「あー……ゴム、切れた」
引き出しの中を片手で探りながら、独り言みたいにこぼす。
何戦目だったか、もう覚えてない。
俺はチラッと横目で彼女を見る。
「はぁ♡……はぁ♡…っぁ♡♡」
ベッドの上で、仰向けになって太ももをだらしなく投げ出して、息を落ち着かせている。
抜いたばかりのアソコはパクパクと口を開ききっていた。
その光景に俺の息子がムクムクと臨戦態勢に入ってくるのがわかる。
(まだしたいなー、けどゴムもう無いしなぁ)
俺の視線に気づいたのか、日葵が薄く目を開けた。
「なぁ、日葵。今日って「ダメ」」
食い気味に拒否られる。
えー、俺セリフ、まだ最後まで言ってないのに。
日葵は手をクロスさせ、無情にもぴしゃっと俺の言葉を遮った。
「今日はちょっと危ない日だから無理」
日葵はそう言うと、ベッド横にあるスマホを取りロックを外すと、そのまま、眺めるみたいにスクロールし始める。
完全に“終わりモード”だなコレ。流石にゴム無しだとこれ以上はさせてくれないだろう。
「まじかー……」
ベッド脇で寝転がりながら、俺は天井を仰いでため息をつく。
今日は遅くまでヤルつもりだったのに、拍子抜けもいいところだ。
時計は、まだ夜の9時すぎ。
明日は土曜。
日葵はすでにシャワーも浴びず、大の字のままスマホ片手にスクロールを続けている。
完全に“泊まりコース”の雰囲気。
それでも俺は未練がましく、日葵の太ももにそっと手を置き、さわさわと撫でる。
さっきまで俺の腰にギュッと絡みついていた、この脚。まだしたいなー。
「……ちょっとだけ、だめ?」
「だからダメって言ってるじゃん」
気怠げな声で、シッシッと手を振られる。
怒ってもいないし、嫌われてもない。
ただ“もう終わり”という、日葵なりの合図。
俺はごろりと寝返って、もう一度引き出しの中を見やる。
空っぽのゴムの箱。
片手でふにゃっと潰して、無駄に指先でぐしゃぐしゃにしてみる。
俺は潰れたゴムの箱をぽいっとゴミ箱に放ってから、ベッドに座り直す。
しばらく天井を見上げたまま、ぼんやり息を吐く。
――……このまま寝るには、なんか物足りねぇ。
「……腹、減ったな。ちょっとコンビニ行こうぜ」
何気ない口調でそう言うと、隣から気だるげな声が返ってくる。
「えー、やだ~。慎吾ひとりで行ってきて。アタシ、今からシャワー浴びんの超めんどいんですけど」
「いいじゃん、それで。すぐ終わるし、そこのコンビニ行こーぜ」
「えー?この格好で?」
日葵が寝返りを打つと、Tシャツの裾がめくれて、白い太ももが大胆にあらわになる。
ノーパン、ノーブラ。
つまり――彼シャツ一枚。
ようやくスマホから顔を上げた日葵が、自分の姿に目を落とす。
俺のTシャツをぶかっと一枚。肩が片方ずり落ちていて、胸の形は布越しにくっきり。
裾の隙間からは素肌の脚が伸びていて、アソコはギリギリ隠れてる……かも、くらい。
こんな格好で出て行ったら痴女間違い無しのヤバい格好だ。
「良いじゃん、似合ってるぞ。」
俺がそう言うと、日葵はちょっと間を置いて、目線だけ動かしてきた。
「……慎吾の変態♡」
口元だけで笑って、そう言うけど――
その視線の奥には、ほんの少しだけ興奮の色が混じっていた。
恐らく、“シャツ1枚で外を歩かされる”っていう、
普通ならあり得ない背徳感が、日葵の中で何かをくすぐったんだろう。
全くどっちが変態なんだか。
「ほら、行くぞ」
「はいはぁい♡」
まるで彼氏彼女みたいな空気だった。
でも、実際はそうじゃない。
恋人じゃない。
とっくに別れてる。
――なのに、今こうして一緒に出かけるのは、ただ“セフレ関係が続いてるから”ってだけ。
それでも日葵は、当然のように俺の隣に立つ。
Tシャツ一枚。
夜の住宅街。
人通りは少ないけど、ゼロじゃない。
普通なら絶対にアウトな格好だ。
