光喰らいの魔女レティシア~未亡人クーデレ敬語デカ尻エルフ退魔師が淫魔美少年に完堕ちするまで~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
・非エロです。
・次回エロパートです。
――昔々、あるところに人族の住まう小さな村がありました。
――そこにはひっそりと、都から落ち延びてきた貴族様の末裔が住んでいたのです。
――その村は平和を愛し、争いから遠く、慎ましくも飢えることのない暮らしを送っていました。
――そんな村に一人の女の子が住んでいました。
――妖精の
――名前をレティと言います。
――誰もが見惚れるような美しい女の子は、やがて気の優しい長者の息子と結婚することになりました。
――若い二人は互いを愛し合う、仲睦まじい夫婦でした。
――それはきっと、誰もが祝福するような幸せな結婚になるはずでした。
――ですが幸せは長くは続きませんでした。
――魔族がやって来たのです。悪い魔族たちは村を焼き、村人を
――こうして幸せな村は一晩で皆殺しの憂き目に遭いました。
――ですが一人、生き残った女の子がいました。青い髪に青い瞳のレティです。
――レティは夫の敵討ちを、村のみんなの無念を晴らすことを誓って。
――五年、十年、五十年、百年、五百年。長い時間をかけて、レティは仇討ちの旅に出たのです。
――賢いレティは魔族を追いかけて一人ずつ殺していきました。
――あるときは刃を振るって、あるときは毒を飲ませて、あるときはだまし討ちをして、あるときはお呪いを使って。
――そうして悪い魔族を一人残らず殺し尽くしたレティは、とうとう気づいてしまったのです。
――青い髪に青い瞳の美しい女の子はもうどこにもいませんでした。
――悪い魔族の血を浴びて、呪われたレティは恐ろしい姿の魔女になってしまったのです。
――もう誰も、レティを好きになることはありません。
――誰もが怖がって離れていくので、悲しくなったレティは深い深い森の中に去っていきました。
――長い長い時間が過ぎ去っても、レティはひとりぼっちでした。
――今でも森の闇の中を、恐ろしい魔女になったレティがさまよっているのです。
――泣きながら、泣きながら、いつまでも、いつまでも。
大陸北部の農村に伝わる魔女のおとぎ話より。
◆
結論から言えば、どうやら自分は拉致されたらしい。
こう納得してしまえるのは、我ながら危機感がないのかもしれない――そのように思いながら、シグルゥス・スワルヒガはため息をついた。
今、彼がいるのは都市郊外の廃屋の中である。
長い間、買い手がつかず放置されているらしいほこりっぽい家屋の中、少年は椅子に座ってくつろいでいる。身体を縛られたりはしていないので、自由に姿勢を変えることができのだ。そんな彼の様子を見て、傍らに立つリザードマンの男――クゼンは困惑していた。
「……普通もっと混乱するものだと思うがな、シグ坊」
「クゼンおじさんが俺に危害を加える気がないのはわかってます。ならあとは簡単な推測だけで済む。せんせ……レティシアのことが原因ですね?」
「そこまでわかってるならどうして、と言いたいところだが――最近、お前の周りでは魔族が死にすぎている。そんな時期に我が物顔で良家の子息の傍に入り込む女がいて、しかも魔族を憎んでる退魔師と来ているんだ。状況証拠だけで黒だぞシグ坊、世間の噂を知らぬわけじゃあるまい」
「傭兵のクゼンおじさんが噂話なんかに騙されるとは思わなかったけど――」
「お前の行方不明になってる叔父な、殺されてるぞ。闇の魔術の使用痕跡があった」
「……だろうね」
数秒間の沈黙。
クゼンの問いかけるような視線に耐えかねて、やがてシグルゥス・スワルヒガは、重々しく口を開いた。
「せんせは、叔父に殺されかけてたおれを助けてくれたんだ」
「そういうことか……シグ坊、だからあの女を信用してると、そういうわけか」
「そうだよ。少なくともせんせは――レティシアさんは、おれの命の恩人だから」
