※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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膨らんできたトラベルノート(2)

レイナース編④


あらすじ
・帝都では男が奴隷市場を探索中。

その同時期、皇帝一行は――

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53.レイナース編⑤

 ──八本足のスレイプニルが土煙をあげて大地を駆け抜けてゆく。

 

 その後方では豪奢で荘重な馬車が牽かれており、その馬車の側面には金の装飾でバハルス帝国の紋章が施されている。それを中心として周囲には護衛を兼ねた堅固な造りの馬車や、スレイプニルや軍馬に騎乗した近衛騎士が護衛するように同道していた。

 

 中心の馬車にはバハルス帝国皇帝ジルクニフが搭乗しており、その隣には帝国の重鎮たる筆頭宮廷魔術師フールーダや、皇帝の秘書官であるロウネ・ヴァミリネン、四騎士であり護衛のバジウッドが同乗している。

 

 彼らバハルス帝国皇帝一行の向かう先──ナザリック大地下墳墓は本来リ・エスティーゼ王国領にあるが、今回に関しては秘密裏の訪問であるため皇帝は王国に対して先触れも、越境の報せなども出してはいない。

 

 では、何故皇帝自らがナザリック地下大墳墓を訪れようとしているのかと言えば、その目的は主に三つ。

 

 墳墓の主であるアインズ・ウール・ゴウンに会い、先のワーカー侵入に帝国貴族が関わっていた事を謝罪すること。釈明を目的とした会談の中で、アインズ・ウール・ゴウンの人品を確かめること、そして、もしも可能であれば大きな力を持つアインズ・ウール・ゴウンと繋がりを作り帝国に引き込むことにあった──

 

 □

 

 バハルス皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス一行はナザリック地下大墳墓に到着した後、その地上部にてアインズ・ウール・ゴウンの配下を名乗るメイド達から出迎えを受けていた。

 

「ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ、バハルス帝国皇帝陛下。主の準備が整い次第、御案内させていただきますので、今しばらく、この場でしばし移動の疲れを癒やしていただければと思います。ささやかですが、これより休息の場を整えさせていただきます」

「おぉ……! アインズ・ウール・ゴウン殿の心遣い痛み入る。そして、貴女たちのような美しい女性を私達の歓待につけて下さった事に、心よりのお礼を申し上げたい」

 

 努めて笑顔で応えた。皇帝一行を歓待していたメイドは、ユリ・アルファとルプスレギナ・ベータと名乗った。

 

 二人は皇帝であるジルクニフが目を剥くような美女達であり、その時点で皇帝が用意してきた謝罪の品である女達の質が、彼女達には到底及ばない事を思い知った。

 

 これでは女達を差し出したとて、不要な物を押し付けただけになってしまう。

 

 目の前のメイド──ユリ・アルファは日に浴びる事を知らない透き通るような白い肌を持ち、長い髪を頭上で纏め上げている。そしてメイドであるというのに、知性の象徴でもある銀色の眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気を持った美女。

 

 もう一方のメイドであるルプスレギナ・ベータはユリ・アルファとは反対に健康的な褐色の肌。大きな瞳に、明るく人懐っこい笑みを浮かべた、これまた美女であった。

 

 その美しさは女に嫉妬の感情と敗北感を抱かせるには十分過ぎるもの。現に、仮想敵地でありながら、皇帝の護衛であり職務に忠実であることを求められる筈の近衛騎士たちまでもがメイド達の美貌に目を奪われ、ダラしなく鼻の下を伸ばしている。

 

 これ程の美女を自らの元に集める事が出来るとは……と、アインズ・ウール・ゴウンの持つ権力に皇帝ジルクニフは内心で歯噛みすることとなった。もちろん、皇帝であり外交の面でも優秀な彼は、表面的にはそんな内側の心情など欠片も漏らす事などなかったのだが。

 

「──では、先ずは天気がよろしくないようですので、そちらから対処いたしましょう」

 

 ユリ・アルファが澄ました声音で言う。彼女から発せられた言葉の意味をすぐさま理解する事が出来ずに、ジルクニフが訝し気にした。

 

「ふ、おおおおおぉぉぉ……!! こっ、これはぁ……!?」

 

 フールーダの驚愕の声が聞こえ、空を厚く覆っていた筈の鉛色の雲が急速に解けるように消えてゆく。雲が消え去った後には晴天が広がり、燦々と大地と墳墓、帝国皇帝一行を照らし出した。

