※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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膨らんできたトラベルノート(2)

レイナース現代編③

あらすじ
・フォーサイト断罪済み。
・ナザリック侵入の経緯を知っている為、若干の遣る瀬無さを感じる。
・冒険者の仕事と偽り、帝国に帰還。
・アルシェの妹がどうしているか気になり、念のためフルト邸に偵察へ。
・間抜けにも捕まる。

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51.レイナース編④

 黒の騎士鎧を身に着けた女が風を肩で切りながら、カツカツと早足に歩く。対向していた官吏が彼女の顔を見て恐れをなしたのか、壁際に寄って道を譲った。

 

 普段、感情を表に出すことの無いよう、人形のように表情を消している彼女には珍しく、ひと目見て分かるほどに眉間に皺を寄せて険しい顔をしていた。

 

 その女騎士は帝国四騎士の一人、『重爆』レイナース・ロックブルズ。

 

 彼女の向かう先は、帝都にいくつかある帝国騎士の詰め所の内、貴族街に程近い騎士団支所に併設された留置所。その留置所のもっとも奥まった場所にある牢。そこに彼女が目的とする人物がいる筈だった。

 

 

「これはこれは……四騎士サマがこんな場所に何の用ですかね。ここは地位のある方が来るような場所ではないのですが」

「……ここに昨日、連れてこられた人がいる筈です。私は彼のことを迎えにきました」

 

 黒の騎士鎧は帝国においては皇帝直属の四騎士のみが身に着けられる。留置所に足を踏み入れたレイナースの黒の騎士鎧を見て判断したのだろう、怪訝そうにした牢番の騎士が彼女に用向きを問いかけ、レイナースは端的に答えた。

 

「上からは誰かが出るなんて聞いてませんな」

 

 昨日連れてこられた人、と聞いて牢番がピクリと反応したようにレイナースには見えた。しかし、牢番は上からは聞いていないと答えるばかりで、一向に動き出そうとする気配はなかった。

 

「彼を拘束するのは不当です。既に釈放許可の手続きは取っています。今すぐに彼を連れてきて解放するように」

「ハァ? ……だから、誰かが出るなんて聞いてねぇと言ってるんですがね。ただ出せと言われて出す訳がねぇでしょう」

 

 レイナースは牢番の騎士に、捕まっている筈の男を牢から出し、呼んでくるよう苛立ちを極力抑えるようにして頼んだ。しかし、その牢番はレイナースが四騎士であると分かっていても尚、馬鹿にしたような態度で言葉を返した。

 

「許可があると私は言いましたが」

「チッ……あー? 何ですこれは? 何で釈放通知書なんて持ってんですかね。そういうのは上に持って行ってくださいよ。というか、それは偽造では? 普通は、こんな所に持ってくるもんじゃないでしょう。四騎士サマねぇ、公文書偽造は重罪なんじゃないのですかぁ?」

 

 苛立ちを隠す事なく、レイナースが机の上に釈放通知書を出す。しかし、牢番の騎士はその文書が偽造されたものではないかと疑った。その文書にはしっかりと検察官でもある統括の署名と印もある。疑いようなどないものだ。

 

「あなた正気ですか」

「しつけーなぁ、出直せって言ってんのがわかんねぇのか。俺は忙しいんだよ」

 

 小馬鹿にしたような態度で忙しいから無理と拒否した。だが、しかし、牢番は忙しいと言いつつも、帝都内で流通しているゴシップ紙を机の上に広げると、目の前のレイナースを無視して読み始める。

 

 明らかにレイナースは馬鹿にされていた。四騎士とは言え、女というだけで軽く見られる。帝国の男は自分たちが国を守っているという自負があるのか、女を下に見る風潮が強かった。この牢番もそうなのであろう。

 

 ただでさえ苛ついているのに、その愚行を目の当たりにしたレイナースの額に青筋を浮かぶ。

 

「……なら結構。直接、向かいます」

「はぁ? おいおい、なに言ってんだアンタ。んな事できる訳がねぇだろうがよ。上が認めねぇ限り、アンタの言う誰かを出すことは出来ねぇし、アンタも中には入れねぇ。女とは言え、騎士だろうが。騎士の癖にそんな事もしらねぇのか? おい! 聞いてんのか!」

 

 その騎士の態度に増々苛つきを募らせたレイナースだが、その顔と名前を覚え、あとで日記に書いておくことにした。れから、こんな奴にいつまでも構ってはいられないと、直接牢まで迎えに行くために、強行突破しようとした。

