霊媒体質者、
完全鎮静にはさらにもう一晩経っての昼過ぎまでずれ込んだ。
そして実際に地下7階6階の狭い範囲に異常現象が起きて、石が
サウナ実験は家長ちゃんの体調回復を待つため小休止。
それと同時、というかこっちが本当の原因だが、起きた異変で施設外流出以外の被害はあったのかで全館点検になり、実験どころの話ではなくなったのだ。
これが地下だけで済んでいたならば楽だったのだが、外部から視認できる状態になっていたので兵庫支部としては重大インシデント。
物理的な影響は起きていないと家長ちゃん本人含め見解一致だが、無かったなら無かったと報告書を国に上げる必要性が発生した。
よって、無を証明せよ、という面倒な作業を地上階含めて全域で行うことに。
機材科は全部屋の天井裏や配管まで調べるし、薬剤科は貯蔵している薬品や原料の変質が起きていないか強制棚卸しと成分調査、医療科も保存されている検体の総点検。
大山鳴動して鼠一匹を探し出すような作業。しかも鼠がいるかどうかもわからない。兵庫支部のほぼ全員が一斉に、何日も通常業務が滞る。
シフトに余裕のあった吸血鬼24時間監視も、吸血鬼専任担当の
謎の青足という1番の山は完全に鎮圧されたが、体力低下で干渉抵抗力が弱った家長ちゃんの昼夜問わずの小規模霊障対処に振り回されて特能科の面々も睡眠不足。
家長ちゃんが寝ている間に発生したものは家長ちゃんを起こして止めるしかない。
起こされる方も眠りの質が悪化するし、それが小児ともなれば機嫌も損ねようもので。
寝ている間に異変発生→起こされる→熟睡できない→ストレス溜まる→寝ている間に異変発生→起こされる、のループ。
音の発生か物理の影響がないなら我慢してそのまま寝かせておく、とマニュアル化されているのは仕方のないことだった。
果てしなく邪魔なのは否定できないけれど、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
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家長風凛の体力が戻って元気になった頃には、兵庫支部全体が疲労感に包まれていた。
特能科の面々はようやく終わったかと気を抜いた。
これでようやく仕事に集中できる、報告書概要の目処が立つ、次の検査に進める、などと十人十色の本来の方向性に向く。
監視が緩んだのも、また仕方のないことではある。
構ってくれそうな大人はみんな忙しそうに見えて、実際忙しいのだが、回復が優先になっていた張本人だけがエアポケットのように体力と余力を抱えていた。
遊んでくれそうな大人はいない、じゃあ1人でなにかする、となってイタズラ心が芽生える。
勝って兜の緒を締めよ、とはよく言ったもの。
機材科は壁裏天井裏床下といった各所の点検でいろんな隙間に入っていた。
蜂蜜好きな黄熊のパジャマで幽体離脱する身には壁も床もない。
狭い隙間に入った大人の前に突然現れて驚かす、というかなり迷惑な遊びを始めてしまう。
断続的に被害者を増やし、それが10人を越えたあたりでガチめなお説教を食らった。
工具を持っていたり変な姿勢であったり電気系作業であったりと、隙間作業中にドッキリされると本当に危険だからやめろとこんこんと説諭する。
普通の子なら正座で聞かされるところだが、それが効かないのが家長風凛。説教対象が幽体時だったので説教途中で壁の中に逃げ出した。
二度とやらない確証が欲しい怒れる機材科は作業を中断。待ち伏せするべく被害者一同が本体の方へ赴く。
床や壁の中からその様子を知ったからには姿を見せることはできず、かといってどこかに再出現してもまた追われるだけということを理解していた。
機材科と鬼ごっこできるんじゃないかと考えもしたが、やればやるだけ怒らせると考え直し、だけど暇で、機材科が諦めるまで姿も見せたくない。
しばらく悩んでいたが、この前地下4階で何か大きなものを動かしたという話をしていたのを思い出す。
ちょっと見に行ってみよう。
そうして黄色い熊の幽霊は姿を隠しながら地下4階を目指して彷徨い始めた。
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今後また似たようなことがあるので、なんて言われてどう納得すればいいのか。説明する気がまるでなかった。
八木のクソ野郎はその説明にも食ってかかっていたが、いまは疲れて寝ている。
サウナはあの時1回限りだったのだけど、その後からさらに接触がねちっこくなった気がする。
さっきもやけに執拗にいろんなところを舐めてくるし、セックスするより熱が入りはじめて、今日は舐めるだけ舐めて挿入はしてこなかった。私にもキスマークがいくつもつけられて所有権を主張されているようで不快。
