※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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49.フォーサイト編③

 薄暗い空間。墳墓内は入り組んだように道が続いていた。奥へ奥へと誘うように所々に不気味な魔法の火が灯っている。それは闇を払うには頼りなく、闇の深さを強調するばかりであった。

 

 通路の幅は三メートル程。壁は切り出された石で組まれているようで崩落の心配は無さそうだったが、岩の冷たさが嫌な空気を作り出してもいる。そんな無機質な通路の先に緑色の光をゆらゆらと放つ扉が薄く見えていた。

 

 周囲を注意深く観察しながら歩を進める斥候の女は、未発見の遺跡を調査する為に派遣されたワーカーチームであるフォーサイトの副リーダー、イミーナ。その背後に続くのはチームメンバーであり、リーダーのヘッケランとアルシェ、ロバーテイクだった。

 

「やっと通路の終わりが見えてきたわね」

「ああ。しかし、この遺跡は一体なんだ? 墳墓だということは分かるが、こんな場所他に見たこともないぞ……」

 

 ヘッケランはここまで来る道程を思い出す。遺跡の中央に位置する霊廟の奥には地下への階段があり、そこから更に奥深くへと続いていた。

 

 古代権力者の墳墓であるのか、道中には玄室が幾つもあり、そこには骸とともに副葬品である金貨や宝剣、宝石──財宝が手つかずのまま置き去りにされていた。他にも、地上部の小霊廟にも財宝が多く残されており、フォーサイトを含め、ワーカー達の欲望を刺激し、気を大きくさせていた。

 

 しかし、それこそが罠だったのか、墳墓へと入り込み過ぎたフォーサイトの面々は転移トラップを踏み、気がつけば見覚えのない通路へと跳ばされてしまっていた。

 

 この墳墓に入ってから既に数時間が経過している。それにもかかわらず、墳墓の最奥には未だ至らず、未知の順路を警戒しながら少しずつ進めるに留まっている。それはつまりこの墳墓の広さが推量できないほどに広大だということを意味していた。

 

 皆の疲労も大きい。これまで既に数度の戦闘を行い、フォーサイトのメンバーの幾人かが軽傷とはいえ負傷もしている。ロバーテイクの回復魔法があるとはいえ、失った体力は戻らない。まして、フォーサイトには長時間に渡り、遺跡に侵入したまま探索を続けられるような装備がない。帰り道が分からない不安、長時間に渡り緊張状態を強いられる疲労が彼らの精神を蝕んでいた。

 

「しっ……! 何か音がするわ」

 

 イミーナの言葉の通り、前方から何者かが迫るような音が微かに聞こえた。イミーナは全員に対して止まれと手でジェスチャーをする。静かに前方を確認していると──巨大な骸骨のエネミーが見えた。

 

 立ち上がった姿は身の丈三メートルはあるだろうか、右手には巨大な両刃のバトルアックス、左手は異様に巨大化した手となっている。フォーサイトの面々は初めて遭遇するアンデットであったが、それはコープスガーディアンを呼ばれる強力なアンデットだった。

 

 複数の頭蓋から成る頭部の眼窩には仄暗い光が宿っている。その暗い光に見つめられた気がしたヘッケランは悪寒を感じられずにはいられなかった。本能が理解したのだ。あれは自分たちでは敵わない相手だと。それこそ、自分たちに依頼を受けるのを止めろと忠告していた、旦那クラスの実力者の手が必要だと判断した。

 

「イミーナ! ロバーテイク! アルシェを連れて逃げろ!」

 

 そう叫んだ瞬間、一瞬で距離を詰めたコープスガーディアンのバトルアックスがヘッケランに振り下ろされる。その速度は速く、しかし重量感を感じさせた。咄嗟に回避行動に移ったものの地面を抉った衝撃までは殺しきれず、ヘッケランは地を転がった。

 

「ヘッケラン! 立って! 早く逃げるわよ!」

「っ、!」

「下がってください! ターンアンデッドッ!」

 

 ロバーテイクの首に下がる聖印が光を放ち、コープスガーディアンの全身を包み込む。

 

 ──しかし。

 

「そんなっ……!」

 

 それも一瞬の出来事。蝿を振り払うようなバトルアックスの一振りで、ロバーテイクが仕掛けたターンアンデッドはかき消された。そればかりか、邪魔者と認識した骸骨は重い足音を立てながらロバーテイクに向けて歩み寄ってくる。

 

「アンデッドにターンアンデットが効かないっ?」

 

 明らかに他のアンデットとは格が違う個体に、ロバーテイクは焦りを覚えた。

 

 それでも仲間の為、諦めるという選択肢は存在しなかった。ロバーテイクは再度ターンアンデットを繰り返しかける。しかし、やはり何の意味もなさなかった。ターンアンデットの効果があるのは低位のアンデットに対してのみであり、ロバーテイクの実力では精々が嫌がらせ程度にしかなっていなかったのである。

 

「ヘッケラン! このモンスターは強すぎる! 逃げた方がいい!」

「分かっている!」

 

 とはいえ逃げるにも隙をつかなければならない。そう考えると絶望的な気分になる。徐々に近寄ってくるコープスガーディアンの頭蓋目掛けてイミーナが矢を放った。それをコープスガーディアンは鬱陶しそうに巨大な手を盾にするようにして防ぐ。

 

「みんな走って!」

 

