獅堂巴は、固有の異能を生かして用心棒のアルバイトでお小遣いを稼ぐ高校二年生。
彼女はある日、立ち寄った映画館で妖艶な美女と出会い、気づくとその『匂い』に意識を絡め取られて──。

※Skebにてリクエストいただいて書いたものの転載です。
※Pixivにも投稿しています。

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第1話

「やめてください……! 大きな声を出しますよ」

「そう? 人なんかいないけど」

「てか、いても助けてもらえるとは限らなくね?」

 

 繁華街でも一本路地に入ると急に人気が無くなるもの。

 昼でも薄暗い小さな路地に響いたのは若い女性の声と、軽薄な男たちの声だった。

 典型的なナンパ、それも悪質な。

 女性の前後を身体で塞ぐように立った三人はニヤニヤと笑みを浮かべて、

 

「はい、そこまで」

「あ? なんだおま……がっ!?」

 

 背後からの声に振り返った一人が、顔面に拳をもろに食らった。

 悲鳴と共に膝を折り、崩れ落ちる彼を見て他の二人が目を見開き、

 

「なんでてめぇ!?」

「痛い目に遭いてえのか!?」

「悪いけど、痛い目に遭うのはあんたたちだから」

 

 悠然と立つ一人の少女を視界に収めた。

 半袖のブラウスに赤いリボンタイ、紺のスカート。

 若い、高校生のようないで立ちに一瞬、警戒を緩める彼らだったが、

 

「ごっ!?」

 

 翻るスカート。

 奥に覗く白のレース付きショーツを眺める間もなく、ブーツのつま先が二人目の顎に。

 

「このっ!?」

 

 最後の一人が慌てて反撃するも──その拳は少女の肩に当たり、ぽふ、と止まった。

 

「……は?」

「残念でした」

 

 にっこりと。

 笑顔と共に、腹部に拳が食い込んで。

 どさり、と、少女より体格の良い男があっさり崩れ落ちる。

 

 後に残ったのは静寂だけ。

 

「嘘」

 

 数秒の後、ようやく状況を理解したうえで。

 絡まれていた女性はあらためて少女を見つめた。

 

「怪我はありませんか?」

「え、ええ」

 

 艶めいた長髪、凛々しさのある整った顔立ち。

 スレンダーな体形は着る服によって彼女を王子様にもお姫様にも変えるだろう。

 彼女は「良かった」と微笑むと、髪をまとめていたゴムを外した。

 頭を振るようにして髪を広げ、埃を払うように服を整えれば──どこにでもいる、けれど、容姿だけは並外れた普通の女の子。

 

「あの、ありがとうございました。……あなたこそ、怪我は?」

 

 確か、肩を殴られていたはず。

 思って尋ねれば、彼女は「ああ」と思い出したように頷いて、

 

「あたし、殴り合いなら無敵なので」

 

 ……にわかには信じがたい話だったが、実際に足元には男が三人転がっていて。

 ぴんぴんしている少女は一枚の名刺を女性に差し出した。

 ゲーセンの機械かなにかで作ったらしきそれには『用心棒』という肩書きと共に『獅堂(しどう)巴(ともえ)』と彼女の名前が書かれていた。

 

「もしまた困ったことがあったら教えてください。有料ですけど、きっと力になりますから」

 

 自信に溢れたその表情は年上から見ても格好よく、ある種の憧れを抱くのに十分なもので。

 窮地を救われた女性には、まるで彼女──巴が正義のヒロインのように思えた。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「やば。急がないと映画遅れちゃう」

 

 獅堂巴は高校二年生。

 生まれはわりと由緒正しい名家で、そのおかげか生まれつき異能の力を持っている。

 『衝撃操作』。

 拳や蹴りはその威力を何十倍にも上げられるし、自分への攻撃は逆に何十分の一になる。

 巴は、この異能を利用して用心棒みたいなことをしている。

 

 堅苦しい家への反抗と、育ちの良さから来るお人よしな性格から始めたアルバイト。

 悪い奴を懲らしめるのは気持ちがいいし、自分で稼いだお金があると心が安らぐ。

 何より、さっきの女性のように助けた人から感謝されるととても嬉しい。

 きっと、巴の異能はこうした人助けのためにあるのだ。

 事あるごとに喧嘩しているせいで変な相手に絡まれることもあるけれど、それはそれで、悪人の目が罪のない人ではなく巴に向くのだから問題ない。

 

 とはいえ、正義の用心棒にも休息は必要で。

 今日は映画を見るつもりで街に出てきていた。

 制服風コーデは「外に出る時はそれなりの格好を」とうるさい家人との妥協案。

 いかにも「女子高生」という感じの姿は個人的にも悪くないと思っている。

 

 すれ違う人からかなりの確率で振り返られるのにはもう慣れた。

 

 よそ見をせずまっすぐに走って。

 急いだお陰か映画にはギリギリで間に合った。

 

「良かった」

 

 今日の目当ては、ゾンビのたくさん出てくるB級映画。

 話題にはなっていないし上映館数も少ないが、こういう作品のほうがなにも考えずに見られていい。

 埋まっている席のほうが少ないシアターの前のほうの席に陣取って、乱れた呼吸を整える。

 

 ──ドリンクとポップコーンを買えなかったのは残念だけれど。

 

 帰りにハンバーガーでも食べて帰ろうかと考えていると、

 

「ここ、いいかしら?」

 

 声とともに、ふわり、フローラルな香りが鼻をくすぐった。

 顔を上げると、奥行きを感じさせる不思議な印象の瞳に視線が吸い込まれた。

 

 巴との歳の差は、片手以上両手未満。

 

 服装は、上流階級のパーティにも出られそうなイブニングドレスだ。

 艶めいた唇、落ち着いた微笑は巴にはないもので。

 

 ──格好いい。

 

 思わずぽうっと見とれてしまう。

 一方で、どうしてこんなところに? という疑問も浮かんだ。

 見渡すまでもなく、席はいくらでも空いている。

 特に隣に座る必要はない、というか、そもそもこんな人が普通の映画館って。

 

 けれど、特に拒む理由もない。

 

「はい、どうぞ」

 

