紫苑の朝は早い。
意識の浮上と同時に感じる、僅かな倦怠感と熱。
抱き枕のようにされて寝ている。毎回のことだが、寝る前(気絶する前)にしこたま中出しされ、そのまま何も考えず意識を途絶させているので、隣に愛する人物が寝ている状況で起きることになる。
子どもの下腹には到底サイズオーバーなおちんぽ。
そこから更にちっちゃな子宮に直接注いだ上、ごぽごぽ溢してもまだ注ぎ続けられる精液。
昨晩の交尾を思い出してふす~と鼻息を満足気に吐き出し、それからベッドの外に抜け出してアホ間抜けヅラでぐーすか寝こけているボスの顔を眺める。ちゅ。
しなっと脱力している陰茎もまた、紫苑はちょっと好きだった。こっちもちゅ。ぴく。
「(カーラはまだいるかな)」
紫苑は肉体をフェイズアウトさせ、1%だけ肉体を存在させている状態に変化。
そのまま全裸で扉をすり抜け、とことこと廊下を歩く。
店からはいつもの喧騒は聞こえない。バックヤードを覗いてみる。
「オ゛やっべっっ♡♡ッあ~~まんこキく♡♡これやべッ♡まんこホジるのやべやべ♡♡」
「(わ~~)」
カーラがバックヤードのベッド上でオナニーをしていた。
なんか七色にぴかぴか光る超デカいちんぽバイブを片手に持ちじゅぽんじゅぽんとまんこに挿入されていて、カーラの増設腕それぞれで乳首を攻めるための専用ブラシつきローターでじょりじょり乳首をいじめ、余ってる一本の手で端末を保持して何か動画を見ている。
「オーナーの腰使いヤベすぎッッ♡♡これこれこれ♡♡ロリまんこ相手に大人ちんぽばすばす激エロピストン容赦なさすぎ~♡♡あ~~~かわいい♡♡♡ぅおッガキ潮えぐッッ♡♡エロ生命体にも程があり♡♡ぐおおおまんこ止まんねッッ♡♡ゴリオホきもち~~♡♡♡ヤベヤベヤベ♡♡いぐいぐいぐいぐ♡♡♡ラブラブセックス盗撮オナニーでクズ女まんこいきます♡♡ああああイ゛グぅぅううう~ッ♡♡んオ゛ォ゛~~ほぉ~っっっ♡♡♡」
「(きもちよさそうだね~)」
カーラは友達なため、紫苑はそっとしておいてあげることにした。
店のバックヤードの半分はカーラのものである(と教えられた)。だからカーラの部屋になっているわけだし、自分の部屋でオナニーをするのは当然のこと。
カーラがビシャーーッッ♡♡と潮を噴いているのを横目に、バックヤードを通り抜けて店の中に入る。目的は冷蔵庫内にある朝飯代わりの甘味摂取だ。
目的のものを奪い取ることに成功し、カウンターの椅子に座りながらもっしょもっしょと捕食。
そうして、静寂と非常灯だけが支配する店内を見渡す。
「……うんうん」
ボスが開いた店。違法バー、名前を「壊れたニューロン」という。
ビリヤードやダーツといった娯楽は取り揃えられているし、酒も安いの高いの大抵ある。
バーカウンターとビリヤード台は、軍用グレードクラスGの高性能防弾仕様。鋼鉄と様々な合金で構成されていて、対物・対魔術ともに完璧に防ぐ据え置き遮蔽物。
店内の床は非多孔質の工業コンクリートにガシャガシャとした金網が敷かれている。コンクリート自体は僅かな傾斜がついていて、血や洗浄剤が排水口にざーっと流れる仕組みだ。金網を敷く理由は透明化等の対策。金網部分を踏む以上は圧力が感知されるから隠れる意味なし。
壊れたニューロンは情報を集積する場所でありつつ、これ自体を要塞のようにしている。
銃を持って押し込んでくる強盗や治安維持部隊程度なら軽く跳ね返せる場所だ。
営業中はAI制御されたノイズ混じりのダンス・ミュージックが流れていて、密談が他の奴に聞こえないように音波制御もできたりする。
でもこの機能、だいたいはセックスに使われてる。店内の端っこは洗浄しきれなかった精液や愛液がこびりついていることが多い。知らない人のはばっちくてイヤだと紫苑は考える。
まあ、利用者はそんなにセックスのことばっか考えているわけでもない。
仕事を求めてやってきたフリーランス。殺人依頼を探してる殺人鬼。泥棒とかプッシャーとか。
そんな奴らに仕事を流す中間管理職。あるいは個人依頼者。盗みや強盗については上層から何度も何度も下請けを繰り返して流れてくることが多い。
そして営業を掛けにきた人たち。中小企業のドブ歩きと呼ばれる人々。かなり大変そう。
セックスのことで頭いっぱいなのは、9割は仕事成功してお金が手に入ったフリーランス。
フッカーの子たちは店内で営業が禁止されてるから、倉庫の外側でたむろしてる。
「いいかんじ」
実際いい感じだ。この店は上手く回っている。
この崩壊しかけている社会で、ここは珍しく一日の銃撃発生が平均して3件程度で済んでいる。警備の人を雇用する頻度は低い方が良いから、いいことだ。
そのとき、かつんかつん、と階段を降りてくる音が聞こえた。
店は閉店済み。忘れ物を取りに来た?あるいは店の関係者?
