――それをまほが見つけたのは、全くの偶然だった。
感想戦のために無線データをダウンロードする途中、アクセスログにエリカの端末を見つけたのである。
見れば隊長車、つまりまほの車両の無線データのみを毎試合ダウンロードしていたのだ。
その時はまほもまだ、「次期隊長としての自覚があるから、研究のためにダウンロードしているのだろう」くらいにしか思っていなかった。
しかし、同じ時期にみほとの電話中に不自然なノイズが混じり始めたことから話は変わる。みほに直接会った際に相談した所、まほのスマートフォンに盗聴アプリをインストールされていたことが判明した。
思い出せば、これはスマートフォンを買ったばかりの時にエリカが「いくつか便利なアプリを入れておきますね」と言って入れたものであった。
これで一気に疑いが深まり、証拠を揃えてから尋問する予定でまほとみほはエリカのパソコンの監視を始めたのだ。
そして運良くエリカはこれに気づかず、二人はその真意を調べることができたのである。
「催眠、オナニー……」
音声データの編集の辺りから不穏な空気はしていたが、いざ明確に判明してしまうと言葉が出ない。
詳しい友人から聞いたというみほの話によれば、「催眠状態になることによってより深いオーガズムを感じるためのオナニー」なのだそうだ。あのエリカがそんなものに熱中しているとは、まほにとってはまさに驚愕の事実であった。
こういった行為に出てしまう理由には、おそらく副隊長としてのプレッシャーなども関係しているのだろう。まほには、働かさせすぎてしまっているという自覚もあった。
どう対処したほうがいいか、みほと連絡を取り合うことにする。
下手にアプリを消しては怪しまれると判断したため、緊急時のみの使用を許された「西住家用秘匿回線」を使う。
まほとしては、穏便に済ませたいところであった。自分を自慰行為の時の妄想の題材にすることは、まほ個人としては特に問題とはしていないのだ。それ以上にエリカへの期待は大きかったし、現に今だって普段はなんの問題もない。
しかし放置していては駄目だ、とみほは主張する。
「きっとこのままだとどっぷりハマって普段にも支障が出るようになると思うよ」
「そう……じゃあやっぱりどうにかして止めさせた方がいいのか?」
「無理に止めさせるのもストレスの元だって言うし……そうだ!」
みほは、何かを思いついたようだった。
「とろとろ作戦、ってどうかなお姉ちゃん」
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まほからエリカの話を聞いた時は、さすがのみほも驚いたものだ。まさか二人の通話を盗聴していたとは。最初はその真意を図りかねていたが、エリカのパソコンの中身を覗いた時にすべてが分かってしまった。自分の声とまほの声を編集し、淫語音声のような何かを作っていたのだ。
そのため、エリカが催眠音声を購入していると分かった時も、不思議と納得してしまった。段階的に進んだとして、十分有り得る話だ。身近に同じ道を辿った人間がいるのでよく分かる。
そこでその「とろとろ作戦」であった。
エリカをわざと催眠状態にして、自分たちの声で直接暗示をかけることで管理しようというものだ。
出所の分からない音声を聞いたせいで変な暗示がかかってしまうよりは遥かに安全だし、オナニーのし過ぎで生活に支障が出ることも防げるとまほには言ってある。これはもちろん真実だ。
しかし、みほにはさらにもう一つの目的があった。
これを利用してエリカと仲直りすることである。
折よく大洗と黒森峰の交流戦が行われる予定だったので、それを利用して黒森峰に行き、催眠音声の要領でエリカを「素直に」してわだかまりを解こうと思ったのだ。
そして当日。
「……逸見さん?」
エリカを見た瞬間、みほはひと目でその催眠が解けていないことを見ぬいた。
顔は赤く、息も荒い。さらに特定のキーワードに明らかな反応を示している。まほは気づいていないかもしれないが、みほの目はごまかせなかった。
これは千載一遇の好機である、みほはそう認識した。
そしてついていった保健室で、エリカは遂に爆発した。スマホを落としてしまったことが引き金となったのだろうことは、みほにも予想はついた。
泣き叫ぶエリカを慰めながら、みほはエリカの意識を退行させた。素直な少女の頃のエリカに戻した上で、暗示を上書きしたのである。おそらくこれについてはエリカは覚えていないだろう。
エリカはこの時、「まほにもっと褒めてもらいたい、みほと仲直りしたい」という事を言っていた。なるほど、態度に出せないだけで、みほ達とエリカは同じことを思っていたのだ。
そしてみほは、自分の知る限りの知識と持てる能力をすべて発揮して、エリカと「仲直り」をすることを決意した。同時に、今までの催眠音声なんて全部忘れてしまうくらい気持よくしてやろうとも。
エリカが再び眠りにつくと、みほはこっそりスマホをポケットに戻してやった。また同じようにパニックになることもあり得ると思ったからである。
好奇心から電源を入れたら暗証番号なしでホームに入れてしまったので、不用心だとは思ったが。そういう抜けている部分もかわいらしい。
みほはエリカを起こす前に、姉に全ての算段を通しておくことにした。
まず、寮のエリカの部屋まで連れて行くこと、その後エリカから電話をさせること。そうしたら部屋に向かってくること。あとは前もって話してある「とろとろ作戦」を実行する、と。
会長はこの件について何も知らないので、話をまとめたら先に帰しておいてくれとも頼んでおく。
エリカの運搬に関しては、これも催眠誘導でなんとかなる範疇である。一人で歩かせれば夢遊病者のようで怪しまれるだろうが、みほが肩を貸してやればなんの問題もない。
そしてつつがなく作戦は実行されたのだ。