一見、彼女は気にしてないように見える。
いや、正確に言えば――気にしてるのかも知れない、ただ俺が"そうしろ"って言ったから、従っているだけなのかもしれない。
そう、そんな歪な関係。
誰にも言えないし、説明もできない。
でも、俺たちにとっては、それが“当たり前”になっている。
多分。それはあの日、俺が日葵を壊してしまったからだろう。
コンビニの明かりが、夜道にぼんやり浮かび上がる。
日葵は俺の隣で、裸足のサンダルをパタパタ鳴らして歩いてる。
途中、通りかかった男とすれ違ったとき、日葵がぴたりと俺の腕に身体を寄せてくる。
「ん?どうした?」
「……今の人、めっちゃガン見してきた♡」
日葵は、俺の腕に体を預けたまま、ふふっと鼻で笑う。
「……完全に痴女だと思われたよね、アタシ」
「そりゃ、こんな太もも丸出しで乳首Tシャツ越しに形くっきり見えてたらな」
俺は、服の上からポチッと浮き出てるそれを指先でキュッと抓んだ。
「ひゃっ! ちょ、慎吾。ここ外だって!もうっ、バカ♡」
日葵は肩をすくめて身をよじる。しかし口では軽く責めるようなことを言いながらも、
その頬にはほんのりと赤みが差していた。
本気で怒ってはいない。
むしろ、ちょっとだけ――楽しんでいた。
★★犬塚日葵★★
慎吾に言われて、シャツ一枚で外に出る羽目になった。
まあ……別に、いいけど。
めんどいし。どうせ近くだし。人なんか多分そんな居ないし。
けど――
道行く人、通りすがりのチャリの男。
みんな、めっちゃ見てくる。
太もも。胸。裾の中。
あたしが可愛いのは、いつものこと。
だから見られるなんて日常茶飯事だけど、
今日の視線は――なんか、違う。
チラチラ、なんかじゃない。
舐めるように、ギラギラしてる。
目、やば。
なんかもう、今すぐ襲いかかってきそうな勢い。
隣に大柄な慎吾がいなかったら、多分今ごろ大変なことになってる。
……いや、まあ、コイツがやれっていったんだけど。
でも、それでも足は止まらない。
慎吾にやれって言われると、私の中でスイッチが入っちゃう。
藤本慎吾。
別に、彼氏でも、好きな人でもない。
――もう、そういう関係は終わったただの友人(セフレ)。
でも。
たぶん、あの日。
私のことを、無理矢理“そういう風に”したのは――慎吾だった。
今から約一年半前、まだ彼と付き合っていた頃。
その頃は彼女として優しくしてくれてた。
強面のくせに手をつなぐのも慎重だったし、趣味じゃないだろうに話を合わせるために花の名前とかも調べてくれたりもしてた。
多分彼なりに頑張ってくれていただけなのだろう。
でも、それも限界が来た。
いつも通り悠宇の話をしたら、慎吾の顔が一瞬だけ――ぐしゃ、って歪んだ。
何かが壊れる音が、しなかったわけじゃない。
でもそのときの私は、それが何かに気づけなかった。
ただ、次の瞬間には押し倒されてて、
そのまま、何も言わせてもらえずに、
ただ――力任せに、欲望のままに、押し込まれた。
多分――その時だと思う。
何かが、私の中のナニカが壊されたのは。
言葉にするのは難しい。
でも確実に、“以前のアタシ”には戻れなくなった。
身体の相性がすごい良かったんだと思う。
初めてだったのに全然痛くなかった。
むしろ――すごく、気持ちよかった。
最初の一発目で、もう「これはヤバい」って思った。
なんか変な声出たし、自分が自分じゃないみたいだった。
無理矢理されたはずなのに、
気づけば自分から脚、絡めてた。
最低だとは思う。
普通の女の子だったら、拒絶して当たり前のやつ。
でも、アタシは――気づけば、夢中になってた。
恋愛感情なんて知らない私だったけど、彼に乱暴にされている間中、胸の中がどうしようもなく熱くて、ぐちゃぐちゃに掻き乱されて、もっと彼のことが欲しくなって。
もしかして、これが――“恋”ってやつ?