 

「待て待て待て待て!! おい、誰か! 誰かこっちに来て手を貸せ! 牢破りさせようとしてる奴がいる!」

「退きなさい、三下」

「あ? ──ひぃっ!?」

 

 慌てた様子で止めに入る牢番をレイナースは威圧する。その威圧に明確な生物としての強度の差にようやく感づいたのか、怖気づいたように後ずさった。

 

 だが、それでも牢番は未だに、昨日来た奴は誘拐犯で〜やら、金持ちの子どもを誘拐した薄汚い犯罪者で〜と汚い唾を飛ばして怒鳴っていたが、レイナースはその顔に釈放通知書を張り手とともに叩きつけてやった。

 

「あなたのその判断は無駄です。下がりなさいクズ。お前の名前と顔は覚えました。後ほどここの統括者に嫌味でも言っておきましょうか」

 

 張り手を食らった牢番は倒れ込むと屈辱と怒りで顔を真っ赤にして、次いで真っ青に変化させると口をモゴモゴさせて黙りこんだ。騒ぎを聞きつけて他の騎士が集まって来るも、レイナースの不機嫌極まる雰囲気に完全に腰が引け、その理不尽とも言える暴挙に唖然としていた。

 

 レイナースはそれら視線を尽く無視しつつ、内心では苛立ちを爆発させまいと耐えながら牢屋に向かう。ジメジメとした陰気な石造りの廊下。道中の牢の中には、人相の悪い輩やら、不潔な様態をした者達ばかりが入っている。そこは糞尿や垢など不衛生が元の異臭が鼻につく、最悪な環境であった。

 

 その者たちがどれくらいの期間、ここに入れられているかはわからなかったが、騎士であるとはいえ女を見た虜囚達は、最初こそレイナースの肢体に下卑た視線を向けた。だが、彼女から殺気の籠もった視線を向けられると、恐れをなしたようにすぐに顔を背ける。

 

 フンと鼻を鳴らし、彼女は周囲を威圧しながらも歩み続け、とある房の前で立ち止まった。

 

「迎えに来ました」

 

 鉄格子と石で造られた牢の室温は低い。中には、簡易ベットと排泄用の壺が一つ。中に居るであろう男にレイナースが声をかける。しかし、返事はない。男がいる牢も含め、留置所の全体は石造りである。中の声は意外と響く。だが、牢の中からは反応がなかった。

 

 まさかと思い、鉄格子に近づき確認すると……中から男の寝息が微かに聞こえた。

 

「……」

 

 流石に眉を不快げに潜め、カッとなったレイナースは鉄格子をガン! と脚甲を身に着けた脚で蹴りつける。大音量の金属音が響き渡り、他の牢の中にいる者達を含めて、驚いた男が飛び起きた。男とレイナースの視線が交わる。冷徹な眼差しで男を見据えた女騎士が言葉を紡いだ。

 

「迎えに来ました。取り敢えず、此処から出てください」

「あ……はい」

 

 男は若干慌てた様子で、開かれた牢の入口を潜り、外に出る。他の牢からはアイツ死んだな……、多分拷問されるんだ……、などという失礼極まりない囁きも聞こえてきた。それほどまでに女騎士の雰囲気は刺々しく、今にも人を殺しそうな雰囲気をしていたのだ。

 

 レイナースは男を待つことなく、さっさと元来た道を戻る為に歩んでいた。置いて行かれ、遅れた男はそれを追いかけるように急ぎ足でついて行く。

 

「では、この人は連れていきます。ご苦労でした」

「は、はい……」

 

 騒ぎを聞きつけて来た、先程の牢番の上長と思しき者に言って、身柄を奪うようにして連れ出した。

 

 ただ黙々と振り返る事なく足早に歩くレイナースと、それに着いて行く男。その足は留置所に隣接している騎士団支所へと向かっていた。

 

 その二人の様子を見た騎士の多くは怪訝そうな顔をする。しかし、レイナースの噂を知るだろう極一部は何かに気づいたのかニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

 その騎士達の様子に勘付き、レイナースは更に顔を能面のようにして表情を消したのだった。

 

「こっちです。着いてきてください」

 

 男を引き連れながらレイナースが支所内の廊下を歩く。すれ違う騎士達は皆一様にギョッとした顔をして道を開ける。能面のような感情の無い顔で、かつ肩で風を切って歩く彼女は、普段の様子とは明らかに異なっていた。