果たしてドアを開けて侵入してきたのは、まあ見るからに品の良さそうなスーツの男性。
腕時計を気にしながら暗い店内を見渡し、なんと驚き、大人しく呼び出しベルを鳴らす。
こんななんでもできそうな状態で盗みもなにもしない?
「来る時間を間違えたか。人がいない時間に依頼すべきだと言われたが……」
お客さんだった。紫苑は走った。ぴゅーっと走った。
↓◆↓
「つまり、"手品"の依頼か」
「手品……そうだ。できるのならすぐにでもが嬉しいんだが」
客をバーカウンターの前に座らせ、目覚めの酒を飲む。いいね、全身の血管が開く感じ。
「お前は実績があると聞いた。確実にこなしてくれると。なにせお前も、上から落ちてきた堕天使の一人なんだろう?あるいは失楽園のアダムか?イブはいるのかね」
「は?あー、そういや上はそんな感じの言い回しするんだったか。くっせえな」
「……この際失礼な振る舞いはいくらでもしてくれていい。すべて見逃す。とにかく火急の用事なんだ。むざむざと命を奪われるより、スラムに潜伏し再度昇天を果たす機会を伺う方が良い」
「それが叶うならそりゃその方が良い。だけど案外、泥の味も気に入るかも」
「その時はその時だ。旦那様ほどの男なら、こちらで浮浪者を指導するのもありうる」
どうだか。タコ殴られてネズミの餌にならないといいが。
この"手品"というのは、つまるところ上層から下層に逃げる、ということだ。
上層での熾烈な争いは本気で殺しにかかってくる。悪どさはスラムとそう変わりない。
出世競争、データの奪い合い、上司の暗殺による席の強奪、部下を捨て駒扱い。
とんでもないことしてる例は山程あるし、とんでもない事件ほど揉み消されている。
その中でも死にたくないと思っていて察しのいい奴が逃亡を図る。
再起が叶うかどうかは運次第。分はめちゃくちゃ悪い賭けだが。
今回の依頼者である、この"旦那様"というやつが運がいいことを祈ろうか。
ネゴに来てる営業マンの忠誠心がいやに高いから、もしかしたら可能性はあるかもな。
「そっちの提示してくれてる前金と成功報酬は相場通りだから不満はない。きっちり調べてるな」
「当たり前だ。何度も言うがこちらは急ぎだからな、ゴネられたら困る。他にも用立ててほしいものがあれば融通は効かせられるはずだ。旦那様は海よりも寛容な心をお持ちだ」
「みんなそう言う。宇宙クラスの心になってから誇ってくれ」
会話しながら、手元の端末で隠れ場所の手配を進める。スラムの安宿でも運営してるやつによっては信頼できる場所もあったりする。だいたいろくでもないデメリットもあったりするが、臓器抜かれたり虫だらけだったり廃屋だったりするよりはマシ。
「旦那様の現在のセーフルームから外への脱出ルートだが、一応こちらで先に算出しておいたものがある。待ち伏せが発生する可能性が最小限の導線だが、これでも鉄火場は避けて通れない」
「あ?まあそうだな。じゃあ、何人か浮浪者を用立てて服を着せてやってダミーで泳がすか。どうせ逃げるときには服なんて持ってけないだろ」
「……それは別に構わないが、旦那様はどう逃がすんだ?」
「こっちには秘策があるんでね。絶対に安全に逃がす方法がある。融通効くんだろ?命の安全のために、倍額出すくらいはできるよな」
にっこり笑いながら聞いてみると、しらーっとした目で営業マンが睨んでくる。
「足元を見るなよ。逃がし屋はお前だけじゃない。お前のその"手品"というのがどれほどのものかは知らないが、ダミーを泳がせて逃がす程度なんて誰でも思いつく。上層の猟犬はその程度では振り切ることはできない。お前も上層出身なら知ってるはずだ」
「ふふ、いや失礼。お客様も不安よな。ちなみにデモつきプレゼンは今すぐできるし、一目見たら泡吹いて契約してくれる自信があるぞ」
「お前ら下層はそうやって自分を大きく見せようとする。やってみせろ。手品ショーを」
いやこれ毎回おもしろくなっちゃうんだよな。
