断界とは人界と魔界との間にある広大な世界だ。それは海のように両者を隔てているが同時に、海であるからには航路も存在する。
魔界からの侵略者である魔人たちはこの断界を通って攻勢を仕掛けてくるがために、人界の守護者である魔法少女たちにとっては防衛の最前線と言える場所でもあった。
ただ断界を渡り、活動するための技術、それらの蓄積においては魔界の方が圧倒的に上。向こうが海上に軍艦と空母を浮かべて侵攻してくるのに対し、こちら側はいまだに帆船か良いところで蒸気船をなんとか建造できるレベルでしかなかった。
必然、人界側の防衛ラインは水際対策とならざるを得ず、ところによってはあえて上陸させてから地の利を活かして囲んで叩く……といった手法をとっていた。
断界の大気の組成は人界とも魔界とも異なり、水や食料などの調達も困難を極める。
大きな部隊を編成して運用しようとした場合、生命維持のための補給確保は深刻な課題であり魔法少女たちにとってそれは常に悩みの種であった。
なので事情があって断界に中長期で滞在する任務があったとき、派遣されるのは最小限の兵糧で活動できる少数精鋭チームであることが常であった。
その上でなおさらに多くの人員を断界に送らねばならない事情が生じたとき、彼女らが取るべき戦略は明白だった。
――――敵基地の奪取である。
「――焼却する!」
断界積層・第67層、黄昏めいた赤黒の空に火星のような赤茶の荒野がどこまでも続く不毛の大地。
そこに精妙にして勇ましい裂帛の叫び――否、魔法の詠唱が響き渡る。
「星宿の羽、朱雀の翼!南天の門を開いて炎節に唄え!」
「イーッ!!」
「イィーァッ!!」
「ィイ゛ー!!!」
赤条一閃、赤々と燃え盛る炎の大剣が走り幾つもの人影を吹き飛ばす。
炎を纏った剣の正体は魔法の
となればその担い手は必然、魔法少女に他ならない。
その少女は、剣のみならず全身に紅蓮の炎を身に纏っていた。
赤い刀身の大剣、紅の鎧を基調とした
どこまでも鮮烈に、眩いほどに赤い魔法少女――彼女の名をクリムゾンフレアという。
「赤翼天翔ッ!!」
クリムゾンフレアが吠えると、その体の表面にゆらめいていた炎が俄かに燃え上がる。
それは爆発的な噴流となって彼女の踏み込みに激烈な加速を加えた。
さらに炎は得物たる剣の峰からも噴き上がっている。
凄まじい速力を与えられたその振り抜きに、周囲の敵は反応すらできない。
「はぁぁぁっ!!!!」
「「「イ゛イーッ!?」」」
影が人型を取ったような敵性存在――魔人達の配下である雑兵、影魔である――が十把一絡げに吹き飛んでいく。
炎の魔法『赤翼天翔』を発動させたクリムゾンフレアはまさにF1マシンの速度で走り回る、刃のついた巨大な鼠花火。
全身と剣に纏った炎がジェットエンジンさながらの推力を少女の一挙手一投足に与え、反応さえ許さずにすれ違った敵の全てを切り捨てる。
無論、口にすれば原理は容易いが扱うには難しい……いや、危険な技である。
加速力の制御を誤れば自らの全身を捩じ切るであろうし、障害物にぶつかって挽肉になる可能性もある。
この技を実用するにあたってクリムゾンフレア自身、血の滲むような研鑽を積み、それ故に身につけた必殺の戦技である。
「ッ!!」
「凄まじき手練!人界の魔法少女とやら、ここまでやるか!」
爆炎の剣舞が瞬く間に30に及ぶ影魔を切り捨て、縦横無尽に戦場を駆け巡り敵影の悉くを消し去るかに見えたそのとき。
硬質な金属音が赤黒の空の下に響き渡る――クリムゾンフレアの剣が何者によって受け止められたのである。
そこにいたのは影魔達とは対照的な白い人型。
白い硬質な外皮、或いは外殻に身を包んだその姿は擬人化された昆虫にも、甲冑を纏った武者のようにも見える。
その新手の敵――魔人は手首の側面から2尺弱の刃渡りの曲刀を生やし、それで燃える大剣を防いで見せた。
「名を名乗るが良い、女!」
「貴様ら魔人に教えてやる義理はないわッ!!」
「ならば墓に刻む名も要らぬと見える!この修道騎士アルバの双刃、冥土の土産に持っていけ!」
「ちッ!」
クリムゾンフレアはわずかに舌打ちをこぼした。
アルバと名乗った魔人は手首を返し、彼女の大剣を滑らせた。
曲刀の反りを生かした技巧で剣身を逸らして鍔迫り合いから脱する。
柄に伝わる手応えからそれを察した赤の魔法少女は、咄嗟に噴炎を前方に吹かして後方へと飛び退き、間合いを取った。
返す刀で振るわれた曲刃がついさっきまで首のあった場所に一閃された。まさに間一髪の回避。
赤翼天翔を発動しながらの刃を防げる手合いは珍しい。
一歩引いたところからクリムゾンフレアは油断なく敵を俯瞰する。
噴炎に撒かれてもアルバと名乗る騎士の白い外殻には綻びは見られない。相当の耐久力と見える。
先程の一合で技量の冴えもかなりのものというのが窺い知れた。
硬い相手、そして堅い相手である。
そのような手合いにどう対処するか――これまでの経験から彼女は最も適切かつ洗練された解決手段を知っている。
「はぁぁッ!!」
「ぬぉぉぉ!!」
一際、彼女の全身から噴き上がる炎が勢いを増す。
爆発的、としか言いようのない踏み込みと共に赤熱する刃が走る。
気迫とともに振るわれるそれをアルバもまた雄叫びを上げて迎撃する。
一合、二合では収まらない。赤の大剣と白の双刃が瞬きほどの刹那に幾度も激突する。
刃金が擦れ合う凄絶な金属音が響き渡り、眩いばかりの火花が荒野を彩るが如く咲いて散る。
先刻よりも一層苛烈な気焔をあげるクリムゾンフレア。
赤翼の出力を更に跳ね上げた少女の剣戟はさながら火旋を纏った巨大なスクリュー。触れるもの皆、焼き払いながら切り刻んで微塵に変える暴威の渦。
そう――相手が硬く、堅いのであれば!防げないほどの威力の攻撃を、避けられないほどの速度で打ち込み続ければ良いのである!
「むぅ、なんという……っ!」
「もらったッ!!」
文字通りに火を散らす刃の交錯。
その果てにクリムゾンフレアの威力と速度がアルバの防御と技量を上回った。
火力に任せて振るわれた一刀が双刃を弾き飛ばし、強かにアルバを打ち据えた。
だが、
焼けこげたような跡を胴に残しながらも騎士はいまだ健在。
衝撃でたたらを踏んで一歩下がった敵に、クリムゾンフレアはトドメの一撃を見舞わんと踏み込む。
だが、
「「「アァーイッ!!!!」」」
「くッ!!」
砂利の塊を擦ったように耳障りな、それでいて一糸乱れぬ掛け声が響き渡る。
魔法少女に向かって放たれたのは幾筋もの
人界の兵器であれば戦車も一発で鉄屑になる威力のそれは影魔達の砲撃だった。
魔界産のレーザー砲は威力と弾速の代償に大振りで取り回しが悪い。
だがアルバとの一騎打ちに集中していたクリムゾンフレアに向けてであれば、狙いをじっくりつけるだけの余裕はあったのだ。
「ア゛ーイ!!」
「アァーイ!!」
「アイーッ!!」
やかましい声を上げながら続々と態勢を整えた影魔達が攻撃を見舞ってくる。
取り回しの悪い砲撃の合間に、連射性に優れた小銃型の攻撃も挟まれ斉射される。
砲撃以外は熟練の魔法少女にとって脅威ではないが、流石に鬱陶しい。
そしてその嫌がらせ程度の攻撃でも強敵を相手にしている途中では無視できない妨害となる。
「隙を見せたな!喰らえ、我が魔技『ファントムエッジ』!」
「……ッ!!」
これを好機と見たアルバが高速で両腕を振るう。
その手首に生やした曲刃が幾度も閃き、魔力で形成された多数の刃をブーメランのように宙に飛ばした。
更にそれは一瞬煌めきを残したと思えば断界の空気の中に溶け込むように消えてしまったではないか。
否、消滅したのではない。これは光を屈折させてその刀身を透過させる見えざる刃であった。
滞空する不可視の刃は合計で13本。クリムゾンフレアを包囲せんと俄かに迫る。
闇雲に避けようとすればどこかに当たるやもしれない。
それならば防御を魔力に任せて受ける覚悟を決めるべきか。
だがその逡巡をしている間に周囲に展開した影魔の重砲撃がその身を滅多打ちにするであろう。
「――――焼却するッ!!!!」
窮地にあってクリムゾンフレアはそのどれをも選ばなかった。
渾身の魔力を赤翼に注ぎ込む。手足や剣の峰に纏っていた噴炎を全て、背中のそれに集中させる。
旋回性、機動性の全てを無視した前方への加速力一点特化形態。
文字通りに炎の翼を纏った少女が一陣の
「なんとぉっ!?」
「炎陽烈日紅輪日華、九陽赤鴉はその嘴で以て恩寵を与え給う!!」
音速を超過し、空気を白く弾けさせながらクリムゾンフレアの構えた剣、その切先がアルバに突き立てられた。
見えざる刃の何するものぞ。全てを
その一突きはまさにミサイルじみた衝撃だった。
赤い大剣の切先を外殻にめりめりと食い込ませながら少女は白騎士を宙に攫う。
その刀身には既に彼女の魔力が満ち満ちて、放たれる瞬間を待ち侘びていた。
「赫灼爆華!!」
「み、見事なり……っ!グワァーっ!!!!」
魔法の詠唱、その完成とともに炎の魔力が剣の先端を通してアルバの体に流れ込む。
そのまま放てば東京ドームほどの面積を瞬く間に火で包むほどの絶大な火力。
それを敵1人の体内に一点集中で打ち込む、必殺の魔法。
完全に決まったならば討ち損じた敵は1人としていないこの魔法、その記録にまた一名が加わることになる。
哀れ、断末魔の叫びを上げながら魔人修道騎士アルバはその五体を微塵も残さず爆散して果てた。
「……名前くらいは覚えておく。機会があったら墓に刻んであげるわ」
赤黒の空を、それよりもなお鮮烈な
魔力の消費こそ多かったものの、その体はいまだに無傷、意気軒昂であった。
「……で、貴方達は名無しだから要らないわよね」
「「「イ、イ゛ィーッ!!??」」」
ぶぅん、と赤の少女が剣を一振りする。
再び炎を纏った刀身に映るのはのっぺりとした無個性な影の群れ。
最大戦力となる魔人を失った雑兵達は一瞬顔を見合わせた後――――継戦も逃走も、命乞いすらも選ぶ間も無く、当然のように処理された。
******
魔界の文明や文化の発展度合いは人界に比べるとやや歪なようにも見える。
戦闘では先刻のようにレーザー砲のような武装があったりする一方で、砦などは石造りの……地球でいうところの中近世欧州あたりに出てきそうな作りのものが多かったりする。
この辺りは魔界発祥の魔法技術の体系に色々と事情があるのだろうが、専門家以外にはそういった背景事情は気にされることも少なかった。
魔人修道騎士アルバを打ち破った魔法少女の一団は、無事に第67層にある魔人達の基地を奪取することに成功した。
基地は現地にある赤茶色の岩石を積み上げ、加工したと思しい無骨な作りだった。
年若い女性で構成される魔法少女達が宿泊するにはいささか雅さに欠けるが、ここにいる面々は既に断界探索における
呼吸に適さない空気を濾過・変換しながら、水と食料の備蓄を数えて荒野を渡る極地キャンプじみた人界側の探索装備から考えれば、大規模な結界を敷設して安定した生活基盤を建築している魔界側の砦など天国のようなものだった。
安全確保という名の残党掃除が終わった後、早速大半の面子が我先にと物資保管庫で食料を漁りに行っている。
その一方でクリムゾンフレアはまず真っ先に、基地の中枢である城主の執務室の探索を行なっていた。
「ご苦労さんやで。お仕事熱心やなぁ、クリムはんも」
「サフィー」
ガサガサと、資料を漁っている彼女に声をかけてきたのは同僚の魔法少女の1人だった。
夜空のような深い群青の髪を結いあげ、透き通る清水のような羽衣に淡い青の和服をアレンジした
断界遠征の参謀役である魔法少女アズールサフィーである。
「さっきも一戦こなしてもろうとるわけやし、ちぃとは休んでも誰も文句は言わへんで?」
「心配しなくても全然大丈夫よ。私が好きでやってることだもの」
「ま、それはわかっとるんやけどな。クリムはんばっかり働かせてもうて、うちがブラック上司みたいに扱われたらかなわんわぁ。せめてなんか飲むなりなんなりしぃや?」
ひょい、とそういって彼女はボトルを一本クリム――クリムゾンフレアに向けて放った。
宙空で掴んだそれは魔界側の保存用飲料水だった。物資保管庫からくすねてきたものだろう。
クリムはわずかにバツの悪そうな表情を浮かべてから大人しくいただくことにした。仲間に心配をかけているのは事実なのだから。
「ありがとう、サフィー。でも
「早うした方がえぇかもしれへんで。シャワー室誰が先使うかでみんな
サフィーは自身のこめかみに指を添えて角を生やす
そう言いながら彼女は手近にあった椅子をずるずると引き摺って執務机の前に陣取り、その上に拡げられていた資料を手に取った。