 

 レイナースと話をしたことのある女性騎士たちも偶々その場にいたが、今の彼女の放つ空気には近づく事も出来ず、話しかける事など出来なかったのだった。

 

 

 レイナースが男を連れてやって来たのは、この騎士団支所に存在する会議室。特殊な魔道具の設置された一室だった。部屋の中は簡易ながら盗聴透視の防止が施されており、外からは魔法で盗み見ることも、中で話した会話を盗み聞くこともできないようになっている。此処はそういった特殊な部屋であり、だいたいは騎士団長クラスの会議や秘匿性が求められる話し合いの際に使用される場所であった。

 

 現在会議室にいるのは二人。レイナース・ロックブルズ。そして、彼女の連れであり、同居人の男である。レイナースは男を部屋に連れて来た後、すぐに会議室の扉の鍵を閉めた。これで、外からこの会議室で話している内容は聞くこともできないし、盗み見ることも出来ない。

 

 そこで、ようやくハァとため息をついた。

 

「……なんで態々こんな所に案内を?」

「……」

 

 秘匿性の求められる特殊性の高い部屋に連れ込まれ、何か特別な話があるのだろうと察した男がそう質問した。だが、レイナースはそのまま背を向けたままで何も答えなかった。完全無視であった。男は困ったなという表情を浮かべ、彼女から何か発言があるのを待った。

 

 彼女が自分に言いたい事があるのは分かっていた。それは、何で騎士に捕まるような事態になっていたのか、それに尽きるだろう。ただ、男にもそうなってしまったやむにやまれぬ理由がある。レイナースが黙りこくっている間、男は必死に言い訳を頭の中で思い浮かべては、繋ぎ合わせるという作業に没頭することにした。

 

「ハァ…………取り敢えず、言い訳を聞きます。何故、牢に入れられることになったのですか」

 

 レイナースが再び深い溜息をついて、能面を脱ぎ去る。昂った気分を落ち着かせるように深呼吸。そして、未だに波打つ感情を抑え、努めて冷静さを装った様子で男に尋ねたのだった。

 

 □

 

 レイナースは寝不足気味で疲れていた。

 

 事の発端は昨晩、同居人が家に帰って来なかった事にある。最初はまた何処かで飲んでいるのかと思っていたのだが、月が空の天辺に登っても帰って来ない。月がどんどん沈み……ついには連絡のないまま夜を越え、朝日が昇った。

 

 一人の時間を悶々と過ごし、これではいけないと日記を書いてみたり、自身の得物である黒槍の手入れをしたり、久しぶりに本を読んでみたりもした。だが、どうにも集中できず、他の女の場所に出入りしているのではないかという不安が消えなかった。

 

 男の部屋で、朝まで帰ってくるのを待っていたレイナースは寝不足となり、そして男もついには朝帰りすらしなかった。

 

 レイナースは、もしかしたら何か事件に巻き込まれたのかもしれないと心配しながらも、騎士の仕事を休む訳にもいかず帝城に登城。そこで不安に悶々としていると匿名の手紙による報せがレイナースの元に届いたのだ。

 

 ──曰く、彼女の同居人が無実の罪を着せられかけており、牢に入れられていると。

 

 レイナースはその手紙を読んで目をむいた。

 

 匿名の報せが誰によるものかは気になったものの、急ぎ、事実を確認してみると、本当に男が牢に入れられているという。その事実を知ったレイナースは眩暈がするとともに、女の所に泊まった訳ではないことに若干安堵し少しだけ心を軽くした。一気に気が抜けたせいか、一瞬足から力が抜けそうになるほどだった。

 

 それからレイナースの持つ数少ないコネである皇帝の秘書官──ロウネ・ヴァミリネンへと相談。ロウネの伝手で各所に話を通して貰うと共に、留置所から出すための釈放通知書を取得。レイナースは急いで同居人を迎えに来たという流れだった。

 

 要らない借りをロウネや各方面に作ってしまったレイナースはそれだけで頭が痛くなる思いだった。恐らく、レイナースの評判はこの一件で荒れる事になるだろう。それが悪い意味か、面白がっての意味なのかは別として。取り敢えず、あの面白みのない女がまさか、と周囲から誂われるのは確定したとみてもよかった。

 

 レイナースが頭痛で眉間を押さえていると、男が牢に入れられた理由について言い訳した。

 

「いや、俺は本当に何もして無いんだよ……」

 