 ほんのり甘い彼女の匂いはとても心地いい。

 もっと嗅いでいたいと思い快諾した。

 女は「ありがとう」と言って隣に腰かけ、手にしていた小さなバッグを膝に乗せた。

 

 やっぱり、驚くほど優雅な仕草。

 

「あの。ゾンビ映画、好きなんですか?」

「普段は見ないわ。……でも、今日は特別」

「そう、なんですか」

 

 答えは期待していなかったがちゃんと返事が返ってきて。

 内容は意味ありげなような、何の意味もないような。

 美人が口にするとなんでも様になって思える。

 

 何かストレスが溜まるようなことでもあったのだろうか。

 などととりとめのないことを思いながら、巴は意識をスクリーンへ向けた。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 期待通り、映画はゾンビと銃とパニックのチープな内容だった。

 

 スタッフはまじめに作ったのかもしれないが、シーンのところどころで笑いが生まれてしまう──そんな作品。

 彼女は、どう思っているのだろう。

 そっと横目で見ると、女はまっすぐスクリーンに視線を向けていた。

 甘い、彼女の匂い。

 落ち着く香りのはずなのに、何故かどきどきしてしまっている。

 

 心なしか身体も熱い。

 

 普段なら映画に集中できるのに今日はまるで集中できない。

 間違いなく、隣にいるこの人のせいだ。

 芸能人だと言われても信じてしまいそうな存在感。

 彼女に比べたらこんな映画なんて大したことはない。

 

 ……そういえば、匂いが上映前より強くなっているような。

 

 嫌なわけじゃない。

 むしろ、いくらでも嗅いでいたい。

 知らず呼吸は深く大きくなって、肺に空気がたっぷり送り込まれていく。

 なんだか頭がぼうっとしてくる。

 ふわふわとした心地よさと恋にも似たどきどき。

 

 身体は相変わらずぽかぽかと熱く。

 何も考えなくていい、ストレス解消にはもってこいの気分。

 でも、どうして? 風邪でもひいたのか?

 席を離れてもいいけれど、ここから離れるのはもったいない。

 

 ──もっと、この人の傍に。

 

 奇妙なほどの執着に、頭の片隅で警鐘が鳴る。

 けれど、それを強く意識する前に、

 

「大丈夫?」

 

 深く、吸い込まれるような瞳に覗き込まれた。

 囁くような声が妙に大きく聞こえて、とくん、と胸が跳ねる。

 巴は別に、女の人が好きなわけではないはずなのに。

 

「だいじょうぶ、です」

 

 答えた声は、自分でも信じられないくらい甘えた感じで。

 恥ずかしくなった巴は敢えて視線を逸らした。

 

 閑散としたシアター内。

 眠気をかみ殺す者、話の内容に小さな笑い声を上げる者、ただじっとスクリーンを見つめる者。

 数少ない観客は誰も巴たちを気にしていない。

 

 ──巴が意識を逸らしている間に女は身体ごと振り返って。

 

 少しひんやりとした手が額に。

 気持ちいい。

 接触したせいか、大好きな匂いがさらに強く感じられる。

 

 いっそこのまま身を委ねてしまいたい。

 目を閉じてしまおうかと本気で思って。

 

「熱があるみたい。少し、涼しくしたほうがいいわ」

「あっ……♡」

 

 催眠術かなにかのように声がしみ込んでくる。

 細くしなやかな指が巴の首、リボンタイをそっと外した。

 次いで、ブラウスのボタンが一つ、二つ。

 

 服の下に外気が送り込まれると、確かに心地いい。

 同時に、肌に触れた指の感触に身体がぴくんと反応して。

 

「足りないかしら? ……なら、もう少し」

「あっ、やっ……♡」

 

 三つ目以降のボタンが外されていくと、さすがに羞恥が勝った。

 小さな声と共に身をよじるも、ブラウスはあっという間に全開に。

 彼女の手つきは優しくて気持ちいい。

 けれど、

 

「下着も緩めてしまいましょうか?」

「っ♡」

 

 その指は、さらにショーツとお揃いの白いレースブラにまで伸ばされて。

 

 ──おかしい。

 

 ここまで来ると違和感は拭いきれない大きさになった。

 いくらなんでもこんな場所で、そんなことまでするなんて。

 

 相手が男性ならとっくに悲鳴を上げている。

 いや、女性でも突き飛ばして逃げ出すのが正解。

 なのに、この人の匂いを嗅いでいるとなにもする気が起きなくなる。

 彼女が与えてくれる歓びに身を任せること以外、なにもできない。

 

 そのまま、ブラのホックが外されて。

 解放感。

 

 ブラがずらされ胸が露出した状態──恥ずかしくないはずがないのに、気持ちいい。

 女は依然として優しい微笑を浮かべたままで。

 いや、どこか、ほんの少しだけ……妖しい、誘うような色が含まれている?

 

「乳首、勃っちゃってる」

「ふあっ……!?♡」

 

 控えめだけれど形のいい巴の胸。

 頂点にあるピンク色の乳首は外気のせいか興奮のせいか、ぴんと勃起しまっている。

 指先が軽く先端に触れるとそれだけで声が漏れて。

 慌てて口を噤むと、両方の乳首が指でつままれて、ふにふにと転がされる。

 

「~~~っ!?♡」

 

 ぞくぞくぞくっ♡ と走る『快感』。

 咄嗟に口を押えなかったらまた悲鳴を上げてしまっていただろう。

 

 そう、快感。

 

 今まで感じていた心地よさが急にはっきりとその形を露わにした。

 興奮、発汗、発情。

 要するに巴は今、どうしようもなくいやらしい気分になってしまっているのだ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「可愛いわ、巴。とっても可愛い」

 

 こんなのおかしい、とわかっているのに。

 巴はされるがまま胸を弄ばれてしまった。

 

 円を描くように指で乳輪をなぞられ。

 淡い色に塗られた爪にかりかりと乳首を引っかかれ。

 性感をこれでもかと引き出されたところで指でつねりあげられて。

 

「っ♡ ふっ♡ ~~~っ!!♡」

 

 気を抜くと声が漏れてしまいそう。

 本当にもう映画どころじゃない、周りに気づかれないようにするのが精いっぱい。

 刺激のたびに揺れそうになる身体をなんとか抑えながら、助けを求めるように女を見ると。

 

 くすり。

 