なんだかんだで手伝ってくれることを察して、クリムは頭を軽く下げた。
魔界文字の読解に関しては彼女の方がよほど手慣れている。助力はありがたかった。
「断界下層の観測記録、ちゃんと2ヶ月分やね」
「そうね――『大崩落』とそれに関するデータは残念ながら私たちには採れなかったから……」
クリムは資料に目を通しながら苦い表情を浮かべた。
『大崩落』、それは人界時間で2ヶ月前におきた断界下層での魔法少女と魔人達の決戦――のすぐ後に発生した大事変である。
断界の最下層である第100層、そこで勃発した人界最強の魔法少女・ジェミニジェネシスと魔界の伝説に語られる超存在・魔神ネガゼニスの戦いは熾烈を極めた。
あまりにも熾烈すぎて断界は85層から下が崩落、誰にも立ち入れない、時空の
第99層ではジェミニを送り出さんとする魔法少女達と魔神復活を目論む魔人達が決戦を繰り広げていたが、時空の異常を感知して全員が離脱を最優先した。
その際の混乱にあって、あの戦いで何が起こっていたのかについてわかっていることは少ない。
特に魔法少女達は最小限の装備しか断界探索に持ち込めない以上、記録や観測に使える備品も数を切り詰めている。
時空の異常に対する定点観測設備など悠長で余裕のあるものはそれこそ魔界側の基地くらいにしかないのである。
従ってクリムゾンフレアとアズールサフィー、この両名が所属している魔法少女のチームの現在の任務は魔人達の基地を襲撃して『大崩落』に関する資料を押収することにあった。
それは学術的価値以上に、ある非常に重大な戦略的価値がある任務だった。
「ジェミニの……彼女に繋がる手がかりがほんの僅かでもあるなら、私はやっぱり諦めたくはないから……」
「……せやね。みんなそう思うとるよ」
人界最強の魔法少女・ジェミニジェネシス。
彼女は魔神ネガゼニスとの決戦中、『大崩落』に巻き込まれて消息不明となっている。
消息不明、と濁してはいるが生存は絶望視されている。
何せ断界の層が崩れる、などというのは「青空が裂けて夜空が覗き、星と月が落ちてきた」などと言っているのと同じようなことだ。
端的に言って荒唐無稽で説明不能な異常現象であり、しかしてそれが実際に起きているのだから受け入れざるを得ないだけのことである。
そんな時空の崩落に巻き込まれたとするなら生きていられるはずもない。
死体が確認されていないから「死亡」と明言されていない。現在はただそれだけの話なのである。
「みんな、というのは――やはり
「せやなぁ……ジラフはんからの又聞きやけど、天地がひっくり返ってきたみたいな大騒ぎになっとるらしいで」
それを聞いてクリムは眉を顰めて苦虫を噛み潰したような顔になった。
話をしているサフィーも辟易したような色を表情に浮かべている。
故人が……それも共に轡を並べた戦友が
ジェミニジェネシスという魔法少女は最強だ。最強だった。
他と隔絶しすぎたその最強ぶりは、人魔戦争の行く末を左右すると言われていた。――否、左右するというレベルではなかった。
極端な話、彼女1人を首尾よく魔界に送り込めたならたった1人で魔界を滅ぼすことが可能だった。
誤解を恐れずに言うのであれば人界はジェミニジェネシスという魔法少女が誕生した時点でこの戦争にいつでも勝てる
ではなぜその切り札がありながら、今日まで両界の戦争が続いているのかに関しては、やはりこれまでの権力闘争が背景にある。
そもそもこの戦争は新天地を求めた魔界側が攻め込んできているのを人界が迎撃している構図だが、魔界側は実は一枚岩ではない。
侵略戦争という形を取っているのは現在の魔界の主流な勢力が主戦派だからであり、ついでに言うとその主戦派も将軍派と司教派に別れている。
従って魔界には主流派に実権を握られたことで傍流に追いやられた様々な少数派勢力が存在しているのである。
そして実は魔法少女化などの人界の魔法技術の源流はそうした少数派勢力からの提供によるものであった。
人界との穏健な対話を望んでいるもの、戦争に疲弊して違う道の模索を始めたもの、主流派を追い落として権力の座につきたいもの、向こうではテロリスト紛いの思想をもつものなど、そうした雑多な事情を抱えた魔人達と人界側は秘密裏に粘り強い交渉を重ねてきていた。
そうした経験から将来的に魔法技術をより穏便に、継続的に輸入し研究することを見越し――この戦争における人界側の最終目的は講和と位置付けられていた。
そんな中に現れたのがジェミニジェネシスである。
彼女の力を持ってすれば魔界の全てを焦土に変えることは容易い。時間停止からの真空展開、絶対零度、重力変動、反物質砲、擬似ビッグバンなど滅ぼし方は選り取り見取りである。
だが、その決着は殲滅以外にない。あとに残るものは何もない。
つまりジェミニジェネシスとは、「使えば確実に勝てるが、今までの努力も将来の利益も全てパァになる最終兵器」なのである。
その存在、扱いは核兵器に限りなく近い。
だからこそ彼女の扱いは人界の上層部においては常に政治的論争の中心にあった。
その彼女が不在になったという事実は、権力闘争に巨大な嵐を巻き起こしていると想像に難くないだろう。
「最悪、あんとき前線責任者の1人やったうちは貴重な戦力をみすみす失うた、っちゅう名目で腹ぁ切らされてまう可能性もあったんやけどなぁ」
「やめてちょうだいよ。そんな、冗談じゃないわ」
「あくまで可能性の話や。まぁ、その辺はジラフはんがどないにでもしてくれるやろ。今頃お偉いさんのケツに手ェ突っ込んで脳みそガタガタいわしとるんちゃうやろか」
「……あんまりケツとか言うもんじゃないわよ」
「せやねぇ、はしたないわぁ」
サフィーは服の袖を口元に当てながら、いかにも雅な笑顔を形作った。
気の滅入る話題だから少しでもジョークで和ませてくれているのだろうか?
それともただの素かもしれない。そう思いながらクリムは飲料水のボトルに口をつけた。
乾いていた喉に水分が染みる。
「なんにせよ、
「……そうね。今は魔界の方も政変の真っ只中だろうから、調査に専念できるのは多分今のうちだわ」
魔法少女全代表ゴールデンジラフ、最優の魔法少女と称される彼女は政争においても最優だ。
彼女に任せておけば現場の魔法少女は目の前のことに専念できるように取り計らってくれるだろうし、なんならこの政変を乗りこなして自身の立場をより強固に固めてしまうだろう……とその辺りはクリムもサフィーも信頼していた。
そして『大崩落』をきっかけに政変が起きているのは人界だけでなく魔界側も同じこと。
主流派の二大派閥の片割れである司教派は魔神復活の失敗により大きく勢力を減らしている。
おそらく現在は将軍派が司教派の生き残りを取り込むか粛清するかで騒ぎになっているところだろう。
なのでこの2ヶ月の間、魔界側の活動はかなり停滞していた。
断界の調査をするのであれば今がチャンスであるのは間違いなかった。
「やっぱり、70層より下は危険というのは魔界側も同じ見解のようね」
「せやねぇ。そうなると
ぢゅう、とクリムは円錐型のノズルから水を吸い上げて飲み下す。目線を書類に落としながらボトルを振ると一口で随分中身が減ってしまっていた。思っていた以上に喉が渇いていたのを自覚する。
手元でパラパラと紙束を捲れば、魔界文字で書かれたここ2ヶ月分の観測資料には魔人達の見解が色々と記入されている。
中には「同胞達が戻るまで砦を死守するのが騎士たるものの務め」という決意表明のようなメモもあった。騎士アルバは熱心な城主だったようだ。
「……なぁ、クリムはん。こんだけの資料があったらそうそう文句も出ぇへんとうちは思うんやけどな?」
「……そうね、そうかもしれないわ。でも……」
書類を仕分けしながらアズールサフィーはそう口にした。間合いを図るような口ぶりだった。
そこに込められた言外の意図をクリムゾンフレアは察している。
既に『大崩落』から2ヶ月、それは調査のために2人を擁する
いい加減にメンバーにも疲労の色が濃くなってきている。物資は基地からの収奪で賄えているが、精神面では辛いものがある。
それになにより、魔界本土に撤収した司教派の魔人達が残していった基地もめぼしいところはほぼ漁り尽くしてしまったのもある。
70層より下はやはり時空が崩落しかかっているため、下手に足を踏み入れれば死の危険があった。
現在彼女らがいる67層は調査の限界ライン一歩手前だった。
――調査任務はここまでにして引き上げるべきだ。
参謀役であるサフィーの言いたいことはクリムもよく理解している。
「でも……そんなの、彼女があまりに報われないわ」
「せやねぇ……。ほんまに、せやねぇ」
くしゃり、とクリムが手元に握っていた資料に皺がよる。
彼女は慚愧に堪えるようにそっと目を伏せた。
……昔、クリムゾンフレアはジェミニジェネシスのことを嫌っていた時期がある。
妬み、僻みの類である。彼女が現れるまで魔法少女内での最強火力という称号はクリムゾンフレアのものであったが、以降はその称号に「ただしジェミニジェネシスを除く」という注釈が入るようになったからだ。
クリムの火力は最大で東京ドームほどの範囲を一瞬で焼け野原に変えるが、ジェミニの方は地球を灰にする。勝負の土俵にすら立っていなかった。
研鑽を重ね、自分の強さに誇りを持っていたクリムにとってその存在は許し難いものであったし、それだけの超越的な力を持っていたなら戦争を終わらせる事だってすぐにできるだろうと怒りすら抱いていた。
その彼女があまりに強すぎるが故に戦闘の許可すらほとんど降りないことを知ったのはしばらく後のことだった。
「人界の最終兵器とか、最強の魔法少女とか、そういう前に彼女はジェミニジェネシスという魔法少女で……
「…………1人の女の子、かぁ……。……うん。まぁ、せやねぇ」
上層部からジェミニジェネシスが核兵器のような扱いをされていたと言うのは先ほど述べたが、その扱いは同じ魔法少女からも同じだった。
あまりに強すぎる。あまりにも隔絶しすぎている。
一度戦えば巻き添えでどれほどの被害が出るかわからない。
巻き込まれたくない、という感情は当然のものだ。
ただ、その結果としてジェミニジェネシスという魔法少女は同胞達の中にあっても常に遠巻きにされていた。
……クリムゾンフレアは覚えている、彼女のその孤独な後ろ姿を。
自身の攻撃でガラス化した地面を覗かせる巨大なクレーターと、黒い灰が雪のように降る空を無感情に眺める赤と青の両眼を。
「
「それはクリムはんが気に病んでもしゃあないことやで。あの子と魔神との戦いについていけるもんは誰もおらんかってんやから」
「……うん、そうね。だから私は後悔しているのね。きっと、自分の弱さに」
「…………クリムはん」
そんなひとりぼっちの背中が見ていられなくて、クリムはジェミニの世話をよく焼くようになった。
どこかぼんやりしていて、少し世間知らずで、消え入りそうで、儚げで。思えばクリムにとっては妹分のような存在だったのかもしれない。
彼女に最後に会ったのは断界99層でのこと、「ここは任せて先に行って」なんていう言葉をかけたのがそれだった。
クリムゾンフレアは今、そのことを悔いている。――――本当は足手纏いでも、否、足手纏いにすらなれないほどの力の差があったとしても、彼女を1人にするべきではなかったのではないかと。
「クリムはんは、優しいやっちゃなぁ」
「……優しいって、褒め言葉なのかしらね」
「素直に受け取ってくれてえぇんやで」
「そうさせてもらうわ」
もう一口ボトルから水を吸って空にし、クリムゾンフレアは執務室の窓に目を向けた。
窓の外には赤黒い夕暮れのような空が変わらず広がっている。
この空の下のどこかにジェミニはいるのだろうか。生きているのだろうか。
生存の可能性はゼロと言って差し支えない、と頭ではわかっていても彼女は祈らざるを得なかった。
(もう一度、貴女と話がしたいわ。それで……戦いが終わったら、魔法少女の同僚としてではなく、1人の友達として……)
神妙に遠くを見やる赤の魔法少女の横顔を、青の魔法少女はそっと見守っていた。
魔法少女同士では相手から打ち明けられない限り、
******
「はっ、ぁっ……♡ん、っ、はぁ……っ♡」
堪えようとしても堪えられない、甘い声が口から漏れる。
体の芯に、奥に響く律動が横隔膜と肺を下から揺らして吐息を震わせる。
思わず喉から溢れるそれは蕩けたようで、濡れそぼつようで――端的に言って、自分の声だとはとても思えなかった。
「ジェミニ…っ」
「んぁっ…っ♡ぜ、ニス……ぅっ♡」
耳元で囁かれる声。くすぐったい感覚が耳朶からうなじを抜けて、ゾクゾクと背筋を震わせる。脳まで痺れるような心地。