 信じて貰えると嬉しいんだが、と男が頬を掻きながら呟く。レイナースはその惚けた顔を憎らし気に睨みつけた。

 

 曰く、知り合いのワーカーチームが依頼に出たまま戻らず、連絡も取れなくなっているのだという。界隈では同じ依頼に参加したワーカーチームのいくつかとも連絡が途絶えており、依頼を失敗して全滅してしまったのではないかという噂も流れているらしい。

 

 その知り合いのワーカーチームのメンバーである娘にはまだ幼い双子の妹がいて、どうにも様子が気になり確認しに男が行ったのだという。

 

 何故、帝国に来て時も浅い彼が? とも思ったが、そのワーカーとはパッチの縁で知り合ったらしい。そのワーカーからは依頼への参加も誘われていたのだが、結局、折り合いがつかず御破算になったようだが……事情は色々と知っていたようだった。

 

 話は戻るが、そのチームメンバーの娘の家は元貴族家であり、元当主の夫妻──娘の両親が貴族としての生活が忘れられずに各方面に借金を作っていたのだと言う。その借金は娘が代理で返済しており、両親にも返せない借金はすべきでは無いとはっきり言っていたようだが改善の傾向はなかったようだ。そこで、娘は今回の依頼の達成後に幼い双子の妹たちを連れて家を出るつもりでいたらしい。

 

 つまりまとめると、複数のワーカーチームと連絡が取れず全滅したという情報もある中、まともな子育ての経験も無く使用人も近々解雇する予定の環境で、双子の娘がどうしているか気になったということらしかった。

 

 ただ、男は気になって当日はフルト家に向かったものの、結局、中に入る事が出来ずに外から中の様子を伺っていただけだという。そこで、運悪く巡回の騎士に捕まったと。

 

「そう、ですか……しかし、それでは丸っきり不審者ですね」

 

 頭痛がまたした。そして、レイナースはここに来て初めて男に心底呆れ、安堵が入り混じった表情を見せた。

 

 帝国の機密に関わる事柄の為、同居人である男には話すことが出来なかったが、レイナースにはそのワーカーチームが参加したという依頼に心当たりがあった。それは帝城襲撃に繋がる前日譚。帝国のワーカーが帝国貴族の依頼で、王国領の遺跡調査にワーカーが入ったというもの。

 

 表向きは未発見の遺跡の調査探索と銘打っていたが、その実は王国戦士長を助けた事もあるというアインズ・ウール・ゴウンが拠点としている墳墓の偵察が目的であった。そして、男の言う噂の通り、その遺跡──墳墓の探索に参加したワーカー達は既に全滅しているという報告が入ってきている。

 

「……でも、良かった……」

「何がだ?」

「……いえ、なんでもありません」

 

 レイナースは男がその依頼に誘われ参加するかもしれなかったという話を聞いて血の気が引く思いをした。それから依頼に参加しなかったことに安堵したのを、男に悟られないように隠した。

 

 同居人の男の事だ。依頼に同行する事になっていれば、レイナースにも知らされていただろうが……もしも、その依頼に男が参加すると聞いていたとしても、どの道レイナースは依頼を受けないよう引き止めていただろう。

 

 それは皇帝が画策した事前の予定では、ここまで大きな話になる事は想定していなかったものの、出方の様子見やワーカーや貴族を切り捨てることを前提としたアインズ・ウール・ゴウンとの繋がり作りを兼ねた計画だったのだから。

 

 皇帝はしばしばこうした謀略を仕掛ける事があった。故に、レイナースにはなるべく男を皇帝に近づけたくないという思いもあった。見つかってしまえば絶対にちょっかいを掛けられるという確信があった。

 

「ハァ…………理由はわかりました」

 

 レイナースは今日何度目かの深い溜息をつく。原因には皇帝の計画が関係しており、男はその謀略の余波に知らず巻き込まれた形とレイナースは判断していた。

 

「それでは、怒るに怒れないですね……全く、心配したのですよ。昨日は待てども待てども帰って来ませんし、結局、私も寝ないで待つ羽目になりました」

「え、それは悪い事をしたな……そういえば少し隈が出来てるな……」

「う……あまりジロジロ見ないでください」

 

 男がレイナースの顔に手を当てると、少し嫌がるような素振りを見せたものの、そのまま抵抗をやめ受け入れた。

 