 視線をどう受け取ったのか、彼女は隣に──巴の座っている椅子のほうへ身を乗り出してきた。

 はだけたままの胸に顔が近づけられて。

 だめ、と思うも、身体は思うように動いてくれない。

 はむ、と閉じられた唇に乳首の片方が挟み込まれて、先端を舌ですりすりと刺激されて。

 

「……っ、あっ♡ ~~~ぁっ♡」

 

 我慢、できない。

 

 巴にはいやらしい経験がほとんどない。

 自慰は本当に我慢できなくなった時に仕方なくするくらい。

 基本的にストレスは『仕事』と映画鑑賞、ショッピング等で発散できていた。

 告白は数えきれないほどされたけれど、ピンと来なかった。

 家のしきたりを思えばそうそう彼氏なんて作れるはずもない。

 

 だから、絶頂の経験もほとんどない。

 

 普通なら、こんなに簡単に導かれるものではないはずで。

 まして、こんなところでイかされてしまうなんて信じられないけれど。

 実際に、彼女の責めは巴が自分でするよりずっと的確かついやらしくて。

 

 ──人にされるのって、こんなに。

 

 漠然と夢想しながらも実現してこなかった行為に、心と身体を導かれて。

 

 びくんっ♡ と、身体が震える。

 

 そっと身体に添えられた女の手が椅子の揺れを軽く制して。

 他の人に気づかれる事態を避けたまま、巴は、一瞬頭の中が真っ白になる感覚を迎えた。

 頂から波が引くと、最大のそれほどではない、けれど連続した大きな波が身体を駆け巡って。

 

 数十秒か、数分か。

 

 甘い歓びから徐々に解放されていくと、代わりに心地いい余韻が残されて。

 

「気持ちよさそうな顔。……でも、これで終わりじゃないのよ?」

 

 囁く妖しい声に、感覚が引き戻される。

 手が、今度はスカートの中へと伸びていく。

 感じやすくなった状態で、一番敏感な「そこ」に触れられたらいったいどうなってしまうのか。

 初めて味わう強烈な気持ちよさのせいでショーツはもうとっくに濡れてしまっている。

 それに気づかれてしまうのもたまらなく恥ずかしくて。

 

 ──風。

 

 その時、巴はふと空気の流れを感じた。

 シアターと外をつなぐドア、そこが開かれたのだ。

 映画のくだらなさに客が帰ったのか? ……とにかく、そのおかげで思考が少しだけ冷静になる。

 女の甘い香りも心なしか薄れた。

 

 いや、待った。

 甘い香り。

 あれを嗅いでから難しいことを考えられなくなって、身体の感覚がおかしくなった。

 はっとする。

 匂いが原因だとすればなんからの薬か、あるいは異能。

 

 人にされたからじゃない。

 巴が、自分でも気づいていないだけで「そっちの趣味」だったわけでもない。

 考えてみれば最初からおかしかった。

 この状況は、この女が仕組んだ罠だったのだ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「っ!」

「あら、怖い」

 

 きっ、と睨みつけると女は巴から身を離した。

 と言っても体勢を整え、隣の席に座り直しただけだ。

 

 彼女の力が巴の想像通りなら、直接的な荒事には向かないはず。

 悠長な態度は自信のあらわれか。

 だとしたら。

 

(今がチャンス!)

 

 香りの薄れている絶好の隙を狙って拳を持ち上げる。

 全力が出せなくても構わない、当たりさえすれば巴の能力で威力を何倍にもできる。

 握った手を、巴はそのまま女に突き出そうとして、

 

「……ぁ、れ?♡」

 

 パンチを繰り出す直前、ぐらり、と視界が揺れた。

 

 体勢が崩れる。

 前のめりに倒れ込む巴を支えたのは、他でもない女で。

 

「あらあら。いきなり動いたら危ないわ。……あなたはいま、普通の状態じゃないのだから」

「っ♡」

 

 香りの影響。

 新鮮な空気が混ざったことで新たに吸い込む分は無視できたものの、身体に残留した分は短時間では取り除けない。

 加えて、絶頂の余韻まで残っていてはうまく動けるはずがなかった。

 悔しさから唇を噛む。

 そんな巴の頬を女の指が優しく撫でて、

 

「もうわかったと思うけれど、私の能力は『香り』を操るの」

 

 囁くような声で、彼女は種明かしをしてくれる。

 

「私の発散するフェロモンは、特製の香水と合わせることで最大の効果を発揮する。……今みたいに、ある程度閉鎖された空間で相手に近づければ大男でも簡単に無力化できるわ」

「そん、なの」

「目的は……こっちも想像はつくかしら? あなた、派手にやりすぎたのよ。あちこちに恨みを買ったせいで、私みたいな『裏』の人間にまで依頼が来た。まあ、あなたが可愛い女の子だ、っていうのも理由の一つだろうけれど」

「っ!」

 

 一瞬にして血の気が引いた。

 正義の味方気取りの『仕事』が招いた結果。

 正面からの喧嘩なら確かに巴は敵なしだけれど、こういうからめ手で来られるとどうしようもない。

 顔の整った女が『裏』に目を付けられた末路。

 人生経験も、性的な経験も少ない巴でも──それが絶望だとわかる程度には想像できて。

 

 話をしている間にシアターのドアも再び閉ざされてしまった。

 

 女はくすくすと笑みをこぼしながら、手荷物から小瓶を取り出した。

 蓋を何度かプッシュすると中の液体──香水が噴霧されて辺りに広がっていく。

 くらくらとした感覚がまた強くなって。

 

「念のため、あなたはきっちりと堕としてあげる。……そう、その前に、逃げられないようにもっと恥ずかしい格好にしておきましょうか」

「……あ、やっ♡」

 

 小さく悲鳴を上げるも、女はもちろん周囲もなにも取り合わない。

 彼女のフェロモンは同じ空間にいる者全員に作用する。

 今まで周りに気づかれなかったのは、声を抑えていたからだけではなく、もしかしたら──。

 

 最悪の想像を巴が浮かべている間に、女の指がスカートをつまんで。

 クロッチ部分のはっきりと湿った白のレースショーツがその場にはっきりと露わになった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「……ふっ、んっ♡」

 