それに返す自分の声は夢に溺れているようだった。そも返事をしようだとか、そんな前提の思考をすっ飛ばしたような反射的な言葉。
お互い何度名を呼んだだろう。何度それだけを繰り返しただろう。
でも、そのことで飽くようなことは一度としてなかった。
その名前を呼ばれるだけで夢見心地。その名前を呼ぶだけで唇が歌うよう。
「ーー……っく、あっ……♡♡」
「っ……、ふぅっ。ジェミニ、また締まって……」
「いちいち、言わなくても、いいだろ……っ♡」
ぞくぞくぞくっ、と背筋を甘い熱が駆け上がっていく。
熱した砂糖が脊髄に焼け付くような熱くて甘くて、病みつきになる――快感。
頭の奥でちりちりと火花が散って、目の裏がちかちかと明滅を繰り返す。
その拍子に体の内側がぎゅうっ♡と中に入り込んだものを強く、抱きしめるように締め上げる。
それの熱さ硬さ、大きさ太さを改めてまざまざと感じて、悪態を吐きながら蕩然とした溜め息が漏れる。
「……可愛いから、あえて口にしたくなる」
「んっ……♡……バカやろう、そんな機嫌のとり方ばっか覚えて……んっ、ふぅっ、ん……♡♡」
可愛い、可愛い、と何度も誉めそやされる。その言葉が堪らなく心地よい。
おためごかしだとかお世辞だとかの可能性なんて、俺たち二人の間にそんなものは意味がない。
互いの命の繋がりを通して感じるのは混じり気のない愛情。
俺のちょっとした悪態も、その裏の本心なんて読むまでもなく見えている。
でも言葉でも足りなくて、少しでも触れ合う面積を増やしたくて俺たちは唇を重ねた。
最初のキスから数えるのもバカらしくなるくらい重ねてきたのに、触れ合うたびに瑞々しくそれでいて熟れていくような心地よさ。
ちゅ、ちゅ♡と水と空気の音が口先から何度も響く。目を閉じて触れ合う感覚に集中すれば、唇が痺れるようにじんとする。
やがてどちらともなく緩く口を開いて、互いに舌を伸ばし合う。
向こうから大きな舌が伸びてきてこちらを絡めとる。それに対して迎えるように舌を差し返せば自然と絡まり合って睦み合う。
ぬちゅ、くちゅ、と唾液が混ざり合う音が絶えず響く。口腔から頭蓋骨の中に反響して、世界にはその音しかないんじゃないかと思うくらい深い口付けの音が耳を支配する。
「んふぅ、ん……っ、ふぁっ。んむ、ぅ……♡」
鼻にかかったその吐息はどちらのものか。まるで飢えた獣のよう。
そして実際俺たちは腹を空かせた動物のように互いの体液を啜りあった。
じゅ、ぢゅるっ、とはしたなく汁を啜り上げる音。他人の唾液なんてものがなんでこんなにも美味しく感じられて、病みつきになってしまうんだろうか。
きっと人を好きなってしまうと感覚もバカになるんだろう。俺はそう思った。
「ジェミニ……っ」
「んっ……♡」
ぎゅうっ、と強く体を抱きしめられる。ゼニスの腕が腰を抱き、もう片方の手が後頭部に添えられる。
俺よりもこいつの方がだいぶ背も高いし体格もある。こうやって腕全体を使って抱きすくめられるとそれをまざまざと感じる。
逃げられないように体と頭を固定されて、より一層深く口付けられる。ぢゅうっ、と口の中を吸い上げられると胸の中から魂まで吸い上げられそうだ。
こうなるとちょっと一方的に愛られる他にない。体の大きさ、
そうやって力の
主体性を奪われること、他人の意のままにされて自分の身と心が勝手に扱われることというのは人にとって抗い難い恐怖の筈だ。
「んふ、ふぁ……♡ゼニス、もっと……っ」
でも俺はそうやってゼニスにされることを何も拒まなかった。
求められること、欲されること、それそのものがどうしようもなく心地良い。
それは何よりも好かれていること、愛されているということの証明だと自分にはわかっているからだ。
分かち合っている
触れられることの喜び、言葉を交わせることの喜び。彼が今の今まで知らなかった、誰かと共にいることの喜び。
その限りない喜びが――幸せが自分の胸にも流れ込んできて、堪らなく嬉しくなってしまう。
それだけの喜びを彼に与えられているという事実が何より嬉しい。
もっともっと、あげたくなってしまう。もっと自分をあげたくなってしまう。
「好きだ、ジェミニ。好きだ……」
囁かれる声が耳を打つ。
好き。好きというたった二文字の言葉がこんなにも胸を満たす。
とくん、とくん、熱く甘く、鼓動が逸る。脈動の一拍が酷くむず痒い。
心臓が胸の中にあるだけで内側から体が罅割れそうで辛かったのはいつのことだったか。
もうすっかり自分に馴染んだこの心臓は俺とあいつの二人分の心を写して快く脈を刻む。
ぎゅう、と体を強く抱きしめられる。元の持ち主の胸の中にあることを理解しているのか、
自分の居場所は此処。自分の帰る場所は此処と言われているようだ。
その衝動に逆らわず、俺も体を抱きしめ返した。
腕を回して感じる熱い胸板、逞しい胴。肌、熱、震え、律動。
互いの汗が肌の上で混じり合って、境目がなくなる。溶け合って蕩け合う感覚に耽溺する。
「ん゛……っ♡♡」
ごりっ、と体の奥の深いところで肉が抉れるような手応え。
腱を挫るような痛みに近い衝撃が走って、思わずくぐもった声が漏れる。
下腹の内側でじぃんとした鈍い感覚が広がる。痛みだと思うのだが、同時に甘く、怠い。ひりつくようにしくしくと疼くのに、好ましい。
自分の感覚がバカになっているのがわかる。内臓を小突き上げられて、しかもそれが変なところに入って……普通なら悶絶しているはずだろうに、なのに妙に気持ちいい。
「ふぅっ、はぁ……っ!」
「んん゛、っ♡ く、ぅあ゛っ♡♡」
どちゅん、と泥濘に杭を打つような音が股座から響いて、先ほどから続いていた律動が速く、重くなる。
あいつに膝の上に乗って抱きついている俺の体が、少し浮いては落ちるを繰り返す。
どちゅ、ずちゅ、と粘ついたものを何度も混ぜ返すような淫らな音。
それが自分の腹の中と股の間から響いていることがなんだか恥ずかしくて、でもそれ以上に興奮してしまう。
俺は衝動のままその体に強くしがみつきながら、体を揺らすリズムに合わせるように自分からも腰を揺すった。
――――たんたんたん、くちゅくちゅぐちゅ。手拍子のように互いの腰と肉が打ち合わさる音、水遊びのように互いの蜜と粘膜を擦り合わせる音。
息など合わせる必要すらない。既に同じ心臓を持つ俺たちは互いの脈も、呼吸も、心も一つだとわかっているから。
無心で体を揺らせば自然と互いが重なり合う。溶け合う心地よさにただただ心を委ねて溺れ合う。
「んく……っ゛♡ ん゛っ♡」
股の間の中心部を体の奥まで内臓を掻き分けられて抉り抜かれる。
魔法の
言葉にすれば猟奇的とも言えるその行為が、今やすっかり抵抗もなく無上の心地よさの象徴になっていた。
弾力と硬さのある先端部が力強く体を割開いてくる。みちみちみち……と筒状の肉が押し広げられる、その引き攣るような感覚が心地よい。
行き止まりの部分を真下から強く押し上げられ、そのまま何度も奥を捏ねられる。ぐっ、ぐっ、ぐっ、とリズムよく小気味よく、彼を咥え込んでいる膣洞全体が引き延ばされては縮み、肉の隙間から汁を搾られる。
彼の逞しいものが小突きあげてくる、下腹の奥が甘くて切ない。きゅん、きゅん♡と恋をしたように震えるそこを何度も強かに、それでいて優しくくつろげられるのは体が芯から蕩けるような快感だった。
「ふぅ、ぁ゛っ♡ んん……っ♡♡」
きゅ、と腰回りに触れられる感覚。
ゼニスの両手が俺のお尻を抱えるようにして支えている。
腰を固定されたからか、あいつのものの突き込みがより力強く感じられる。
こっちが引こうとしても逃げ場のない抽送。
どちゅん、どちゅん、と先刻より深く強く、激しく打ち付けられるその腰使いを、俺は何も恐れることなく受け入れた。
両の腕をあいつの首の後ろに回してしなだれかかる。
ふぅー……♡と息を吐いて目を瞑り、感覚に集中する。
ゼニスの熱い昂りを感じる。彼がそろそろ臨界点を迎えるのがわかった俺はそれに応えるように、彼に身を委ねる体勢に入った。
……ただ、
「ん……っ!そこ、ちょっと、ゆび、はいってる……!」
「だが、ここに触れると中が締まる……。心地よいのは事実、だ……」
「ば、ばかっ。へんなことおぼえやがって……んひぅ……っ♡♡」
ただ、ぐにゅぅ……という手応えとともにゼニスの指が俺の尻の穴に入ってきたのはどうかと思った。
そりゃ対面座位で体をしっかり下から支えようとしたらお尻を掴むのが効率的だし、指が尻の合間に当たることもあるだろう。
だがこれは流石に事故とかそういうのではなくかなり意図的にやっているのは明白だった。
何度もやっているうちに、後ろの方を触るとついでに前の方も締まりが良くなるということを学習したらしい。
まったく余計なことばかり覚えるのが早いやつだ。
「ん♡♡ っ、く、ぅっ、ん゛ぅぅぅ……♡♡」
「……ほら、気持ち良いのだから悪いことではないだろう?」
「ばかぁ……っ♡♡」
あぁもう、悪態を吐く声も甘ったるく震えて格好がつかない。
でも、お尻の中にあいつの指が入ってくるその感触で一層背筋がゾワゾワしているのもまた事実だった。
反射的に肛門が異物を締め付けると、筋肉が連動している前の方がぎゅうっ、と一緒に締まる。
そうなると中に入っているものと俺の膣肉がより強く擦れ合って、目が眩むような快感を生む。
ぞりぞり、ごりごり、と硬いあいつの肉の棒が
その感覚に思わず俺は甘ったるい鳴き声をあげるしかなかった。
腰使いの振動に合わせて、体全体が揺さぶられる。
そうなると後ろの穴に捩じ込まれている指が何度も入り口(いや出口か?)を擦り上げる。
太い指の節が幾度も出入りするその感覚が、なんだか酷くむず痒い。
虫刺されに思い切り爪を立てて引っ掻くような、触っちゃいけないところに触れている時ならではの背徳感にも似たそれ。
普段は閉じているべきそこをこじ開けられているという異様な感覚がぞくぞくと背筋を震わせている。
「……あまり、バカバカと言わないでくれ、悲しくなる」
「んっ……♡♡ ど、どのくち、でぇ……♡♡ んむっ……♡」
そしてそれより恥ずかしいのは、
以心伝心、一心同体というのはこういう時に真に不都合なものだった。
俺の罵倒も、その照れ隠しも、前と後ろの両方で気持ちよくなってしまっていることも、全部全部こいつには筒抜け。
そうやって恥ずかしいことを隠せないのが、恥ずかしい。
……でも、そうやって恥ずかしさを感じると酷くドキドキする。
それは錯覚だろうと頭の隅で声がする。
抱き合って、キスして、交わって、ドキドキする要素なんていっぱいあるんだからそれと混同しているだけだろうとは思う。
けれど、隠そうとしている心を隠せないというのは――それはそれでなんだかときめいてしまうものがあった。
体だけではなく、心も裸になって抱きしめられる。そんな感じがして――、
「ぅ♡♡ んぅ゛っ、んっ、ぁぅっ♡♡」
「ん……すまん、ジェミニ。そろそろ……っ」
「ぅん……っ♡♡」
そんな思考も、やがては快感の渦に呑まれて消えていく。夢見心地に堕ちていく。
決壊しそうな堤防を押し留めているような、じりじりとした焦燥感がゼニスの方から流れ込んでくる。
だがその昂りの限界ギリギリを味わうのが、男の快感として最も気持ちの良いことの一つだと俺はよく知っている。
こくん、と頷いた俺は一層強く目の前のあいつにしがみついて、中を突き上げてくる感触に応えた。
ぱん、ぱんっ、ぱんっ!と腰と腰ががぶつかり合う音が広間に反響している。
肉棒が突き込まれるリズムに合わせて中をぎゅっと締めてあげると、歓ぶように竿が震えて一際硬度を増す。
熱した鉄が巡っているような熱くて硬いものが何度も腹の中を掻き分けて抉り抜く。
いまやゼニスはこっちの腰の動きにおかまいなく、尻を掴んだ手でこちらの体を上下に揺さぶっていた。
俺の体を使って自分の竿を扱き立てているみたいだ。
そんな一方的な抽送で気持ち良いか?気持ち良いんだろうな、それがよく伝わってくる。
そしてあいつが気持ちよくなってくれることが俺にとっても気持ちよかった。
「ふ、ふっ、ふぅ……っ!!」
「はぁっ♡♡ んぁっ、ぁ゛、はあ、んん゛……っ♡♡」
どちゅん、どちゅん、と重く強く、胎の中を掘り返される。
一突き一突きが内臓の芯に響いて甘ったるい残響を残す。それが何度も繰り返されて総身を温かくも激しい快感の波に攫っていく。
最奥、子宮が喜びに震えて何度も蜜を吹きこぼす。股座まで一直線に垂れ流しになっているそれは、引っ掻き棒みたいなゼニスの肉に掻き出されて互いの太腿とシーツの上に水溜りを作った。
腰を強く打ち付けられる度に、激しく触れ合う肉と肉から快感の火花が散って背筋を駆け巡る。
