とあるセフレたちの週末 〜繋がりっぱなし交尾で貪りあう二泊三日間〜 作:若菜はかり
「んっ……亮太……?」
そうしてしばし密かな感動に打ち震えていると、真衣は不思議そうな顔をした。
当然だろう。なにしろこちらがずっと黙り込んでいるのだから。
その事実に気づき慌てて返事をしようとするも、今度は声が裏返りそうになった。
彼女がずっと腰を振り続けているためだ。しかもその動きはいつの間にか、グラインドから肉竿を上下に扱き上げるピストン運動へと変わっていた。
「あ、ああ。すまん。でも、今さら聞く必要なんてないだろ。上から見てれば、俺が感じてるのなんて一目瞭然なんじゃないか」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
獰猛に膨れ上がった欲望に柔襞がぴったりと吸い付いてくる。俺たちの間にはもう一分の隙間さえもなく、つぷつぷと粒だった摩擦感が鋭敏な粘膜を甘やかに刺激していた。
その心地よさといったら、思わずベッドから背中が浮き上がってしまうほど。喉奥からも「ううっ」と悩ましげな声が漏れ出て、抑えようにも止まらない。
「……けど、俺たちってもう恋人同士なんだよな? ならせっかくだし、もっとそれらしいことしないか」
「それらしいことって?」
真衣がすっかり火照らせた顔に疑問符を浮かべる。
そんな彼女に答えを示すように両手を広げれば、熱にとろんだ瞳がかすかに見開かれた。それはやがて柔和な笑みに変わり、嬉しそうに俺の顔を覗き込んでくる。
「もしかして、さっきのお風呂場みたいにってこと?」
「悪いかよ」
「ううん、そんなの全然」
俺の誘いは随分と迂遠だったけれど、真衣は一も二もなく直球で応じてくれた。そのグラマーな上半身を俺の胸板に押しつけ、自然な流れで唇を求めてくれたのだ。
愛する相手が腕の中にすっぽりと収まった。その抱き心地に全身の毛を逆立てながら、重ね合った唇の感触を俺は心ゆくまで味わう。
温かくて、どこまでも柔らかい。
こんなにも無骨な俺を余裕たっぷりに受け止めてくれる。
彼女の身体はどこだってそうだが、中でもここは飛び抜けて特別だ。
「はぁ、む……ちゅ、じゅる……くちゅ……ちゅう」
ぼうっと見つめ合ったまま俺たちは舌を絡めた。繋がった口の間を互いの唾液が行き交う。その甘美なぬるみに頭が蕩けていく心地がした。
「真衣……」
「はぁ、亮太……」
至近距離で視線を交わし、どちらからともなく名前を呼び合う。そうするとたちまち愛しさが沸き起こり、また口づけがしたくなった。
それからキスの応酬になったのは言うまでもないだろう。交わる角度を変えつつ、俺たちは夢中になって互いを求めた。口の端を唾液が伝い落ちても気にならない。むしろ唇がふやけ、輪郭がおぼろげになっていくことさえ今は嬉しく思える。
「あっ、ふぅん……亮、太ぁ……好き、好きだよ……もっと強く、ぎゅってして……っ」
「ああ、わかってる。俺も真衣のこと好きだ。だから、もっと一緒に気持ちよくなろう」
「うん、うんっ……私も、亮太を感じたい……上も下もグズグズに溶け合って、ひとつになりた……いぁ、ひぃうぅ……んっ♡」
真衣の腰遣いは声に必死さが伴うのにつれて段々と忙しなくなっていた。そのリズムに合わせて、俺も抑えきれなくなった下半身を軽く押し上げる。すると奥にぐっとめり込んだ感触がして、彼女の肩に小刻みな震えが走った。
「はぁ……ダメ、だよ……急に動いちゃ……」
「悪い。けど、俺だってもう我慢できねえよ」
「もう、堪え性がないなぁ……んっ♡ ま、まぁいいよ。どうせ私も疲れてきたところだったし。それに最後くらい、恋人として初めての共同作業って感じで、ね……あ、やっ♡ はぁ、ああぁぁ……あっ♡」