 仮に透明人間になったとして、平然と全裸で歩けるかと言えば答えはノーだ。

 全身がかあっと熱くなるも、身体にはまるで力が入らず。

 女に正面へ回り込まれた巴は、履いていたブーツを丁寧に脱がされてしまった。

 さらに足を軽く開かされて、ショーツをするりと抜き取られて。

 

 ──控え目な陰毛に守られた純潔の秘所が女に見つめられる。

 

 鼓動はもうずっと高鳴りっぱなしで。

 恥ずかしさと悔しさ、興奮が入り混じってなにがなんだかわからない。

 お腹の奥から染み出してくる愛液は止まるどころかその量を増して。

 

「ふふっ♡」

 

 妖しく艶めかしい笑みと共に──女は、あろうことか自分のスカートをめくり上げた。

 上映中に女が立ち上がっても声が上がらないあたり、やっぱり助けは期待できない。

 負けを再確認すると共に、どきどきしながらスカートの奥に目をやって。

 

 彼女が穿いていたのは布面積の少ない、サイドはほぼ紐だけの黒ショーツだった。

 ふんだんにレースのあしなわれた大人っぽいデザイン。

 いや、もっと言えば夜に、男を惑わすための下着。

 それがするりと、彼女自身の手によって身体から外されて。

 

 巴と女、二人分のショーツは小さなバッグの中に。

 女は、スカートを直してしまえば一見、問題ない格好ではあるけれど。

 二人して痴態を晒している事実に不思議な共感を覚えて。

 

「きゃっ」

「よいしょ、っと」

 

 子供のように軽く身体を浮かせられた巴は、今まで自分の座っていた席に我が物顔で腰かけた女の、膝の上に乗せられた。

 向かい合うような格好。

 そして、彼女の膝は驚くほど柔らかい。

 子ども扱いへの怒り、猛烈な恥ずかしさと同時に、大人の魅力に胸がきゅん、と切なくなって。

 

「どうせもう、他の客も前後不覚よ。……素直に、乱れてしまいなさい?」

「あっ……♡」

 

 裸同然の格好を、捕食者の前で晒している。

 当然、助けてもらえるわけがなくて。

 

 指が、遠慮なく巴の身体を撫で回す。

 肩にも、首にも。

 お腹や脇腹、太腿にも。

 手つきは依然として優しいものの、どこか嗜虐的かつ、感触を楽しむような雰囲気。

 今の巴の身体は、そんないやらしい手つきを好ましいものと感じてしまっている。

 

「あっ、はっ……♡ だめ、ぇっ♡」

「でも、気持ちいいでしょう?」

 

 言葉とは裏腹の恍惚はすべて見透かされている。

 熱に浮かされた状態のまま女を見下ろす。

 と、彼女は巴の目を見つめ返しながら──そっと頬にキスをしてきた。

 

 触れただけなのに、電撃でも浴びせられたような衝撃。

 一瞬の後、離れたそれ──ナチュラルな色のリップの濡られた唇を呆然と見つめて。

 

 再び近づいてきた唇が、今度は唇同士を合わせてくるのを巴はそのまま受け入れてしまった。

 

 どうしようもなく胸はどきどきしているけれど。

 想像していたファーストキスとはあまりにも違う、キス。

 一秒程の後、離れる唇。

 悪戯っぽい瞳が見上げてきたかと思うと、また唇が触れて。

 

「んっ……♡」

 

 舌が、侵入ってくる。

 初めて味わう他人の舌は、なんだかとてもいやらしいものに感じられた。

 唾液を甘く感じるのは彼女のフェロモンのせいだろうか。

 感触をたっぷりと味わうように押し付けられる唇、弄ぶように伸び、巴の舌に触れてくる女の舌。

 混ざりあった唾液がお互いの唇を濡らして、舌にリップ特有の香りを感じる。

 

 呼吸が、乱れる。

 

 喘ぐようにかすかな隙間から息を吸い込む。

 送り込まれた唾液をやむを得ず嚥下すると、甘い痺れが身体と脳をさらに支配していく。

 彼女の腕が、首に。

 そっと抱きしめられる。

 人に抱いてもらうのなんていつ以来だろうか。その温かさは、こんな状況だというのに巴の心を安心させて、とろとろに溶かして。

 

 ああ、大人が身体を交わらせるのは心細いからなのかもしれない。

 

 今度のキスは長く続いた。

 仕方なんてろくにわからない巴を女が丁寧に導いてくれる。

 互いの唾液も吐息も混ざりあわせ、貪るように求めあうのは恥ずかしくも心地よくて。

 気づけば、自分からも腕を回してしがみついてしまっていた。

 

 イブニングドレス越しに、女の胸を感じる。

 控えめな巴の胸と違って十分な豊さがあり、その柔らかさにどきどきする。

 生地の質感は滑らかで、ほとんどむき出しの肌に擦れて快感を生み出して。

 

 何分もかけてようやくキスを終えると、

 

「さあ、邪魔なものは取ってしまいましょうか」

 

 ブラウスとブラを完全に脱がされ、床へ無造作に落とされる。

 完全に無防備になった巴は猛烈な恥ずかしさを感じながらも、シアター内の空気を心地よく感じた。

 再現なく生まれる『熱』に浮かされた身体はまだまだ全然収まりそうにない。

 

 ──もっと、と。

 

 はしたない思いが通じているのか、指が感じやすい部分へと伸びてくる。

 

「あ、んっ♡」

 

 声が止められない。

 一応、声量は抑えめにしているものの──高くなった視界は他の客たちの痴態を観察することも可能にしている。

 男も、女も。

 正気を保っている者は一人もいない。ペニスや秘所を一心不乱にいじったり、近くにいた者と抱き合っていたり。あるいは顔を真っ赤にしたままぼうっと天井を見上げている者も。

 

 我慢なんてしなくていい。

 

 奔放に振舞っている巴だけれど、それは窮屈な家や厳しい学校への反発も理由で。

 生活のすべてが楽しいわけでは、もちろんない。

 誰かの安心のために誰かを傷つけるのだって、本当はなんとも思っていないわけじゃない。

 

 でも、こうやって気持ちよくなれるのなら。

 

 女のほうから誘ってきたのだから、好きなだけ『気持ちよくしてもらっても』問題はないはずだし。

 みんなも気持ちよくなっているのだから、巴だって身を任せていいはず。

 