 

「な、なんですの、これは……雲が晴れて太陽が……!」

「爺、これは一体何が起きているのだ……!?」

「なんと素晴らしい……!! コントロールウェザーは第6位階の魔法ですが、これはもしかしたらそれ以上の……! なんという魔法か……!」

 

 レイナースの動揺を表した呟きは、その場にいる全ての者の心を代弁した言葉であった。空を見上げ、その衝撃的な変化に、ざわめきと動揺が周囲を支配した。

 

 世に天候を操る魔法は存在すれど、それは大勢の魔法詠唱者を集めた大掛かりな儀式によって発動させるもの。此処の周囲の様子を見る限り、その魔法詠唱者たちの姿もいない。しかも、急激な天候の変化を齎したという点から、これは第6位階以上の魔法であるとフールーダは判断していた。

 

「ここは恐ろしい場所です……陛下、どうかお気をつけください。相手は人間ではなく、化け物であるかもしれません」

「恐らく、これは力を見せつけるための演出です……今すぐ敵対する気は無さそうですが、私達を威圧するのが目的ではないでしょうか」

「まさか……」

「それにより向こうが私達から何を引き出そうとしているかは分かりませんが……」

 

 どのような仕儀なのか、単独での魔法行使であるとはとても思えなかったが、アインズ・ウール・ゴウンの勢力が少なくとも第6位階以上の魔法……それもフールーダでさえも知らない魔法を行使する能力を有していることが判明し、その絶大な力の差を理解したフールーダの高弟達の間に大きな動揺が広がっていた。

 

「続きまして、歓待の席をご用意させていただきます。今しばらくお待ち下さい」

 

 ユリ・アルファの一声で天候が急変したというのに、当の彼女は特別なことなど何もないといった風に、澄ました顔であった。

 

 それが演技によるものであるのか、それともこの地では普通にあり得る事であるのか……後者では無い事を願いたかった。

 

「しかし、陛下を何も無い野外でお待たせするとは……アインズ・ウール・ゴウン某は魔法の実力を持っているようですが、帝国皇帝の権威を理解せず、思い上がっているのでは」

「これでは馬車で待った方がまだマシじゃあないですかね?」

「……まぁ、待て。これから席を用意してくれるというのだ。私達は何が出てくるのか、待とう」

 

 そして、彼女たちが皇帝一行を歓待する理由──それはメイド曰く、主であるアインズ・ウール・ゴウンの皇帝を迎える準備が済んでいないとの事で、幾ばくかナザリック地下大墳墓に入場するまで待ち時間が発生しているという理由であった。

 

 しかし、皇帝が待機室に案内される事も無く、僅かとはいえ待たされるというのは、アインズ・ウール・ゴウンが皇帝を同格、もしくは格下と見ている証でもある。皇帝自身はその対応について不満を零すことはなかったが、周囲は彼ほど感情を隠すことが巧では無かった。

 

「……陛下は理性的のようで。向こうもそうだといいのですか」

 

 中には自国の皇帝陛下が下に見られていることで、明らかに不満げにしている者もいたのだった。

 

 そんな微妙な雰囲気を断ち切るという意図があったのかはわからない。しかし、その後に現れた存在はその微妙な雰囲気を吹き飛ばすには十分すぎた。

 

 ──ユリ・アルファが合図をするように手を叩いた。

 

「なぁっ……! こっ、これはっ……?!」

「デ、デスナイトが使役されているというのか……?」

「は、はははは……! そんなっ、こんなバケモノどうしろというのだ……!」

「あ、ありえない……!」

「馬鹿な……そんなことがあってたまるか……! アレは支配出来ない存在の筈なのに……!」

「私は悪夢でもみているのか……」

 

 すると、怨念を固めたように黒い金属鎧を纏い、人間などでは両手ですら持ち上げられないような大きさのフランヴェルジュを携えた巨大なアンデッドの兵士──それが合計6体、墳墓近くに建てられた小屋から隊列を組むように現れた。

 

 それらのアンデッドはテーブルセットやクロスを持って行進し、ユリ・アルファとルプスレギナ・ベータの指示のもと、淡々と席の準備を進めてゆく。

 

「っ、アレは、デスナイトとは何だ?! もしや魔法省の地下に幽閉されているというアレか!? どれ程の脅威になる……?!」

「くっ……!!」

「陛下、下がってくれ! あれはやべえ! あれは俺たち四騎士が全員でかかって何とか押さえられるかって奴だ……! 最悪、この場から逃げる事も選択肢に入れてくれ……!」