俺がこの世界に転生してくる前は漫画とか小説をよく読んでたんだが、ああいうのでよくある「目にもの見せてやる」ってシチュエーションが本当に起こるんだ~。みたいな面白さ。
ぱちぱち、と二回拍手を叩く。
一瞬後、俺の隣に光を纏った美少女が現出する。
銀の長い髪をツインテールに垂らす、褐色の美少女。
紫と黒のラインが有機的に走る、異能用調整ボディスーツは肌にぴったりと吸い付き、僅かに褐色肌を透けさせている。ハイレグがエロい。なだらかな肉体、すらっとした四肢。
ぶかぶかな官給品の軍用ジャケットは紫苑のシルエットを着膨れさせ、レザーの明るい茶色は本人お気に入りのおしゃれポイントらしい。機能性も高い。
両足も軍用のサイバーウェア。硬質のクロームメタルがマット仕上げされている。脚力ブーストに加えて静音能力を備えた、暗殺者向けのカスタムだな。太腿が太い。
長い睫毛がぱしぱしと瞬きし、深い青の瞳がじっと営業マンを眺める。威圧的な無表情。
「……光学迷彩か?」
「だと思うよな。光のイリュージョンじゃないかとも。では、
俺は冷蔵庫からロールパンを取り出し、営業マンにこれみよがしにアピール。
これを店内の適当なスペースに放り投げる。営業マンが疑問顔でそれを目で追いかける。
次の瞬間、紫苑がその先でロールパンを齧っていた。
更に次の瞬間、紫苑は俺の隣でロールパンにジャムを塗りつけている。
「……ど、どういうことだ?」
「こいつの異能。本当に単純に、物質を他の地点へ移動させる。多少の制限はあるが、まあ人を安全に逃がす程度なら楽なもんだ。ついでに
「成功率100%を謳うのはこれが理由か……」
紫苑が心做しかドヤッた顔に見える。いっつも無表情だから気のせいだけど。
「だがこれは露見すると面倒なことになること間違いなしの異能だ。秘密保持契約は守ってもらうし、破られたらどうなるかもわかるよな」
「……理解できる。秘密は守ると誓う。私も命は惜しい。是非依頼させてくれ」
冷や汗ダラダラで頷く営業マン。この異能、やろうと思えばいつでも人を殺せるからな。
メガコーポは紫苑を欲しがるに違いない。正直、今すぐにでも企業の特殊部隊が襲いかかってきてもおかしくないと思ってるんだが、今のところなんとか秘匿できている。これは今まで助けてやったメガコーポ落伍者たちの協力もあるだろうし、こいつ口軽そうだな……と思ったら丁寧に処理して回ってるおかげでもある。
「隠れ場所も手配できた。港湾地区でいいな?船を用意して外に逃げるのもできるが」
「いや……そこは旦那様の考えがどうかだが、恐らく船まではいらない。外にチャンスはない」
人類の最後の楽園は伊達じゃないからな。
「よし。じゃあ今から作戦準備だ。あんたはどうする?上に戻るか、こっちで合流するか」
「後処理は必要だ。データは送っておくし秘匿回線で逐次バックアップはするが、私のことは気にしなくていい。助けるのは旦那様だけだ。女が接触してきても無視しろ」
……は~~女絡みですか?ハニトラされたかな。これもよくある話。
営業マンを見送り、紫苑の頭をぽすぽすと撫でる。
「というわけで仕事の時間だ。今日もよく働いてもらうぞ」
「らじゃ。カーラは起こす?」
「ヤクキメオナニーして気絶したっぽいから起きるか微妙だな……ネットランナー役は知り合いに頼もう。武装は好きなの使え。弾薬代も向こうが出してくれるだろう」
「おっけ~。じゃあ上に行ってくるね」
紫苑が消失する。
……営業マンには
異能持ちの人間・亜人は数多くいるが、紫苑ほどの異能はそうそういない。
紫苑は特別だ。だから、誰にも渡したくない。俺のもの。
↓◆↓
ラスト・ヘイブンの上層は、結局下層とそんな変わりない地獄だ。
数え切れない数の"支柱"と呼ばれるビル群が下層から生えて上層を支えており、地面の面積だけで言えば下層よりも広い。
だが下層から上層に入るためにはいくつもの検問と武装した国境警備隊が待ち構えているし、上層から下層に行くのにだって検問はそう簡単には通させてくれない。