「んっ、はぁん♡」

 

 信じられないくらい甘い自分の声。

 乳首とクリトリス、秘所を同時に指でいじられながらキスを求める。

 受け入れてしまうと快感はさらに強くなって。

 

 高まる波があっさりと意識をさらい──恍惚の中で、再びイク。

 

 絶頂の波に浸されながら女と舌を絡め、くぐもった嬌声を好きなだけ漏らして。

 完全におかしくなった身体は、絶頂が収まってもきゅんきゅん♡ と疼き続けている。

 

「どう? ……もう、終わりにしたい?」

 

 この人は、とても意地悪だ。

 

 人間は優しくしてくれる人に弱いもの。

 であれば、快感を与えてくれる彼女はその最たるもの。

 考えてみると巴は彼女の悪行を知らないわけで。

 裏の人間なんて言っても嫌う理由はなにもない。

 むしろ、声を聴いているだけ、彼女の匂いを嗅いでいるだけで好きな気持ちが溢れてくる。

 

 ──もっと、もっと、気持ちよくしてもらいたい。

 

 はあ、はあ♡ と息を漏らしながら見つめあって。

 もどかしい気持ちから小さく首を横に振ると──それを合図に背中をぽんぽん、と叩かれた。

 

「いいわ。いっぱい、気持ちよくなりなさい♡」

「あぁっ……♡♡」

 

 こんな経験、きっともう二度とできない。

 なら、たっぷり楽しまなければ損だ。

 

 堕とされた自分がどうなるのか、なんていったん忘れて。

 今、この時だけをとにかく楽しむ。

 

「ね? ……あなたの気持ちいいところ、私の足に擦り付けてみて?」

「んっ♡ ……あっ、はぁんっ!♡」

 

 とろとろになった秘所を言われた通りに押し付けると、ぴりぴりとした快感が全身に。

 気持ちいい。

 夢中で身体を動かしてさらに何度も擦り付ける。

 分泌された愛液が女の太腿を濡らして。

 

「ふふっ。……これじゃあ、あなたにマーキングされているみたいね?」

「っ♡」

 

 女は自分から軽く身体を揺すって巴に刺激を加えて。

 両手の指が巴の左右の乳首をつまみ、さらなる快感を与えてくる。

 気持ちよくなるたびに巴の唇からは声が漏れるも、他の客たちの漏らす声と混ざり合って特に気にならない。

 

 映画は。

 意識してみても内容が頭に入ってこないけれど、そろそろクライマックスのようだ。

 だとすると残された時間はそれほど多くないかもしれない。

 さすがに上映が終わればこんな、気持ちのいい時間は維持できないはずで。

 

 時間に急かされると自然に動きは速くなって。

 

「ほら、いく時はイク、ってちゃんと言いなさい」

「~~~っ♡」

 

 囁かれる淫らな言葉。

 蕩けた思考は「そうすればもっと気持ちよくなれる」と当然のように判断。

 僅かに残った理性をあっさりと押しのけて、巴は「いくっ」と繰り返した。

 

「いく、イきますっ♡ あっ♡ あああっ、イっ……!♡♡」

 

 頭がまた真っ白になる。

 気持ちよすぎて、こんなの絶対癖になる。

 

 呼吸を繰り返しながら呆けていると、巴の右手がそっと持ち上げられて。

 導かれた先には無毛の、たっぷりと愛液をたたえた女の秘所。

 くぷ、と、あっさり飲み込まれる指の感触に倒錯的な興奮を覚えて。

 

「私も興奮しているわ。ほら、わかるでしょう?♡」

「ふあ……っ!?♡」

 

 再び膣へと潜り込んできた指が、巴自身の指の動きと連動するように蠢く。

 乱れる視界の中、巴は本能的にさらなるキスを求めて。

 胸を彼女に擦り付けながら夢中で指を動かす。

 とろとろの秘所を指がかき回すたび、同じように巴の秘所もかき回されて。

 

 繋がっているような、錯覚。

 そうか、女同士でも繋がることはできるのだ。

 

「いくっ♡♡ いく、いく、イクっ♡♡」

「いいのよ、いくらでもイきなさい、巴♡」

 

 自分でもなにを言っているのかわからないまま、キスの合間に「イク」と繰り返して。

 舌を絡めあったまま、互いの体温をたっぷりと感じあいながら、絶頂した。

 イった後もキスを続けて、挿入されたままの指を緩慢に動かして。

 彼女の膣内にある指がきゅっ♡ きゅっ♡ と締め付けられること、しがみついた身体が小さく震えていることに気づいた巴は、相手も感じていることを知った。

 

 自分が気持ちよくなるのはもちろん嬉しいけれど、一緒に気持ちよくなるともっと嬉しい。

 

 新たな発見に胸を躍らせながら、快感の波に指の動きを合わせる。

 波の引きをコントロールしながら、ある程度収まったところでまた激しく。

 

「ふふっ、本当に可愛い子♡ ちょっとだけ、本気になっちゃいそう♡」

 

 二人の嬌声がシアター内に響き渡り。

 時間の許す限り、巴はさらに何度もイキ続けて。

 

「そろそろ終わり、かしらね?」

 

 気づくと、映画はエンドロールに入っていた。

 

 ──たっぷりイったせいか、身体の感覚はだいぶましになっている。

 

 代わりに疲労でずっしりと重い。

 これではまともに暴れることはできないだろう。

 拳や蹴りも避けられてしまっては意味がない。

 

 敗北感に包まれながら女に手ずから服を着せられ、最低限の身だしなみを整えられた。

 ただし、ブラとショーツは奪われたまま。

 下着なしでの着衣はなんだか妙に心もとなくて。

 簡単には気づかれないとは思いつつも──もし、誰かに気づかれたらどうしよう、と不思議な興奮を覚えてしまう。

 

 見れば、美女もまた服の乱れを整えている。

 彼女のショーツもバッグの中だが、彼女なら怪しまれることもないか。

 それよりも、

 

「……あたしは、これからどうなるんですか?」

 

 夢の終わり。

 甘く淫らな夢はもともと巴を絡めとるための罠で、それが成った今、巴は『裏』に吞み込まれてしまうはず。

 怖いけれど、今はどこかそれを求めている自分もいた。

 