まだ日差しが明るい昼間だから、廃墟にも窓のあちこちから光が差し込んでいる。光と闇のコントラストが強烈な中、影の側に立っているリザードマンは、腰に差した軍刀に手を添えた。
これから口にする名前そのものが、呪術的な触媒となって災厄を呼び込むと知っての行動だ。
「かつて名のある魔族を殺し尽くし――その魂を糧として生きながらえる不死、〈光喰らいの魔女〉レティシア・アルダーナフ。それがあの女の正体だとしても?」
クゼンの発言を聞いて、シグは目を見開いた。
ぽろり、と言葉が口からこぼれ落ちる。
「せんせの本名、初めて知ったよ」
「危機感が足りない反応だぞ、シグ坊――いいか、あの女はお前の先祖、始祖スワルヒガを抹殺した張本人だ」
「……それは、知ってた。おれの夢の中で、せんせは魔族と戦っていたから」
「スワルヒガの種族記憶というやつか――つまり、なんだ。シグ坊、お前自身はあの女の厄介さを知った上で入れ込んでいる、と。そういうことか?」
赤褐色のリザードマンはそう言って、困ったように頬を爪で掻いた。丈の長いコートに包まれた肢体が、敵の接近を感知してむくりと膨れ上がる。
自分では上手いこと追跡をまいたつもりだったが、どうやら件の魔女はクゼンの想像以上に優秀らしい。
単に戦闘が強いだけの化け物ならいざ知らず、索敵までお上手となるといよいよ厄介極まりないな――そのように判断して、悩ましげにため息をつく。
「シグ坊、この家の中にいろ」
「せんせが、来るんだね」
「俺がお前を縛っていないのは、状況を判断して大人しくしている分別があると信じているからだ」
「……その言い方は卑怯だよ、クゼンおじさん」
シグは利口な子供だ。釘を刺されて飛び出すほど、現在の状況の異様さがわかっていないわけではなかった。
これから始まるのは、シグルゥス・スワルヒガという少年の未来を賭けた大人同士の殺し合いだ。
自分の行動が独善的だと理解しつつも、そもそも前提が狂っている状況で当事者の意思の尊重などしてやれるものかよ、とクゼンは毒づく。
軍刀を鞘から抜いて、そのまま屋外に歩み出る。立て付けの悪い玄関のドアを蹴飛ばすように開ける。
真っ昼間だ。
太陽の明かりがさんさんと降り注ぐ中、その女は道ばたの木陰にたたずんでいた。
黒い上下のスーツには乱れたところがまるでない。都市を一望できる丘の上の廃屋とその庭先――ろくに下草も刈り込まれていない廃墟の真ん前で、刀を手にしたリザードマンと美女が向かい合う。
青い髪に青い瞳のエルフ、いつだったか大陸の山奥で聞いたおとぎ話そのままの容姿。
本物の魔女は、魔族であるクゼンにもそれとわかるほど、人族の基準では美人とわかる造形美を備えていた。
そして濃密な闇の気配がした。
「シグルゥスは無事のようですね」
「当たり前だ、誰がナタリアの息子を傷つけるものかよ」
「わたしもナタリアの友人です。どうやらあなたとわたしの間には重大な誤解があるように見受けられます、クゼン殿」
誤解。
なるほど、あるいは今は亡きナタリア、シグルゥス・スワルヒガの母親がこの魔女を頼ったのは本当なのだろう。
シグが叔父に殺されかけていたという話からすると時期的にギリギリだったから、海外で傭兵をしていて住所不定のクゼンではなく、この魔女を頼ったのかもしれない。
関係者が死に絶えた今となっては、真実など確認のしようもなかったけれど。
肝心なときに居合わせなかった結果、このような怪人が大切なシグの傍に入り込むのを防げなかった、我が身の不徳をこそクゼンは悔やんでいた。
「では訊こう――シグルゥスの叔父と哀れな探偵どもをぶち殺したのはどこの誰だ?」
「この国では警察が上手く機能していないように見受けられました――わたしはシグルゥス・スワルヒガの身の安全のために、必要な武力行使を行ったに過ぎません」
「はッ、自力救済か。
魔族の国である共和国には、近代的な明文化された法律があり、それを執行するための治安組織も存在している。実際には様々なしがらみで役に立たないときがあると言っても、最初からすべて踏み倒す気でいるのはどうかしていた。