……な〜んて思って余韻に浸っていたら。
終わった後、なぜか、アタシよりあっちの方が滅茶苦茶落ち込んでた。
「……ごめん、別れよう」
そう言われたのは、初めて慎吾とシた次の日の朝で、
まだカーテンの隙間から日が差し始めたばかりの、ぼんやりした光の中だった。
その声は、やけに静かで、冷たくて――でも、どこか優しかった。
よく知ってるはずの慎吾の声なのに、あのときは、聞いたことのない響きだった。
アタシの体の中には、まだ彼の熱が残ってた。
けど、それとは裏腹に、彼の心はもう私から離れて行こうとしてた。
なんで、って聞けなかった。
だって、わかってたから。
……悠宇の話ばっかしてたからだ。
無意識だった。
ほんとに、何も考えずに、いつも通り“親友の話”をしてただけだった。
「悠宇ね~」とか「この前のアクセでさ~」とか、
悠宇の話をするたび、慎吾が少しずつ何か言いたげな顔をしていた。
だけど、それでも口が止まらなかった。
悠宇の話をするのが好きだったのもあるけど、
それ以上に――慎吾がちゃんと聞いてくれてたから。
この人だったら私と悠宇の(友情)関係を、否定せずに、受け止めてくれてると思ってたから。
でも、違った。
ほんとはずっと、我慢してたんだと思う。
「俺より、そいつの方が好きなんだろ?」って、何度も言いたかったんだろうな。
でも言えなかった。
優しいから。
臆病だったから。
――多分、私のこと、本気で好きだったから。
だから、限界が来た。
その限界が、あの夜で。
壊れたのが、あの朝だった。
……それでも、アタシたちは、終わらなかった。
おかしな話だけど、むしろそこからが始まりだった。
恋人じゃなくなって、会う理由もなくなって。
でも、慎吾に一度抱かれたこの身体は彼の熱が忘れられなかった。
いつの間にかまた、身体を重ねてた。
最初のうちは、たまに。
気まぐれに会って、流れで――って程度だったのに、
気づけば、週に一度は会ってて。
今じゃ、週末の恒例行事みたいになってる。
やってることは完全にアウトだけど、
アタシの中では、もう“日常”になってた。
あの日から、何度も呼び出されたし、何度も抱かれた。
最初はあっちが気を使ってゴムをしていたけど、あの時の熱が忘れられなくて、いつしか、大丈夫な日は私の方から外させるようになった。
今夜みたいに、変なプレイさせられるのも、もう珍しくない。
傍目から見たら、完全に変態カップルだろう。
なのに。
恋人には戻らない。
ちゃんとした関係には、戻してくれない。
多分、今アタシの方から告白しても、慎吾はうやむやにすると思う。
「俺ら、そういうんじゃねーだろ」とか、「今さら何言ってんの」って。
笑って、軽く流して、そのくせ、好き勝手に触ってくるし、遠慮なく抱いてくる。
……ほんと、矛盾してるよね。
慎吾も、あたしも。
コンビニの扉が近づいてくる。
自動ドアのセンサーが反応して、静かに開いた。
その光に照らされて、ふと、自分の姿がガラスに映る。
肩が落ちたTシャツ。素足。ノーパン。ノーブラ。
完全に――“そういう女”。
でも、別に気にしない。
この格好も、この関係も、
あたしの中では、もう“普通”になっちゃってるから。
それが、どんなにズレてても。
どんなにおかしくても。
――だって、アタシと慎吾はそういう関係なんだから。