 その隙をついてアルシェがフラッシュの魔法でアンデットの視界を塞ぐと、一斉に背を向けて駆け出した。

 

「こっちよ!」

 

 イミーナが叫び、アルシェが後を追う。ロバーテイクもそれに続いて走り出し、最後に残ったヘッケランが集団の最後尾を受け持つと、フォーサイトの面々は後方を警戒しながら一目散に逃げだした。

 

 背後から響く怨嗟が込められたかのような声を聞きながら、必死に足を動かしていく。安全な逃げ場はこの墳墓の中には存在しない。それでも前に進むしか生き残る道は無いのだ。

 

 強力なアンデットから逃げ、一心不乱に走る。息苦しさも、足に来る疲労も全てを無視してフォーサイトの面々は走り──行き着いた通路の先に大きな扉を見つけた。

 

 鉄枠で補強された頑丈な作りを感じさせる扉は侵入者を拒絶するかのようであり、ここが終点だとと考えてたアルシェは一瞬安堵を感じてしまった。しかし背後から聞こえてくる怨嗟の声と圧倒的な恐怖がその油断を打ち消す。

 

「中に入るぞ!」

 

 走り込んで来た勢いそのまま、即座に扉を開く。その勢いに押されるように内部に飛び込むが、しかし、そこは袋小路。ただの出入り口が一つあるだけの部屋だった。部屋の中には何も無い。今度こそ逃げ場はなかった。扉の向こうではコープスガーディアンが着実に迫って来ていた。

 

「なっ……!」

「っ! また転移陣っ?! 気をつけ──」

 

 ──ふと気づくと部屋全体が明るく発光していた。いや、正確には部屋の地面に施された転移の魔法陣が起動し、再びフォーサイトの面々を何処かへと運ぼうとしていた。

 

 □

 

 転移陣の眩い明かりで咄嗟に目を庇った。光が治まった時にまず感じたのは空気の変化。肌に感じる激烈な熱さに、硫黄のような強い異臭。呼吸をするだけで喉が焼け爛れるような息苦しさを感じた。

 

「ぐ……みんな、無事か?」

「ええ、大丈夫」

「私も無事です」

「……何とか逃げられたみたい」

「それより……熱いわね。ここはいったいどこなのかしら……?」

「わからない……また、どこか違う場所に転移したみたい」

 

 ヘッケランが急激な明暗の変化により目を眇めて辺りを見回す。周囲は先程までの墳墓の様子とは様変わりしていた。現在いる地点は岩場のようになっていたが、少し離れた場所には灼灼とした溶岩が流れているのが見えた。また、見える範囲では、このエリアの上部全てが岩で覆われている。つまりは、この空間全体が広い洞窟のようになっており、ここが地中にあるということが伺えた。

 

 幸いにも、近くに自分たちに襲いかかってくるような外敵の気配はないようだったが、この熱さは人間にとって危険だった。状況の確認が済み次第、移動した方がよさそうであった。

 

「……申し訳無い。私のせいでこんな事になった」

「いやいや……何言ってるんですかね、この娘っ子は」

「ですね。皆で選んで決めた仕事です」

「そういうことよ。アルシェが気にすることないわ」

 

 アルシェが言っているのは、この依頼を受けることになった経緯のことだろう。彼女の家の事情さえなければ、依頼を無理に受ける事も無くこんな所に来ることもなかったと。仲間を巻き込んでしまったことを悔いているのだろう。しかし、他のメンバーはアルシェが一人で決めたことではないと彼女を庇ったのだった。

 

 今はそんなことよりも、とにかく情報が欲しいと考え、ヘッケランは仲間達に目を向ける。しかし、イミーナやロバーテイクの表情には先の見通せない現状に対する不安と、未知に対する困惑で満ちているばかり。今いる場所がどのような場所であるのかも判断が難しかった。

 

「……魔法学院にあった本で読んだことがある。火山地帯には高温の溶岩が流れる溶岩洞窟と呼ばれる空間があるって。もしかしたらそれに似た場所なのかもしれない」

 

 アルシェが昔読んだ本の内容を思い出しながら、此処がどのような場所なのかを考察していると、イミーナが何かを発見した。

 

「ヘッケラン。あそこに何かあるわ」

 

 イミーナが指で示した方向には、遠く何か神殿のようなものが見えた。だが、そこは巨大な溶岩の川で遮られており、近づく事は出来なさそうだ。というよりも、溶岩地帯に近づくには何の装備も用意していないフォーサイトには危険が大き過ぎ、明らかな人工物がある神殿方向の探索は諦める他なさそうだった。

 

「こっちにも道があるようです」

 

 ロバーテイクが見つけたのは岩場の裂け目に作られたような道だった。中は洞窟のようになっているのか暗闇で先を見通すことは出来ない。

 

「どうしますか?」

「行ってみよう。……ここは熱すぎる。ここにいて焼け死ぬよりはマシだろうさ」

 

 進む先は暗闇だ。地面を確かめるように歩き、暫くしてようやく目が暗闇に慣れてきた。闇に慣れた目に入るのは遠くにある仄かな明かり。どうやら今いる場所は緩やかな坂が階段のようになっており、仄かな光は階段を下っていった先にあるようだった。

 

 フォーサイトの面々が警戒しながらも先を進んでゆくと、そこには立ち入りを拒むかのような古く大きな門がある。門は開け放たれていたが、此方と向こうを隔てる門の境界には白い靄があるようで、向こう側の様子を伺い知ることは出来ない。

