ひとなつおきつねさま 作:負けた社畜
「んじゃ、行くばい」
「おねがいします」
軽トラに乗りこんでシートベルトをそうちゃく。おじいちゃんはかぎをさしこんで手をひねった。エンジンがかかって、ぶるぶるとゆれる。
昨日の雨とはちがって今日はおひさまが元気いっぱいだ。
朝から神社のそうじに行こうと思ってたんだけど、おじいちゃんが「雨の後は乾かんと落ち葉で滑るけん危ない」って言って、今日はお休みすることにした。そのかわり自由研究のために『炭鉱博物館』へつれて行ってくれるらしい。
博物館はとなりの県だけど、海ぞいの国道を行けばそんなに時間はかからないんだとか。
今日は晴れてるし青い海がきらきらしてる。ぼくの住んでる所は近くに海がないからとってもキレイに思う。海が近くて、山も近くて、とってもいいところだ。空気?がいい。
「おじいちゃんは炭鉱に入ったことあるの?」
「子供ん頃にな、仲間と一緒に入ったことあるけんが鉱夫さんに見つかって『子供だけでこなん所危なかよ!』って拳骨されとう」
「それで?」
「お父とお母……葵の
おじいちゃんがげんこつされるなんて『炭鉱』とはそれほど危険な場所のよう。
「どうして入っちゃいけないの?」
「暗くてよく見えんし崩れやすい。有毒ガスが出る場所もある。だからちゃんと準備せんと大人でも危なかよ」
だから葵も許可なく入っちゃいけんよ、とおじいちゃんは言う。
「だからみんなお
しみじみとおじいちゃんは昔のことを話してくれた。なるほど。『昔はお参りに来る人もたくさんいた』って言ういおりさまの言葉はそのとおりだった。きっと毎日でも来る人がいっぱいいたと思う。
……しばらく走ると『炭鉱博物館』と書かれた
「着いとぅ」
駐車場にはぽつぽつと車がいるぐらいで、とちゅうにあったショッピングモールの方がもっと混んでた。博物館とは言うけど、広い公園もいっしょになってて、たぶんみんなそっちへ行ってるんじゃないかな。
「ここはな、炭鉱として昔実際に使われたっちゃん。街並みとか、設備が残されとぅけんね」
昔の家を再現した木造の古びたたてものや、炭鉱におりるためのエレベーターなど、残されたせつびの見学ができるようだ。使っていた道具や運び出すためのきかん車まではばひろく過去のいぶつが置いてあった。
道具やせつびのメモをとりながら進んでく。これは自由研究なのだ。おべんきょうするのです。むふん。
それからしばらく歩き回ると、この付近の歴史を記したボードを見つけた。興味を惹かれた葵は足を止め文章を咀嚼し始める。
遡ること江戸時代に発見されて以降~~藩が運営し採鉱を行っていたが、明治時代へと入り廃藩置県となると大手資本の~~が買収し発掘は本格化した。
江戸時代から明治時代へ移り変わった際の大きな出来事として文明開化による西欧文化の流入が上げられると同時に、明治政府が行った富国強兵政策がある。諸外国から技術を輸入し発展した蒸気機関の燃料として、また製鉄のための原料として、急激に石炭の需要は高まった。……中略……しかし昭和30年代に入り起こった『エネルギー革命』で『石油』が新たなスタンダードへ切り替わると、全国で800以上あった炭鉱は次々と閉山していき、僅か20年足らずで約30箇所まで減少した。この地域の炭鉱も時代の荒波には勝てず、もれなく閉山が決まった。閉山が決まれば仕事の失くなる炭鉱夫やその家族は職を求め都市部へ流出し、最盛期で1万人近く居た◇◇町の人口は僅か3千人程度まで減少した。
──しかしながら現在でも石炭の需要はあるが、そのほぼ全てを海外産の輸入に頼っている現状で……
むずかしい文章の中におじいちゃんの住んでる町が書かれていた。
たぶん、いおりさまが言ってた『炭鉱』というのはこれのことだろうか。
えっと、いち…じゅう…ひゃく、せん、まん……10000人から3000人になったんだ。ということは7000人ぐらいの人が町から出ていったということ。なんということだ。手がいくつあってもたりないぞ。
「すごく人がへっちゃったんだね」
「今ばもっと減ってしもうたと。あん町はもう1000人おるかも分からんっちゃけん」
1000人。たしか、ぼくの通っている小学校が全学年合わせてそのぐらいだったと思う。学校のきぼならすごいけど、町としてはどうなんだろうか。でも、やっぱり10000人もいた時があるなら、とてつもなく少なくなってるんだろうな。
「だから他ん町とくっついて、無くならんようにしとうよ……まぁ、それもいつまでもつかは分からんけんが」
市町村合併、だったっけ。社会科の授業で出てきたはず……町の名前は消えてしまったりするけど、人口の少ない町や村がいっしょになって大きな市とかになることで、インフラとかのいじをするためにするんだって先生が言ってた。
………だが、炭鉱が閉山してしまったといえど、ここまでいきなり人口が減ることはあるんだろうか?