 一方で、レイナースにはもう一つの疑問があった。それは誰が彼女に男が捕まっている事を報せたのかということ。だが、それを男に聞いてみても、本人は首を傾げるばかりで本当に分からないようであった。

 

 唯一、可能性としてあるのはパッチや他数人の友人だとは言うが、パッチは現在依頼に出ており帝都にはいないと言う。では、他の友人かと言われれば、中には騎士の友人もいるらしいが、男の現状を直ぐに知る事が出来たかと問われれば、怪しいとしか言えないという。

 

 つまりは、誰がレイナースに報せたのかは不明のまま。

 

「あとは……取り調べの時に寝泊まりしている場所をレイナースの家の住所で言ったから、念のため連絡が行ったとかじゃないか?」

「わ、私の名前を言った……?」

「え……あ、うん。一応……レイナースの名前を出せば確認くらいしてくれるかな、と……」

「ハァー……」

 

 レイナースは頭痛の種がまた増えたとばかりに眉間を押さえ特大の溜息をついた。

 

「……言わない方がよかったか?」

「いえ、そういう訳じゃないのですが……」

 

 取り調べということは、男の職業も知られていることだろう。そしてその仕事ぶりも調べられているに違いない。冒険者ランクの金級と言えば帝国騎士団であれば精鋭に相当し、実力としてはそこそこであるが、ソロの金級向けの冒険者の仕事など、帝都にはないことは知る人は知っている。

 

 故に、第三者からすれば、今のレイナースと男の関係が恋人関係だとしても、その実態がバリキャリ女騎士と彼女に養って貰っている男という構図の、パトロンとヒモの状態にあると想像するのは容易いことだった。

 

「……多分、周囲は男日照りだった私が、あなたとの関係を買ったとでも考えるのでしょうね」

「男日照りはともかく、実際に買われたようなものだが?」

「違います! わ、私があなたに言ったのは、その……飼われるということで……お金で関係を買ったのとはまた違うでしょう……あなたは資金に困っていたし、私は解呪の為にあなたを手の届く場所に置いて置きたかった。これは一種のパートナー契約です」

「うーん……よくわからないな……」

 

 羞恥やら混乱で頭がオーバーヒートしそうになりながらも、レイナースは必死に男に言い訳した。男としてはただの表現の違い程度にしか認識していなかったが……レイナースが言うように雇用主と奴隷、飼い主とワンワンの関係と比較し説明されれば、まぁそうか? と、一先ず納得することにした。どうでも良くなったとも言う。

 

「俺は愛玩動物だった……? これはもう無理に仕事をしなくてもいいのでは……」

「あなたが本当にそれでいいなら私は反対しませんが。その分、私に依存することになりますし」

「冗談だよ」

 

 男がレイナースを誂うと、レイナースはむしろ依存させるには好都合とばかりに返した。

 

「でもまぁ、取り合えず本当に無事で良かったです……」

「おうっ、どうした……?」

「……なんでもありません」

 

 そう感慨を込めて男の事をぎゅうっと抱きしめる。男の服には留置所の悪臭が染み付いていたが、そんな事など気にせずにレイナース自身の身体を密着させたのだった。

 

 

 昨日、男の事を待っている間にたくさんの事を考えた。そして、私は彼がいないと駄目になりかけているとレイナースは既に認めていた。

 

 もう帰って来ないのではないかと不安で仕方がなくなり、他の女の所にいる事を妄想して、悲しくなって、怒りが溢れてきて、妄想の中で何度も拳と蹴りを見舞った。

 

 でも、妄想の最後には、どんな女と浮気をしていたとしても男はレイナースの隣に戻ってきた。それだけ不安に思い、腹が立っても想いを捨てきれなかったということなのであろう。

 

 男を抱きしめたことで安心できたからか、どっと睡魔が襲って来たレイナースは目を瞬かせながら眠気に耐えて思考した。取り合えず、今晩はしっかりと風呂に入れて、異臭を除去してから一晩中抱き枕になって貰おうと。

 

 

 ──それにしても危ないところであったのだ。

 

 現在レイナースは非常に慌ただしい中にあり、明日には帝都を出る予定があった。あのまま報せを受け取る事が無ければ、レイナースが気づかない内に、男は冤罪を被せられていた可能性が高かった。誰が寄越したのか分からないが、報せの手紙はギリギリのタイミングであった。

 

 レイナースは睡眠不足で働きの鈍い頭で考える。帝都の治安部隊の杜撰な捜査には、後日一言物申しておかなけらばならないだろう。それに、あの牢番の騎士も態度がおかしかった。まるで、男に牢から出られると困るとでもいうかのような反応であったから。