 

「……行くぞ。警戒してくれ」

 

 ヘッケランがフォーサイトの面々に声をかけ、皆が決意を固めるように頷いて返した。

 

 

 白い靄の境界を抜けたその先は──降り積もった灰で一面の世界。雲間から光の射す、鈍色の空が見えた。

 

「ここ、は……外、なの? それに、この白いのは、灰……?」

「そ、そらがある……? 遺跡の外に出られた……でも、何故……門の境界を抜けた時にまた転移したということ……?」

「もう訳がわかりません……私たちは遺跡の探索をしていた筈なのですか……」

 

 地下深くに続く墳墓に始まり、溶岩の流れる広い洞窟のような場所へ。それが今度は空さえ確認できる景色に変わった。恐らく先の門は墳墓の外に繋がっていたのだとアルシェは判断していたが、あまりの環境の変化に頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

 それからアルシェは念のために、元来た白い靄の境界を調べた。彼女の嫌な予感の通り、来るときは容易に抜けられた筈の白い靄の境界はこちら側からは抜けることが出来なくなっていた。

 

「……元の場所には戻れない。これは罠だったのかもしれない」

「そうか……他に道が無かったとはいえ、早まったかもしれない。今は気をつけて進むしかないな。それよりも……あれは何だと思う……?」

 

 降り積もった灰で隠された地面には石畳が敷かれている。ヘッケランが示す先には廃墟となっている大きな建造物があった。殆ど朽ちかけの廃墟は火に焼かれたように黒く焼け付き、融解したように形が崩れている箇所も見られる。それでも建造物を中心として幾本もの巨大な柱が並び立っており、内部へと続く細い道が未だ崩れ落ちることなく残っていた。

 

「あれは……神殿、なのかしら?」

「わからない。もしかしたら……何かの祭祀場だった可能性もある」

「いいか、みんな。元の場所にも戻れなくなった以上、このままここに居ても何も始まらない。……最大限に警戒しながら進むぞ」

「ええ、分かっています」

「そうね……此処が何処かもわからないし、今のところ助けなんて望めないのだもの。自力で元の場所に帰る方法を探すしかないわね」

「……うん」

 

 斥候役のイミーナが先頭を歩き、周囲の索敵を行いながら進む。その後ろについて行くようにフォーサイトの面々が歩く。地面に降り積もった灰に四人分の足跡が続いていた。

 

 建造物に近づいてゆくとその異様さがわかる。中は酷く荒廃し、太い柱が崩壊し道を塞いでいる箇所もあった。緩く吹いた風が灰を巻き上げ、フォーサイトへと降りかかる。そこは人どころか、モンスターやアンデットすらいない、誰からも忘れ去れれたような寂しげな場所だった。

 

 建造物自体は単純な構造になっているようで、大部分が吹き曝しとなっているおかげで、彼らの居る場所からでも建造物の中心部がどうなっているかを伺うことが出来た。

 

 その中心部は彼らがいる位置よりも更に下った場所にあるらしく、そこには剣の突き刺さった奇妙な篝火と、それの前に座り込む何者かの姿を遠眼鏡で視認すことができた。

 

「あそこに誰かいるようだが……声をかけても大丈夫だと思うか?」

「さてね……これも罠かもしれないけれど、他に何もなさそうだし……今更戻ってもどうしようもないと思うわ」

「ええ……意思疎通の取れない相手でしたら逃げるようにしましょう」

 

 彼らは注意深く近づいた。剣の刺さった篝火を中心とした広い空間。その空間にあるものと言えば奇妙な篝火に、降り積もった灰の山、幾つもの円錐状の石筍。何者かの姿とは鈍色の甲冑に青のサーコートを身に着けた騎士であった。その騎士の姿だけが、この荒廃した遺跡に合っていなかった。

 

 その騎士はフォーサイトの気配を感じられる距離にあっても、篝火の前に座り込んだままで動く気配もない。ただ、篝火の火の揺らめきを見ているようだった。

 

「……なあ、あんたちょっと話できるか?」

「私たちここに迷い込んでしまって、少し困っているのよね。ここがどんな場所だとか知らないのかしら?」

「私達はこの場所から元の場所に帰る方法を探している。もしも帰り方を知っていれば教えて欲しい」

 

 しかし、それら問い掛けに対する反応は返って来ない。この状況下でその反応は嫌でも警戒度を上げざるを得なかった。

 

 ヘッケランは騎士を近くで確認する為に警戒しながらも更に一歩踏み出した。他のフォーサイトのメンバーもどのような事が起こったとしてもすぐに対応出来るように各々が武器を構え警戒度をあげた。

 

「っ、ねぇっ、言葉は理解できてるわよねぇ……? それとも、耳がイカれてて聞こえていないのかしらぁ?」

「こんなところに来るんじゃ無かった……早くこんな気味の悪い場所から出たい……」

「何が起こるかわかりません。気をつけてくださいよ、ヘッケラン!」

 

 反応が無いことに苛立っているのか、語尾を伸ばした喋り方で相手を挑発するイミーナ。それに反応してか、今まで動く気配のなかった騎士がのそりと立ち上がり、その面頬をフォーサイトに向けて視認した。

 

 そして──腰に佩いた鞘から剣をゆっくりと引き抜いた。

 

