、どうにもな」

「……あの人のことは残念だった。でも、私たちがそこまで気にする程じゃない。今回は縁がなかっただけ。それに依頼料が減る事も無くなった」

 

 アルシェの物言いにヘッケランは苦笑した。アルシェは元々、金級冒険者の男が臨時とは言え、チームに入る事に反対していたのだ。

 

「アンタたち。盛り上がるのはいいけど、明日には遺跡に着くんだし少しでも体力温存しておきなさいよ」

「……そうだな。俺も切り替えねぇと」

 

 イミーナにそう言われ、皆、目を閉じた。遺跡がある地まではまだ遠い。そこにどんな危険があるか分からない以上、体力は温存しておいた方がいいだろう。

 

 ガタゴトと荷馬車は車輪をギィギィと軋ませて進む。フォーサイトの面々は馬車の振動の中、少しでも体力を温存すべく浅い眠りに微睡むのだった。

 

 □

 

 つい先日の事だ。ホームでもある歌う林檎亭にて、フォーサイトの面々は以前カッツェ平野で出会った冒険者と協議をしていた。

 

「で、旦那。前にした話だけど、俺達が受ける依頼──遺跡の調査に同行してくれないか?」

「遺跡の調査か……」

「金に困ってるって話だったろ。旦那にとっちゃ楽な依頼。俺らは少し分け前は減るが安全を買える。どうだ?」

「それはいい話だが……」

 

 男は黙り込む。それから少しして口を開いた。

 

「そっちの子が不満そうだが……チーム内での話し合いはちゃんと済んでいるのか?」

 

 男の視線が動き、アルシェで止まる。アルシェはいつも通り人形のように無表情であったが、何処と無く不機嫌そうな空気を纏っていた。

 

「話し合いは済んでるぜ。問題ない」

 

 と、ヘッケランが答えた。その回答に男は眉を顰める。

 

「しかし、どう見てもその子の反応は納得いってないように見えるんだが?」

「……ヘッケランは強引すぎる。問題しかない」

「いいや、問題無い」

 

 アルシェとヘッケランの声が被る。そして、互いに軽く見合い眉を顰めた。

 

「……チームで話し合いが済んでないのに、良く知りもしない俺を依頼に加える訳にはいかないだろう」

「チームの皆には話をした。納得して貰っている」

「私は納得してない」

 

 アルシェの不満げな声がヘッケランに刺さる。それに対してヘッケランは苦い顔をした。

 

「だから、何度も言ったと思うが、今回の依頼は正直きな臭い所があってよ……保険は入れておいた方がいいと思うんだ」

 

 ヘッケランが依頼に誘った相手である冒険者の男は、過去、カッツェ平野でアンデット討伐の依頼を受けた際に出会い、ピンチの場面で彼らを救ったという過去がある。

 

 その男は、スケリトルドラゴンを剣の鞘で一撃で粉砕するような輩だ。如何にオリハルコン級やアダマンタイト級の冒険者であっても、それ専用の武器を用いたとして一撃で倒すことなど出来ないだろうに。男が金級だというのは何かの詐欺だとヘッケランは思っていた。

 

 そのような男が保険として怪しげな依頼に同行してくれるのであれば、心強いというのがヘッケランの考えだった。

 

「ヘッケランの悪い癖。悪い予感がするとか言って、すぐに腰が引ける」

「お前なぁ」

「確かにこれまでトラブルは幾つもあったけど、私達だけで乗り越えてきた。今回トラブルがあったとしてもまた私達だけで乗り越える」

 

 しかし、男が加わる事に反対したアルシェの意思は固かった。一見、ただ男に信用を置いていないようにも見えたが、今回は妹たちを連れて家を出る前の最後の親孝行──残った借金を返済するという特別な事情もあった。いつもであれば、そう頑なにアルシェが反対する事は無い。

 

「俺としては旦那に一緒に来て欲しいんだ。一人当たりの依頼の報酬は減るかも知れないが、元々の依頼料はデカイ。それに発掘品の何割かはコッチの取り分。一人増えてもカバーできる範囲だ。な?今回は安全を買うつもりでさ。依頼を絶対に成功させたいなら来て貰うべきだ」

「依頼を絶対に成功させたいのは私も同じ。でも、私達だけで依頼を受けた方が確実。……あの人は確かに強いけど、練習もなしでは連携について当てにできない。何が起こるか分からない探索で咄嗟の連携が出来ないのは致命的」

 

 互いの意見は平行線のまま、アルシェとヘッケランは喧々諤々言い合いを始める。どちも言っていることは間違いではないだろう。──と、このままでは喧嘩が始まりそうな雰囲気に、ロバーデイクが間に入った。