それは神経と脊髄に桃色の火花を散らしながら、脳を焼き菓子にでもするみたいに甘く焦がしていった。
多幸感で思考と意識が散っていく、目の裏がばちばちと弾けて眩む。
心臓から流れ込むゼニスの快感を感じる。
我慢に我慢を重ねて、その我慢すらも味わって、その先にある解放の愉悦。
溜め込んだそれを解き放つことの誘惑と期待感が腰を奥の方から焚き付けて、いよいよだ、いよいよだと煽り立てる。
男なら誰しも慣れ親しみ、病みつきになるそれ。
蕩けた思考の中で俺とあいつの、お互いの快感が混じり合って境目がわからなくなる。
だからこそ弾けるのは二人とも一緒だった。
「ふ、ぅ゛……っっ!!!!」
「ん゛っ゛♡♡♡ んぅぅぅぅぅ……っっ゛♡♡♡」
ばちん!と勢いよくタガが外れる音が聞こえた気がした。
そのまま堰を切った濁流のように、お
びゅるるううぅぅ、どびゅるるるううぅぅ……っ!とそんな音まで聞こえてくるようだ。
溜めていたものを一息に解き放つ快感と、求めていたものをいっぱいに満たされる快感。双方が混じり合って俺たち二人は震えるようにしてそれを堪えながら互いの体をかき抱いていた。
「ん、ん゛くっ♡♡ んんっ゛……♡♡♡」
「は、はぁっ、はぁ……っ!」
絶頂の余韻で体がびくびくと痙攣している。全身が内側からばらばらになって弾け飛んでしまいそうな気がして、だからこそ目の前にしがみつくものがあって、同じように相手もこちらを抱きしめてくれるのがとてもありがたかった。
快感の電流で全身の神経が焼けこげて誤作動を起こしているような感覚。目が眩んで頭がくらくらして、意識が暗さと明るさの間を行ったり来たりして明滅を繰り返している。
ぶるるっ、と何度も震える体を宥めながら俺は縋る
それは向こうも同じようだったようで、言葉もなく互いに唇を寄せ合った。
「ん……っ゛♡♡♡」
燃えるような互いの体の熱を、ゆっくりと冷まし合うように互いの唾液同士を交換し合うような、水っぽいキス。気づけば喉が渇いていた。
深く口と口を合わせて、舌と舌を絡ませて、唾と唾とを飲ませあう。こくこく、と喉を鳴らして嚥下する唾液は染み入るようだった。
やがて絶頂の大きな波が収まって、ゆったりとその余熱に身を任せることができるようになるまで俺たちは長く唇を重ねていた。
「ふぁ、ぁっ、はぁ……♡♡」
「一旦……休憩に、するか……」
「ん……そう、する……♡」
激しい交わりと、その後のキスで二人とも荒くなった息を整えながら小休止を受け入れる。
……というか意識的に休憩を設けないと、交わったまま何回戦もやり続けてしまって埒が開かない、という事情もある。
あといい加減尻から指抜け、と毒吐きつつ、俺は名残惜しくも抱擁する腕を解くのだった。
******
断界積層・101層。
戦いの余波で上の断界の層が崩れてしまっている以上、俺たち二人はこの層に閉じ込められてしまっている。
普通なら餓死確定なのだが、ゼニスも(不本意ながら)俺も人間を外れているため幸いにもその辺の心配はいらなかった。
ここにあるのは夜空と大きな満月、どこまでも続く花畑と俺たちがいる城だけ。
他には本当に何もないが、俺たちはそれでも互いに満ち足りていた。
「ゼニスー」
「どうした」
「最近、俺の尻触りすぎじゃない?」
いや、しかし。お互いだけで満ち足りている、というのはなんともロマンチックな言い回しなのだが満ち足りすぎているのもどうかというか。
……大広間のど真ん中、俺がいつぞや療養していたベッドの上。俺たち二人は素っ裸でゴロゴロしていた。
床には脱ぎ捨てられた互いの服がその役割をとうに忘れられて散らばっている。
時間の感覚もあやふやなこの世界では、いったいいつから裸族生活にハマってしまったのかもいまいちよくわからない。
「……だめか?」
「いや……普通は、ダメじゃないかと思う」
「『普通は』、そういった言い回しは一般的・普遍的な価値観を想定した時の判断だと理解している。ジェミニ自身はどう思うんだ」
「えぇー…」
シーツの上で並んで横に寝そべりながらだらだらと言葉を交わす。
体の芯には燻火のような快感の余韻が残っていて、じんわりと甘く、温かい。
でもまだその熱が冷めるのが名残惜しくてお互いにぴたりと寄り添いあっていた。
自然に差し出されたゼニスの腕にそっと頭を預ける。
褐色の肌、逞しい腕。触れたところから染み渡るような温度。
「……恥ずかしいし、汚いだろ。他人が触るようなところじゃない」
「なるほど、だが犬や猫などスキンシップの一環で臀部を相手に寄せたり触らせたりすることもあると
「犬猫じゃなくて人間だろーがこっちはよぉ……。まぁ厳密には人間じゃないんだけど、頭の中の常識としてはな?」
すっとゼニスの指が伸びてきて、俺の髪に触れる。
白と黒に塗り分けられた長い髪が、砂のようにあいつの指の間でサラサラと流れる。
梳りながら指先が地肌に触れて頭を撫でられているような心地で気持ちが良い。
知らず、自分の頬が緩むのを感じる。
同じようにこちらも手を伸ばしてゼニスの頬を撫でる。
荒地を思わせる褐色の肌と、朱と橙を合わせた溶岩色の瞳が視界いっぱいに写り込む。
顔の輪郭を指でなぞるように撫でていると、自然と唇に行き着いた。
横に長い菱形の、肉の開き。もう既に何度ここでお互いに触れ合ったことか。
その度に胸が高鳴る。甘酸っぱい幸せで満たされる。
「しかしもう排泄も不要の体であるならば衛生について気にすることもないのでは?」
「実害がないなら、はいそうですね、で横に捨てられるほど常識ってのは軽いもんじゃないんだよな……。しかしなんだってそんなに尻が触りたいんだ、この変態」
「『変態』。ここでいう変態とは生物がその体構造を劇的に変化させる過程のことではなく、特殊な性嗜好の持ち主に対して言うそれである」
「あってる」
指先をそっと唇で咥えられる。ちゅ、という小さな陰圧の音。
含まれた指の先端がわずかに唾液で濡れる。口内の熱がそこから指全体へと染み渡る。
唇で挟まれて、歯で甘噛みされて、舌で舐められる。ただそこには艶っぽさよりもむしろ、差し出されたものを咥えて形を確かめざるを得ない犬のような愛嬌があった。
……あぁ、なるほどお前は犬だから尻の触り合いをしたいとかそういう話か?ん?
「
「言ってみろよ。変な理由だったらぶっとばすぞ」
「単純に、まだ触っていないからだ」
「…………あぁー……そうきたか」
ゼニスにとても真剣な目でそう言われて俺は少し困ってしまった。
照れている、とも言うのだろうか。頬が少し熱くなって、知らず目線を横にそらしてしまう。
俺とゼニスがここに二人で閉じ込められて、そのあと色々とあって初体験を済ませてから何日くらい経っているのかよくわからない。
ただその間、娯楽もへったくれもないこの101層にてそれでも飽きることなく……そのイチャイチャしていたのは確かである。
それでもう、お互い体中触れ合いまくったしベタベタしまくっていた。
それこそ相手の唇と指が触れていない場所なんてないんじゃないかっていうくらいに。
「
「ん、うぅ〜……」
溶岩色の瞳は吐息を感じるほどの間近から、とても真剣そうに俺の目を覗き込んでくる。
一度口を離した指にもう一度口付けを落とされる。ちゅっ、と小さく、それでいて明確に意識を込めたリップ音。その音がやけに耳に残る。
髪を撫でていた手がゆっくりと、体に回る。耳、首筋、肩。くすぐられるような摩擦にぞくっと背筋が震える。
「俺も、その、お前に触られるの嫌いじゃないけど……でもそれでも抵抗感はあるっていうか」
「そうか」
「…………でも、その、あれだ……」
「……」
「お前が、どうしてもしたいっていうなら……我慢してやるから」
「なるほど、そうか」
そうやって艶かしく触れられると、その気持ちよさを思い出してしまう。
髪に耳に首筋に肩に。それだけじゃない、頬に唇に……。腕に手に指に、胸に鎖骨に肋骨に脇に、お腹に脇腹に太腿に下腿に足に。
もうお互い全部が全部に触り合っている。目を閉じて輪郭をなぞりあって互いの姿形を脳裏に刻むように。
指で触れるくすぐったさ。唇で啄むあの優しさ。全身隙間なく余すところなく――愛している愛されているというひだまりのような充足感。
だからそう、そういうことを言われるとちょっと弱い。
俺の体はゼニスにそうやって愛されてしまうことの悦びを覚えてしまっているから――変な感じに胸が高鳴ってしまう。
「我慢というのは本来不快な状況に対して耐え忍ぶ行いであると理解している。……ならば気持ちよくなるように触れば我慢などする必要はない。そういうことだな」
「変な納得すんな、このバカ!」
「解せない」
奴の額をペしん、と指で弾く。
そういう感じの意味じゃないんだよ唐変木め。
******
「大体言わずとも伝わるが、どうしても痛く感じるようなら口に出して言ってくれ」
「……わかった。言えるようなら言う」
まぁ、別のもんを口に出すというか出される可能性はあるんだが……とかいう下ネタは言わないようにしておいた。そこから話を広げられても藪蛇だからである。
俺の目の前には、ゼニスの陰茎が高々と屹立していた。
同じように、ゼニスの目には俺の尻が視界に大写しになっているだろう。
俗に言う、69の体勢。
一方的に自分だけ尻を弄られるのは手持ち無沙汰というか、不公平なんじゃないかと思った結果このような有様になった。
じゃあお前が
主にピンクな方面に。
「んく……っ♡」
「こういうのは最初に湿らせた方が滑りが良くなり、傷つける可能性が減ると聞いた」
そんなこんなを考えていたら、股座にゼニスの指が這う感覚があった。
まだそこは先ほどの情事の名残でぬるぬると滑った互いの体液……俺のその、愛液とこいつの精液が混ざったやつが溢れている。
にゅるり、と抵抗も薄く指先が俺の中に入り込み、その先端に滑りを絡め取っていくように緩く掻く。
そのやわい刺激だけで微熱のような快感が下腹に走り、鼻にかかった甘い息が漏れる。
あぁ、もう。なんかちょろいな自分。
でもあれもこれも、セックスしかやることのないこの環境が悪いんじゃないかと全力で責任転嫁して色ボケぶりから目を逸らした。
「……っく、ぁ……」
「最初は少しずつ馴染ませていって、緩ませるように……」
ぬち……っ、と小さな滑りの音。それと同時に尻の穴に感じる少し冷えるような感覚。
くっと無意識に力が入るそこに、ゆっくりと優しく、指圧するような手応えを感じる。
愛液と精液の混じった水分を馴染ませていくように、ゼニスの指の腹が丁寧に優しく、それでいて確かな力でそこを圧迫してくる。
ぐにぐにと、尻の皺を引き延ばして均していくような按摩。
むずむずとするその感触に、無意識に腰が揺れる。
「なんか、お前……妙に手慣れてない……?」
「いや、知識があるだけだ。断界に誰かが持ち込んだ書物に同性同士による肛門性愛について記述があったはず」
「…………な、るほどぉ……」
気を紛らわせようと言葉を投げかけたら、返ってきた斜め上の答えに思わず反応が詰まる。
今は視界が届かないが断界で起きている事なら大体見聞きしていたこいつなら、誰かが個人的に持ち込んだ本を閲覧して記憶していることも不思議ではない。
そして
持ち込めるものには限りがあるから荷物は切り詰めて必需品だけにしておけと言われているのに、やおい本を鞄に詰めていて参謀長にドン引きされていたのは……確かクリムゾンフレアだったはず。
彼女のせいでゼニスが変なことを覚えてしまった。今度あったら覚えておけ。
「少し、入れるぞ」
「ん……」
一声かけられて、指の先端が中に入ってくる。
閉じているべきところ少しだけ割開かれ、硬さと弾力のあるもの……人の指が挟まってくる。
痛みのような感覚はない。ただ異物感と違和感を強く覚える。そして何より、排泄の穴を人の指で弄られているという羞恥心。
先ほどは交わりながらだったが、そこ単体にのみ触れられている今はより一層それを強く感じる。
「ふぅ……っ、ん、ちゅ……」
むずむずとするその感覚からなるべく逃げるように、俺はそろそろ目の前にあるものに対して手をつけることに決めた。
ゼニスの陰茎は熱く硬く、先端はぐにぐにと弾力があって力強く脈を打っていた。そして何より大きく、太い。
男だった頃、自分のものを握ったときの感覚が当てにならないくらいのサイズ感。
つい先ほど一発放ったばかりなのにもう既に元気なこれを目にして――なんだかとても、胸がドキドキしてしまう。
唇の先を先端につけて、軽いキスを一つ。
口に感じるのは燃えるように血の通った熱さと、未だに残る二人の体液が混じり合った湿っぽい感触。
独特の香りが全体から立ち上っており、無意識に鼻をすんと鳴らしてその匂いを嗅いでいた。