そして上層に到着できたとしても、街中のあらゆる箇所に張り巡らされた監視カメラ群と警戒ドローン、小SAMタレットが市民の安全を守っている。
超高層メガビルディング群は航空規制により壁面に据え付けられた赤いライトをちかちかと常に光らせ、そうでなくてもずっと投影された映像を垂れ流し。なんなら隙間を埋めるように空中にもドローンを用いた投影映像。重金属を含んだ曇天を見るよりは広告映像の方がマシか。
徹底した監視、徹底した管理、徹底した保護。
メガコーポが上層の市民たちに約束した最後の楽園の正体は、華やかに飾られた檻だった。
「(あいかわらず、やなかんじ~)」
紫苑はむっつりと口を引き結んで眉間に皺を寄せながら、ぽてぽてと上層を歩く。
誰も気づくことはない。あらゆるセンサーでも認知することは不可能。
ただ、これは今だけ。さすがに依頼者を逃がす段階になるとこんな悠長はしてられない。
周囲に首を巡らせれば、視界に映るのは広告とドローンと監視カメラ。どこもかしこも全部。
人間の脳を刺激することだけ考えられた、下品でちかちかするAR広告。
都市治安維持部隊が
地上を歩く人間はほとんどいない。がらんとしている。
じゃあ人間はどこにいるのかというと、あの天を衝くような摩天楼にほぼ全員格納されてる。
企業ロゴがでかでかと掲げられたメガビルディングが街中どこにいても視界に入るように設計されていて、ずっとプロパガンダ映像が投影されている。
その中でも、豊上が広告を占める割合は他よりも突出していた。
――豊上の新製品!ニューロンを高速化させて業務効率を他人よりも改善しましょう!
――疲れ知らずになりたい?豊上ならあらゆる作業を16分割展開した指でこなせるのに!
――あなたの恋人も豊上製にしましょう!純正の豊上コンパニオン、新シリーズ登場!
目に焼き付くよう計算された広告は視界に入れるだけでも鬱陶しい。
上層に住む人間はこれを一生聞き続けてノイローゼになるに違いない、と紫苑は薄目。
そして……あの女、のプロパガンダ映像が流れ出す。
――思考の揺らぎは、未最適化な個人の限界。迷いは、社会を停滞させるノイズです。
――豊上の至宝、瑠璃様。彼女の瞳に迷いはありません。なぜなら、彼女自身が豊上の叡智によって磨き上げられた、完全なる純正品だからです。
――私たちは、彼女という完璧な指導者に導かれる、幸福な細胞となります。豊上重工は、彼女と共に歩む次世代の契約を更新しました。
――さあ、あなたも『古臭い人間という不自由』を脱ぎ捨て、瑠璃様が統べる完璧なインフラの一部になりましょう。豊上重工――。支配とは、究極の安定です。
すべて欺瞞だ。
白いワンピースを着た、清らかな雰囲気の美しい女性が、ジャンヌダルクのように人々を導いているプロパガンダ映像。良いことを言っているような文言。
担ぎ上げられている女性、豊上瑠璃。紫苑にとっては気に入らない存在。
実際、この女が戴冠したらどうなるかわかったものじゃない。あらゆるすべてを掌握し、強権を振りかざし、暴力と根回しによってすべての人間を支配するかもしれない。
紫苑には、それ以上に気に入らないことがある。
「(……ボスは渡さない。絶対に。この女は、確実に蘇生も不可能にさせて殺す)」
瑠璃の冷たい横顔と見下す目。見上げる紫苑の深い嫉妬の目。
ぎち、と紫苑の手が固く握られて合成レザーグローブが震える。
別に今からでも殺しに行こうと思えば殺せる。
ホルスターに収められた11ミリ拳銃を構え、
だが、きっとそう簡単には行かない。豊上は本気で豊上瑠璃を守っている。紫苑の知らない技術があるかもしれないし、紫苑を捕捉する方法もあるかもしれない。
だから、そんなことはしない。殺せるときに殺せればそれでいい。
想定外のリスク管理は、フリーランスとして15年間渡り歩いてきた紫苑に染み付いた所作だ。
「(ごうりゅう、どこだっけ。みちおおきいな)」