 

「ま、まあまあ、お二人共落ち着いて……確かに今回の話は微妙だと思います。アルシェさんの今回の依頼に賭けているお気持ちは勿論、私達皆が分かっています」

「ならっ……!」

「まぁ、お待ち下さい。ヘッケランにはチームのリーダーとしての役割があります。全てを押し付ける訳ではありませんが、背負っている責任は私たちよりも一段重いということはアルシェさんも理解してください」

「っ」

「そして……ヘッケラン。今回のあなたは少々強引が過ぎます。時間がなかったとはいえ、チームでもよく話し合ったとは言えません」

「それは……」

「あなたの言い分も理解しますが、アルシェさんが此処まで言っているのです。頑なに悪い予感を気にする意味は、果たしてあるのか私には疑問です」

「ちょっと待って、ロバー。ヘッケランは確かに頑固な所はあるけど、意味の無い事で頑なになったりしないわ。それに、ヘッケランの勘で助かった事だってある。ねぇ、アルシェ。ヘッケランはバカでムカつくかもしれないけど、リーダーとして皆の安全を考えて言っているっていうのは分かってあげて。アルシェ、どうしても納得はできないの?」

「ありがてぇけど、バカでムカつくって言う必要あったか……?」

 

 イミーナのフォローにヘッケランは苦笑する。しかし、イミーナの擁護もアルシェには届かなかった。

 

「……ヘッケランの心配はわかる。でも、私がこの依頼に賭けてることは皆も知ってる筈。いつも通りが一番依頼に集中できる。お願い」

「アルシェ……」

 

 アルシェは本気だった。その強い意思はヘッケランにも伝わっているのか、うっ、と怯んだ。しかし、それでも今回の話は不確定要素が強すぎた。どうしたものかと、ヘッケランは頭を悩ませる。

 

 そんなヘッケランの態度を察したのか、アルシェは顔を伏せ何かに迷ったように口籠ったが、意を決したようにテーブルの目の前の席で、静かに座っている男へと言い放った。

 

「……それにこの人は絶対におかしい。初めてあった時に見えていた魔力が見えなくなってる。魔力を隠しているのも、その隠す方法を知っているのも絶対におかしい。疚しいことがあるみたいで不安になる。私はそんな人には背中を預けられない」

「あー……」

 

 唐突に標的にされた男が間の抜けた声をあげた。

 

 アルシェ曰く、初めてカッツェ平野であった時には男の魔力が見えていたのに、今回会った時には何も見えなくなっているという。アルシェは相手の魔力量と使用可能な魔法の位階の両方を見抜く事ができる魔眼を持っており、男に対して警戒心を抱いているようだった。

 

「魔力隠してるのは、この指輪のお陰だな」

「ひっ……」

 

 と、男が指輪を一つ外すと、重苦しい空気が周囲に満ちた。アルシェの目に赤黒い炎のような巨大なオーラが男から立ち昇るのが見え、オーラを視認することの出来ないヘッケラン他のメンバーにも空気の質が変化したことには気づいていた。

 

 その大きく禍々しくも見える魔力は男の全身を覆っており、一見すればその身を焼いているようにも見える。アルシェがそのオーラの異様さと大きさに悲鳴をあげ、彼女の座る椅子ごと一歩後ずさりした。その赤黒いオーラをアルシェが視界に入る度に、畏れで彼女の身体が震えてくるようだった。

 

「この指輪は……まぁ、マジックアイテムでな。魔力を隠蔽する効果がある。今回もだが……前に酷く怯えられたからな。君みたいな()を持つ者に見られると厄介事の元になると思ったんだ」

 

 どことなくバツが悪そうに、男はそう説明しながら指輪を嵌め直す。すると、途端にアルシェの視界から赤黒い炎がフッと掻き消えた。

 

 アルシェは目を見開き驚いたが、今度は怯えるような目を向ける。説明しただけで男への警戒が解けるという訳ではなさそうだった。アルシェが男の参加を頑なに拒んでいた本当の理由──それは、男の魔力が禍々しく、アルシェにとって不安や恐怖を抱かせるものであったからなのだろう。

 

「……あ、あなたみたいな大きな魔力を私は見たことがない。色も大きさも異様過ぎる……それに私にはあなたの位階が判別できない。師匠……フールーダ様だってそんな色していなかった」

 

 彼女がかつて指導を受けていた帝国の主席宮廷魔術師であり、第6位階までの魔術すら行使することが可能なフールーダと比較しても、男の魔力は得体の知れないもので位階がどれほどのものに相当するのか彼女では判別出来なかった。