「っ!」

 

 フォーサイトの面々が咄嗟にバラける。互いが離れた距離を取り、多方面から攻撃出来る効率的な1対4の陣形を作った。その動きを見ても、騎士は無言で佇むのみ。包囲された状況でも、少しも動揺した気配を見せない。

 

 唐突に騎士の姿が──包囲の中から消えた。

 

「っ!」

「アルシェ!」

 

 イミーナから警告の言葉が投げられる。アルシェの背後に突如として現れた騎士が、彼女を見据え剣を構えていた。

 

『──』

 

 背後を振り返ったアルシェの耳に、面頬の奥から何事か、男のものと思われるくぐもった声が聞こえた。その言葉は近くにいたアルシェにも聞き取れなかった。

 

 そして、騎士はまだ幼さの残る顔立ちをした少女に対しても、その剣を一切の躊躇なく振り下ろした。アルシェは唐突の出来事に驚愕しながらも咄嗟に後退し、その切り下ろしから逃れようとした。

 

「っ! うっ、あああああ──!!!」

 

 鋭い剣閃であった。その騎士の剣は狙いを寸分と違わない正確さと、間合いの広さを持っていた。アルシェの杖を持つ腕だけを狙い、振り下ろされた剣は、彼女の回避行動など関係なく無常にも手首の辺りで切り落とした。ボトリと手首と杖が地面に落ちると同時に激痛がアルシェを襲い、腕からは多量の血が零れ落ちる。

 

「アルシェさん!?」

「アルシェ!!」

「っ、テメェッ……!!」

 

 痛覚を遮断する魔法を自分にかけようとアルシェは一瞬考えるも、その前に眼の前に立っていた騎士が剣を腰溜めに構えたのを見て、恐怖で頭の中が真っ白になった。また斬られてしまう。再び振るわれた斬撃に対して、何とか逃げなければと考えるも、成すすべなく再び鮮血が舞った。

 

「くうっ、ああっ……!」

 

 膝から下。片足をとばされたことで支えをなくしたアルシェの体が地面に倒れ込む。

 

 ワーカーの仕事は過酷だ。過去には、モンスターからの一撃で骨をへし折られたことも、腕を噛み千切られたり、腸を溢したこともある。それでも歯を食いしばって乗り越えて来た。でも恐怖は無くならないし、痛みと不快感に慣れる事などない。

 

 そしてアルシェは理解した。目の前の騎士には意思がある。彼女の嫌な予感は止む事がなかった。

 

『…………』

 

 だくだくと流れだした血が、降り積もった灰に吸われていった。息も絶え絶えといった様子で呻くアルシェに慈悲を向ける様子もなく、三度、騎士の剣が振り下ろされようとする。騎士が倒れ伏すアルシェに向けて剣を引き、止めの突きを入れようとした。

 

「《レッサー・デクスタリティ/下級敏捷力増大》!」

 

「女の子虐めて楽しいか、このクソ野郎がっ!!」

 

 その剣が突き入れられる前に、ロバーデイクがヘッケランに支援魔法を掛け、間一髪、ヘッケランがアルシェの前に割り込んだ。

 

 闖入者が現れたことにより騎士が構えを変化させ、左薙に剣を振るう。それをヘッケランは双剣を交差させて、剣撃を受け止め、その剣の軌道を何とか流した。

 

「ぐあっ?!」

「っ、二人から離れなさい!!」

 

 ガギンという金属同士が激しくぶつかる鈍い音が鳴り、火花が散る。ヘッケランは騎士の振るった斬撃を受け止め、軌道を流すことに成功した。しかし、その剣撃の異常なまでの重さに耐える事が出来ず、弾き飛ばされて地を転がった。バサバサと地に積もった灰が巻き上がる。

 

 そこにイミーナからの支援が入り、矢が間髪入れずに飛んできてヘッケランとアルシェを助けた。

 

「っ、ロバー! アルシェを連れて下がれ!」

「わかっています!」

 

 イミーナが射る矢を、騎士は重い甲冑を纏っているにもかかわらず、軽いステップで回避しヘッケランとアルシェから離れていった。

 

 騎士が剣に視線を向け、剣身に手を翳すように撫でると、剣全体を柔らかく包み込むように淡い光が生まれる。暫くすると光は消え……騎士はその剣身を確認するかのように再び覗き込んだ。

 

 それはこれまでヘッケランの見たことの無い魔法であったが、その効果は簡単に推察することが出来た。武器の修復。騎士は剣と剣がぶつかりあった衝撃や、強撃による剣身の歪みを直したのだろう。

 

 たった一度、剣と剣がぶつかりあった程度で歪む剣。……騎士はその膂力に見合う剣を持っていないようであった。

 

 だが、それでも──

 

「コイツはヤベェぞ……剣が異常に重てえ。生身で絶対に受けるなよ。受けたら多分、真っ二つだ」

「……分かったわ。私は援護に全力を注ぐ」

 

 距離を取ったところでイミーナが再度矢を射る。しかし、矢は騎士の振るった剣の腹でいとも容易く払い落とされた。矢が放たれたのと同じタイミングで、騎士へと接近していたヘッケランが双剣で斬りかかった。

 

「武技、双剣斬撃っ!」

 