広告からふいと視線を外し、歩くことを再開。
紫苑の視界インターフェース上に映るARガイド線はだだっ広い道の先まで伸びている。
……そうして紫苑が到着したのは、なんとまあ豊上の本社である。
「(ええ~~)」
困りつつも秘匿回線の通信パスを開く。参加者は紫苑、ボス、依頼者、営業マン。
カーラは結局起きなかったようだ。
「
「いいのか?紫苑なら強引に突破もできるが」
「それだと君たちの今後に差し障るだろう?どうせ僕の名義は今日ここで終わるんだ。どれだけ泥がついても、そこに僕はいないからね」
知らない声。これが今回の依頼者か。
企業者によくある高慢な雰囲気。だけど、企業者にしてはそこまで棘々していない。
生命の危機を前にすれば当たり散らすような者もいるが、この依頼者は落ち着き払っている。
今回は当たりの依頼者かも、と紫苑は思った。ゴネればもっとお金くれそう。
「
「いける。セーフルームはあんぜん?」
「心配ない。フロア一つまるごと、我々の陣営がなんとか占拠できた。上下からのブチ抜きが心配だろうが、神聖な豊上本社ビルを破壊する不届き者は信用スコアの面でありえない。奴らもそこまで本気にはなれないだろう」
「僕が持ち出せる機密情報なんてないに等しいと思われてるからね。実際そうなんだけどな」
ビルに侵入を開始。綺羅びやかなフロントをさっさと通過する。
大理石の白い建材が荘厳な雰囲気と美しさを演出し、まるで神殿のよう。
でもこれも所詮はハリボテだ。それっぽく作られてるだけ。本物の大理石でもないはず。
監視カメラが1%の紫苑を捉えてる、ような錯覚がある。
事実捉えてるのか。だが警報は作動しない。
「階段はエレベータ脇。エグゼクティブセクターはかなり上だから膝を壊さないように」
「もんだいなし。ひとっとび」
分厚い防火扉を抜け、緑の非常ライトが薄暗く照らす避難階段内を紫苑は見上げる。
そのままぽーんっと跳躍。ベクトルを維持したままコンマ2秒ごとに
ついでにこの間にフェイズアウトを解除する。撃たれるのイヤだし。
「この異常な挙動は!?……異能か!」
「あとで
「当然。尋常な手段じゃないことは承知の上だ。豊上の血を見くびってもらっては困る」
お上品ですこと。紫苑にとっては金を出してくれればそれでいいので、無様を晒されてもなんとも思わないし構わないのだが。どこまでもプライドがあるのだろう。やれやれ。
位置が監視されてるのは嫌な気分だが、この仕事はそれも仕方ない。驚かせることができたので、それで手打ちにしてやろう。
問題なく目的の階に到着し、きょろきょろとフロア内を見渡す。
銃とチェストリグ、暴徒鎮圧用アーマーで武装した小隊が複数待機してるのを確認。物陰や曲がり角、扉ごとに分かれて、ガッチガチな警備だ。
避難階段前に展開されてる警備小隊には後ろで通信が入っているのか、明らかに場違いな紫苑の姿を確認しても、一つ頷いてセーフルームの方向を指差すだけだった。
「どーも~」
紫苑はぺこりと頭を下げ、ぽてぽて歩いて重厚すぎる扉の前に到着。
金庫みたいだ。ぐるんぐるんとハンドルが回転してがごごごごごと扉が開く。金庫だ。
そうして金庫の中で待っていたのは、金髪のイケメンだった。
金髪オールバックツーブロックで細いメガネでキツネみたいな顔のイケメン。身体の線が細い。
なんか豪華で座り心地よさそうな椅子に深々と腰掛けて端末をじっと睨んでいて、ちらっとこっちを見て鼻息を鳴らしたかと思えばまた端末に目を落とす。
イヤミなメガネ、というよりは、女性が持て囃す王子様。そんなかんじ。
「早いな……。外見は聞いていたが、異能持ちはやはり侮れないものだね」
「もちものは?」
「大半がトラッキングされる。ろくなものは持っていけないから、ほとんど着の身着のままで行くしかないよ。エデンのクズどもめ」
「じゃあ今すぐいく?」
「そうしよう。僕の命を任せる。よろしく頼む」
おお。所作も王子様みたい。端末を放り投げてすっと立って一礼。自信満々の仕草。