焦らすような抜き差しでなし崩し的に同意を取り付け、俺は快楽を得るための運動を本格化させる。とはいっても、激しい抽挿などいらない。真衣が随分と頑張ってくれたから、精気のなかった男根も今やパンパンに腫れ上がり、絶頂の瞬間までついまもなくのところまでやってきていた。
なればこそ、あとは真衣を愛でることに集中するだけでよかった。彼女の快楽のありかを丁寧にカリで引っ掻き、精液を切望する子宮をトントンと押し上げる。
「あっ、ひぃっ、やっ、あっ、あぁ……っ♡」
ついさっきまで小気味よいリズムを刻んでいた女腰がヘコヘコと情けなく揺れ始める。それを力強く掴んで引き寄せれば、腕の中の恋人はビクンと激しく仰け反った。
「ほら、共同作業って言ったろ? もうちょっとなんだから最後まで頑張れ」
「む、無理っ……だってこんなっ……おちんちん、気持ち良すぎて……♡」
「だらしねぇな。けど、こんな口ほどにもない真衣もやっぱ女の子っぽくて、可愛いよな」
「……えっ? うっ、んぅ……♡」
汗とか涙とか涎とか。ありとあらゆるものを垂れ流し、真衣の顔は乙女として大変なことになっていた。
それでもとても幸せそうで、俺にとってはそんな彼女がこの上なく愛らしい。
ゆえに思ったままを口に出しただけなのだが、真衣はビクンと身体を跳ねさせた。それから何故か恥ずかしそうに目を伏せて、視線を合わせようとしてくれない。
一体、どうしたのだろうか?
可愛いなんて言ったのは、何もこれが初めてではないというのに。
「……真衣? どうした?」
「わ、わかんないよ、私だって。でも……なんか今、背中がゾワってして」
「あぁ、ええと……言い方が気持ち悪かったか?」
「違っ、そうじゃなくてっ! 何て言えばいいのか……気持ちいいのに近かったんだけど、よくわかんない変な感じ? けど、嫌じゃなかったの。それは本当で」
どうも真衣自身、つい今しがた見舞われた感覚の正体を掴めていないらしい。いささか当惑気味に瞳が揺れ動く。
そんな動揺を少しでも落ち着けてやろう。そう思って髪をそっと撫でたのだが、途端に彼女はまた身を震わせた。今度は「はぁ……っ」と熱い息も吐く。嫌がっているようには見えず、そのまま続けてみると、いよいよたまらない様子で俺にすがりついてきた。
「ま、待って……やっぱり、なんか変だよ……♡ 頭撫でられてるだけなのに、どうしてこんな気持ちよくなるの……?」
「ははぁ、なるほどな。なんかわかった気がする」
こういうとき普段であれば、真衣の方が格段に勘が働くものだ。だが、彼女は今やすっかり混乱しきっており、珍しく俺が先に真相まで辿り着く。
いや。おそらくそう思う、といった程度のものだ。
仰々しく『真相』だなんて言ったけれど、正直自信はない。
とはいえ、俺のまとう雰囲気がよほど頼もしかったのだろうか。真衣は撫でられる仔猫のように震えながらも、「どういうこと……?」と弱々しく俺に尋ねる。
「まぁ、もしかしたらってくらいの考えなんだけど……真衣、お前って単純に女の子扱いされることに慣れてないんじゃないか?」
「……へぁ?」
意表を突かれたように、彼女はらしくもない素っ頓狂な声を上げた。
しかし、俺を包み込む膣壺の動きは主と違って素直だ。まるで大正解と告げるかのように、嬉しげにキュンキュンと収縮する。その蠱惑的な蠢きに確信を深めると、俺は真衣の背中を谷間に沿って優しく撫でてやった。
「あはぁ、んっ♡ やぁ、あぁ……っ♡」
「背中撫でられただけで喘いじゃって、お前は本当に可愛いな。初めてのときから感じやすかったけど、まさかこんな弱点まで隠してるとは。みんなの憧れの王子様でも、本人としてはやっぱり一人の女の子として見て欲しかったわけか」
「このっ……さっきからわかったようなことばっかり……ひぁっ♡ あ、やだ、待って……今動くの卑怯、おちんちん使うのはズルいってば……♡」