むわりと雄臭くて、でもなんだか気になってしまって吸い込んでしまう。そんな変な臭い。
ただそう感じること自体がなんだか気恥ずかしくて、そんな自分の感覚に蓋をするように俺はその先端に口を寄せた。
「ふぅ……っ、んむ、あむ、ぅ……♡」
しかし考えてみると男の陰茎というのは生殖器であると同時に排泄器官なわけで、口をつけるのはどう考えても不衛生だし汚いことでないのだろうか。
だが、いつの間にやらそうした行為に全く抵抗がなくなっていた自分に少し驚く。
セックスばかりしているうちに、どうにもどこか常識のタガが緩んでしまったのだろう。
……いや、そういった理屈以外にもわかりやすい理由があるか。
「あぁ……ジェミニ、とても気持ちいい」
「ん♡」
後ろの方から恍惚とした声が聞こえる。頭を撫でられる代わりに尻の表面を優しく彼の掌が撫でる感覚がある。
そのことが無性に嬉しくて、俺は目を閉じて口奉仕に集中した。
自分にとっても大切な人が気持ちいいと喜んでくれる、褒めてくれる。そのことで胸の奥が温かくなるような心地よさを感じる。
心臓を通して伝わるゼニスの感覚が彼の言葉に嘘やお世辞がないのを保証してくれている。じぃん、と股の間に……女体でいうところのクリトリスの辺りに懐かしさすら感じる疼きを感じ取って、自分のフェラチオが効果的だと確信する。
ぶくりと膨らんだ亀頭を口に含んで、歯を立てないように気をつけながら舌で転がす。
その張り詰めた肉塊は今の俺の口とのサイズ差もあってさながら大きすぎる飴玉のよう。
舌全体を絡み付かせるように舐めしゃぶってやると先端の部分から僅かに苦みかかった潮っぽい味が湧き出してくる。
「ふぅ、んむ……っ、れる、れろぉ……」
顎を開きっぱなしだと疲れるので適度に口を離して小休止を挟む。
自分の口から染み出して舌で塗り込んだ唾液が、赤黒く張り詰めた亀頭をぬらぬらと濡れ光らせているのがなんとも卑猥だった。
ふぅ、はぁ、と息を整えながらも空いている手で刺激を継続する。
唾と先走りが混じり合った汁を潤滑油代わりに竿を擦る。
指で軽く輪を作るようにして大きくエラ張った雁首をあやしてやると竿全体が震える。
もう片方の手で睾丸を包み、痛みを与えないようにやんわりと全体を揉みこむ。こうしてやると股座がすっきりして心地よい射精感を煽られるのを個人的にはよく知っている。
掌の中でゼニスの性器が気持ちよさを表すように、ビクンビクンと力を込めて跳ねた。
その活きの良さに、こちらの気分も上がってくる。もっと気持ち良くなってほしいと思える。
「ぅ……っく、はぁ……っ!」
「ん。少し深くするぞ」
そうしている間に、入り口あたりを緩く行き来していたゼニスの指が中に入ってくる。
ずぬぬ……、そういう感じの擬音が脳裏に過ぎる。
潤滑油代わりの体液を塗りつけながら慎重に、それでいて止まることなく人差し指を突き入れられる。
太さなんて2センチかそれと少し程度だろうに、その圧迫感が物凄い。体の底面に穴が開けられている感じだ。
「はぅ……っ」
「痛みはないか?」
「だいじょう、ぶ……」
一旦中に入った指が、今度はまたゆっくりと引き抜かれていく。
その瞬間、思わず上擦った声が漏れてしまった。
植え付けられた圧迫感がずるずると抜けていく。腰骨を内側から撫でられるような感じでぞわぞわする。
痛みなどはなかった。悪い感覚ではなかった。
ただ悪い感覚でないのが良くないというか。そういう感じがした。
「んふぅ……ふぅ……はぁ……っ」
それから何度も同じように指で尻の穴を前後される。丁寧に優しく、慎重に痛みのないように。
適宜付け足される潤滑が後ろの穴でぬち……ぬち……、と糊を弄ぶような音を立てている。
何度も擦られていると
尻の穴はものを出すためのところなのだから、当然中身が出ていくときに機能を果たした充足感を感じるようになっている。
だから指が引き抜かれる瞬間に、体の緊張が緩むような安堵感や開放感を感じるのは自明だった。
そしてだからこそ突き込まれる瞬間の圧迫感や閉塞感も、その
入れて抜いて、挿して引いて。その一連の動きに馴染んでしまう……気持ちよさを、感じてしまう。
「んくっ♡」
「どうだ?良いか?」
「……んむ、あむ……っ」
不意に声が漏れる。微かに鼻にかかったような甘い声。
後ろの穴でゼニスが指を軽く捻った刺激が腰骨から背筋までゾワっとした感覚になって駆け上がってきた。
指の節の部分が肛門を裏側から開くように擦り上げて、指の腹が腸の内側を撫でる。
これに気を良くしたのかゼニスの方から楽しげな感情が流れ込んで来る。
それがどうにも気恥ずかしくて、俺は誤魔化すようにあいつの陰茎を口に含んだ。
ぐじゅ、ぐじゅ、と唾液が泡立つ音。口の端から垂れた涎が幹を伝って陰毛の上に滴る。
なるべく深くまで、えづかない程度に飲み込むように咥え込んでから口全体を使ってしゃぶるように扱く。
余計なことは考えないように、ペニスが気持ち良くなってくれることにだけ意識を集中して口を動かす。
「くぅ、ぁ……っ♡」
「こうすると、良いのではないかと思う」
「……っ、ん、くっ……♡」
しかしそうは問屋がおろさないと言わんばかりにゼニスの手が別の刺激を加えてくる。
あいつのもう片手の指がこちらのクリトリスを撫でる感触。
そっと表面を摩って撫で上げるような優しい手つきだが、それだけでじぃんと腰砕けになりそうな痺れが走る。
ここに来て素直に感じやすい性感帯への刺激は不意打ちが過ぎた。熱い最中によく冷えた水を一杯飲むような、染み入る心地よさ。
女性の陰核は男性の陰茎に相当する部位なので、そこへの刺激は元男性としては馴染みやすく、実のところこれまでにも多々お世話になっていた。
それが今はゼニスと互いに触れ合って交わり合う生活の中ですっかり他人の手に愛られる喜びも覚えてしまって、尚更に感度の高い場所になっていた。
ゼニスの指先が柔く全体を摘み上げ、表面の包皮を擦るように軽く扱く。
その硬度を確かめるように先端をちょんちょんと突いて遊び、きゅっと挫いて潰す。
それだけで内腿が震え、股の間に新しい愛液がじわりと滲むのがわかった。
「ふぅ、んっ♡ んむ……♡」
それに加えて感覚の共有でゼニスの陰茎の快感が流れ込んできているのもまた始末に悪かった。
今まで自分が彼に与えていた気持ちよさは疼きになって自分の中にも蓄積されていた。
それを改めて、そこへの愛撫で明確な快楽として火をつけられる。
じりじりと焦げ付くようで、股座から立ち昇ってくる昂りは昔から慣れ親しんでいたそれで、脳髄が喜ぶのを感じた。
しかし、今更ながらここで感じて手を止めてしまうのもなんだか負けたような気分になって癪なので、俺は息を整えながら口奉仕を止めなかった。
「んっ、ん……っ♡ んぅ……っ♡」
「これで……こちらの方も感じやすくなってきたのではないのか?」
いちいち言うなこのバカ。
ただ図星だった。前の肉芽のひりつくような快感が、下腹と腰全体に行き渡っている。
それが後ろの穴にゆっくりと指を出し入れされるむず痒さと混じり合って、なんとも言えない……その、気持ち良くもなくもない、感じになりつつあった。
ぐっ、と中に入った指先がお腹側に圧迫を加えてくる。体の中に溜まっている熱が押し出され、陰核がじりじりする。
それに火を着けるように指先で擦られると、神経がばちばちと弾けて体が芯から焦げるような感覚がした。
体が強張る。下腹に力が入るとその奥から水が吹きこぼれるように、股が濡れるのを感じた。
「ひゃあぁぅっ♡」
そんな中、ぬるりとした異様な感触を覚えて上擦った声が出た。
手元の竿から思わず口を離す。甲高い声はあまりにも女の子すぎて、自分の喉から出た声なのに恥ずかしかった。
……いや、その、これは単純に驚いただけで。いや、でも、単純に驚いただけでこんな声が出るなんて大分毒されてないか自分……?
「うわ、な、なにこの……?」
「舐めただけだが?」
「な、なめ……っ、うひゃぅっ♡」
また再度、先ほどと同じ感触が後ろを襲う。
温かく濡れたもので尻を拭かれるようなその感触はゼニスの舌だった。
背後に振り返りながら問いただすとさも当然ですが何か不思議なことでも?と言いたげなあいつの顔が見えた。
そしてもう一度舐められると、ぞくぞくっとした異様な感覚が走って喉から悲鳴のような嬌声が上がった。
「だ、ダメだって、そんなとこ汚い……っ」
「? お前のどこにも汚いところなどありはしないが。……それに言っただろう、お前にもっと触れたいと」
「んひゃぅ……っ♡」
「尻の穴まで、お前のことが愛おしい」
真顔であいつはそんなことを言って、俺の尻にキスをした。
ちゅ、とささやかで、それでいて聞き間違いようのないリップ音。
排泄の穴まであいつにとっては唇のように愛せる対象なのだと理解させられて、体以上に心が芯から喜ぶのを感じてしまった。
「んっ、ぁぅっ♡ ひゃぅっ、んぅ……っ♡」
それからはもう一方的にされるがままになってしまった。
肛門をゼニスの唇と舌に、たっぷりと嬲られるように愛られる。
尻の皺の一本一本を丁寧にふやかすように口付けを落とされ、舌先が既に緩みつつあった菊門を柔くこじ開けながら括約筋の内側を舐めしゃぶる。
恋人の口を尻拭きに使っているような異様な背徳感がぞわぞわした震えになって、うなじの毛が逆立つようだった。
ついでにそのまま指先で姫豆も弄られる。
指の腹でころころと転がされる性感帯が疼きを発し、快感で燃え上がる。
股座から下腹に飛び火したそれが腰の奥で熱になり、どろりと熱い汁が吹きこぼれるのがわかった。
そしてそれはさらに嬲られる後孔の感覚と混じり合い、腰骨が煮えて崩れるような錯覚を生んだ。
「は、ぁ゛っ♡ んぅ、っぅ……っ♡」
あまりにも未体験で、あまりにも羞恥を煽られる快感に耐えるように俺は顔を伏せた。
目の裏がちかちかして、頬から耳まで火が出るように熱い。頭の中で炎が踊っているような気がする。
体に送り込まれる快感をどう処理していいのか頭がバグる。ただ猛烈な恥ずかしさだけは確かで意識が惑乱した。
明滅している視界の目の前で、そそり立つゼニスの陰茎のシルエットが嫌に鮮明だった。
こいつそんなに興奮してるのか、俺の尻舐めながら。
「はぁっ、っ゛……♡ ん、ふぅ……っ、はぁ゛……♡」
「……そろそろ、これくらいにしておくか」
「さすがに舐めすぎ……うまいもんじゃないだろどう考えても……」
「お前の体だ。どこを味わっても美味いに決まっているだろう」
「……お前なぁ」
それからたっぷりとどれくらい……どれくらい尻穴を舐めしゃぶられただろうか。
時計もないのでわからないが、いい加減にゼニスがひと段落ついた頃にはこちらはもう息が上がっていた。
快感の熱で肌が内側から火照るようだ、恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっている自覚がある。
肩越しに振り返りながら悪態を吐いてもゼニスはどこ吹く風だった。
あぁもうしょうがないか。こいつには食事と排泄という観念自体が知識による物でしかない。
なので尻に口をつけるのが衛生的に汚いとか生理的に嫌悪感があるとか、そういった感覚が全くないのだ。
……だから、こいつにとっては俺の尻の穴も、その中も等しく俺の一部という認識でしかない。
……だから、そうやって唇や肌のように触れて撫でてくれるし、キスもしてくれる。
気恥ずかしい。でもなんだか、同じくらい嬉しく感じてしまう。
「よくはわからないが、これで機嫌を直してくれ」
「んむ〜……」
なのでこうやって抱きしめられるだけで、さっきまであった毒づきたくなるような気持ちもはらはらと解けて消えていってしまう。
わかってる。そんなのは所詮自分の照れ隠しとか常識と今起きていることの葛藤の産物でしかない。
でも常識だとか普通だとか、照れだとか衒いだとかそういうのとはまるで無縁のこいつには全くそんな機微はわからないし、さらっと受け流されてしまうのだ。
けれどそれは自分の気持ちを蔑ろにされているわけでも理解しようという努力を放棄しているわけでもなくて、そんな余計な壁なんて二人の間には意味がないとゼニスが本当に心から信じているからだとわかっている。
この世界にいるのは俺たち二人だけ。一つの
「……でも、ちょっとの間だけはキス禁止」
「…………仕方がない。無理強いはよくないからな。当面ジェミニの尻を舐めるのは辞めておく」
ただまぁ、はいそうですか、で全ぶ常識を投げ捨てられるわけでもないので勘弁してほしい。
ゼニスの
******
「油……こんなものでいいか」