 ヘッケランの剣戟とそれを防ぐ騎士との応酬が開始され、剣と剣が擦り合いシャリンシャリンと火花を散らした。ヘッケランの双剣の凄まじいまでの連撃。しかし、それら連撃を一歩も引かずにいなし続ける騎士。そこには明確な技量の差が存在している。

 

「ヘッケラン!!」

 

 イミーナが一呼吸に三本の矢を矢継ぎ早に打ち込む。三本の矢は騎士に回避されたが、その行動を阻害することには寄与したと言える。

 

「おらああああ!」

 

 ヘッケランがチャンスとばかりに我武者羅に剣で押し込み、騎士をじりじりと後退させていった。しかし、激しい連撃を繰り出すも、騎士に太刀筋を見切られているのか、それ以上は中々押し切ることが出来ない。そして、息をつく間もない全力を賭した連撃は体力の消耗も早い。剣筋が疲労で鈍り始めていた。

 

 それを見たイミーナは、このままではヘッケランの攻勢が止んだ瞬間、騎士の反撃が来ることを確信した。そうなってしまえば、ヘッケランの命はないと、タイミングを計りつつ……イミーナは焦りとともに矢を弓に番えて放つ。

 

 ヘッケランを死地から救出するための一手。しかし──それは結果として悪手となった。援護の為か再び飛んできた矢を、騎士はそれを読んでいたかのように掴み取り、即座にイミーナに投げて返したからだ。

 

「くうぅっ……!」

 

 恐ろしいまでの速度で飛来した矢はイミーナの肩口を抉り、そのまま後方へと抜けていった。彼女は利き腕の肩を負傷したようで、弓を取り落とし腕をダランと垂れ下げていた。

 

「イミーナ!」

 

 ヘッケランが怒号をあげたが、今は彼女の負傷の程度を心配している余裕などない。

 

「クソがあああぁぁぁ……!!」

 

 咆哮し、双剣を振るう。金属と金属が擦り合う残響音。ぶつかり合う鋭い金属音はしなかった。しかし、いなされる毎に剣が吹き飛ばないように堪えている為に、握力は奪われ続けている。ヘッケランは手に握った双剣に力を込めた。

 

 右の剣の袈裟斬りからの、駒のように身体ごと回転させて放つ左の剣の左一閃。

 

 しかし、騎士は袈裟斬りに、自身の剣の振り下ろしを合わせる。騎士が振り下ろした剣の圧力でヘッケランの持つ右の剣を弾き落とされる。ヘッケランの腕から剣が抜け、地面へと突き刺さった。

 

「うぅおおおぁぁ!!」

 

 ヘッケランは転倒しそうになるのを何とか堪える。続けてヘッケランが態勢の崩れた状態から無理矢理繰り出した左一閃に対しても、騎士は剣を滑らせ巧妙に受け流した。身体が開くような無防備な態勢に誘導され、ヘッケランの胴体部ががらあきとなる。

 

「そんな……だめえぇ──!!!」

 

 イミーナの悲鳴が聞こえた。表情の強張ったヘッケランの動きが一瞬だけ止まり、騎士が剣を腰だめに据えた。死を予期しているのか、ヘッケランの視界が狭まり、世界がスローモーションのように映った。そのまま胴体部を一閃するかという瀬戸際──

 

「マジック・アロー!!」

 

 騎士に魔法の矢が襲い掛かった。騎士が腰だめに構えた剣をそのままに、横に薙ぐように魔法の矢を払って消滅させる。それは何気なく繰り出された剣で魔法を切るという絶技であった。

 

 その一瞬の隙に、態勢を整えたヘッケランが取り落した剣を拾うと、死地を離脱するために転がるように逃げ退った。

 

 一歩間違えれば死というプレッシャーと繰り返し連撃を放った反動で膝をつくヘッケラン。イミーナがヘッケランの元に駆け寄り、深刻そうな顔をして彼を見た。

 

「イミーナ、大丈夫だったか」

「ええ、なんとかね……でも、この肩じゃもう力が入らないわ」

 

 イミーナの左肩の一部は抉れており、血がとめどなく流れていた。

 

「みんな……心配をかけた」

「アルシェ……! よかった、無事だったか!」

「馬鹿。どう考えたって無事じゃないでしょうが」

「うっ、すまねぇ」

「今はそれくらいに。……それにしても、これはまずい状況です。どうしますか、ヘッケラン」

 

 手と足を斬り飛ばされたアルシェが、ロバーテイクの肩を借りてとはいえ歩けている様子にホッと安堵の溜息をついた。切断された足と手が綺麗な切り口だったことや、切断されてごく間もないという要因があったからだろう。ロバーテイクの治癒魔法により、アルシェの切断された筈の手足はきれいに元の場所にくっついていた。

 

「……手足は大丈夫か。戦えそうか」

「少し痛むけど、問題ない」

「無理は出来ません。完全に傷が治った訳ではないのですから。イミーナもこちらへ、肩を治療します」

「……えぇ、お願いするわ」

 

 ロバーテイクが治癒魔法を使い、イミーナの傷の治癒を開始した。

 

「さて……これからどうするかだな。無理だとは思うが、もう一度対話してみるか」

 

 騎士は離れたところで剣を下ろして佇んでいるが、今のところ動く気配はなかった。

 

 今は小康状態にあるとは言え、あの騎士は非常に危険で厄介な存在だ。本来なら、アルシェを攻撃したあのような存在は許せないし、無視してしまいたかったが、元来た道を戻ったとしても元の場所に戻れると決まった訳ではない。