 性の快感をたっぷりと教え込まれてしまったから。

 あれがもう一度味わえるなら、窮屈な日常から解放されるなら、それもいいかもしれない。

 

 期待と恐怖を等分にしながら尋ねると、女は「そうね」と小首を傾げて。

 

「あなたを引き渡すのは簡単だけれど……『裏』の店で男相手に客を取らせるのも少し癪なのよね」

 

 囁くようにそう告げられた。

 ぞく♡ と走る悪寒と、漠然とした想像。

 今の巴ならきっと、教えられればそれを覚えてしまうだろうけれど。

 

 艶然とした笑みが巴に向けられて。

 

「こうしましょう。あなたには敗北の味を教え込んだ。でも、捕らえるのには失敗してしまった。……きつくお灸を据えてやったから、まだ歯向かうようならその時こそは私が、完全に堕とす」

「っ♡」

 

 いっそ、堕とされてしまったほうが幸せかもしれない。

 思ってしまうのは、まだ思考が狂わされているからか。

 

「まさか、あたしを見逃すなんて」

「あら。あなたが悪さをしなければ、の話よ? 痛い目に遭いたくなかったら『仕事』はやめなさい。いいわね?」

「………っ」

 

 返事は、しなかった。

 悪党にいいように屈服させられて大人しくさせられるなんて絶対に嫌だ。

 けれど、この美女は悪党の中ではどうやらマシな部類のようで。

 目をつけられたのが彼女であった幸運も、確かに感じて。

 

「帰る時は気をつけなさい。監視がいるかもしれないから、ちゃんと逃げるのよ」

「あっ……♡」

 

 遠ざかろうとする靴音を巴は思わず制止してしまった。

 足を止めた女は、軽く振り返ると笑って、

 

「今日の映画はつまらなかったから、次はもっと派手なアクションが見たいわ」

 

 現れた時と同じように悠然と、巴の元から去っていった。

 シアターのドアが開かれると香りの影響は薄まり、他の客たちも正気に返り始める。

 戻ってきた理性によって巴は強烈な後悔に苛まれながら……それでも、女に言われた通り、警戒しながら映画館を出て、なんとか家に帰り着いた。

 

 身体の奥に、消しきれない熱を抱えたまま。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「やめて、助けてください。お願いします」

「は? お前がぶつかってきたんだろ? なに被害者ぶってんだ」

「自分でやったことの責任くらいちゃんと取れよ。ほら、こっちは怪我してんだぞ」

「誰か! 警察を呼んでください、誰か!」

 

 男複数人に囲まれた少女。

 周りの人間がトラブルを避け、見て見ぬふりをする中で声を上げると。

 男たちは、声を上げた巴を見てちっと舌打ちした後──僅かに迷うようにしてから逃げていった。

 彼らが戻ってこないのを確認すると、巴は、はあ、と息を吐いて。

 

「大丈夫?」

「う、うん。ありがとう。本当に」

 

 少女には「気をつけて」と告げてから別れた。

 何事もなかったかのように動き続ける雑踏の中、震える右手を左手で包んで。

 

 ──助けられて良かった。

 

 あれから、二週間が過ぎた。

 あれ以来、巴は一度も喧嘩をしていない。

 悪い連中に屈したつもりはない。

 今みたいに人助けは止められないし、もしかしたらそれで恨みは買っているかもしれない。

 それでも、今までのように相手を好き放題叩きのめすことはなくなった。

 

 より良い方法を覚えた、と言えば聞こえはいいけれど。

 要するに怖いのだ、巴は。

 再び目をつけられて報復されるのが。

 本当にまた「あの人」が来るのならまだいいけれど、次は男の、より悪辣な相手が現れるかもしれない。

 そうなったら、どうなるか。

 

「っ♡」

 

 身体が、疼く。

 頬が熱くなっているのを感じながらその場を離れ、適当な路地裏に入った。

 表を歩く人が誰も気にしていないのを確認してからスカートをめくる。

 普段使いには布面積の少なすぎるショーツのクロッチは明らかに濡れている。

 

 あの時のことを思い出すたびにこうだ。

 

 初心な身体と心に注ぎ込まれた強烈すぎる快感は巴を変えてしまった。

 くそ、と吐き捨てながらショーツに手をかけ、脱いで丸めて。

 手近な店でトイレを借りると、一心不乱に秘所をいじった。

 

「あっ、はっ、はぁんっ♡」

 

 恥ずかしくなりたい。

 あの時みたいな、圧倒的な興奮が欲しい。

 もっと、もっと、もっと。

 

 あそこに指を入れても、クリトリスを弄っても。

 一度、絶頂は迎えられたものの、足りない。

 

 巴はもう、普通の自慰では満足できない。

 家でも毎日一度は必ず自分を慰めてしまう。

 学校のトイレでしてしまったことも、もう何度もある。

 時間が経てば元に戻れると思っているものの、今のところはまだその気配はなくて。

 むしろ、弄れば弄るほど身体は開発され、欲求不満は募る一方で。

 

 いけない、と思いつつもスカートを脱ぎ捨て、さらに上も。

 着衣を剥いで裸になると、あの時、映画館で全裸で喘いだ興奮が少しだけ戻ってくる。

 時間をかけすぎると店員に怪しまれかねない。

 

 急きたてられるような興奮の中。

 乳首と秘所を同時に弄り、愛液をこぼしながら、さらにイった。

 指はべとべと。

 興奮でおかしくなっていた分、落ち着くと反動が来て。

 

「……あいつのせいだ」

 

 今度は怒りがこみあげてくる。

 

 他でもない、あの女。

 好き放題に巴を弄んで、放り出して、そのくせ意味深な言葉だけを残して。

 人生をめちゃくちゃにしておいてこのままで済むと思うな。

 

「映画館」

 

 あそこはあれから一度も足を運んでいない。

 悪い奴が見張っている可能性もあるし、そもそも罠かもしれない。

 不用意に足を運ばないのは当然だけれど。

 

 同時に、思う。

 乗り越えなければきっと、巴は一生、あの女に囚われたままだ。

 

 なら、どうすればいいか。

 決まっている。

 巴は一人、ぎゅっ、と拳を握りしめて。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 話題の新作アクション映画はさすがに大勢の客で賑わっていた。