ゼニスが手をかざすと、その下に淡い光が揺蕩い始める。
その光がベッドのシーツの上で忙しなく動き出し――まるで見えない3Dプリンターがそこにあるかのように、形のある物体を作り出す。
ここで暮らし始めてから時々目にするようになったこいつの創造能力。101層という世界でなら記憶を元になんでも作れるという力だ。
やがてそこに現れたのは、円錐形のノズルを持つ柔いプラスチック素材のボトルだった。透かすとほのかな黄緑色の液体がなみなみと入っているのが見える。
試しに一度手に取って出してみる。ぬるつき加減や匂いを確認して、異常はないだろうと言っておく。
ボトルの様式や色合いからして、魔界の前線基地の保管庫などにある食用油で間違いない。
リクエスト通りのものが出来上がって一安心する。機械整備用油を出されたら大事だったからだ。
「よし……それではこれを入れていくとしようか」
「わ、わかった」
と、いうわけで促されてシーツの上に四つん這いになる。
今作り出された油は、これからやることのための潤滑油である。
……その、つまり、後の方でするセックスのための、やつである。
「大丈夫だ。ジェミニが痛かったり、どうしても辛くなったら途中でやめる」
「わ、わかったから。やるなら早くしろよ……」
シーツに顔を埋めてとにかく先を促す。
顔が熱くて耳まで赤くなっているのがわかる。布地の冷たさが少しだけありがたいくらい。
さっきまでもそうだったけど、改めて体を伏せてお尻を後ろに突き出してる体勢というのは恥ずかしい。
先ほどまでのでたっぷりと解された後の穴が微かに緩んで、空気に触れてすーすーする感じがする。
そしてそこにゼニスの視線が注がれているのもわかる。腹の中まで見通されているのがわかるというのが殊更に羞恥心を煽る。
それになんとか耐えるために俺は顔を伏せて、せめて自分の視界だけでも塞いでいるのだった。
「では始めていくぞ」
「ん……っ♡」
にゅるり、と舌とも違う濡れた感触。
オリーブオイル(正確にはそれらしい魔界産の油)が後の穴の入り口に擦りつけられる。唾液とは違って早々には乾いて消えないことがわかる、重たくぬめった感覚。
そしてそれをなじませるように、丁寧にゼニスの指が肛門をいじる。
油をたっぷりと塗りつけた指先が驚くほどあっさりと括約筋を潜り抜けて、何度もそこを出入りする。
にゅぷ、にゅぷ、と秘めやかな音が耳朶に響く。違和感や不快感が無く、敏感な粘膜を優しく擦り上げられる純粋な刺激だけが腰を震わせる。
「ぁっ、あっ……♡」
自然と上擦った甘い声が漏れてしまう。
ついさっきまであれだけ抵抗していたのに、こんな声が出てしまうことに脳裏の冷静な部分で愕然としてしまう。
尻の穴を細かく抜き差しするゼニスの指に、横隔膜と喉を支配されてしまったよう。
勝手に囀る自分の口を塞ぎたくて俺は一層強く顔をシーツに押し付けた。
「注ぐぞ」
「ん……っ♡」
その一声とともに、指ではない何か別のものの感触を後ろに捉える。
ボトルの先端、円錐形のノズル部分が直接尻の穴に差し込まれたのだ。
そしてそこから、ちゅぅぅ……っ、と微かな音と共に中身が注ぎ込まれるのがわかる。
ぬるぬるした油が直腸の中にゆっくりと流し込まれていく。
そういったところに神経はあまり通っていないはずなので細かくはわからないのだが、少しずつお腹が重くなっていくのだけは実感としてわかる。
「大丈夫か?辛くないか?」
「ぅん……。今は、まぁ、なんとか……」
やがて「便意がひどいというわけではないのだが、今のうちに行っておいたほうが後々にトイレの心配をしなくていいのではないかな……?」くらいの重みになったあたりで、ノズルを引き抜かれた。
息を整えて、少し体を落ち着ける。……まぁ、これならしばらくは大丈夫だろう。お尻に変な刺激を加えられない限りは。
……いや、これからそういうことするんだけどな。
「その、本当に、入れるんだよな?ここから?」
「その通りだ。そのためにここまで準備したんだからな」
ゼニスの「今更何言ってるんだ?」というような返答。こいつからすればそれはそうだろう。
ただ、俺はといえば
つまりその……この状態で後の穴に何か入れられたら漏れるじゃん、という当たり前の感覚である。
「実際に出るのは便ではないし、元から腹の中に宿便の類も溜まっていない。衛生の面では何も問題はない」
「お、俺の心の方が問題ぃ……」
「そうか。だがすまない、そろそろ俺の方も辛くなってきているんだ。早くジェミニの中に入りたくて仕方がない」
「辛いようならやめるって言ってくれなかったっけさっき?」
「それもそうだが、定義が不十分だったことを謝罪するしかないな。そちらが肉体的に問題があるようならやめると言うべきだった」
「ひぇ……っ」
今更泣き言を言い始めた俺が肩越しに振り返ると、ゼニスの方も自身の性器に油を塗り込めていた。
仁王立ちするあいつの股間に聳り立つペニスは月光の元でてらてらと油に濡れ光り、今まで以上に禍々しく猛々しいものに見えた。
そして実際、あいつの言っていることも理解できる。
心臓から伝わってくる期待感と高揚。胸が沸き立つようなワクワク感と、股間がムラついて堪らない雄としての興奮。
それが全て俺と交わることへの喜びに端を発しているのだと思うと、こちらも強くは出られなかった。
こちらのちっぽけな常識や葛藤など、ゼニスの純粋な情愛と熱情に押し流されてしまう。
……そして、そうやって求められることの喜びを俺自身もよく知ってしまっていた。
「よし、それではいくぞ」
「わ……わかった。その、痛かったら言うから、その時は……」
「わかっている。優しくする」
「……うん、ありがとう」
すぅ、はぁ、と軽く息をしてなんとか意識を落ち着ける。
ベッドに伏せって、なるべく余計なことを考えないようにだけ気をつける。
ただそうしようとすると今のゼニスの方から流れ込んでいるはち切れそうな昂りや、そっと確かめるように俺の尻の表面を撫でる手のひらの感覚がまざまざと脳裏に感じられてしまう。まずったかな。
だが、そうやって興奮状態になっていても俺を労わろうという優しさ、大切に扱って傷つけたくないという思いやりも同時に感じられて、そのことがありがたかった。
「「……」」
お互いに無言のまま、月明かりに照らされた大広間に小さな粘液の音が響く。
ちゅく……っ、という小さなその音はゼニスの性器の先端がこちらの尻の穴の表面に触れたものだ。
互いの体に塗り込んだ潤滑油のぬめり越しに、粘膜の熱さを感じる。
心臓の音がどくどくと重い。もう何度も受け入れて、つい先ほどにまで口と手で触れていた彼の陰茎のシルエットと手応えと……大きさと太さのことを思い出す。
そう思えばそんなの普通は尻の穴に入るわけないだろ常識的に考えてなんて、思考が今更ながら鎌首をもたげて――――
「か、っは……っ!?」
ぐりゅん、とそんな音が頭に響いた。
初めに感じたのは異様なまでの拡張感、異物感。
体が縦に、あるいは円形に裂けて広げられるような錯覚。
明らかに入ってくるべきでない場所に入ってくるべきでないものが入ってきていることの異質な感覚に脳が警告を鳴らしている。
本来内側から外側に向けて開いて中身を出す機構が、外側からこじ開けられて中に物を捩じ込まれる異質な感覚を神経が処理できず、目の裏が白黒する。
「痛みはないか、裂けていたりはしないか?」
「は……っ、ぁっ……っ!あ……っ!ぃ、た、くはないっ、さけそう、なくらっ、い、いっぱいいっぱいだけどぉ……っ」
「そうか、なら少しずつ進めるぞ……」
「ひぃ、ぅ……っ!!」
ゼニスの声になんとか返答する。全身がぷるぷると痙攣するように震えてうまく声が出せない、そもそも息がつっかえる。
今の感覚をどう扱うべきなのか体中の神経がパニックを起こしていて正常な働きができない。
同じくらい思考もまとまらない。とにかくいっぱいいっぱいだ。
とにかく痛みがないことだけは確か……確かなんじゃないかなぁ!?みたいなことを頭の片隅で考えていると、それすらも吹き飛ばされた。
「んっ、ぉ゛っ……!ほぉ、ぉぉあ゛……っ!?」
ずぬぬぬぬ……っ、とより一層深いところまで体の中に熱いものが入り込んでくる。
ピン留めされる標本というか、串刺しにされる肉の気分。
体の奥へ一寸、一寸と進められるたびに内臓が押し上げられて口から出てきそうな錯覚がする。
少なくとも横隔膜は変になっていて息を吸うリズムが掴めない。口が「あ」とか「お」とかの形で開いたまま濁った喘ぎを吐き出すだけの穴に成り下がる。
「ぁ゛っ、はぁっ゛、ぉお……っ!」
「んっ……」
ゼニスが慎重に、慎重に腰を打ち込んでいるのがわかる。
両手がこちらの腰をしっかり掴み、軸がぶれないように固定しながら自身の腰を進めている。
広げている括約筋が切れてしまわないように、腸内の襞を破ってしまわないように、何かあったらすぐに抜いてやめられるように。
気遣いと思いやりを感じる、丁寧なまでの挿入。
だがそれはそれとして彼自身のペニスは先刻の前戯から一度も明確に発散することもなかったこともあってか内側にものすごい昂りを抱え込んでいた。
それを反映したようにその剛直は大きく太く、硬く熱く、がちがちに力強く勃起していた。
それをゆっくりと中に挿入されている尻の穴がじんじんする。
もうこちらは全身の感覚がバグって言うことを聞かないのか、あちらこちらの筋肉から力が抜けて軟体動物のようにシーツの上に体を投げ出すばかりだった。
そんな俺とは対照的にゼニスの掌はますますしっかりとこちらの腰を掴み、陰茎は硬度を増してこちらの尻の穴を掘り進むのだった。
「……っく、は、ぁ……っ。ジェミニ……全部、入ったぞ」
「ぁ、っ……っ゛。はぁ……っ、ぁ……、はぁ……っ」
みちみち、みちみち、と永遠に高まり続けると思われた圧迫感が、やがて一段落する。
こちらの腰に、ゼニスの腰が当たるのを感じた。固くて大きい、力強い体の感触。
まともに返事もできないまま、ひたすら呼吸を整えようと頑張っていると、そっと頭を撫でられた。
背の上に体温を感じる。後ろから覆い被さってきている感じではあるけど、体重をかけられてきているわけではないようだ。
でも今は、なんだか無性にゼニスの体温に触れるのが嬉しかった。
「はぁ、はぁ……っ。ぁっ、はぁ……っ」
「……大丈夫か?」
「……だいじょうぶじゃない、けど、なんとかだいじょうぶ……」
「つまり?」
「ちょっと、まって……」
「わかった、待つ」
頭の中で信号がバチバチと跳ね回っている。
うまいこと言おうとしていことが纏まらなくて脊髄反射的なセリフを垂れ流す。
とりあえず裂けてたり血が出るような異常はないが、尻もお腹も頭もいっぱいいっぱいで今はどうこうまともにものを考えられる状態じゃないのは確かだった。
そのことを察してくれたのだろうゼニスは、ゆっくりと頭を撫でて頷いたようだった。
「ならせめて少しは楽な姿勢にするか」
「ふっ、っんぐ……っ!?」
体を抱きしめられて、そのまま横にゴロンと転がされる。
二人揃って体を合わせてベッドの上に横向きに寝そべる。
気遣いはありがたい。ありがたいが、横になった拍子に腹の中が捩れて変な呻き声を絞り出される。
ゼニスに「大丈夫か?」と心配されるが、今更なので無言でこくこくと頷くに済ませた。
「……このまま、少し落ち着くまで時間を取ろう」
「ん……そうする、おねがい……」
彼の厚意に大人しく甘え、息を落ち着かせるのに専念する。
青白い月の光が差し込んでくるベッドの上で、重ね合わせたスプーンみたいに寄り添って寝そべる。
しばし無言で、お互いの呼吸の音と鼓動の音にだけ耳を澄ませる。
その間、ゼニスの手が優しくゆっくりと頭を撫でてくる。
はらはらと乱れた白黒の長い髪を手櫛で整えて、指先で梳く。
こちらを落ち着かせてくれるような優しく丁寧な、心臓の拍動のリズムに合わせたような指遣い。
後ろから回してくる手と腕の中に体を納められると、彼の体と温度に包み込まれる感じがして安心する。
背中越しに感じる胸板の厚さ。その下にあるべき心臓の音が重なり合って、改めて分け合っている命が安堵を覚える。
「どんな感じだ?」
「ん……、お腹の中がいっぱいで、尻もいっぱいで……とにかく、広がっている感じがヤバい……」
「ヤバい、はあまりに多義的な言葉だ。この場での具体的な定義を求める」
「すごいことになってる感じ……」
「言語化不能、ということを理解した」
「察してくれて助かる……」
ぼそぼそと言葉を交わしながら、自分の体の感覚とどうにか折り合いを付けようと試みる。
尻の括約筋が内側からぎちぎちに押し広げられていて、じんじんと焼け付くような感じがする。