恐らく唯一であろう持ち物は、彼が握る金の懐中時計だけのようだった。
そのまま金庫の外に出て、依頼者は耳元に手を当てて何事かを部隊に指示していく。すぐにテキパキと銃を構えてどたどたと慌ただしく小隊たちが展開していき、それぞれの室内に入る。
「どういうこと?」
「各部屋に僕の影武者がいる。そいつらを警護してもらって、ダミー代わりだ。せっかく子飼いの兵士たちを雇っていい関係を維持してきたのに、これでご破産になるとはね……。本当に残念だし、本当に勿体なさすぎる。痛恨の極みだ。友達も数人できたんだよ」
「なるほど」
よくしゃべるなあ。
裏でボスから情報が送られてくる。視界に入っている依頼者の顔情報となにかの写真の比較。かなり一致してる。本人だと認められるレベルで。
すぐにボスからのメッセージ。
【豊上の一族。しかも嫡流、本家本元の寵児。きなくさい】
ふーん。
「それで、僕はどうすればいい。成功率100%で報酬は相場の倍も倍だ。確実な成功を頼むよ」
「まかせて。麻酔でねてる間ににげるのとか、仮死状態コースとかもあるけど、どうする?そのままにする?」
「……そこまで追い詰められてるわけじゃない。そもそもそれを頼むやついるのか?」
「いるいる。ばいたるさいんのとらっきんぐされてる人。ちょうじゅうようじんぶつ」
そう言うと、依頼者は目を少し細め、考え直したのかいやいやと首を振った。
図星だった?
「ナシだ。すぐにでも出よう。フロアを一つでも下がれば敵の手中になる、もう避難階段も占拠されているかもしれない。警備システムに手を加えたのは既にバレてると思った方が良い」
「依頼者のそばにいれば、警備システムは発砲してこない?」
「人質対策は取られてる。スマート照準ポインタは命中率99.8%だ。賭けはおすすめできない」
「どっちでもいい。やることはいっしょ」
タレットは無機質に撃ってくる。普通にこわい。
依頼者を連れ、エレベータ前へ。
「……まさか、普通にエレベータで?」
「それこそまさか。まだシステムさわれる?エレベータぜんぶ、上まで最速でうごかして」
「別にいいけど……何をする気だい。いや、先程の異能での移動か?」
1分くらい待機して、エレベータの位置表示が今の場所よりずっと上に移動したことを確認。
依頼者の手をぐっと掴む。
「したかまないで」
「えっ」
連続
まずエレベータシャフト内に転移。真っ暗な中での自由落下が始まる。ぐんぐんぐんと加速が始まりひゅうひゅうと風が下から上へと流れていって、下腹がふわっといやな感覚。さっきまで澄ましていた依頼者の顔が一瞬で真っ青。
だけど落下速度は一定のスピードでしか移動できない。良い的になってしまう。
なので、
数回すればすぐに最下部、エレベータシャフトの底に着地する。落下ベクトルは一旦保存。
「説明を――」
着地してすぐ周囲を把握し、AR上でのルート表示を確認。
メンテナンス用及び避難用の狭い半地下通路が存在するのは情報で確認済み。
予め決められたルート通りで動くつもりだけど、ボスが常に脅威を検出してはルートをリアルタイムでアップデートしていく。紫苑以外ではこれに対応できない。絆の連携だ。
連続
保存してた落下ベクトルを仕事させて、横滑りに動く頂点Sになる。
暗がりでも迷いなく
……紫苑は異能の影響で、空間把握能力が異常なレベルに高まっている。空間識失調とは無縁。
その上、エコーロケーションめいた、周囲の空間への認知能力も備わっていた。
度重なる異能の酷使による習熟のおかげで、無意識レベルでの高度異能操作も可能。
普通の人間や通常の防衛・警備システムであれば、紫苑を捉えることはできない。
だが――豊上は世界一の企業。普通ではない人間も、異常のシステムもある。
すべてを支配下に置こうと企む技術は、決して伊達ではない。
紫苑を狙う猟犬は、既にその牙を構えていた。
続きます。
高評価やしおりやお気に入り、ありがとうございます。励みになります。