もう舐められるのもセックスするのも慣れてしまった自分自身にも呆れる。
八木とのスキンシップを悪いものと思わなくなってきている。情が湧きつつあるのを認めるしかない。
順応しているというべきなのか、挿入ひとつでもすんなり根元まで咥え込めるようになってしまうし、こう馬鹿みたいに連日連日盛っているうちに、締め方であるとか迎え方であるとか自分が気持ちよくなれる方法であるとか、あんまり知りたくなかった技術が磨かれていく。時々怒りを忘れて耽ってしまい、あとで自己嫌悪にも陥る。
今回は舐めるだけなのか、と満たされていないと思ったことすら
私から誘ったことはない。
どんなに下腹に熱がこみ上げてこようと、それをしたら私のプライドがあいつを上位者として認めてしまう。
そうするぐらいなら1人で慰めているほうがよほどマシ。
口に突っ込んでくるようなら噛みちぎってやろうとまだ思っているし、察しているのか、いまのところ口は犯されていない。
あいつは私を舐めるし吸うが、そんなことは私しない。奉仕行為なんて自分を貶める最悪の行為だ。
それにしたって、2人生活が始まった時に比べればお互い隙だらけになったもの。
満足するまでやった後に無防備に横になっていることは多いし、大上段から従わせようとしていたものが、尊重とまではいかないがカドがとれて、威張りくさったり殊更に私を卑下するようなことはなくなった。
私が拒まなくなって好き勝手できるようになり、あちらの認識での上下が定まっただけかもしれないけれど。
今でこそ格子壁の向こうのベッドにいるが、ひたすら舐め回されたあとに1時間ぐらいはこちらのベッドで陶酔のような感じで寝転がっていた。
舐められただけだったから私に体力は残っていたし、顔面や喉笛にかかとを落とすぐらいのことはできたはず。出会った直後の怒り中ぐらいなら。
いまはどうだ。
害意はあるし、こういうことぐらいできる隙があると頭によぎるのに、いざ、という気になれないでいる。
八木のカドがとれているように、私のカドも同様にとれていて、憎悪であるとか憤怒であるとか、激情を向けるエネルギーが乏しくなった。
この環境を用意した運営側に憤激を向ける熱意はあるとはいえど、隙もなければ、仮にこの檻を吹き飛ばすことができたとしても、隔離牢を出た後のビジョンがない。
脱獄作品だと刑務作業で道具を入手したり壁の位置を把握したり獄中の仲間と協力したりとルート開拓できるものだが、相方は脱出する気なし。
道具を入手しようにも隠して置ける場所もない。そもそも逐一返却。数が合わないなんてことは起こらない。
別ルートで入檻した八木との会話により、立地はおそらく西日本、ここが地下にあると見当はついている。それだけだとどうにもならない。
せめてこの檻のある部屋の外がどうなっているかを知りたい。
「部屋の外ってどうなってるんだろ」
唯一の話相手は眠っているし自問するしかない。
「えーとね、ここ地下4階で、7階まであるよ」
「んなっ!?」
だから返事があるなどとは思ってもおらず、機械を通した野郎の声ですらない明らかに幼い声の主を探して見回しても、誰もいない。
「お布団の下にいるけど、カメラに映りたくない」
言われて寝室として使っている部屋の鉄格子の床を覗き込む。
理由はわからないが、檻自体がやや宙に設置されており、部屋の真の床まではちょっと高さがある。黄色い熊の着ぐるみのような女の子がそこにいた。
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家長の幽体離脱にはいくつかの特徴がある。
壁や床の透過性があり、ある程度イメージを固めればその姿で現れることができる。
立体だが、その状態で体内にあたるところに目を突っ込んでも内側からは何も見えない。
見たこと聞いたことは本体にリアルタイムで同期される。
物を掴んだり動かしたりすることはできない。
監視カメラにその姿は映りこみ、動体検知には引っかかるが、赤外線センサーは反応しない。
幽体離脱状態で発する声はマイクに乗らず、録音されない。声であって、音ではない。
戻ろうと思えばいつでも本体に戻れる。ただし乗っ取られている時を除く。
黄熊の着ぐるみパジャマな幼女が現れた場所は、見事に監視カメラの死角である。
当たり前の話として、床を貫通して侵入してくる相手など考慮すらしていない。
その出現場所がベッドの真下で、それも半身程度。
そもそも、機材科に追われる身としては監視カメラ全般を避けたい立場。
年齢の割に大変賢しく、壁床天井裏を移動しながら、この部屋一帯にある監視カメラの位置を特定した上で現れている。
カメラをなにかに偽装する必要がなく、堂々と設置されていたことも位置特定を容易にしていた。
「おねーさん、静かに喋って」
「それはいいけど、え……?」
佐土目線、人が床に埋まっているのである。