痛いわけではないがキツい。キツいとは言うが危険だというわけでもない……くらいの感じ。
なんにせよ、本来の想定外の体の使い方をしているせいで感覚がバグっていて、脳が処理し切れていない気がする。
ゼニスの手が撫でるように額に触れる。そのときの感触で自分が随分と汗をかいていることに今更ながら気付くのだった。
「辛いなら摩った方が良いか?」
「…………〜〜っ!?」
「ジェミニ?」
「ちょ、待っ……それっ……」
だがゆっくりしていられたのもそれまでだった。
ゼニスがゆっくりと体を撫でていた手が、俺の腹部に添えられる。
肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱいになっている俺を楽にしようと善意でやってくれたのはわかるが、今そこを撫でられるのはまずかった。
腹の奥がぎゅるるっ、と重く蠕動する音がした。
「ジェミニの中がうねっている……。とても心地よく感じる」
「撫でるのだめだって……っ。なんか出そう、出るぅ……」
「……抜いた方がいいか?」
「ぅん……」
腹の中が渋っている感じがした。内臓の奥が捻れるような、嫌な感じの便意。
そういえばそれなりの量の油を中に注いでいて、さらに大きめのウィンナーみたいなものを追加で突っ込んでいるんだから腹が痛くなるのも当然だ。
反射的にトイレに行きたい、とそういう思考が過ぎる。
俺たちが暮らしている城にはそういう施設などないのでどこに出しに行くんだと言われても困るが、それはかなり切実で生理的な欲求だった。
額に脂汗が滲む。息が荒くなって眉根が寄る。
後ろに寄り添っているゼニスが俺を気遣って腰を後ろに引いてくれて――――それが致命的だった。
「っ、ぁ゛っ…………あ゛っっ!?」
「んむ……っ」
その瞬間、
先刻よりもずっと、未知で処理不能の感覚が神経を辿って頭で弾ける。変な濁った声を喉から搾り出される。
いや、違う。これは本当はよく知っている
今までと質と量が違っていて混乱してしまっただけ。そして認めたくなかっただけ。
ずるぅっ、っと腹の奥まで埋まっていた太くて大きいものが抜け出ていく。
直腸が内側からものを外に向けて出す、という本来の役目を果たす喜びを表明する。
圧迫感からの解放。生理的欲求を満たすことの根本的充足。
お腹の奥が引き攣るような苦しみが解消されることの悦び。
排泄感だ。
「ふぅ、ぁっ……!はぁ゛、ぁっ、はぅ……っ!」
「ふむ……」
「ん゛っ、んぅん……っ!」
じゅぽんっ、というどこか滑稽な音が聞こえた気がした。
それと同時に腰砕けになりそうな震えが全身を襲って、俺はベッドの上で身をくねらせた。
しつこい便秘を無理やり植え付けられて、その上で一息で解消させられたような気分。
腹に溜まっていたものを出すのは気持ち良い、という生物として当然の快感がこれまでの人生で味わったことのない質と量で意識を焼いていた。
ぶぴ、ぶぴ、という屁のような品のない音がしていた。
内臓が裏返しになってひっくり返るような排泄感と共に尻の穴がぱくぱくと開いて潤滑油を搾り出している。
その下品な音がこの上なく恥ずかしくて、俺は真っ赤になって手で顔を覆った。
「ふむ、なるほど……」
「……なにが……。……なにが、なるほどなんだよ……」
人前で大きい方の便を垂れてしまったような、そんな文明社会の人間としては切腹ものの羞恥心に襲われて震えている俺を尻目に、ゼニスの方はいたって冷静であった。
むしろ何かを深く納得したような、満足気な面持ちさえ感じる。
「……気持ちよかったか」
「え……。…………いや、その……」
「誤魔化す必要はない。
「ぁ、えっと、でも、」
「何もおかしいことはない。
耳元で囁くようにゼニスが淡々と事実を指摘してくる。
人間らしい常識がなく知識だけで考えているこいつにとっては、俺が感じているような恥ずかしさなんて全く無縁の代物だ。
気持ち良いんならいいんじゃないか、といういっそ素朴とさえ言える発想だが、俺にはそこまでまだ割り切れない。
いやでも……セックスで気持ち良くなるのはわかるけど……お尻の穴からものを出す感覚で気持ち良くなるのはもっとこう、レベル違ってくるというか……変態的、というか。
「大丈夫だ。もう少し続けて、繰り返してみれば、慣れるだろう。初めての物事に対する忌避感は経験と学習で取り除かれる……らしいからな」
「ぁ、だめっ。今されると、んんぅぅぅ゛…………っ!!」
だがそうした葛藤はあっさりと無視され、ゼニスが再び後ろから入ってきた。
二度目の挿入は、最初のものよりも随分とスムーズだった。一度入れられていたため通り道ができていたのかも知れない、なんて思えるほど。
みちみちみち……、と潤滑油に滑りながら腹の奥まで剛直が肉をかき分けてくる。腸詰めを作らされているような気分。
再度、ゼニスの腰がこちらの尻にピタリと当たり、腹の中をいっぱいにされる。
内臓丸ごと鷲掴みにされているような錯覚、圧迫感に目が眩む。
「ん゛っ、ぉ゛……っ、あぁ…………っ゛!!」
そしてそれをまた、ゆっくりと引き抜かれていく。
ごっそりと腹の内側を削り取られていく感覚、爽快なほどの解放感で息が漏れる。肺の奥から搾り出されるような濁った声は、嬌声に近い。
下半身全体が
ぶるるっ、と解放感が脊髄から脳を遡っていくのは毒々しい色合いの――心地よさだった。
排泄は生物として当然の快楽で、でもそれを味わって悦ぶのはどう考えても人間としてはおかしくて、でも気持ち良いのは事実で。
体が感じるものと頭が考えることの
「ジェミニ、どうだ。気持ちいいか?
「……じっきょう、するな、このばかぁ……っ」
別に挑発してるとか煽ってるとかじゃなくて、こいつは単純に自分が気持ち良くなってるからそっちも気持ち良くなっていいんだぞ、とそういう善意で言っているのはわかる。
だが、そうやって自分の体の中の具合を、それも直腸と肛門がどれだけ陰茎を喜ばせているのかなんて実況されて恥ずかしくならないやつがいるのだろうか。
だが、消え入りたくなるような羞恥心とは別にやっぱりゼニスが気持ち良くなってくれて嬉しい、という思いもあって胸がスッとした。
鼓動がドクドクと激しい。耳の奥で血管が脈を打つ音が聞こえる。
羞恥、快感。幸福、愛情。心臓の拍動は誤魔化しようがない。
「あっ、ぁっ、ぁ゛っ、ぁぁ……っ!!」
「ふむ、こういうのもいいな……」
じゅぽ、じゅぽ、ちゅぽっ、と早い音。
小刻みにゼニスが腰を振るって、細かく陰茎を前後させる。
浅いピストンで亀頭に何度も肛門括約筋を擦り上げられる。菊門が出入りを繰り返される。
体を割開かれるような挿入感と、尻の穴が内から外へと開く感覚を短い
脳と意識の重要な部分をガリガリと削り取られていくような気がした。
何度も反射的に力が入って締まる括約筋が、パンパンにエラを張らせた頑健な亀頭に食い込んでは引き剥がされる。
尻の穴が真っ赤に焼けるような感覚で、俺は荒い息を吐いた。
「ふぅ、ぁ゛っ、あっ……!!ぁっ゛…………♡」
絞り出される声に甘いものが混じり始める。
尻の穴が熱い。背筋がぞくぞくする。体が震える。じぃん、と腰骨が痺れる。
もうここに至って、それが快感であるといよいよ認めざるを得なくなってきた。
だが、それでも俺の残った僅かばかりの理性はそのことがたまらなく恥ずかしく、そしてそれゆえの半端な抵抗で快楽の波に晒されてガリガリと思考を削り取られていった。
パン、パン、パンっ、と拍打音が響く。腰と腰とがぶつかり合う音。
もうゼニスは問題ないと見たのか、普段とさして変わらない腰使いで下半身を振り立てている。
じゅぷっ、ぢゅぽっ、と恥ずかしくなるほどの水音を立てているのが自分の尻の穴だと思うと頭がおかしくなりそうだ。
すっかりこなれてしまった俺の直腸は入り口から奥まで逞しい竿で掘り返されて、熱感の発信源になっている。
腰の中で火がくべられているように熱い。それが全身に伝播して肌が内側から焼け焦げていくようだ。
「ジェミニ、ジェミニ……っ」
「はぁ……っ゛♡ はっ、ぁぁ゛っ、ん゛っ♡ んんぅぅ゛……っ♡♡」
ゼニスが陶酔したような声で俺の名前を呼びながら後ろから抱きしめてくる。
耳朶に吹き込まれる吐息でうなじが震える。名前を呼ばれること自体の心地よさで胸が湧き立つ。
それにろくに返事もかえしてやれないくらい、俺はもう頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
体の前に回されて俺を抱きすくめてくるゼニスの腕をこちらからもぎゅっと抱きしめて耐える。
嵐の中に呑まれながら木の切れ端を命綱に掴んでいるような心地だった。
ゼニスのもう片方の手は俺の片足を引っ掴んであげさせていた。
背面側位で挿入しやすくするための姿勢だが、必然的に股を開くことになるのでこれがまた恥ずかしい。
空気に触れた内腿にひんやりとしたものを感じる。もうとっくに濡れていたんだな、と頭のどこか冷静な部分で思う。
ぐぽっ、ぐぽっ、と肛門がほじくり返される音がいやに大きくこだまする。
じんじんと尻の穴が痺れるよう。硬くて太い、雄幹がぞりぞりとそこを掻きむしっていくほどにそれは助長されて、頭がどうにかなりそうだった。
「はぁ、はぁっ……ジェミニ、すまないが先に……」
「んぁ゛っ、はっ、はぁっ……はぁ……っ゛♡♡」
ゼニスの切羽詰まった声が聞こえる。
それに対して言葉を返す余裕は全くないが、俺はいつもの癖で無言で頷いていた。
ぐしゃぐしゃになっている意識の中であいつの感じている興奮が流れ込んできていて、それがいよいよもって限界であるということは察することができていた。
股座が焦げるほどの快感の蓄積、高まり続けるそれを味わい続けたいと思う気持ちとそれを解き放つことへの期待感。
それらを天秤にかけ続けて、ついには後者に振り切った時の爆発的な快楽――、
「ぅっ、っく……っ!」
「ふ、ぁっ゛……♡♡」
どくんっ!どくっ、どくっ、どぶっ、どびゅるるる……っ!!っとそんな音が聞こえた気がした。
ぐっと奥の奥までゼニスの陰茎が尻の穴に捩じ込まれ、その先端が爆発する。
噴火のような勢いで、直腸の深いところに精液を流し込まれる。
重たくてどろりとした白濁液の浣腸でぎゅるるっ、と腹が鳴る。
だが後でひり出すことの気持ちよさをすっかり覚えてしまっている体はバグってそれを快感の一種として認識しているようだった。
腹の中がうねり狂って、腸襞と括約筋がぎゅうっ♡と抱擁するように陰茎をペニスを食い締めていた。
後ろから精子をひっかけられた子宮が、隣の直腸を羨ましがるかのように沸き上がっている。
煮湯を孕んだような熱さが下腹を包んでいて、とめどない愛液が股座から吹きこぼれるのを感じた。
「……っ、ふぅ……、はぁ……ジェミニ……」
「んぁ……っ♡ はぁ……っ゛♡」
陶然とした息をこぼしながらゼニスが頬と耳に口付けを落としてくる。
絶頂感の余韻を味わうかのようにこちらを抱きしめてくるその腕はとても力強くて、狂おしいほどに優しかった。
そうやって抱かれていると、自分は愛されてるんだな、という自覚が込み上げてきて、酷く面映い。
でもそれ以上に幸福だった。それを伝えるように力が入りづらい手を伸ばして、背中越しの彼の頭を撫でてやった。
「ふん……っ゛、……っく♡♡」
やがて緩やかに硬さを失いつつある彼の勃起が穴から引き抜かれた。
にゅぽん……っ、とどこか滑稽にも聞こえる音。
先ほどまで腹の中をみっちりと占有していた肉塊が抜け出ていく感覚は爽快さすら伴う。ぶるるっ、と背筋を震えが駆け上る。
下腹の底で唸るような音がして腸が蠕動する。注ぎ込まれた精液をどうにかひり出そうとして蠢いているのがわかる。
トイレがあれば嬉しいのだけど、ない以上はどうしようもないな……とぼんやりとそう考えていた俺だが――――そのせいでゼニスに対する反応が遅れてしまった。
「え……っ?」
「もう一度、かまわないか」
「いや、かまうが?」
交合の余韻を堪能するのもそこそこに、ゼニスは身を起こしてこちらの足首を掴んで股を開かせようとしていた。
とっくに全身萎えきっているように力の入らない俺はされるがままである。
「まだ、ジェミニの方は達していないだろう」
「……まぁ、そうだけど。そうなんだけど……いや、でもさ。こう……何事も初めてはあるんだし、無理することもないって」
「
気持ちはありがたい。ありがたいが、ちょっと休ませてほしいとは思う。
あぁ、でもゼニスが気持ちよくなってほしいと思ってるのは本心からだし、その気持ちもちゃんと伝わってくるし嬉しいから強く言えない……!