 

「……俺たちは敵じゃない! 遺跡の探索の仕事をしていたんだが、転移トラップを踏んでここに飛ばされてきたんだ! ここから出る方法を知っているのなら、金銭を対価に情報を買い取りたい! もう一度言うが、俺たちには敵意はない!」

 

『……』

 

 返答は沈黙。騎士は話すことが出来ないのか、それとも会話を拒否しているのか……

 

「あなたは話すことが出来るはず! さっき何かを言っているのが聞こえた。出来れば私たちの問いに応えて欲しい!」

 

『…………あぁ、話くらいできるとも』

 

「!」

 

 その面頬の奥から重々しい声が聞こえた。離れた場所にいる騎士が観念したように返事を返し、フォーサイトが身構える。対話を試みたものの、まともな反応が返ってくることを期待していなかったためだ。

 

「話せるなら……何故攻撃してきた?!」

『お前たちは……このナザリック地下大墳墓に無断で入り込んだ侵入者だ。この地は俺たちの領地。領地に土足で入り込む盗人がいれば排除するのは当然のこと』

 

 いきなり襲ってきたとは思えない、知性を感じさせる口調であった。その反応からヘッケラン達は交渉ができるかもしれないと期待を込めて騎士との対話を試みた。

 

「帰り方さえ教えてくれればすぐに帰るっ! だから、どうか見逃して欲しい……!」

『……諦めろ。お前たちはもうここから出る事は出来ない。残念だが……それはこの地に足を踏み入れる前から決まっていたことだ』

 

 騎士の言葉は断定的だった。まるで、この地に侵入者が訪れることを事前に予期しており、その対策が決まっていたかのような言。

 

「それは……どういう……?」

 

 訝しげに騎士を伺うヘッケランが言葉の意味を尋ねる。

 

『お前たちは重大な選択を誤った』

 

 騎士はヘッケランの質問に答える事は無かった。しかし、騎士の言う重大な選択とは……騎士の言葉になんの事だとフォーサイトの四人が表情を険しくする。

 

『この地に立ち入るのは間違いだった。ここは不死の盟主が治め、異形の民が住む領地。お前たちが立ち入ることは許されていない』

 

 そう言って騎士は頭部を覆っていたヘルムを脱いだ。その下から現れたのは嗄れ、骨と皮ばかりの亡者の顔。しかし、その目だけが爛々と妖しい赤い光を放っている。

 

 その相貌を見たフォーサイトの四人は言葉を失い、その醜さに生理的な嫌悪感と恐怖を抱いた。それは生者なら誰しもが持ちうる、死への畏れでもあった。

 

「っ! まずは、その不死の盟主殿に謝罪をしたい。この地を治める存在がいるとは俺たちも知らなかったんだ! この地に無断で立ち入った事を心からお詫び申し上げるっ」

「……口では何とでも言えるが。そうか、この顔では気づきもしないか……」

 

 騎士が片腕のガントレットの上から人差し指を撫でた。すると突如、騎士から感じる圧力が膨れあがった。それは人間では敵うことの無い絶対的な強者。亡者の姿から滲み出る悍ましい死の気配。フォーサイトの面々は本日何度目かの絶望の感覚を味わうことになった。

 

 そして、騎士の背後から黒い靄が地を這うように流れ込み……やがて靄が集まって人の形を象ると、実体となる。黒く焼け焦げた甲冑を纏った黒騎士達が付き従うように並び立つ。

 

 此処に至るまでの道は黒騎士達に塞がれた。もはや逃げることは出来ないと嫌が応にも悟らされてしまう。何とか交渉で切り抜けるしかないとヘッケランは焦りを隠した。

 

「ああ……ああぁっ……!」

「アルシェ!? どうしたの、しっかりして!」

 

 そんな時、アルシェの様子がおかしくなった。頭を抑え、へたり込む。絶望し、何かに耐えるように呻き声をあげた。そんなアルシェにイミーナは気遣う声をかけるが、アルシェはそれを無視して呻き続けた。

 

「……どの道、お前たちの始末は俺の責任の範疇にある。謝罪をする必要はない」

「っ、まっ、待ってくれ! 俺たちの始末がアンタの責任であるなら……アンタが納得すれば帰してくれるということではないのか?! 俺はどうなってもいい……! だから……だから、他の3人は見逃してくれ……!」

「……もう遅いのだ。運命は変わらない。許せとも言わない。ただお前たちを殺した、この俺を呪うといい。……せめて、苦痛なき死をお前たちに。友とこの地に生まれた新たな仲間達の為に犠牲となれ」

 

 騎士が再びヘルムを身に着けると、剣を構えた。ヘッケランの必死の懇願も、騎士の心を動かすには到らなかった。その異様な圧力にフォーサイトの面々は後退り、否応なく訪れる死を予感させられる。

 

「私のせい……全部、私のせいだった……! 私が警告を無視したから皆を巻き込んだ……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「な、何を言っているのですか、アルシェさん?!」

 

「あの騎士の正体は……私たちが依頼を受けるのを止めようとしたあの人……金級冒険者の人だ……!」

 

 ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイクが目を見開いてアルシェを見る。

 