だが国や氏族が滅び、様々な法や掟が紙くず同然になるのを見てき妖精種は、そういうルールに対して冷淡で残酷ですらある。
法で裁けぬよう殺害の証拠そのものを隠蔽してみせた手際といい、この元・退魔師とやらは明らかに、人族の勢力圏でも後ろ暗い仕事をしてきたのだろう。
「散々、魔族を殺し回っていた魔女が今さら子供一人に絆されて味方になった? 一体そんな寝言、どこの誰が認める? レティシア・アルダーナフ、一体何を企んでいる?」
クゼンの問いかけに、レティシアは小首をかしげた。
邪気のないぽやっとした表情のまま、エルフの美女は毒気を出してくる。
「あなた方の人族ごっこで作られた社会やその資産に、わたしが価値を見いだしているとお思いなのですか?」
「ああ、思わない――
軍刀の柄を両手で握り、ゆらりと目の高さで構える。
こしらえこそ当世風だが、その刀は魔族の魔術師の手で幾重にも加護を重ねがけされた、強力な魔法の剣である。
ライフル銃が登場し、大砲から砲弾が降り注ぐようになった現世の戦場においてなお、傭兵クゼンを一騎当千の強者たらしめる魔法の武具だ。
どうやら戦闘を避けられぬと知って、レティシアは深々とため息をついた。男装の麗人の右手からずるりと闇の塊があふれ出して、やがて漆黒の剣を形成していくのが見えた。
今現在の魔術戦は高速での術式の応酬が基本だから、当然、レティシアのように近接戦に対応したものも数多いのだ。
「この一千年間、あなたのような断罪者気取りが幾度、私の下に現れたかおわかりになりますか?」
「ああ、そのありきたりな感情を向けられるだけの怪物だろうよ、お前は。幾百幾千の同胞が犠牲になったかわからぬさ――」
レティシアは少々、困ったように眉をひそめた。端整なエルフの顔立ちに、なんとも言えない困惑が乗っかっている。レティシアは嫌味でも皮肉でもなく、ただ事実を口にした。
「残念ながらその程度では桁が足りないようです」
「……へぇ、訂正どうも」
刹那、クゼンとレティシアは同時に互いの間合いに踏み込んでいた。
剣閃、剣閃、剣閃――右斜め方向の振り降ろし、返す刃で左斜めの切り上げ、さらに横薙ぎの斬撃――常人の目では予備動作が皆無のそれらを捉えるのは不可能に近いはずだ。
弧を描くように振るわれる円運動のエネルギーを帯びた斬撃の嵐は、その刃の強度ゆえに鋼鉄すら紙切れのように切り裂く。
――〈雷鳴剣〉クゼン。
音速超過の斬撃が、空気の破裂音をあとに残してあらゆるものを斬り捨てる。
ここ百年でも有数の名を馳せた傭兵である。
その恐るべき剣技の前では、魔族の戦士であれ、人族の退魔師であれ――魔術を使う暇もなく首を切り飛ばされる。
だが、レティシアには届かない。純然たる剣技だけで刃の嵐を弾き、いなして、男装の麗人はすでに二十に届こうかという剣戟を生き延びていた。
それは洗練された動きだった。
剣術を技術として習得し、戦場働きによって殺人技術として昇華させたクゼンにはわかる。レティシア・アルダーナフは間違いなく、その千年の生の中で剣術を会得している。
魔術で編まれた闇の剣と、魔術的精錬法で鍛え上げられた合金のサーベル刀がぶつかり合う。流石に闇の剣は強度面では劣るものと見えて、打ち合う度に刃が欠けているが――瞬時に欠損部位を埋めて再生していく。
刃と刃がぶつかり合う中、クゼンは憮然と呟いた。
「俺ぁあの子の味方だよ、〈光喰らいの魔女〉――少なくとも娑婆にお前みたいな化け物はいちゃあいけねえ。大陸の森ン中にでも閉じこもってればよかったんだ」
「そうですね、あなたは正しい」
剣技の嵐を浴びせかけ続け、クゼンは決してレティシアに後退を許さない。わずかでも時間を稼がれれば、その瞬間、どのような魔術を使ってくるかわかったものではなかった。
影の魔物か、あるいはもっとおぞましい魔術か。
いずれにせよ、今よりももっと魔族が強かった古代から中世にかけて、それらを族滅してきた怪人の魔術など、浴びたいものではない。