そう言いながら彼の緩やかだったはずの勃起はみるみるうちに硬さを取り戻しつつあった。
陰茎が勃ち上がっていく様子って側から見ると結構面白いよね、なんて現実逃避混じりで変な思考が脳裏に挟まる。
「それに……、」
「それに……?」
「ジェミニの尻の穴はとても心地よかったから、何度でも味わいたいし、何度でも愛したい」
「……っ」
極めて真剣な面持ちでそう言われて、言葉に詰まる。
心臓を介してそこに嘘も世辞もないのがわかる。誇張すらもなく、本心からそう思っているのがわかるからこちらも大きく言えないのだ。
それに……すごく、変態的なことではあるのだけど。
そうやって一般的には汚いところだって躊躇いなく「愛したい」なんて言われて、ドキドキしている自分がいる。
愛されることの喜びはゼニスから教えられた。その喜びをもっとほしいと思うのは――――もっと愛されたいと思うのは気恥ずかしくて、でも胸の内がむず痒くなるほどに幸せな気分だった。
「もう一度、入れるぞ」
「ん゛……っ♡」
気がつけば、すでに俺の両脚はゼニスの手によって広げられていた。
そしてその中心部に再度、ゼニスが体を捩じ込んでくる。
再び硬さを取り戻した絶倫ものの陰茎が、もう一度俺の肛門を割開いて中へと侵入してくる。
先ほどのそれよりずっと抵抗が少なく、あっさりとした手応え。
「んぅ゛……は、ぁ゛っ、あ゛ぁ……っ♡」
ぬるぅ……っ、と一直線に直腸の最奥まで一息に貫かれる。
下腹にみっちり詰まる圧迫感と拡張感。それが戻ってきた時に感じたのは辛さやしんどさよりも、充たされることの喜びだったことに驚きを覚えた。
ぴったりと俺とゼニスの腰が接触する。後ろの穴を限界ギリギリにまで広げられている痛痒混じりのその感覚は、本来するべきでないことをしていることを咎めてくるよう。
だがそんな背徳感が心地よさを後押ししていた。徳に背いても、そうされてもかまわないほどに愛されていることがわかるから。
「ジェミニ、好きだ。ジェミニ……」
「ぅん……♡♡」
逸物で俺を刺し貫いたゼニスが、こちらの両脚を抱え込んだままの状態で体を寄せてくる。
両足をM字に開いたまま抱きすくめられる体勢。さっきよりも一層深く陰茎が突き刺さる感じがしてぞわりとした。鼻にかかった甘い息が漏れる。
ここで生活し始めてから何度も何度もこいつと交わったけど――――実は正常位が一番好きだ。
初めてした時のことを思い出すし、何よりお互いに顔を正面から見られるから。
「ジェミニ、ジェミニ……」
「ぜ、ニス……っ♡」
語彙力さえなくしながら、互いの名を呼び合って、同じだけの回数キスをする。
唇の先が疼いてやまない。舌が蕩けるように絡めて、口の中が溶け合うほどに唾液を混ぜ返し合う。
頭の中が水飴になるんじゃないかっていうくらいに、甘くて深いキス。
ベッドの上で仰向けになって投げ出された俺の手にゼニスがその手を重ねてくる。
こちらより一回り大きくて逞しくて、それでいて優しい手。
指と指を絡ませて握り合うとその手の温かさが掌に染み入るようだった。
人間の触覚で一番敏感なのは指と唇。それを知識でなく実感と体験で証明する。
手と口で触れ合うとこの上なく相手と一つになっていることの実感が胸に溢れてきて、幸福に視界が滲む。
「ふぅ゛っ、んっ♡ ん、ぁ゛んっ♡♡」
とちゅ、とちゅっ、と軽快とさえ言えるリズムで腰を打ちつけられる。
既に一度放っているからだろう。ゼニスの抽送は先ほどよりもずっと余裕があって冷静とも見てとれた。
こちらの反応を伺いながら丁寧に、俺を気持ちよくすることを念頭においた腰遣い。
心臓の鼓動にほど近い拍子で何度も奥を突かれる。腹の中には先ほどたっぷり出された精液がまだ溜まっていて、亀頭の先端がそれに絡んでぬちゅぬちゅと撹拌しているのがわかった。
直腸の奥にどろどろした精子を塗り込まれて、その倒錯性に背筋を毒々しい興奮が走った。
肉一枚隔てて前側にある子宮が自分が愛でられていると勘違いでも起こしているのか、きゅうん♡と切なく疼くのを感じた。
一突きごとに、そうやって腸の奥にペニスを打ち込まれることへの抵抗感が失せていく。
正常位で正面から抱きしめられながら、たっぷり愛されていることの自覚を与えられながらだと、最初の方に感じていた辛さが嘘のようだった。
ぐっと腰を押し付けられる。その密着感が一つになっている実感を改めて与えてくれる。
割開かれている尻穴がじんわりと熱い。知らないうちにそこに力がぎゅっと入り、陰茎を咥え込んでいるのがわかる。
熱くて硬くて、力強くて逞しい。ゼニスの昂りの証。
「ふぁ……っ♡ ぁ゛っ、ぁ、あ゛っ♡ ぁー……っ゛♡」
「ジェミニ、気持ち良いか?」
「…………きもち、いい……っ、ぁ゛……っ♡♡」
あっ、言っちゃった。そんなうっかりした考えが先に来た。
ゼニスにたっぷりと解きほぐされて、多幸感でふわふわになった頭は極めて率直な感想を漏らした。
そうだった。もう痛みも辛さもなく、なんなら忌避感さえも既に薄かった。
あとは自分の常識というフィルターの問題だけだったという話。
一旦口にしてしまうと、猛烈な気恥ずかしさと同時に、雷が落ちてきたような火花が脳を焼いた。
見て見ぬふりをしてきた快感がどっと押し寄せてきて意識がばちばちと明滅する。
「きもち、いい゛っ♡♡ おしり、きもちいい……っ゛♡♡」
「あぁ、
「おれもっ、すきっ♡♡ ゼニス、すき……っ♡♡」
気持ち良い、気持ち良い、と何度も口にすると、今まで感じていた全て――拡張感も圧迫感も灼熱感も背徳感も、全て全てがそれに形を変えてなだれ込んでくる。
奥を突かれるのも、お腹の中をいっぱいにされるのも、肛門を擦り上げられるのも、腸の中身を掻き回されるのも、全部が全部気持ちよさにすり替わって頭がどうにかなりそうだった。というかどうにかなっていた。
俺はもう譫言みたいに「きもちいい」「すき」と繰り返し口にするだけの馬鹿になっていた。
あぁでも、本当にそれが幸せなのだからやめられない。
気持ちよくて、愛されて、幸せで、好きで、好きで、好きで、満たされて、愛してくれて、幸せで、愛して、愛して、愛して――――、
「ん゛っっっ♡♡♡ 〜〜〜〜ーーーーぁっ゛…………♡♡♡♡」
そしてその全てが、一斉に弾け飛んだ。
肛門から脳天まで電撃の槍で串刺しにされたような気分。
内臓と脊髄を桃色と紫色の灼熱が根こそぎにしていく。
普通の性器じゃないところで迎える絶頂感は、脳の知らない部分の器官を無理矢理開かれて焼鏝を当てられているようなあまりにも未知すぎる快感だった。
「……っぅ、っ、ふぅ……っ!!」
「〜〜ーーっ゛♡♡♡ ぁ゛んっ♡♡ んん…………っ♡♡♡」
絶頂の最中にゼニスの射精を感じた。
続けて二度目となるそれは一度目に比べると幾分か大人しいものの、それでもたっぷりと俺の腹の中を満たし、白濁液で腸詰を作っていった。
直腸がぐるぐると鳴って、子宮がきゅんきゅんと震える。そのどちらもが快感の電流と接続されて俺の頭はばちばちと焼ける。
俺はもうわけもわからくなって、無我夢中で目の前にいるゼニスにしがみついた。
大きな体、熱い肌。逞しい筋肉に汗ばんだ香り。
そして、重なり合う二人で一つの心臓の鼓動。
「はぁ、はぁ゛っ……♡♡ は、あぁ……っ゛♡♡」
安心するその腕の中に抱きしめ返されながら……これを知っちゃったら戻れないなぁ、という諦念と、戻れなくてもいいやぁ、という開き直りが頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
******
「痛みはないか?」
「別に……大丈夫だと、思う。ヒリつく感じはあるけど」
「それならば良いのだが……なぜ背を向けている。着替えか?」
「そういうんじゃなくて……その、気恥ずかしくて」
「ふむ?」
それから暫くして後。
俺はベッドの端の方に腰掛けて座り込んでいた。
背中越しに声をかけてくるゼニスの方をうまく向けない。
いつも以上に顔が赤くなっているし熱くなっているという自覚がある。
初めてのアナルセックスは事後処理に正直気を遣った。
二度も腹の中に精子を出されて、結構な便意に襲われたがトイレがない以上垂れ流しである。
この年になって赤ちゃんでもしないような粗相をした気分になってちょっと鬱だ。
タオルで尻は拭いたが、そのときに反射的に甘い声を漏らしてしまった。それを心配してかゼニスが尻を見せてくれとしきりに言ってきたので、いよいよ羞恥心が天井に達った俺はこうして彼の顔も見れない状態になっているのだった。
……はぁ、ほんのついさっきまで交わっている途中はそれすらも心地よかったのだが、今になって冷静になるともう無理だった。
恥ずかしすぎる。勘弁してほしい。
「そうか。なら落ち着くまで待とう」
「……ん、助かる」
「代わりに、そばまで寄ってもいいか?」
「それなら、いい」
ベッドのシーツが衣擦れの音を立てる。
ゼニスが俺のすぐ後ろに来て座るのがわかった。
そのまましばしの間、無言で二人ぼうっとしていた。
俺たちのいる大広間、その窓とバルコニーの向こうには見慣れた夜空。
満天を覆う銀の月を特段話すこともなく眺めていた。月は、変わらず美しいままだった。
「
「……何が?」
「お前を愛せる手段がまた一つ増えた」
「そう……」
ゼニスがそっと俺の髪を梳りながらそう呟いた。
何気ない一言だが、そこには万感の思いが込められているのを俺は感じ取っていた。
こいつにとっては誰かに触れられることが、自分が触れられる誰かがいることこそが本当の喜びだと知っている。
触れて、感じて、その形を確かめる。その存在が今ここに在るということを確かにする。
それがゼニスにとっての愛だからこそ、触れられるところが増えるのは単純にとても嬉しいことなのだ。
「俺は……いや、俺も」
「…………」
「俺も、お前に触られるの、好きだよ」
「ジェミニ……」
「お前が俺のことを好きだって言ってくれるから、俺もお前のことが好きだし……俺自身のことも好きでいられる、から」
そっと自分の胸に手を置く。
少女らしい慎ましやかな膨らみの下に、とくんとくんと脈を打つ心臓がある。
ゼニスと共有しているこの
切なくなるのに安心するような、狂おしいのに満たされるようなこの気持ちを俺も「好き」というものなのだともう知っている。
そしてこれはゼニスが俺に与えた気持ちだ。心臓を介して、流れ込んできた嘘偽りのない素直な好意が俺の胸を満たしてくれている。
……この気持ちを知って、そもそも俺は今まで自分のことを好きだったのだろうか、という疑問が湧いてきた。
そして、多分好きではなかったんだろうなぁ、と自答する。
自分自身を殺したいほど憎んでいたわけではなかった、けれど生き続けたいと思うほど好きではなかった。
そしてそれは明確に自覚症状があるほどの欠落でもなかった――――今までは。
例えるなら、水を一口飲んでそこで初めて自分の喉が渇いていたのだと思い至るようなもの。
きっと自分は自覚していなかっただけでずっと乾いていた。
飢えていたわけではないけれど、きっと渇いていた。
「俺以上に俺のことを好きだって思ってくれるお前のことが、俺は好きだよ。俺は、お前に愛されて幸せだ」
「
「……へへ、そういう意味だとお似合いかもな、俺たち」
「ふむ、破れ鍋に綴じ蓋……というのだったか、こういうのを」
「あっているような気がするが、本当にあっているのか自信がないな……」
互いに他愛のない会話を口にしながら月見を続ける。
そっと後ろの方からゼニスがこちらを抱きしめてくるのを感じた。
こちらをすっぽりと包んでしまう体格差、その抱擁が心地よい。
愛されている、大切にされている。その実感が何よりも俺に幸せを感じさせてくれるというのが、今ならよくわかっていた。
「ゼニス……ところで、また大きくなっていないか?」
「わかるか」
「わかるよ、この絶倫野郎」
「……落ち着いたらもう一度、後ろでしても構わないか」
「〜〜〜〜……っ!そ、そんなに尻が気に入ったかお前はっ!」
「気に入った。……それにもう少し続けたい理由もちゃんとある。そちらにもメリットがある」
「……はぁ?」
こちらの悪態もどこ吹く風。
あっけらかんと言い放つゼニスを肩越しに睨みつける。
だが続けられた言葉はさらにこちらの斜め上すぎて硬直するしかなかった。
「例えばだ、もう一度魔法が使えるようになるなりなんなりといった事情で……お前が男に戻ることができるようになったとしよう」
「……あぁ」
「肛門を開発していれば、お前が男の体でも愛し合うのに支障がない。違うか?」
「…………こっ、この……っ、このホモ野郎……っ!!」
「ホモとは男性同士での同性愛者を指す言葉だと理解している。お前は今は女性の体だが精神的には男性であり、その上で男性体をしている俺と愛し合っている以上既にホモではないのか……?」
「ちーがーうー!俺はホモじゃないし……っ、ていうかだ!お前俺が男に戻っても抱く気かよっ!」
「? 当然だが。俺が愛しているのはお前という生命そのものだからだが……何を今更、という話だ」
当然のように返されて、俺は口を酸欠の金魚のようにパクパクと開閉させるしかなかった。
そ、そうか今更の話か……。改めて自分が人間の常識の尺度でしか考えていなかったことを知って愕然とする。
いやでも、男に戻ったとしても抱けるとか、その……なんていうか恥ずかしいのか、嬉しいのか、もうよくわからん。
とにかくただでさえ赤かった顔が、また一段と赤くなっている気がした。
「それとも……お前は、元に戻る時が来たら、いや、そうでなくとも……いつの日にか
「だ、大丈夫っ!俺はずっとお前のことが好きだからっ!だからお前も俺のことずっと好きでいてくれていいからっ!」
「……本当に?」
「本当にっ!」
心臓を介して物寂しい冬の海のような冷たさが流れ込んでくるのを感じる。
この上なく明瞭な「悲しみ」のイメージが可哀想で、俺は思わずそう叫んでしまった。
まぁ、別に本心から言ってるから問題ない。ただまた一段と覚悟を決めないといけないというだけ。
性別とか関係なく、ゼニスに愛し愛される覚悟だ。
一体いつの話になるかわからないけれど、もしも男に戻る日が来ても、俺たちはずっと一心同体。
そう改めて誓うことにする。
……だからまぁ、お尻でするのもちょくちょくは許可してやろう。
将来のことも考えて、あくまで、ちょっとだけ。……ちょっとだけな。