「何がズルなもんかよ。俺は正々堂々、好きな女を愛でてるだけなんだが」
真衣が話しやすいように止めていた腰に、俺は再び力を込めた。
突き上げる動きにやはり激しさはない。淡々と穏やかにペースを刻む。
亀頭も相変わらずの強さで膣奥をノックしていた。しかし、先ほどよりは幾分か窮屈だ。おそらくは子宮口の方が迎えに下りてきているせいだろう。
「あっ、ひっ♡ 奥、届いてるっ♡ 亮太のデカチンが、私の子宮揺らして……♡」
「おいこら、今さら逃げんなよ。俺もこうしてると、真衣の中が震えながら締め付けてきて具合が良いんだ。このまま最後までするから、もうちょっとだけ大人しくしてろ」
「無茶、言うなっ……これ感じすぎて我慢できない、のに……ひぃ、あぁっ♡」
じわじわとポルチオを捏ねられ続け、追い詰められた真衣は今にもはち切れそうな風船のようになっていた。わずかな抜き差しにも大げさなくらい腰を浮かせ、バカみたいに甘いよがり声を上げる。ちょっとでも油断すればペニスが抜けてしまいそうだ。
そうはさせまいとビクつく丸尻を鷲掴みにしたのだが、一瞬だけ遅かった。結合が解けはしなかったものの彼女の身体は上擦り、ムッと汗ばんだ胸の谷間が俺の顔を覆った。
鼻腔に満ちる、眩暈がするほど濃厚な発情臭。
そして、乳肉に埋もれたままに味わう息苦しさという至福。
軽い命の危機に、俺の中の雄がまた一段と燃え滾る。このまま窒息死するくらいならせめて子種を仕込んでやろうという本能なのだろうか。空っぽのはずの陰嚢が疼き、腰の奥底で白色の弾丸が薬室に込められる気配がする。
「あぁん……だ、めぇ……♡ 私もうイクっ♡ イクぅ♡ だから亮太も、来てっ……私の中で、一緒にイって……んっ♡ あっ、あはぁ……♡」
今朝は告白の返事をくれた上に、だらしない俺のために頑張ってくれたのだ。そのお返しなのだから、真衣には好きなタイミングで好きなだけ気持ちよくなってほしかった。
けれどこいつは、最後の最後まで俺を待っていてくれる。
そんな律儀なところも可愛くて好きだった。
いや。一々挙げるまでもなく、俺は既に彼女のあらゆるところに惚れているのだ。
性格も、見た目も。話し方も、抱き心地も。
まだまだ知らないことの方が多いのは否めない。けれどそれは不安ではなくて、むしろこれからの楽しみだと思った方がいいのだろう。
だから、俺も真面目過ぎることは承知で言うのだ。
今の俺たちにはちょっと重たいけれど、心から伝えたい言葉を。
「……なぁ、真衣」
「んぅ、なぁに……?」
顔を目一杯上げれば、辛うじて口元まで乳房の下から抜け出すことができた。
そこから名を呼んだ。
無我夢中で俺の頭にしがみついていた真衣。聞き逃してもおかしくはなかったけれど、最初の一回で気づき、こちらを覗き込んでくれる。
その潤んだ瞳に誓いを立てるように、俺はゆっくりと口にした。
「好きだ、愛してる」
「あ……?」
美しい二つの黒曜石が驚きに見開かれた。
やがてその端にはかすかな笑みと、小さなしずくが浮かぶ。
「……ふふっ。私も。亮太のこと、愛してるよ」
目線の位置を合わせようとするように真衣の身体が下りてきた。その動きに合わせるように俺もベッドの上で身を捩らせ、やがてまた至近距離で見つめ合う形になる。
どちらからともなく、俺たちは自然とキスをした。
この上なくシンプルで、ただ唇の感触を確かめ合うだけの口づけ。
それと同時に肉体も一つに結ばれる。
彼女の最も深いところで、〇・〇一ミリの境目もなく。
そうして抱きしめ合い、動きもせずに繋がるだけの交わりで俺たちは達した。
「んっ、ぐぅ……っ!」
「んむっ、んんんぁ……っ♡♡♡」
臨界を突破した下半身が、ドクンドクンと脈を打ちながら精を放つ。