床が水面かのようになんとなく上下しているのだから意味がわからない。
「あんまりこっち見ないで。見つかる」
「ごめん」
ベッド用のマットレスから格子の床の下を覗こうとするまあまあ変な姿勢を改め、佐土はうつ伏せ寝転がった。
「…………誰? なんなの? 幽霊? 今度はなに?」
「幽霊じゃない。風ちゃん」
「いやぜんぜんわからない」
「吸血鬼ってお姉さんだよね?」
「は? 吸血鬼?」
「だって4階で吸血鬼観察だってみんな言ってたよ。男の人の吸血鬼はいないはずだから」
なおその情報を得たのは地下7階手ヶ咲バーにやってきた複数名の雑談盗み聞きの積み重ねである。
この幼女の場合、食事は地下に運ばれるか手ヶ咲バーで作られるなにか。特に夕食はバーの指定席で地上からデリバリーされたものを食べていることが多い。
絡まれることはないといっても、まわりの大人は酒が入って口が軽い。
十字が入社してからというもの吸血鬼関連研究はやや活発化しており、話題にのぼることも増え、「いまなにやってるのー?」「吸血鬼ってなーに?」「それはねー」などと、問われればペラペラ喋る大人は何人もいた。
守秘義務はもちろんあるが、内部の話を内部で話すこと、絶対に外に出ない守秘義務そのものな5歳児にするだけのことをどう責められようか。
地下4階で大きな工事をしていたのは調べようとしなくても勝手にわかったし、その成果たる吸血鬼監禁生活も開始1ヶ月ともなると、聞き齧りだけでもある程度なにをやろうとしているかの輪郭は掴めていた。
今まで訪れなかったのは、暇潰しをしっかり大人が行なって興味を別のところに向けさせていたからに他ならない。
「血って美味しいの?」
「いや、食べないし美味しくはないよ……」
「なーんだ」
「ふう……ちゃん?は幽霊じゃないならなんなの?」
「ゆーたいりだつ……?」
「いやなんでわかってないのよ」
佐土は素でツッコミを入れた。
先日のよくわからない現象もあって、驚きと困惑こそすれ、こういう存在がありえないこととは断じれない。
これは情報源になるのではないかとも思い始めていた。
「生きてるんだよね」
「下に住んでるよ」
「下ってどのぐらい?」
「7階」
どうも巨大な施設の中にいるらしい、ゾンビゲームの製薬会社でもあるまいに、と嘆息を漏らす。
当たらずとも遠からずであったことは知る由もない。
「ここって何人ぐらいいるの? 大人の人って」
「いっぱい?」
特異性から兵庫支部に来る前段階でも隠されて育った彼女にとっては、50人もいればいっぱいの判定である。それが500人であっても変わらない。
「ふうちゃんと一緒ぐらいの歳だと何人いるの?」
「風ちゃんだけだよ?」
「この壁の向こう側ってどうなってるかわかる?」
「カメラいっぱい」
「……隠れてここに来たんだよね? どうやって来たの?」
「天井裏とか壁の中通ってきた」
「前見えないの、危なくない?」
「よゆー」
家長風凛の特殊能力は、多角的要素の集合体である。
一般的人間では知覚外の存在と接触し、知覚可能な能力。
それに付随した変種のマルチリンガルおよび意思疎通能力。
現実世界に映像を結ぶ幽体離脱能力。
本人の資質に知覚外存在が乗っかっているのか、知覚外存在の影響によって獲得した能力なのか、どちらが主であるかは不明。
幽体離脱状態でも視覚や聴覚を機能させ、明瞭に声を伝達することができる一種の
伝達できるのは「声」であって音波ではないため、マイクに乗らない。
一般的人間には音に聞こえるがその実態は異なり、全聴覚を失い一切の「音」が聞こえない人でも家長風凛の「声」は聞くことができる。
「ここから出してくれたり、できる?」
「触れないからできなーい」
「モノを動かしたり」
「できなーい」
その後も事情通に思える謎の存在にいくつかの質問を投げかけ、わかったようなわからないような回答を得た佐土。
吸血鬼と聞いて見にきたもののとりたてて変な人ということもなく、楽しませてくれる人でもないとわかるとだんだん飽きてきた家長。寝ている男の方を起こすと自分の存在が追っ手にバレるのでそちらにはなにもできず。
「お姉ちゃんばいばーい」
ついに飽きが限界になって会話を打ち切り、返事も聞かずに気配が消える。
慌てて床下を覗いてもそこには誰もいない。
「なんだったのよ。夢じゃないのは間違いないけど」
腑に落ちないのが、自身が吸血鬼であるということ。
「吸血鬼、か。こういう檻の隙間からコウモリに変身して抜け出せたらいいんだけど」
変身しろー、と念じてみても、なにも起きることはない。
「じゃあ歯が伸びたりしないかなー」
なんとなく、うつ伏せのまま、伸びろーと念じて顎に力を入れる。
「…………マジぃ」
その口から、犬歯が長く、鋭く口外へ伸びていった。
そこそこ完成を急いだため次回以降投稿時にこの話に改変入るかも?