 

 上映開始五分前のシアター内をゆっくり歩くと、複数の視線が巴に向けられる。

 今日の格好がいつもと違うせいだろうか。

 胸にボタンのついた白いワンピース。

 髪を伸ばしているせいか、これでも名家で躾けられてきたからか、こういう格好をすると清楚なお嬢様に見えるらしい。

 特に男は、巴がリベンジに燃えていることなど全く気付かない様子。

 

 最近少し胸が大きくなったのも関係あるのかもしれないけれど。

 

 ──素知らぬ顔で歩き、最前列のとある席で停止。

 

 巴は、そこに座る美しい女を静かに見下ろした。

 

「見つけた」

 

 着ているドレスはあの時と違う。

 纏っている香りもだいぶ落ち着いているものの、間違いない。

 悠然と巴を見上げてくるその仕草は、一か月が経った今でもはっきり覚えている。

 

「あら。……もう来てくれないかと思ったわ」

「こっちこそ、あなたを見つけるために三回もここに来た」

 

 拳を握って深呼吸。

 争うつもりのなかった彼女は香りを強めていない。

 一発、拳を当てればいいのなら簡単だ。

 人が多いおかげでフェロモンも簡単には満ちてくれないはず。

 

「あなたを倒して、あたしはあの時のことを乗り越える」

 

 女は「へえ」と唇を歪ませた。

 

「可愛い服を着てきたみたいだし、デートしたいのかと思ったのに」

「そんなわけないでしょう」

 

 もういい、殴ってしまおう。

 前みたいに油断するつもりはない、人が見ているけれど関係ない。

 彼女に勝てさえすれば、それで。

 

 ──きゅん、と、身体が疼いて。

 

 ようやく会えた相手を求めてしまいそうになるのを必死に堪えて。

 固めた拳を素早く持ち上げて。

 周りの客が何事かと注視してくる中、女が香水の瓶をバッグから取り出し。

 顔に向かって吹き付けられた瞬間、巴は、自分がどうしようもなく隙を作っていたことを悟った。

 

 まるで、返り討ちにされたがっていたみたいに。

 

 まともに浴びた匂いに、あの時のことを思い出させられ──身体が崩れる。

 倒れそうになったところを抱き留められ、彼女の匂いに包まれると、なんだかとても安心した。

 ああ。自分は、もう一回負けたかったのかもしれない。

 

 期待に満ちた視線を向けると、女は微笑と共にそれを受け止めて。

 

「場所を変えましょうか」

「……映画は、いいの?」

「いいわ。映画なんていつでも見られるし、どうせなら一緒にまた見に来たいもの」

 

 香りが、強くなっていく。

 彼女の車、助手席に乗せられ、どきどきしながら揺られて。

 十分後、巴はラブホテルの一室でベッドの上に座っていた。

 

「こんな、ところっ♡」

「あら。期待していたんじゃないの?」

「べ、別に、そんなこと……っ♡」

 

 強がってはみたものの、素直についてきてしまった時点で隠しようがない。

 胸は苦しいほど高鳴っていて。

 閉鎖空間にいるせいか、彼女の匂いがはっきりと感じられる。

 呼吸を繰り返すほど、あの時と同じ興奮がやってくる。

 

「ずっと、欲しかったんでしょう?」

 

 こくん、と、小さく頷く。

 

 女は巴の隣に、ぴったりと密着するように座った。

 手が巴の太腿に置かれてゆっくりと移動。

 

「可愛い子♡ ……でも、いいのかしら? 今度こそまともな生活に戻れなくなっちゃうかも」

「そんなの……っ♡ もう、十分戻れませんっ……♡」

 

 細い指がワンピースのスカートをめくり上げて。

 

「そう。……なら、こうしましょうか?」

 

 いったい、どうされてしまうんだろう。

 

 彼女と対峙するまでは本当にリベンジするつもりだったのに。

 敗北を、破滅を望んでしまうなんて、巴は本当にもうだめだ。

 何をされても仕方ない。

 

 もう、彼女じゃないとだめなのだ。

 今までにも同じようにだめにされた子がいっぱいいるかもしれない。

 それでも。

 欲しくて、切なくて、どうしようもない。

 たとえどうなったとしても、

 

「ね? 私と、組みましょう?」

「………え?」

 

 巴は一瞬、耳を疑った。

 女はくすりと笑ってから「協力関係を結ぼう、ということよ」と説明した。

 

「あなたの力が必要になれば私から呼ぶし、逆にあなたが一人じゃ心もとない時は私が助けてあげる。コンビとかチームと言えばわかりやすいかしら?」

「そん、なの」

 

 まるで普通のお誘いのようじゃないか。

 彼女にメリットがあるとは思えない。いや、用心棒が手に入るのは十分なメリットなのだろうか?

 願ってもない。

 ここまで来てもなお、決定的な破滅を避けられるというのなら。

 けれど、

 

「あたし、悪いことに手を貸すつもりはありません」

「別にそれで構わないわ。どうせ、私を狙ってくるのは『別の悪い人』だろうしね」

 

 悪い人と悪い人の争いなら、どちらか一方に加担しても悪い人を懲らしめることには変わりない。

 

「言っておくけれど、私はそれほどあくどいことはしていないわよ。人を売ったりはしているけれど、全員、最終的には合意の上だし」

「……ぜんぜん、言い訳になってません」

 

 それでも、彼女を肯定したい巴は言い訳を探してしまう。

 どちらかに加担しないといけないのならより好ましいほうに。

 

「ちなみに」

 

 ふうっ♡ と、耳に息が吹きかけられて。

 

「対価は身体で、ね? あなたと私、どっちの要請でも、えっちなことで支払ってあげる」

「っ♡」

 

 想像してしまった巴は、自分がもう完全に絡め取られていることを理解した。

 

「言っておくけれど、これは特別なのよ? あなたが私の好みだから、特別……♡」

「あっ……♡」

 

 あっさりとベッドに押し倒されて、間近で香りと瞳を感じる。

 一つずつボタンを外されると、ワンピースを着たまま胸だけをはだけられた。

 こんなことのために着てきたわけじゃないはず、なのに。

 