その奔流を受け止める胎内もまた間欠的に打ち震え、彼女の絶頂を知らせてくれた。
けれども、そんな肉体の快楽にもまして精神的な満足感があった。
互いにひとりではどうにもできない心の隙間。それが二人で一つになることで、不思議なくらい簡単に埋まっていく。
あるいはもしかすると、俺たちはこの事実に最初から気づいていたのかもしれない。
普通の恋愛ではなくセフレという関係で始まったから、そのままズルズルと見て見ぬふりをしてきただけ。つまりはこの半年間、延々と遠回りをしてきたわけだ。
そう考えれば、恋人として抱き合うことに違和感がないのにも納得できた。
俺たちが想いが通い合わせた末に得たのは、二人の恋が一気に燃え上がる――なんて劇的な展開では決してない。じゃれ合いの延長のような気楽で心地のいい遊びに、ほんの少しだけ湿っぽいスパイスが加わっただけともいえる。
ただ心配なのは、それが少々効きすぎて依存性がありそうということくらいか。
誰かに相談しようにも、「ああ惚気か」の一言でまともに取り合ってもらえなさそうだ。
「お疲れさん。真衣も疲れてただろうに、よく頑張ってくれたな」
そんな如何ともしがたい懸念はさておき、俺は労わるつもりでそっと真衣の頭を撫でた。さっきも気に入っていたようだし、もう恋人同士なのだから行為後のスキンシップもしつこくない程度なら許されるだろうと思ってのことだった。
なのに、こいつときたら。
「あぅ、亮太ぁ……♡ 今はダメ……頭撫でられると身体力抜けちゃうから……♡」
「……おい待て。声エロ過ぎんだろ。また俺を勃起させるつもりか?」
「ち、違うってば……あ、嘘……本当におっきくしないで……♡」
いまだ続く余韻の中にあって、真衣はトロトロに蕩けた女の顔をしていた。それが嬉しそうにだらしなく歪み、欲しがっているようにしか聞こえない甘え声を上げる。
もうよせばいいのに、既に満身創痍の愚息がぐっと鎌首をもたげようとした。すると、それはたちまちぬるんだ密肉に絡め取られ、尿道に残った出涸らしのザーメンさえ余さず搾り取られてしまう。
「うっ……流石に限界だからな。もう一滴も出ねえ」
「私も一緒……もう今日はこのまま一日ダラダラしたい……」
すっかり爛れきり、自堕落な大学生のような会話である。
まあ、事実としてそうなのだが、俺たちにはそれぞれ立ち戻るべき日常もあった。
「もういっぺんシャワー浴びて、今度こそ本当にお開きにするか」
「だね。変な気起こさないように、次は別々に入ろ」
「了解……っと、その前に」
名残惜しみながらも結合を解き、気怠い身体をもぞもぞと起こす。真衣の横顔にはまだ赤みが差していたが、それでも随分といつも通りになってきた。そんな彼女をもう一度後ろから抱き締めて、俺はいたって真面目な声で伝える。
「これからも大切にするから。真衣のこと、俺の彼女として」
「……うん。こちらこそよろしくね。私の彼氏クン」
そう言って振り返った真衣と短いキスをする。
何度も重ねてきたはずなのに、その唇はいつになく甘く感じられた。
***
「じゃあ、ちゃんと飲むからね。亮太も見てて」
「おう。……でも、これってそんなに大事か?」
「当たり前じゃん。避妊は二人ですることなんだから」
シャワーを浴びて着替えも終わり、俺たち二人はざっと部屋の片づけをした。汚れたシーツを洗濯機に放り込み、布団を干して、体液が飛び散ったかもしれない床も拭く。
そうして人心地つき簡単な朝食を済ませた後で、真衣はバッグからピルケースを取り出した。その中に入っているのが昨夜話したアフターピルだということは聞かずともわかる。
彼女は小さな錠剤を口に含み、水を飲んでこくんと喉を鳴らした。
