あれから十年の月日が経っても、ナツと過ごした時間は記憶に色濃く焼き付いている。
ナツとの睦事は一年以上続き、明確な最後の日については覚えていない。
会う頻度が減って、連絡の回数も少なくなったが、飽きたというわけではない。
会わない時間に何をしていたのかも、以前と比べて話さなくなった。
仕事、友人、プライベートの時間は、お互いが知らぬ場所で積み重なっていき、それらを深く尋ねることもない。
「彼氏できた。裕樹と同い年の男の子。」
突然の報告に驚いたものの、ナツを取られたというような感覚は裕樹にはなかった。
自分と同じように、ナツの色香にあてられたのだろうか。
ナツとの身体の相性が合わなかったら、大変そうだな、と余計なことまで考えた。
それでもナツが幸せになってくれるようにと、祝福のメッセージを送った。
それからしばらくして、裕樹にも恋人ができた。
同じように報告をすると、ナツもまた「幸せになってね。」とメッセージをくれた。
交際相手ができて、普通ならそこで連絡を断つものなのかもしれない。
それでも不思議と、裕樹とナツはそうしなかったし、罪悪感を感じることもなかったからか、数ヶ月に一度他愛のないやり取りをしていた。
それからしばらく経った春先、ナツから届いたメッセージに、またしても裕樹は驚いた。
「久しぶり。突然だけど、九州に帰ることにしたよ。もう東京でやり残したこともないし、彼とも修復不可能だからいいタイミングだと思ってね。」
その文章に、一瞬だけ指先が固まった。
曖昧なまま続いていた二人の関係に、一つ区切りがついた気がした。
「そっか。向こうに行っても元気でね。色々ありがとうね。」
それから少し考えて、もう一通だけナツにメッセージを送った。
「ナツと過ごした時間は、ものすごく刺激的で、多分一生忘れられないと思う。」
淡々と本心を綴ったが、さよならと告げるより、ただ感謝の気持ちを伝えるくらいがちょうど良いと思った。
ホテルから出て、お互いの帰路に向かう時のような調子でナツは東京を後にした。
引き止めようとも、会いにいくこともなかった。
また東京に来ることがあれば、その時に会えれば良い。
そんなふうに考えていたが、以来一度も会うことはなかった。
新しい出会いや繋がりも少しずつ増えていくうちに、ナツとの日々を思い出すことも少なくなっていった。
裕樹の生活は日に日に穏やかなものになっていった一方で、性的な興味は尽きることがなかった。
それこそ高校生の時と変わらず、街行く女性の胸をついつい目で追ってしまうし、欲求や願望は常に頭の中でどろどろと煮詰まっている。
知りたいこと、試してみたいことも増え続け、新しい関係や刺激を求めるたび、無意識に十年前の感覚を上回るものを求めていた。
見透かされたい。
受け止められたい。
すべて曝け出したい。
どれか一つではなく、すべてを満たした上で、あの頃の感覚を上書きできるような出来事を探している。
その事実こそが、ナツとの関係がこの十年の中でも代え難いものだったことを物語っていた。
何もナツと同じことをして欲しいとは思わない。
けれど自分の求めるものが上手く伝えられなかったり、言葉にしてもいつもSだとかMだとか、極端に分類されてしまう。
確かにどちらにも共感できる部分はあったが、それでもナツの説いたRとは何かが違った。
ナツが口にした「救われた」という言葉が妙に引っかかっていた。
あの言葉の裏に潜む孤独が、十年の月日を経て、裕樹にも少し理解できた気がした。
Rとはなんなのか。
インターネットで調べても、特にこれといった答えは出ない。
Receive、Recept──
Rにまつわりそうな単語は複数あって、異国の神様のルーツに辿り着くこともあった。
ナツが聞いた言葉は何だったのか、一つに絞ることはできなかった。
ナツがRだと言い切った、その一本通った芯があったからこそ、裕樹は孤独を感じずにいられた。
柔肌に目を奪われてしまうのは、おそらくこれからも変わることはない。
けれども、今度はその奥に潜むRにも目を向けてみたいと裕樹は思う。
誰かに見つけてもらうということは、こんなにも心地良いものなのだから。
ここまで本作にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
本作はPiPi's worldというサイトで執筆していた別作品をセルフオマージュする形で描いた、実話ベースの物語です。
元の作品は葵篇と同じような形で進む話だったのですが、執筆中にリアルでナツと出会ったことによって肉欲に溺れてしまい見事にエタらせてしまいました。
そこから10年の月日を経て、当時書いていた内容に、その後の経験まで加えて一つの物語に落とし込むことができて、個人的にはこれで良かったと思っています。
私にとっては9年ぶりの執筆で、初めて10万字超え、物語をちゃんと完結させることができた処女作に近い作品でもあります。
ハーメルン、ソリスピアで掲載するにあたって、特に葵篇に関してはブラッシュアップする余地がたくさんあったのですが、現在は2作目の執筆に熱が入ってしまい、ほぼこのままの形で掲載するに至りました。
本作を改めて読み返して気づいたことなのですが、私はどうやらすぐに行為に至るよりも、そこまでの過程や欲望、関係性を描く方が好きなようです。
次作はよりその要素が強い作品になると思いますが、これが私、秋野リヒトの書き方ということでこれからもお付き合いいただけたら嬉しいです。
繰り返しになりますが、最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。