「はい、お腹減ったよね」
ユイはカラフルなパッケージに包まれた栄養食をわざわざ外袋を破いて手渡してきた。銀色の内袋には『Mシリーズ標準栄養食第二』とだけ書いてある。
休憩室の奥には自動販売機が並んでるエリアがある。
一見、街中でもよく見る普通の飲料や軽食の類いが売ってある普通の自動販売機に見えたのだが、中身はどれも見たことのない商品ばかりだった。
『Nutri Balance M34-Std』
『LightMight』
『M Organic』
『第五世代接客型標準栄養食 α-10』
『1日分の重金属』
『pure silica』
すぐに手をつけなかったことが、パッケージの開け方すらわからない子どもだと思われたらしく、ユイは内袋の先端も破いてわたしの口の先に差し出してきた。
見た目は小麦を焼いて固めた固形物。生地の中にはドライフルーツが埋まっている。ただ、理科の授業で嗅いだことのあるような金属臭がわずかに漂っている。
食べないでいると、いじらしい表情でユイがこちらを見つめてくる。そんなときでも、彼女は愛らしい感じだった。
口をつける。見た目からは信じられない味。金属臭はそのままに、つんとくる刺激が鼻を通る。口に入れた瞬間ほぼ液状になるので、食感の観念は無いに等しい。
重厚感としか表現できない金属質の重みが喉を通る。喉の感覚に調整が入るような感覚。
腹部に重みが残る。食べたら絶対記憶に残る味だ。お腹を壊した感覚はない。ただただ重量感がある。
「えっ、美味しくない?」
わたしの顔を見てユイも少し驚く。
「なんか……これまでにない味。重い」
下腹部に重みが入ってしまったような気がして思わずお腹をさすった。
「……いや、逆かな。重さを楽しむものだし。もう接客型の感覚がわかってるね」
「えっ、そんなことはないよ」
「じゃあ続きいらない?」
もう一度バーの方を見ると、今度は芳しい匂いがしてきた。同じ金属質な匂いであることは変わりがないのだが、どこか安心する匂いだった。
気がつけばもう一口齧っていて、重たい鉛が喉を通るような嚥下感を楽しんでいた。
さっきと同じ味のはずなのに何か違う。
舌だけでなく喉やお腹、あるいは身体全体で食を楽しんでいる感覚がある。飲み込むたびに身体が静かになっていく。
「……あれ」
自分の口を押さえる。
「味は変わらない……でも何かが違う。わたしの方が変わった……?」
「ね?」
ユイは嬉しそうに笑った。
「最初はみんな苦い顔するけど、慣れると癖になるよ。逆に人間の食べ物なんて食べられないくらい」
「そんな急に……?」
「身体はもうわたしたちと同じだしね。あとは心が追いついてくるか」
もうひと口噛みついた。バーの中身が口の中でほろほろに溶け出していく。重たい喉越しが心地よい。
それがお腹に落ちていくたび不安定だったバランスが、分銅のような栄養で重心を取り戻していく。
これと比べれば、人の食事の不安定なことだ。人の食事は味が散漫で集中できない。初めて食事にここまで没頭した。
「……おいしい、かも」
「ふふ」
自分の腹部に手が伸びる。
「接客型の顔だ」
曰くどこを見るでもなく空をぽーっと見つめて満足した顔をしているのが接客型、であるらしい。
「人間と同じもの食べられないけど、こっちも割といいものでしょ?」
「……うん」
返事をしながらもう一口食べる。もう金属臭とは思えなかった。
身体の底にゆっくりと重心が落ちていくような安心感。噛むたび、飲むたび、胸のざわつきが吸い込まれていく。