「よし、これで大丈夫。たしか二十四時間以内の服用なら九十五パーセントの確率で効果があるって聞いたから、あとは神様に祈るだけだね」
「いや、五パーセントでヒットするのかよ。それって結構怖くね?」
「そう? まあ、大丈夫でしょ。多分」
「自分の身体のことなのに随分と軽いな」
「亮太が私からは逃げないって言ってくれたからね。だから、もしものときはよろしくってことで」
「へいへい。じゃあ、覚悟だけは決めとくよ」
肩に何かとんでもない重荷を背負わされた気もしつつ、俺は空になった皿を重ねてクッションから腰を上げた。その後ろに何故かついてきた真衣が、おそらくは口元に悪戯な笑みを浮かべ、余計なことを言う。
「そんなぶっきらぼうに言って、本当はちょっと残念に思ったでしょ。自分の赤ちゃん、私に産んでほしかったんじゃない?」
「んなわけあるか。第一、学生の身でお前と子どもを養うなんてできないだろ」
「ふ~ん? その言い方だと、仕事とお金さえあれば私を孕ませるのもやぶさかじゃないって聞こえるんだけど?」
「いや、それはだな……」
「ぷっ、くくっ……やっぱりキミは真面目だなぁ~」
意味深な視線を寄越しつつ、くすくす笑いを抑えきれていない。そんな真衣を横目に見ながら俺は急いで皿を洗い、家を出る支度にとりかかった。
「おい、そろそろ出ろよ。遅刻して大将にどやされたくないんだ。お前だって店の手伝いがあるんだろ?」
「は~い。家主さんには従いますよ。三日間お世話になったしね」
彼女はすっかり余所行きの――つまりは、いつもキャンパスで見せる『文学部の王子様』の顔になって玄関を出た。太陽は空高く昇り、日陰にいてもじりじりとした熱気からは逃がしてくれないが、汗っかきの俺と違い相変わらず涼しげな雰囲気だ。
「今日も暑いね。バイト大変だろうけど、熱中症には気をつけて」
「ご忠告どーも。お前こそ寝不足でぶっ倒れたりするなよ」
恋人になったとはいえど、いつもと変わりない会話。
一緒にアパートの外階段を降りて、駐輪場へと向かうのも同じようなものだ。
しかし、そのまま自分の自転車に跨るのかと思えば、真衣は思い出したようにこちらを振り向き、「んっ」と唇を突き出す。
「一体何の真似だ?」
「ええ~、ひどいなぁ。女の子扱いしてくれるって言ったじゃん。だから、ほら。よくあるでしょ? 行ってきますのチュー、ってやつ」
「……ったく。一皮むけばマジで乙女なんだな、お前は」
とはいえ、可愛い恋人のおねだりを断り切れるほど薄情な俺ではない。
ちらっと周囲を見回し、人影がないことを確かめると、少し屈んで彼女にキスをする。
その瞬間、ふわりと柑橘系の甘い匂いがした。
そして、ぷるんと崩れてしまいそうな水餅に似た柔らかさも唇にしっかり刻まれる。
「うん、ありがと。じゃあ、行ってきます」
「おう、気をつけろよ。時間見つけてまた連絡する」
俺は真衣に約束した。
そう。また次があるのだ。
その近い未来に俺たちは束の間、思いを馳せる。
「せっかくの夏休みだしね。お互い忙しいだろうけど、予定が合えば旅行にでも行こうよ」
「おっ。いいなそれ。就職後の予行演習に、いいプランを見繕っといてくれ」
「うわぁ、結構ハードル上げるね。ま、いいよ。考えとく」
気の合う相手との雑談はいつまでも終わりそうになかった。それでも何とか切り上げて、俺たちはようやく別れのときを迎える。
「じゃあ、またね」
「ああ。また今度」
走り出したシティサイクルは真衣をあっという間に遠くへと連れて行ってしまう。その背中がまもなく角を曲がって見えなくなると、俺も愛車に跨り、ペダルを漕ぎ出した。
見上げれば今日も快晴だ。いっそ憎たらしいほどに清々しい青空。
こんな毎日ができるだけ長く続けばいいと柄にもなく思った。
忙しなくも爛れた、こんな愛おしい日々がずっとずっと。
(完)