 

 ――彼女は知っていた。この世界には人の形をした人でないもの/異形種が市井に紛れていることを。

 

 故にアルシェは畏れから口にする事は無かったが、目の前の男のことも人では無いバケモノの類だと彼女は思っていた。彼女とて力を持つ存在に対して好き好んで敵対したい訳では無い。かと言って、関わりたい訳でもない。

 

 彼女は仲間達がこの得体の知れない男に関わって不幸な目に合うことを心配していたのだ。だからこそ、この男が依頼に混じらないように意見したし、バケモノの怒りを買う覚悟で懸念を示したのだ。

 

「……確かに俺は一応魔法も使えるが、本職は戦士なんだが。位階が判別出来ないと言われても……参ったな、これは」

「すまねぇな、旦那。まさか俺も、アルシェがここまで頑なになるとは思ってなくてよ……」

 

 男がさも困惑しているかのような声音で言った。それに騙されたか、それともこれ以上の事情を突くのはマズイと判断しスルーしたのかはわからないが、ヘッケランは男に素直に謝った。

 

「……まぁ、俺も帝国で生活する上で衣食住の目途がついた訳だしな。必ずしも参加しないとマズイって訳じゃない。俺を参加させる、させないで意見がまとまらないなら、その前に依頼の内容を聞くのは駄目なのか?」

「へぇ、そうだったのか。とりあえず生活に困らなくなったなら良かったじゃねぇか。依頼の事は……まぁ、本当は参加を決めてから言うつもりだったんだが……此方から声をかけたんだ、仕方ねぇか。一応、他所には漏らさないでくれよ」

 

 男が了承するように頷く。それを確認したように、アルシェは大きく息を吐いてから頷いた。それからようやく協議の本題に戻る。

 

「……王国領にある、とある村の近く。そこで新たに見つかった遺跡の探索。それが依頼」

「要は他国に侵入して墓荒らしをして来いってワーカーらしい仕事だよ」

 

 アルシェとイミーナが言うにはその遺跡が発見されたのはつい最近らしいとのこと。その遺跡は村外れの平野に突如として現れたようだ。辺りは平野で、大規模な遺跡が地中に埋もれていたとも考え難かったが、遺跡全体が土で覆われており地中にあった物が何かの拍子で露出したのではとも噂されていた。

 

 王国で既に遺跡の有無に気付いているかどうかは分からないが、帝国では遺跡自体もとある筋から情報の提供があるまでその存在に誰も気付かなかったらしい。

 

 ちなみに存在が知られたばかりのせいか、やはり探索に伴う成果といった噂は皆無。恐らくまだ誰も探索していないか、探索しても帰れていないかのどちらかだろう。

 

 加えて、遺跡の外見が神殿にも墳墓にも似ているらしく、中にはアンデット系のモンスターが出る可能性が高く、その危険性から、かなり条件の良い報酬になっているようだとアルシェは言う。依頼人は帝国貴族の上の方。どこから出てきたのは不明。危険度が高い為、騎士は動員できず、かといって冒険者では有力なチームの数を集めるのには時間がかかる。故にワーカーにお鉢が回ってきたという背景があるらしい。

 

 話を聞いている間、ずっと黙っていた男がようやく口を開いた。

 

「……ここまで聞いて悪いが、その依頼は受けられないな。お前たちも命が惜しかったらその遺跡探索の依頼を受けるのは止めておけ」

「……一応、理由を聞いてもいいか?」

「俺もお前と同じと思ってくれていい。危険を嗅ぎ分ける嗅覚は大事にした方がいいと思うぞ」

「……そうか」

 

 その回答は予期していたものの、心の何処かでは同行してくれるのではないかと期待していたヘッケランにとって、男の辞退は落胆するに十分なものであった。その時、ヘッケランの悩むような素振りから何か感じ取ったのか男がフォローをいれた。

 

「どうしてもその依頼じゃないといけないのか? 他の依頼だったら俺も同行してもいい。なんなら、彼女の疑念を晴らす事も兼ねて初回の分け前は無しでもいい」

「……そうか!」

「ちょっと待って、ヘッケラン。遺跡の探索依頼を受ける事は既に仲間皆が了承済みの筈。今更、方針を変えるの?」

「……っ」

 

 アルシェがヘッケランを強い眼差しで見た。それは私の事情を知った上で言っている事なのか、私達は助け合う仲間ではなかったのかと、その瞳は物語っていた。

 

 これは分水嶺だ──眼の前には二つの道がある。片方の選択肢は生、もう片方は死に繋がっているような、運命の岐路。ヘッケランは、何かが自身の背に重くのしかかっている気がした。