 

 その身から放たれる威圧感は圧倒的なものであり、その場にいる全ての者に危機感を感じさせた。

 

 このアンデッドがその剣を振るうだけで、皇帝の命は即座に奪われるだろう。四騎士であるバジウッド、レイナースが皇帝の前に庇うように出るも、二人の顔には恐怖と緊張が見え、ジリジリと下がる。今にも逃げ出しそうに腰が引けていた。

 

 皇帝ジルクニフの言うとおり、帝国においてはデスナイトは魔法省の最奥で一体だけ封印、管理されていた。過去にカッツェ平野で捕獲された危険なアンデッドであり、それは一都市を壊滅させることすら可能な能力を保持しているとも言われている。

 

 そして筆頭宮廷魔術師であるフールーダは長年、捕獲したデスナイトを支配下に置くべく研鑽してきたのだが……未だに支配下に置けていないという事情がある。

 

 つまりは、アインズ・ウール・ゴウンの死霊術における魔法の位階は既にフールーダ以上であると判断出来た。その絶望的な事実を理解できている高弟達は顔から血の気が引いていた。

 

「うほぉ──!! すごい! これは凄い! あぁ、アレは触れられるのだろうかっ、触ってみたいっ! なぁ、メイド殿、どうなのだっ?!」

「え、えぇっと、今は準備中ですので触れないでいただけると……」

 

 しかし、帝国の重席であり、筆頭宮廷魔術師であるフールーダはそのような事は些事とばかりに気にしてはいないようであった。逆にフールーダの知識欲求は興奮により振り切れており、この地に来てからというものの興奮のしっぱなしで言動が気色の悪い状態になっている程だった。

 

 これらのデスナイトは明らかにアインズ・ウール・ゴウンの武威を見せつけるために動員されていた。そしてようやく自身が竜の眼前に突き出されているかもしれないことを悟る。

 

 伝説級アンデッド一体で都市が壊滅すると言われているのだ。そんな化け物達を前にして、これから私は一体何と対峙しようとしているのか、とジルクニフは心胆が冷えてゆくのを感じていた。

 

「っ、これは……逃げてもよろしいですわよね?」

 

 四騎士レイナースの目にも怯えの色が見えた。レイナースは四騎士になる際にいざという時には自身の身を優先するという条件で契約をしている。しかし……皇帝はレイナースが逃げ出すことを許さなかった。

 

「……逃げたいのなら逃げるがいい。しかし、その場合はこれ以降、お前は私達とは無縁の戦士とさせて貰うぞ。前に此処に来たワーカー達と同じ運命を辿らなければいいのだがな」

「くっ……陛下は本当に性格が悪いですわね……!」

「褒め言葉をどうも」

 

 それは一人この地から逃げ出した場合、果たして帝都まで単騎で逃げ帰り、この地の存在が見逃してくれるのかという問題や、逃げた場合、帝国とは無関係な存在になるばかりか現在の地位の保証はないという警告も含んでいる。

 

 レイナースにとって、現在の生活は公私の両面において、かつて無いほどに順風満帆ものになっていた。その生活を構成している要素である、四騎士の地位を追われるということは、今の順調な生活が崩れてしまうということを意味する。

 

 その場合、私生活も崩壊に巻き込まれることを意味している。いつか伴侶になるかもしれない存在の顔が脳裏にチラついた。

 

「クソッ……」

 

 悪態をついた。彼女は皇帝のただその言葉だけで逃走の道を絶たれた。そして、そうしたやり取りで帝国一行のその動揺はユリ・アルファやルプスレギナ・ベータに見抜かれていたのだろう。

 

「ご安心ください。あれらは全てアインズ様がご創造なされ、完全に支配下においているものです。アインズ様のご命令が無い限り襲い掛かってくることはありえません」

「つくった、だと……!?」

「はい」

 

 ユリ・アルファはデスナイトが主が創造したものだと誇らしげに言う。その言葉は動揺している帝国一行には嘲笑しているようにも聞こえた。

 

 絶句。まさに今の帝国一行の心境を表すのに、これ以上に相応しい言葉があるだろうか。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは魔法詠唱者、それも第6位階以上の魔法を使用することが出来るというフールーダを凌ぐ魔法の腕を持つ存在。それだけではない。使役しているデスナイトは一都市を壊滅させる事が可能な存在であり、それを複数体使役するだけで無く、作成する事すら出来るという。誰がこんな現実を受け入れられるというのか。