「なっ……何を言っているのよ」

「そうだっ、アレがダンナだって? 流石に何かの間違いだろ」

「間違いない……あんな怖ろしい魔力はあの人以外に他に見たことが無い……! 顔がアンデットの物になっていたから分からなかった……!」

 

 アルシェの脳裏に思い浮かぶ、依頼を断るように忠告した男の姿。アルシェはただあの男の人の持つ禍々しい魔力が、その正体が人外であるかもしれないと思うと怖ろしくて、彼が一時と言えどもパーティーに入るのは嫌だったのだ。

 

 初めて会った時など、助けてくれたというのに警戒してばかりで、二度目に会った時はその怖ろしい魔力が見えなくなっていて不信感が勝った。だから、彼の言葉を拒絶した。フォーサイトが選択を間違えたのは、頑なになっていたアルシェのせいでもあった。

 

 そんな彼らの混乱など無視するかのように、威圧感を纏う騎士は剣を片手に歩み寄ってくる。

 

「旦那、なのかっ? 俺たちが悪かった! だから、もう止めてくれ! アンタの正体がアンデットだったって事は誰にも言わねぇ!」

「そうよっ! こんなことやめて! 忠告を無視したことは謝るわ! だからもう帰して……!」

「善意を反故にしたことを謝罪します。ですから、どうか……どうか今一度私達にチャンスをくださいませんか……!」

「旦那!!!」

 

『……』

 

「……ク、ソがああぁぁ!! ロバー、支援をっ!」

「っ、わかりました!」

 

 ヘッケランが走り、双剣を振るう。ロバーデイクが《下級筋力増大/レッサーストレングス》と《下級敏捷力増大/レッサーデクスタリティ》、《アンチイービル・プロテクション/対悪防御》を、矢継ぎ早に唱えヘッケランへと支援魔法をかけた。

 

 ヘッケランの仕掛けた剣撃は鋭く、早い。しかし、それでも両者の間に存在する力量の差は大きかった。ヘッケランがどんなに力を込め、速度を乗せ剣を叩きつけようと、全ての斬撃が滑るように流されてしまう。まるで子どもが大人に遊ばれているようだった。

 

「アルシェ! しっかりしなさい! あなたには家で帰りを待ってる妹たちがいるんでしょ!」

「っ!」

 

 イミーナがアルシェを鼓舞する。妹たちをあの家に置いたまま死んでもいいのか、このまま諦めてしまうのかと。それから騎士を狙い射る。一本で駄目なら二本、二本で駄目なら三本でだ。

 

『それで痛い目を見たのを忘れたか』

 

 しかし、騎士はその飛来した矢を掴み取り、それぞれイミーナとロバーデイクに投げ返す。

 

「くうっ……!」

「ぐあっ……!」

 

 ロバーデイクとイミーナが投げ返された矢に足と腹部を貫かれ地面に転がった。その部位からは少なくない血が流れ、衣服を赤く汚していた。

 

「アルシェっ! あなただけでも逃げなさい……!」

「アルシェさん、この場は私たちが抑えます……妹さんたちの為にも生きる事を諦めないでください……!」

 

 もはやこの戦闘は意味をなさない。ヘッケランの攻撃は通じず、イミーナとロバーデイクは返し矢で負傷している。敗北など目に見えている。フォーサイトの面々が身をもって知った絶対的強者への抗えない恐怖。アルシェだけでも助かって欲しかった。

 

「行け!! アルシェ!! うおおおぁぁ……!」

 

 雄叫びを上げたヘッケランが、捨て身とも思える吶喊を仕掛ける。ヘッケランの口から武技を示す言霊が零れた。限界突破、痛覚鈍化、肉体向上、剛腕攻撃。4つもの武技を重ね掛けたヘッケランには確かに戦士としての才能があったのだろう。

 

「こっちを見やがれ……! バケモノッ……!」

 

 ──武技、双剣斬撃

 

 しかし、その凄まじい一撃であっても、騎士には及ばなかった。動きを完全に把握していたかのように騎士は斬撃を放った剣を跳ね上げ、そのまま無防備な状態になった彼を、左肩から右脇腹にかけて流れるような一太刀で切り裂いた。無音、そして鮮血が舞う。

 

「がっ……は……」

 

 肺からこみ上げてくる衝動で咳き込むと、口からは血が吹き出た。身体を切り裂かれた痛みに、一瞬で意識が飛びかけ……そのまま崩折れた。

 

「ヘッケラン──!!!」

 

 眼の前で恋人が斬られるのを目撃し、イミーナの悲鳴があがった。ヘッケランの側に騎士がいようとも、見えていないとばかりに足を引きずりながらも大切な存在に駆け寄ろうとした。

 

「に、げろ……アル……シェ……イ……ミーナ……」

「……っ、く……。アルシェさん! 早く行ってください!!」

 

 騎士は、その剣先に付いた僅かな油脂を懐から取り出した白いハンカチで拭い、片腹を抑えるロバーデイクと、ヘッケランに縋り付いたイミーナをその視界に映す。

 

 アルシェはその光景を見て絶望した。勝てる筈がない。あんな人外の化け物に人間が敵うはずがないのだ。しかし、それでも逃げようとしない二人に対して、アルシェは自分が情けなくて仕方が無かった。

 

「……っ、う……ううっ……! ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……!」

 