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全てが終わり安らかに寝息を立てるエリカを挟んで、みほとまほは横になっていた。丁度川の字とでも言うべきだろうか、しかし右側の自分が一番短いからそうは言わないだろうか。などと、みほは下らない事を考える。
「みほ」
「ん?」
まほの声は、エリカを起こさないように配慮してか小さかった。
心配しないでも、あれだけ絶頂し続ければおいそれとは起きないだろう。しかしそれもまほらしいところだったし、みほはそんなまほが好きだった。
「エリカは大丈夫なのか?」
「うん。でも念のため解除音声だけ吹き込んでおくから、後で聴かせてあげて」
「わかった。色々ありがとう、みほ」
「ううん、私もエリカさんと仲直りできて嬉しいし」
すやすやと眠るエリカの寝顔を見ながら、みほは微笑んだ。
まほを見れば、手を握ってやっているようだった。
「……これからも、ときどき相手をしてやればいいのか?」
「お姉ちゃんは、いや?」
「いや、というか……こんな風になるまで我慢しないで欲しいな……きっと、私がプレッシャーをかけすぎてしまった部分も大きいだろうし。とにかく、慕ってくれていることに変わりはないんだ。その方向が少しばかり……極端ではあるが、私は受け入れるよ」
「ふふ、よかった」
外はもう夜であった。二人は、もうしばらくエリカに添い寝してやってから、部屋を後にした。
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「ぐえー!」
そのうめき声は三号戦車からの通信であった。おそらくまた不用意に射線に飛び出して撃破されたのだろう。
エリカはしかし、激することなく命令を下す。
「9号車、10号車、落ち着いて。敵の挑発には絶対に乗らないように。重駆逐が追いつくまで戦線を維持するのよ!」
『ヤボール!』
「もうあいつらは前の突撃バカとは違うわ。数で負けている間は、稜線から頭だけ出してても無理に撃たないように!」
『ヤー!』
この日、黒森峰は知波単学園との練習試合を迎えていた。
市街地の入り口を封鎖中であるパンターの乗員たちは、その通信を聞いて思わず私語を漏らした。
「最近、副隊長変わったよね」
「あー、わかる。副隊長らしくなったっていうか」
「余裕ができたって感じかな。優しくなったよね」
「恋人でもできたのかな」
「え! まさか隊長!?」
「なわけないでしょ!」
「えー、小梅さんもそう思いますよね?」、
砲手に話を振られて、車長の赤星小梅は困ったように笑った。
「どうかな、それはよく分からないけど……でも、みほさんとも仲直りできたみたいで、本当に良かった」
「あー、小梅さんすごく気にしてたもんね」
実際、ある時を境にエリカは変わった。今までのヒステリックな部分は鳴りを潜め、理不尽に怒鳴るようなこともなくなったし、他の隊員や後輩にもフレンドリーに接するようになったのだ。それはちょうど、大洗との練習試合が決まったあたりからであった。
ピンチの時でも落ち着いて皆をまとめてまほの補佐をする様は、まさに理想の副隊長というに相応しいと言える。元から次期隊長になるであろうと目されていたが、ここにきてそれが名実ともに確実なものになっていた。
「! 皆、12時方向から敵戦車!」
「了解!」
「ここは通させません!」
ともあれ、まずはこの試合だ。副隊長が変わったなら、我々も変わらなければ。
赤星小梅は、決意とともに命令を下した。
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試合は、黒森峰の勝利であった。
だが簡単だったわけではない。昨年の大会での自殺的連続突撃が嘘のような、連携の取れた奇襲戦法。知波単学園についての印象を大きく変えるのには充分すぎる試合だった。
高火力だが速力に劣るという、重戦車主体の黒森峰の特徴をよく研究している戦いかたである。おそらく大学選抜との戦いで大洗の89式と協同したときに色々と学んだのだろう。もとより練度は高い学校であるから、これから要注意である。
「エリカ、よくやったな」
「ありがとうございます、隊長」
「分断された部隊をお前がまとめていなかったら、状況はもっと悪化していただろう。成長したな」
「い、いえ、そんな。恐縮です」
キューベルワーゲンの助手席で、エリカは少し恥ずかしげに頭を下げる。
エリカたちは、学園艦へと移動中であった。
隣に座るまほが、エリカの様子を見て微かに笑う。
「本当のことだ」
「……ありがとうございます」
内心ガッツポーズをしたいほど嬉しかったが、エリカは寸前で何とかその衝動を耐えた。
頭を冷やすため、車両の外側の風景へと顔を向ける。
流れていく田園に、エリカは若干の違和感を感じた。
「あれ? 隊長、こっちであってましたっけ」
「一人拾っていく」
「一人? 誰ですか? ……あ!」
車の進む先に、白いコートに身を包んだ人影があった。
それは、エリカがどんな距離でも見逃さない、たった二人の人間のうちの一人。
西住みほだった。
「みほがたまたまこの辺に来てるっていうから、ついでに遊びに――あっ、いた」
そのもう一人であるまほも、みほの姿を認めたようだった。
近くに車を停めると、みほは小さな旅行かばんと一緒に後部座席に乗り込んだ。
「ありがとうお姉ちゃん、迎えに来てくれて」
「ううん、近かったから」
「みほ、来るなら来るって言ってくれればいいのに」
「えへへ、ごめんねエリカさん。でもびっくりさせたくて」
みほが乗り込んだのを確認して、キューベルワーゲンが発進する。
まさかみほが来るなんて。エリカはなんだか心がそわそわするのを感じた。
それに気づいてか否か、みほが後からエリカの耳元に顔を近づける。
「久しぶりに、二人でいっぱい気持ちよくしてあげるね」
「……っ!」
甘い予感に、身体の最奥から熱が湧き上がる。
バックミラー越しに見えたみほの口元には、あの三日月の笑みが浮かんでいた。