 

「ふほっ……ふひっははは……! あははは、あ──はっははは!!」

 

 狂ったような哄笑がジルクニフの背後から湧き上がった。皇帝ジルクニフはゆっくりとそちらを振り返った。この場面において、そんな狂笑をする事のできる精神性を持った存在を。

 

「素晴らしい! 素晴らしいですぞ! 陛下! 私達は今! 未知の魔法に満ちた溢れた場に立ち入っているのです! おぉ、デスナイトを使役する術とは、作成する術とはいったいどのような魔法なのか! この地には一体どれほどの未知があるのか! 知りたい!! あぁっ……! あの閉塞感と緩やかな死を迎えるばかりだった私の人生が、今では輝いておりますぞ!」

「爺……?」

「メイド殿よ、完全に支配していると言う事は、やはり触れても大丈夫なのではないかっ? さっきから気になって仕方がないのだ……!!」

「……主の創造物になります。許可を得ないままに触れることはお控えください」

「そんなっ、なんという生殺しか……! 目の前のに答えの一つがあるかもしれないというのに、確かめる事すら出来ないとはっ……!!」

 

 そこにいたのは生涯最高峰の興奮を味わい、感動に打ち震えているフールーダ。ジルクニフはその異常とも言える高揚ぶりに眉根を寄せた。

 

「ふ……ふひっ! おお、陛下これからどうされますか? この叡智に満ちた地から転移の魔法を使って逃げますか? 今ならばまだお逃げになることも出来ると思いますが。いやいや、勿論この地の方がそれを許すほど寛大な方であればですが」

 

 フールーダは面白くて面白くて仕方がないといった魔法狂いの形相を取り繕うことも出来ず、皇帝に対して無礼とも言える態度で尋ねた。

 

 転移の魔法を使ってこの場から逃げるというのは、ジルクニフに取っては最後の手段のつもりであった。しかし、その最後の手段を何もしない内に行使してしまえば、帝国はアインズ・ウール・ゴウンに対して臆したとも判断される。それでは皇帝の器の小ささを示し、帝国など大したことがないとも取られかねない。

 

「ふん……そっちの顔の方がらしくて好きだぞ爺。そして聞き返そう。この私が、この程度で尻尾巻いて逃げるとでも?」

「それはそれは、流石ですな陛下! いや……私の可愛いジル。よく理解しておいでです」

「……」

 

 フールーダは薬物でも服用しているような、極度の興奮により瞳孔の開ききった凶相を見せた。ジルクニフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、フールーダは周囲の視線など気にも留めず顔をニヤニヤとさせていたのだった。

 

「──長らくお待たせいたしました。それでは席の準備が整いましたので、ご案内いたします」

「あ、あぁ、よろしく頼む」

 

 帝国一行が騒いでいる内にデスナイトによるテーブルセットの準備は完了し、デスナイト達はユリ・アルファの背後に一列になって控えていた。

 

 騒ぎになっていることにも目をくれず、ユリ・アルファは冷静さを保った表情で帝国一行をテーブルへと案内し始めた。席次はジルクニフが上座に座り、そこから順当にフールーダ、秘書官のロウネと並ぶ。

 

 大きなテーブルには純白のテーブルクロスが敷かれるとともに日除けの傘が設置されており、ガーデンパーティーのような様相をなしている。銀の水差しと恐ろしく透明度の高い、高品質なガラスの器がカートの上に準備されていた。

 

「此方で移動の疲れを癒やしつつ、おくつろぎ下さい」

「飲み物と菓子をご用意しております。何かご所望のものがございましたら、どうぞ私達にご遠慮無くお申し付けください」

 

 □

 

 疲れを癒やし天上の心地を齎す、美味なる橙色の果実水。緊張を解きほぐし、味覚を目覚めさせる。そして目を楽しませる、これまた美味な菓子を味わった。

 

 それらを口にした者は一様に感動を隠しきれぬようで、口にする度にほぅ、と感嘆の溜息を吐く。この時ばかりは、先程から続く圧力による動揺も落ち着いているように見えた。それは、皇帝でさえも緊張感を削がれ、もう帰っていいかな、などと宣う始末であった。

 

 しかしながら、帝国一行の中にも緊張を解く事なく、周囲の警戒を継続させている者もいた。

 