どうにも葵は腑に落ちない。だいたいこういったものは少しずつ数が減っていくものだろう。しかし町の人口の半数以上がこの地を諦めたのだ。なら諦めざるを得なかった何かが閉山以外にもあったのではないか。
隣に並ぶ祖父の、哀愁の入り交じった顔。
「……」
文章はまだ続いていた。
結果、河川の氾濫や土砂災害が至る所で発生し、未曾有の大災害をもたらした。特に被害の大きかった◇◇町は炭鉱を捨て……
無情にも、アンサーはすぐに得ることとなった。炭鉱の操業中止による閉山とこの台風による災害で、いおりさまのいたあの町は一気に人が出ていってしまったんだ。
「……よう覚えとるよ。もともとこっちの地方は台風がよう当たるけんが、それでもいっとう強いやつやったけん……こん台風は」
その後、おじいちゃんはぽつぽつと語り始めた。この台風による犠牲者は全国で2000人を超えた大災害だった。それに比例して行方不明者も相当数で、おじいちゃんの兄弟や曾祖父母もその中に含まれるという。
技術の発展した現代でさえ自然の猛威に人は為す術など無い。まだまだ技術の拙い時代、治水対策も万全ではなく、人間が自然災害に立ち向かうなどあまりに無力。地震、雷、火事、親父とはよく言うものの『親父』の語源は『
「……おばあちゃんと俺はどっちも孤児やったけん。家族ば捜しとう時に出会うたっちゃん」
連絡手段もといSNSや災害掲示板も無いとなれば、行方不明者を捜す術も無く諦める他なかっただろう。その時、出会ったおばあちゃんとお互いを支えあって暮らしたおじいちゃん。奇跡的に助かった兄弟とは再会が叶ったが、ついに曾祖父母は発見に至らず……その後、捜索は打ち切られた。
兄弟には都市部への移住を提案されたそうだが、それでもおばあちゃんと暮らすあの町に住み続けることを決めたのだという。
色々な話を聞いて、展示物を見て回って、気づけば正午はとうに過ぎ去っていた。自由研究もこれでだいぶ進めることができそうだ。
「……葵、来いひんなぁ…………」
「昨日は雨やったし、滑ったら危なか。爺が止めたんやないと?」
耳を伏せ、尻尾すら元気なく垂れ下がった狐神。
昨日今日と葵は顔を見せていないが、それでもたったの二日である。いくらなんでも嘆くのは寂しがり屋が過ぎないか。あの子にも都合というものがあるだろうし……。いや、限界独身女に子犬を与えてしまったようなものか。それならこうもなろうと納得する。
そんな折、和の肩に白い烏が止まった。葵に
彼女の話では、葵は祖父と連れ立って出かけたことから今日一日ここに来る事はないだろうとのこと。報連相の徹底は褒められたものだが如何せん今はタイミングが悪い。その知らせを聞いた庵の尾はヘナヘナを通り越してシナシナと力をなくした。
「葵はうちのこと飽きてもうたんやろか……?」
「気にしすぎやけん。きっと葵かて都合が悪かったんやって」
「和、あの子になんかしたん?」
「なんかって何よ?
嘘である。それはもう真っ赤な嘘である。
実は興が乗ってお風呂で葵を
今日はどうやら用事がありそうなものの、そんな事をうっかり喋ってしまえば庵に何をされるか分かったものではない。チョロいくせして変なところは鋭い友に内心冷や汗ものだ。
「そういえば、
「よう大神を呼び捨てできんなぁ……。なんやろ……ついにウチもおとり潰しやろか。かなんわぁ」
「そうならんように
……もうこの地で、この町で、庵を信仰している人間など数える程しか居ないのだろう。彼女の神としての力がほぼ消えている事からも分かりきった事で、そのうえこの地方の主たる稲荷神から呼ばれたとあれば、もういよいよ廃社にするというぐらいしか思い浮かばなかった。
そうなった場合ただの召使いの白狐にされて、社を護る石像として貼り付けられる。もう触れる事も、喋る事も叶わない存在へとなってしまう。力を無くして役目を失った神の扱いなど良いはずがない。
考えて考えて考えて……結局、焼け石に水。
「なぁ、も一度考えっちゃもらえんと?」
「そやけど、もう
相変わらず庵の意思は固かった。
人間とのお喋りは大好きなくせに『神は見守るものであれ』と身体の接触は一切しない。清いことは良いかもしれないが、綺麗すぎる水に生物は住めないもので。
豊穣の神は、つまり実りの神。実る為には植物であれ動物であれ種が要る。
人の種とはすなわち何か?───そう、男が吐く種汁に他ならない。
清いことは善きこと。しかし濁りもまた必要。
和と庵の大きな考えの違いは正しくそこだった。和とて姦淫に耽れと言っているわけではない。色に狂えと言っているわけではない。儀式としてそういう物があると提案してるだけで。
確かに処女は散らす事になるが、存在すらも消えて無くなるより遥かにいいはずだ。それとも、誰かに操を立てているのだろうか。そんな話は聞いた事ないが……。
「シてしまったら……お嫁さんになってまうやん………」
「は?」
頬をほんのりと赤らめる友に目眩がした。ピュア過ぎて。
自分の消失と一緒に天秤へ掛けていたのはあんまりに可愛い理由。和の思考は一瞬色を失くした。西洋南蛮の神々を見てみろ。近親、強姦、恐喝、不倫なんでもありだぞ。
もしかしてこれ、葵をけしかけたらあの子に降嫁しかねない可能性が出てきた。
「まぁ───」
それはそれで面白そうだ、と和は思う事にした。