よもや魔術師がこれほどの近接戦技能を持っているとは――内心でレティシアの技量に感嘆しつつ、クゼンは焦ってもいた。
あるいは自分単独では手に余る怪物かもしれない。一刻も早くシグを救出しなければいけない、という焦りが自身の判断を誤らせたのかもしれない。
そのようにクゼンは彼我の戦力評価を終えていた。自分が最も得意とする間合いで殺しきれなかった時点で、半ば、クゼンはこの女怪に負けているのだ。
だが、認められるものか。ここで引けば今度こそ、シグルゥス・スワルヒガは魔女レティシア・アルダーナフにいいようにされてしまうだろう。
それだけは――我が友ナタリアのためにも避けねばならない。
そのようにクゼンが悲壮な決意を固めた瞬間、玄関の戸口からひょっこりと灰髪の少年が頭を出した。
「せんせ! クゼンおじさん! 戦いをやめてください!」
シグルゥス・スワルヒガである。
少女と見まごうような美貌の童の呼び掛けに戸惑うような二人ではなかった。
剣で斬り結んでいる最中においても、このような事態をあり得るものとしてクゼンもレティシアも想定していたからだ。
ゆえに二人の剣戟は止まらない。互いを殺そうとする斬撃、刺突の暴風圏が解除される見通しはなかった。銀の刃光と黒の軌跡がぶつかり合い、音速を超えた剣先が乾いた破裂音を鳴らす。
ある種、クゼンとレティシアは似たもの同士で独善的なのだ。自分のことを想ってくれている大人同士の殺し合いを止めるべく、頭を回転させ続けたシグは、結局、自分の願望混じりの叫びをあげることにした。
あの剣戟の嵐の中に近づくことはできない。
けれど声なら届くから。
「レティシアは――おれの恋人です、クゼンおじさん」
大人たちは本気で調子を崩した。
それまで互角の攻防を繰り広げていたレティシアは剣を取り落としそうになったし、クゼンは呆然として追い打ちするのを忘れた。
それぐらい珍奇な発言は破壊力があった。
「はい!?」
「……なっ」
困惑しているレティシアを正面に見据えながら、赤褐色のリザードマンは目を細めた。いくら何でも頭が悪い発言すぎて、信じられるわけがなかった。
「チッ、
悪態混じりにレティシアとシグを煽った。
次の瞬間、何故かレティシアが気まずそうに目を逸らして、頬をほんのり上気させるのが見えた。千年生きてる魔女とは思えない、乙女のように
あれはたぶんクゼンの見間違いでなければ、照れているときに人族がする仕草だった。
「おい、ちょっと待て魔女。なんだその反応は、ふざけんじゃねェぞ」
「いえ、わたしには夫が……恋人などではないです、ええ」
じゃあ照れるなよ。
悪ふざけしているのだと思った。
だが現実は過酷で、爆弾発言を投げつけたシグルゥス・スワルヒガも、言われた方であるレティシアも、なんとも言えないモヤッとした空気を出している。
色恋に疎い魔族のクゼンにもこれだけはわかる。
レティシアの態度は演技にしてはちょっと支離滅裂すぎるし、シグルゥス・スワルヒガの反応は片思いのそれにしては妙に湿っぽい。
たぶんこいつらは、現実になんらかの関係を持っているのだ。
「あながち嘘じゃなさそうな…………別の意味で問題しかないだろう、いい大人が子供に手を出して」
「おれが、せんせに手を出したんです」
「うわあ」
クゼンは蜥蜴そっくりの異相でもわかるぐらいに困惑したあと、パチパチと何度か瞬きして、それからゆっくりとため息をついた。
友達の息子とその家庭教師のただれきった肉体関係の話を聞かされて、どうして自分が命がけで魔女と刺し違えようとしていたのか見失っているのだ。
ちらりとレティシアを見やる。もうお互いに殺し合いをやる雰囲気ではなくなっていた。
「やめだ、やめっ……俺は降りるぞ、魔女」
右手に握ったサーベル刀を、迷いなく鞘に収めた。
ここまで無防備になってなお、レティシアからの追撃はとうとう放たれなかった。
あとに残ったのは、男装の麗人と美童の間に漂う背徳的で形容しがたい空気だけだった。
「…………アホらしっ」
クゼンの呟きは虚空に消えた。