「……皆、どうかしている」

 

 緊張を解くなんて何を考えているのだと、言葉を発する事無く噛み潰す。バハルス帝国皇帝に仕え、四騎士と呼ばれている女騎士レイナースもその一人であった。

 

 レイナースにとって、この地は不吉な場所にしか思えなかった。この場所に来てからというものの、嫌な予感がしてたまらなかったのだ。

 

 それはまるで、彼女自身の思い描く幸福な未来のビジョンが、砂上に立つ楼閣のように不安定な物に感じられてしまうように。足下からこれまで積み上げてきたものが崩壊するような予感、と言うのが彼女の心情を表すのに最も適当かもしれない。

 

 何故、この場にいる事でそのような心境になったのかは彼女自身でも判然としない。ただ心を蝕むように広がってゆく、不安、恐怖、逃避願望は本物だ。心に巣食う負の感情が、たかが飲み物と菓子で打ち消せる筈も無い。

 

 デスナイトは明らかな脅威であった。四騎士全員で力を合わせてようやく一体抑えられるかも、という存在が数多く闊歩している光景を見て、皇帝に止められた後でもすぐにでも家に戻り、恋人のような存在を連れてこの地から少しでも遠い場所へと離れなければならないという願望がなくならない。

 

 ──そして、レイナースに不安を感じさせる存在がもう一つ。

 

 レイナースの視線の先にはユリ・アルファと名乗った、髪を夜会巻きに結い上げた切れ長の目をしたメイドがいる。恐ろしく美しい顔立ちをしてはいるのだが、知性の証である銀縁眼鏡の奥にある灰色の目には一切の熱の感じられない冷たい光が湛えられている。

 

 そして、そんな彼女から時折レイナースに向けられる視線には正体の分からない身も凍るような負の感情が乗せられているような気がするのだ。そのせいなのか、彼女を見る度にレイナースの心に言い知れぬ不安が呼び起こされる。

 

「──お飲み物のお代わりはいかがでしょうか?」

 

 そのユリ・アルファの義務感に満ちたの声で、沈んでいたレイナースの意識が現実へと引き戻される。そして、その声と視線に込められた感情の正体が何であるのか、彼女は既視感を覚えた。

 

 それはレイナースの四騎士としての地位を妬み、自立した女性としての精神性を嫉む──帝城で侍女として働く貴族家出身の者達から向けられる嫉妬と敵意にどこか似ている。貴族家出身の自分が手に入れられない自由と成功、レイナースの元に訪れた訪れた幸運を羨むものと。

 

「お、お気遣いありがとう。でも私はもう結構ですわ」

「さようでございますか。何か御座いましたら遠慮無くお申し付けください」

 

 ユリ・アルファは薄い微笑みを浮かべて言う。その微笑みに、レイナースの背中にゾッとするような怖気が走る。眼前の女性は美しい。だが、人の形をしているのに人ではない。何か別の生き物のように思えて、恐ろしくてたまらない。

 

「……気味が悪い」

 

 ポツリと呟いた。そんな負の感情を込められた視線を向けられる理由が分からないレイナースは居心地の悪さを虚勢を張ることで紛らわせたのだった。

 

 □

 

 ──その後のことだ。

 

 帝国皇帝とアインズ・ウール・ゴウンとの会談自体はアッサリと終わった。皇帝の釈明は意外なほどあっさりと受け入れられ、スケープゴートとなった貴族の首はアインズ・ウール・ゴウンの魔法によりデスナイトへと転変、皇帝はデスナイトの創造を目にし、アインズ・ウール・ゴウンへの警戒を一層強めた。

 

 そして、強大な力を持つアインズ・ウール・ゴウンが話した墳墓周辺領域の平定という今後の目的に対して、危機感を持った皇帝はアインズ・ウール・ゴウンを王とする国の建国を勧め、その建国に至るまでの過程の支援を約束。加えて、同盟を組むことを提案し、それが受け入れられる事となった。

 

 彼我の戦力差は絶望的であり、もしもアインズ・ウール・ゴウンに帝国が攻められることになれば帝国は滅亡するだろう。

 

 ──だが、何故かアインズ・ウール・ゴウンが帝国に直ぐ様従属を求めなかった。

 

 皇帝はその事に疑念を抱いたが、一先ずは帝国に彼らの矛先が向けられることは避けられたのだった。

 

 ただ問題は以前として山積していた。

 