 堪えきれない罪悪感、謝罪の言葉。こんな事になってごめんなさい。仲間を見捨ててごめんなさい。でも、私は死にたくない。大切な者の為に死ねない。アルシェは何度も何度も謝りながら、大切な仲間を身代わりにして《飛行/フライ》で遺跡から逃げだしたのだった。

 

 

 ──騎士の一太刀によって地に伏した3人。彼らには既に息はない。剣の汚れを拭い、鞘へと収める。彼らが確かに事切れていることを確認すると、その場に残った3つの白く丸い何かを掬い上げ、黒い靄の中にそれを仕舞いこんだ。

 

「ユリ、後処理は任せる。……モモンガに連絡しておいてくれ」

「御方様……はい、かしこまりました」

 

 いつの間にか背後に居並ぶ黒騎士たちの前にユリが立っていた。そう告げると、騎士もまたアルシェが飛び去った方に向かう為に、遺跡から出てゆく。黒騎士たちは不動、自らの王を見送るだけだった。

 

 □

 

 酷く乾燥した風が吹き、灰が巻き上がった。一面が灰に覆われた無味乾燥とした世界。

 

 アルシェの瞳からポロポロと涙が零れ、灰色の地上に雨を降らせた。

 

 この世界は変だった。雲間から太陽の光も見える。風も吹いている。でも、高い場所から見渡したこの世界は全てが燃え尽きたように、一面が灰色の荒野になっていた。こんな世界が現実の訳がないと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 現に、彼女が逃げ場所を求めて飛行していたら、この世界には目には見えない壁が存在し、それ以上は進む事が出来なくなっていたのだから。ここは正に、神の創造した箱庭とでも呼べる場所であった。

 

 

 ──どれだけの時間泣いていただろうか。この世界は日が落ちる事はなく、ずっと同じ時間を繰り返しているようだった。無機質で、変化のない世界。アルシェが暮らしていた場所とは、似ているようで似ていない、不気味な世界。

 

 逃げ疲れ、とうに魔力も底をついた。辿り着いたその場所は無数の剣が地面に突き立ち、血に染まったように赤い葉を持つ、純白の花を咲かせている植物の群生する荒れ地だった。そこで岩と岩の間に挟まり、膝を抱えて蹲る。

 

 涙さえも流れ出なくなり、考えることを止めた頃、遠くから何者かが近づいてくる足音がした。アルシェは、きっとあの騎士だろうと予感した。

 

 背を震えさせたアルシェは怖ろしくて頭を上げる事が出来なかった。泣きはらし、頑なに閉じた瞳には暗闇しか映らなかったが、耳は鋭敏に物音を捉えている。

 

 やがてその物音はアルシェの目の前で止まった。

 

「……私のことも殺すの」

『そうだ』

「お願いします……私には……私の帰りを待つ幼い妹たちがいます……私に出来る事なら何でもします……だから……だからどうか……」

『……』

 

 沈黙の後、眼の前で小さく何かを唱える声が聞こえた。ヘッケランも、イミーナも、ロバーデイクも死んだ。私もそうなる。──そうして、彼女は諦めた。でも、最後に呪いだけは残して逝こうと思った。

 

「やっぱり……あなたは人の心のない、化け物だった」

 

 それは何の魔法か。生まれた白い霧がアルシェを包み、彼女の意識を段々と薄れさせていった。死に至る白霧。騎士は霧の中で、アルシェの眠るような最後を静かに見ていた。

 

 □

 

 広いベッドの上から二つの小さな寝息が聞こえる。その正体は安らかで、穏やかに眠っている幼子たちのものだ。ウレイリカとクーデリカ。アルシェの幼い妹たち。

 

 クーデリカの手はウレイリカの手と重ねるように置かれ、二人は仲良く手を繋いで寝ていた。それを見る者がいれば、微笑ましく映ったことだろう。

 

 部屋のドアが開き、部屋の中を覗く影が一つ。

 

「クソッ、あの愚かな娘が悪いのだ。勝手に使用人を解雇するだと? ……私は高貴な身分だぞ……家の事など下男下女の仕事だろうに、いったい誰がするというのだ……ハァ……金がもっと必要だ……これもフルト家が屈していないという意志を、あのクソったれな皇帝に示す為……フルト家の威光の為…………お前たち、役に立てることを光栄に思いなさい」

 

 二つの影が部屋に侵入し、無垢な幼子に薄汚れた手が伸ばされた。

 

 







あとがき:最初の火の炉にユリが訪れた時の黒騎士(不死人:霊体)たちの会話。

「うおっ、プレアデスのユリ殿だ」
「めちゃキレー」
「何かいい匂いもする」
「おっぱい大きい」

「俺、いつかお近づきになりたい」
「無理無理。俺達とは住む世界が違う」
「やめとけ、王の寵愛を受けているらしいぞ」
「うえっ……聞いてないよ……」
「どの道、俺らじゃ相手されないって……」

「すみません。ちょっと通していただけますか?」

「あっ、申し訳ありません!」

「……いい尻だ」
「……ああ、いい尻だな」
「俺は胸の方がいいと思うけどな……」
「お前ら……王に消されるぞ」

「王様、一般メイドのシクスス殿、紹介してくれないかなぁ」
「俺は明るく活発なフォアイル殿の方が好みだ」
「お淑やかなリュミエール殿こそ俺の女神」
「……そこはフィース殿だろう」

「……今度、王に嘆願してみるか」
「おお!そうしよう!」
「それがいい!」
「のった!」
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