 女が、巴の身体に何度もキスを降らせてくる。

 まるでマーキングするように。

 キスマークが一つ、二つ、たくさん。

 リップが剥がれれば塗り直して、さらに何度も。

 

 心が、身体の在り様が形になったように、唇の跡が残されて。

 

「返事は?」

「……はいっ♡」

 

 どっちみちそれ以外の返答なんてできない。

 けれど、答えた声ははっきりと弾んで。

 

「いい子ね♡」

 

 それを合図にしたように、本格的な責めが来た。

 

 ああ。

 これだ、これが欲しかった。

 

 いやらしいこと以外なにも考えられなくなる感覚。

 彼女以外が見えなくなって、思う存分、恥ずかしいことをさせてもらえる状態。

 

 もっと痕を付けてほしい。

 もっととろとろに蕩かせてほしい。

 

「ねえ、私のこと、好き?」

 

 もう、自分の心を偽る必要はない。

 

「好きっ♡ 好きです、大好きですっ♡」

 

 恥ずかしいし、はしたない。

 自覚してはいるけれど、そんなことはもうどうでも良かった。

 彼女の唇を求め、与えられた唾液を喜んで嚥下する。

 

 全身を愛撫され、あそこに指を挿れられて。

 内壁を擦られ、クリトリスをくりくりされて──何度も何度もイかされて。

 

 途中でワンピースも下着もぜんぶ脱がされた。

 脱いだ服は床に敷かれた絨毯の上に。

 無造作に落ちた様子がなんだかとてもいやらしい。

 

「ずいぶん感じやすいのね。ひょっとして、いっぱいオナニーしてた?」

「だって、あなたにされてから、あたし、すごくえっちになっちゃって……っ♡」

 

 初めて、女の裸を見た。

 ドレスと下着が脱ぎ捨てられると、大人の見事なプロポーションが露わになって。

 同性であるにも関わらず胸をときめかせてしまう。

 

 互いになにも身に着けない状態で抱きしめあって。

 もっとも敏感な箇所を押し付けあうと、甘く鋭い痺れに浸される。

 

「いい? もう、あなたは私のもの。他の誰ともえっちしちゃだめよ?」

「しません……っ♡ そんなの、あたしは、あなただけで……っ♡」

 

 こんなに気持ちいいのに、まだ先があるなんて。

 

 彼女の手管はやはり別格で、巴は数えきれないくらいイかされた。

 指で、身体で、舌で。

 女同士だから互いの感じるポイントがわかるし、行為の形にこだわる必要がないから逆になんでもできる。

 

 首も、耳も、背中も性感帯。

 敏感な身体は極端な話、肌をこすり合わせるだけで快感になる。

 

「ねえ、巴? あなた、映画館でずいぶん興奮していたでしょう?」

 

 囁かれ、窓際に立たされてあそこに指を入れられると、本気で足ががくがく震えてどうにかなってしまいそうだった。

 外の景色と自分の状況、圧倒的な背徳感。

 視られてしまったらという思いが興奮をどこまでも引き上げる。

 

「あっ♡ あああっ♡♡ 気持ちいいっ♡♡ 気持ちいいですっ♡」

「そうよ。隣の部屋に聞こえちゃうくらい、えっちな声を出しなさい♡」

 

 こんなはしたない声、誰かに聞かれるなんて。

 

 愛液をこぼしながらイって。

 後ろから抱きしめられながら、濡れた指を咥えさせられて。

 男性器に見立てるように舌と唇で丹念に奉仕。

 

 教え込まれていく。

 手管の一つ一つが巴に染み込み、身体を彼女の色に染め上げて。

 

「私ね、あなたの能力も意外と『使える』と思うの」

「使える……?」

「そう。衝撃を操る……それって要するに刺激を操るってことでしょう?」

「っ♡」

 

 手を取られて、操り人形のように動かされる。

 自ら窓際に押し付けられる形になった女は、巴の手を自らの身体に導いた。

 

 ──今まで考えたこともなかった能力の使い方。

 

 乳首やクリトリスを弾く刺激を自在に操作して強くも弱くも調節する。

 強く弾くのではなく、浸透する衝撃だけを強めると奥に深く、響く。

 

「っ、はぁっ……♡ ふふっ、やっぱり素敵♡」

 

 下腹部に指を添え、とん、とん、と叩きながら衝撃を調節すれば。

 

「あっ♡♡ ほら、子宮に強い快感が来て、蕩けてしまいそう♡」

 

 肌を撫でながら使うだけでも相手の性感を引き出せるし──自慰で用いることだってできる、と女は囁いた。

 自分への刺激を強化すれば、一人遊びでも強い快感が得られる。

 そうすればきっと、寂しい夜でも。

 

 手取り足取り教えられると、まさに新しい扉が開けたようで。

 それにこれからはもう何度でも会える。

 会えばきっと、また。

 

「経験を積めば、私よりもずっと上手くなるかもしれないわ」

「……あたしが、あなたよりも?」

 

 そんなこと、想像もつかない。

 けれど、彼女を組み敷いて弄ぶのはとても心惹かれる話で。

 

「教えてください♡ あたしに、もっと♡」

「言われるまでもないわ。あなたは、私の可愛いパートナーだもの♡」

 

 これはきっと、運命の出会い。

 

「えっちなこと、いっぱいしてあげる。いろんな玩具でいじめたり、いろんな服を着せてあげたり。えっちなお散歩したり……そうそう、写真や動画もいっぱい撮りましょうね?」

「ああ……っ♡ 素敵です、とっても♡」

 

 考えただけで身体が震える。

 

 彼女によって『裏』に導かれることになるとしても、きっと後悔しない。

 あるいは、巴が彼女を『表』に連れ戻してもいい。

 巴はもう、彼女がいないとだめなのだから。

 

 長い長い行為の後、二人は絡み合うようにしてベッドに転がって。

 終わりの時間を気にしなくていい、怠惰で幸せな時間。

 

「まだ、教えていなかったわね。……私の、名前」

 

 巴は夢うつつの状態でようやく、愛しい女性の名前を初めて囁かれた。

 

 それは二人の新しい始まり。

 二人の異能者が向かう先がどうなるかは、まだわからない。

 けれど、彼女とこれから幾度となく愛し合うことだけはきっと、間違いない。


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