 同盟の提案が受け入れられたことで、建国後に国交を結ぶ事が既定路線となった。ナザリック側の折衝を言葉で人を操る悪魔が担当する事になり、帝国側の担当官であるロウネ・ヴァミリネンは操られている可能性を考え、完全に信用する事が不可能となった。

 

 加えて致命的となったのが、フールーダ・パラダインの裏切り。帝国にアインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の情報を報せ、ワーカーを送り込む工作を勧めた。帝国が、皇帝がアインズ・ウール・ゴウンと縁を結ぶきっかけを作った。

 

 皇帝は言う。フールーダが、あれ程の魔法狂いが素直にナザリック地下大墳墓を後にしたのは裏切りの証左であると。

 

 故に皇帝は信頼できる臣にのみ宣言したのだ。

 

 人類が生き残る為に……帝国、王国、法国、聖国、評議国によるアインズ・ウール・ゴウン包囲網を作らなければならない。そして、その一環でアインズ・ウール・ゴウンを打倒する事の出来る強者を探し出し、帝国に迎え入れなければならないと──

 

 

「私はどうすれば……」

 

 そして、その計画を打ち明けられた一人であるレイナースは悩んでいた。アインズ・ウール・ゴウンを倒せるとまでは確信していないが、彼女は恐らくはアダマンタイト級に近しい実力を隠し持っているだろう存在を一人知っていたから。

 

 しかし、その人物はどのような事情が過去にあったのかこそ聞けていないものの……自身の力を隠しており、あまつさえ普段はただの金級冒険者として生活している。

 

 その秘密を暴く事は、帝国に彼の身を売ることに他ならず、そうなれば彼にとって私は平穏を乱した裏切り者になるのではないかと。嫌われてしまうのではないかと苦悩していた。

 

 一方で、レイナースの中でも危機感があったことも確かであった。デスナイトや墳墓を護るアンデッドの兵士、強大な力を持った異形の者たち。そして、人の身では到底敵う余地の無いアインズ・ウール・ゴウン。

 

 あの短い、互いの腹を探りながら交わした会談において、そう理解せざるを得ないだけの人外の存在達。そんな者達と敵対などして生き残れるとはレイナースには到底思えなかった。

 

 故に苦悩する。皇帝の意に従い帝国と自分の身を守る為に男を売るか、地位や今まで築き上げてきた物の全てを捨て、男とともに帝国を離れるべきなのか。

 

「どうすれば良いの……」

 

 レイナースの苦悩に答える者は誰もいなかった。

 

 □

 

 皇帝一行が帝都に到着したのは日の傾き始めた頃だったが、皇帝直属である四騎士の仕事は護衛ばかりでは無い。それに加えて今日の会談は皇帝に対して大きなプレッシャーを与える結果となった。

 

 帝城に着いて直ぐに、その日の内に信頼できる者のみを集めた意思の伝達が行われ、それに向けての情報交換、配置転換などが話し合われた。それから帝城での細々とした仕事を終えたのはそれよりも大分遅い時間。

 

 レイナースが自身の屋敷に戻る事が出来たのは夜半を回ってからだった。強行軍での移動に、生命の危機を感じる状況に放り込まれたということもあり、肉体的にも精神的にも疲弊しており、外面は兎も角、内面はボロボロの状態に近かった。

 

 音を立てないようにして明かりの落ちた屋敷に入ったレイナースは、扉を閉じると鍵を閉める。それから、一直線に一階、屋敷の奥にある客間へと向かった。

 

 冷たい空気の暗闇を歩いてゆくと、客間の扉の隙間からは光が漏れていた。目的の人物がまだ起きていたことに安堵して、扉の前に立ち、意を決してノックした。

 

 はい、という声が聞こえて扉を開ける。其処にはベットの背もたれに背中を預け書物を読んでいる男がいた。

 

 起きていたのは偶然だったのかもしれないが、レイナースは自分が帰ってくるのを起きて待っていてくれたと思いたかった。そして、レイナースが扉を閉じると同時に男はベッドから降り、その身体を優しく抱きとめた。

 

「おかえり」

 

 その行為はレイナースの心の琴線に触れた。鼻の奥がツンとなり。レイナースは顔を見られないように抱きしめ返しながら小さく言葉を漏らす。

 

「……ただいま」

 

 未だ選択肢を選ぶ覚悟などない。だけど、ようやく手に入れた拠り所を──大切な存在を手放す事だけは嫌だった。

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