 

 このまま、アルシェの言うように遺跡探索に参加すべきか、それとも他の依頼に参加する為に先ずはアルシェを説得すべきか……勘は言っている。アルシェを説得すべきだと。だが、仲間であるアルシェへの情が決断を阻む……

 

 ヘッケランが選んだのは──

 

「……確かにアルシェの言う通りだ。今更、依頼を降りることはできねぇ。……旦那、悪かった。この話は無かった事にしてくれないか。この埋め合わせはいつか必ずする」

「……もう一度だけ言う。その依頼はやめておけ。どうなっても知らんぞ」

「すまねぇ」

「……そうか。選ぶ権利はお前達にある」

 

 ヘッケランがそう謝罪するも、どこか男の反応は冷淡だった。しかし、その口調に、誘いを反故にしたことへの怒りや呆れといった感情は無いように思えた。一番近いのは憐れみと失望だったかもしれない。

 

「……俺はもう行く。お前たちが途中で引き返すことを祈っている」

 

 それから席を立って歌う林檎亭を出て行こうとした際、男が溜息をついたのを聞いた。ヘッケランには、その背中に何かしらの苦悩が滲んでいるように思えた。

 

 □

 

 ヘッケランたち一行は荷馬車に揺られ続け、予定通り翌日には依頼にあった遺跡へとたどり着いた。今日、いきなり遺跡に入ることなどない。現在は対象の遺跡を遠くから視認出来る位置にキャンプを張る事になっていた。

 

「あれが……遺跡」

「神殿……いや、墳墓、か?」

 

 遺跡に近づく事なく、遠眼鏡で状況を確認するフォーサイト一行。アルシェが呟き、ヘッケランも同意するように呟いた。

 

 その遺跡の外観は神殿や権力者が祀られるような墳墓のような形を成していた。精緻な彫刻、切り出した石を積み上げて作られた建造物は、かなりの年月を経ているように見え、風雨と時の経過によって表面が風化し薄汚れていた。

 

 これ程大きな遺跡がこれ迄見つかっていなかったなど、俄かには考えられなかった。それに、遺跡の周囲は平野の中にあって、少し盛り上がった土地にあるだけで、大きく窪んだ土地という訳でもない。地中に埋もれていたようには到底思えなかった。

 

「ええ、確かに墳墓に見えますが……」

「……なんだ。嫌な感じだ」

「……うん」

「ちょ、ちょっと、変な空気にしないでよ!」

 

 一行はその遺跡に圧倒されていた。それを目にしたヘッケランの心臓が変な鼓動をして鳴り止まなかった。しかし、いつまでもこうしている訳にもいかない。ヘッケランは安全を少しでも確保する為に、自分に渇を入れてから他の仲間へ指示を出していく。

 

「それじゃ、三人は設営と周囲の警戒を頼む。俺は少し情報を集めてくる」

「はいはい。気をつけてね」

 

 イミーナの短い返事に、ヘッケランは手を挙げて答えると物資の集積場へと近づいていった。そこでは他のワーカーチームが馬車からの荷降ろしや、状況の確認の為に集まっていた。

 

 大体がヘッケランの顔見知りで、ヘビーマッシャーのグリンガムに天武のエルヤー、竜狩りのパルパトラ……その他有名どころのワーカー達が揃い踏みで互いに情報を交換しあっている中……そこには、出発した時には見なかった顔もあった。

 

「パッチ……? アンタもこの依頼を受けてたのか」

「あぁん? ……なんだ、ヘッケランか」

「どういうことだ? 出発の時にはいなかっただろ」

 

 こんな時でも知りたがりかよ、とうんざりした様子のパッチ。パッチはヘッケランに向けて、シッシッ、と追い払うような仕草をした。しかし、ヘッケランはそんなもの見えていないとばかりにパッチへと話しかける。

 

「アンタも遺跡に潜るのか?」

「チッ……俺は潜らねぇよ。どっちかって言やぁ、俺はこの拠点の警護側だ」

「へぇ……だが、アンタ冒険者じゃない筈だろ?」

「冒険者証くらい持ってるぜ。ただの鉄だがな」

 

 そう答え、懐から何かを取り出すとヘッケランに投げて渡した。それは確かに鉄でできた冒険者のギルド証だった。

 ランクで言えば、下から二番目の、初心者が着けている冒険者証といえば分かりやすい。

 

 それはつまり、所属の証明だけが必要で、組合の依頼などは積極的に受ける気が無いという事であった。

 

「……そうか。スクリーミングウィップに潜り込んだか」

 