 

 そこまで考えた後、最後にもう一度キツく男を抱き締めると、レイナースは男から離れた。

 

「……そうです。一つ伝えられる事がありました。釈放通知書を作成して貰う際に知ったのですが……あなたは、元貴族フルト家の子女二人を誘拐した嫌疑で捕まっていたみたいですね」

「誘拐、なぁ。それはつまり……」

「ええ……あなたがフルト家に二人の娘の様子を伺いに行った時には、娘はもう既にそこにはいなかったと言う事です」

「誘拐事件が起きていたとはな……道理で取り調べの騎士が妙に威圧的だった訳だ……どれだけ理由を話しても嘘をつくなとか、本当のことを話せとか取り付く島がなかったからな。最終的にはお前がやったんだって話にすり替わっていたし……」

 

 あれはさっさと犯人を断定して、話を終わったことにしたいって感じだったなぁ……と男が呟いた。

 

 彼の言う事が本当であれば、由々しき事態だ。意図した冤罪は組織の腐敗を招く。いや、それが初めから故意で行われたものならば、腐敗は既に起こっているのだろう。そこまでの事態になっているのであれば、事件を隠蔽しようとした裏を探る必要もありそうだとレイナースは皇帝に上奏することを考えた。

 

「……それとですが、明日から私は数日家を空ける事になります。なので、留守番を頼む事になりますので、よろしくお願いします。くれぐれも! 今回のように捕まるような事はしないでください」

「する訳ないだろ」

「……。今回の事が気になるようなら、状況が落ち着いたら私の方でも調べてみます。あなたは一応一般人なのですから、事件の捜査だとか、双子の行方探しだとか、事件にはあまり首を突っ込まないことです。いいですね?」

「分かってるって」

 

 レイナースの心配を他所に男は軽く答える。その返事にレイナースは一抹の不安を覚えつつも、話を打ち切るのだった。

 

「ハァ……私は明日からの準備があるので今日も少し帰るのが遅くなると思います。あなたはそれまでにしっかりと湯浴みをして、その身体に染み付いた不快な匂いを取っておいてください。それと、私は昨日あなたを一晩寝ずに待ったのですから、くれぐれも! 私よりも先に寝ないように待っていてください」

「お、おう……」

 

 家主の命令ですよ、と飼い主もといパトロンの強権を発動し、真剣な顔で言うレイナースに男は微苦笑しながら受諾したのだった。

 

 □

 

 ──翌日のこと。

 

 王国領に存在する墳墓の主アインズ・ウール・ゴウンに対して、帝国に所属するワーカーが領地を侵犯した一連の出来事の経緯を、皇帝自らの口で釈明するために帝国を出立する。

 

 レイナースは皇帝の身辺警護として、これに同道することになっていた。その出発前のことだ。

 

「では、留守の間を頼みます」

 

 ロックブルズ邸の門の前。エネルギーを補充し、ぐっすり眠ったレイナースは睡眠不足も解消し気力充分、不思議なくらい生気に溢れていた。

 

「承知いたしました。道中、お気をつけて」

「気をつけてな。どこに行くのか知らんが……あまり無茶はするなよ」

「大丈夫です。危なくなったら自分だけでも逃げますから」

 

 自分だけ逃げるという言葉を聞いて、男は皇帝陛下はどうすんだよ、と呆れ気味に呟いた。まさか本気で一人だけで逃げるとは思ってはいないようだった。

 

 使用人たちの目も気にせず、レイナースは男にハグし、目を閉じて深く深呼吸した。

 

「おそらく数日の間には帰れると思いますが、具体的な帰りはいつになるかわかりません」

 

 使用人たちがそれを温かく見守る中、じっと、活力を体に充填させ、背に回した腕を外して男から離れた。

 

「では……いってきます」

「おう。いってらっしゃい」

 

 チュと軽く口づけを交わす。強い眼差しで男の姿を目に焼き付け、レイナースはそのまま馬に飛び乗ると帝城に向けて颯爽と駆けてゆく。それを同居人の男と屋敷の使用人達は彼女の姿が見えなくなるまで見送った。

 

 ──そして家の留守を頼まれた男は……彼女の見送りを終えると、レイナースの忠告を聞かずに、今度こそフルト邸の様子を探る為に侵入計画を練り始めるのであった。

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