 そして、ヘッケランはどうやってパッチがこの場に潜り込んだかのかを察した。本来、隊の護衛依頼を受けているのはスクリーミングウィップ──帝国の金級冒険者チームであり、パッチは彼らに貸しでも作っていたのだろう、と。

 

 ヘッケランがそう言うと、パッチは口元を歪めて小さく笑みを作った。何も言わないが当たりという事なのだろう。

 

「……何が目的だ?」

 

 分からないのは目的だった。パッチは神出鬼没であり、真面目に働こうとする性格でもない。態々、スクリーミングウィップに同行して付いて来る理由が見つからない。

 

「オイオイ。俺の噂は知ってんだろ?」

「……死体漁り。俺らが死んだら、また仕入れでもするつもりか」

「ククッ……」

 

 パッチは再びニヒルに口元を歪める。俺の目的なんて大体限られてくる。俺が鉄火場に現れた日には、それが目的だと。言質こそ取らせなかったが、ヘッケランは間違いないと判断した。

 

 当然の事、死体漁りなどの行為は激しく嫌悪される傾向にあり、やり過ぎれば恨みを買って闇討ちでもされかねないのだが……それでもパッチが今でも商売を続けられているのは、彼を庇う妙な人脈があるせいだとも、貴族などの権力者と裏で繋がっているからだとも言われていた。

 

「……ま、それだけじゃねぇがな。お前らがあの遺跡から持ち帰ったお宝を、多少色を付けて俺が買い取らせて貰おうってだけさ。俺は仕入れが出来る。お前らは荷物が減る。客は珍しい品が買える。三方良しだろ?」

「ハ……俺はやっぱ、アンタが嫌いだぜ。俺らの成果のいいとこだけ浚おうってのが気にくわねぇ」

 

 ヘッケランの嫌悪を露わにした言葉に、だから何だと、パッチは平然と肩を竦める。パッチの本気でどうでもいいと思っている様子に、コイツは本当に他人に興味が無いのだとヘッケランは理解した。そして、その態度に、やはり苦手だ、と再認識する。

 

「そう言うなよ。俺にとっちゃ、盗品、不用品、処分品……どんな曰く付きだろうが物を売ってくれる奴は、どんな野郎でも皆大事なお客様よ。仲良くしてぇのさ」

「……へっ、そうかよ。まぁ、せいぜい、金の用意だけしておくんだな」

 

 だが、パッチはいくら人に嫌われていようが、客である限り仲良くすると宣った。その身勝手極まりない精神構造にヘッケランは話しているだけで気分が悪くなり、早々に背を向けてその場を離れようとした──

 

 そこへ、パッチがヘッケランの背に声をかけた。

 

「──そういやぁ、聞いたぜ? ヘッケラン。お前、ダンナのせっかくの警告聞かなかったらしいじゃねぇか」

「っ!」

「アレ見て後悔してんだろ。どこをどう見ても普通じゃねぇからなぁ。あんなものが、突然現れる訳がねぇ」

「……なんだ。何が言いたい」

「勘が鈍って、とうとうヤキが回ったかってよ。どう考えたって今まで誰かが隠してたって事だろうが。それも、あんなデカイ墳墓をよ。アルシェとか言ったか? あの小娘への情を優先したせいで、お前らは死ぬ。……死んで、ダンナを恨むんじゃねーぞ」

 

 パッチはヘッケランを嘲笑うかのように、その目を見て言った。その目は、まるでこれから死にいく獲物を観察するかのように冷めたものだった。ヘッケラン達フォーサイト──いや、ここにいるワーカー全てに対して何の感慨も抱いていない。それこそ、同じ人間を見る目ではなかった。

 

「……なんだ、アンタが遺跡に潜らねぇのは旦那の忠告があったからだってのか? だとしたら、とんだ臆病者だったな」

「あ?」

「人の事、利用するだけ利用して、信用なんか一切してねぇ。一人ぼっちの、死体漁りするしか能のねぇクソ野郎だと思ってたんだがな。あのダンナには媚び諂うらしい」

「ハハ……ヘッケラン。お前……俺に喧嘩売ってんのか?」

「俺は事実を言ってるだけだ」

「……フン。せいぜい気張るんだな。じゃねぇと、来週の今頃にゃ、お前らの装備が北市場で二束三文で売られてるだろうからな」

「ハッ、言ってろ」

 

 そのヘッケランの挑発に、パッチは鼻で笑って答えた。そして、ヘッケランももう話す事は無いとばかりに再び背を向ける。背を向け歩きながら、ヘッケランはその胸糞悪さに、クソ野郎が、と舌打ちしたのだった。

 

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