魔王に敗れて、百年。
不老不死の勇者に課された『生涯メス穴終身刑』。死ぬことさえ、許されない。

勇者アレクシアの身体は、繁殖用の女体へと作り替えられた。
魔王城の最奥で、七日に一度、異形の仔を産み落とす。心は拒んでも、体はとうに躾けられている。
六日間は不眠不休で嬲られ、七日目は公開出産。その様子は、魔族たちの娯楽として中継される。

憎い魔族の仔のはずだった。それなのに、産むたびに、育っていくものがある。芽生えてはいけない母性が――。

次の仔の父親に選ばれたのは、淫魔女王がサキュバスたちと三年掛けて作り上げた『螺旋魔豚』。
百戦錬磨のサキュバス三人が、一晩で音を上げた化け物。
通り名は――『雌殺し』。
「さあ、あなたの旦那様の登場よ♡」

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第1話

「ぐ、ぅ……あ゛あ゛ああ――ッ!!」

 

 胎(はら)の底が爛れるような激痛と快感。悲鳴は石壁にぶつかり、割れた声のまま戻ってくる。

 数えるのは、とうにやめた。

 何度も何度も繰り返してきた『出産』。

 

(産まれろ! 産まれろ! 産まれろ――ッ!!)

 

 奥歯が軋むほど歯を食いしばり、頭に血が上るほど腹圧を掛け、子宮から魔物の赤子をひねり出す。舌を噛んだのか、口の中に鉄の味が広がった。

 この地獄を終わらせるには、産み落とす他ないのだから――。

 

「ふ、き゛ぃ゛……ッ!! うま、れ゛りょぉ゛――ッ!!」

 

 獣のようないきみ声。自分の喉から出ている音なのに、他人事のようにしか聞こえない。

 

「ふ、う゛ぅ゛―—ッ!! ふ、う゛ぅ゛――ッ!!」

 

 正しい出産のやり方なんて知らない。この呼吸法も、繰り返すうちに体が勝手に覚えた、不格好なモノだ。

 

――ビシャッ、ベシャァ!

 

 羊水の弾けた音。生温かい水が内腿を伝い、石畳を叩く。

 

「う゛あ゛ッ!! あかちゃん、でりゅッ!!」

 

 チカチカと視界が白く点滅する。

 それまで腹を満たしていた重みが、ずるりと滑り落ちる。

 

――ボトボトッ、ボドッ!

 

 濡れた肉塊が分娩台に落ちる、湿った音。私の出産が無事に終わったことを告げる音だ。

 

(おわっ、だぁ゛……ッ)

 

 力が抜け、背もたれに崩れ落ちる。革の冷たさが、汗で濡れた背に張りついた。

 

「う゛まれ、た゛ぁ゛……」

 

 胎を押し広げていたものが消えた。

 代わりに満ちたのは、安堵ではなく、穴の空いたような空虚だった。

 

(赤ん坊が、いなくなって、清々するはずなのに……)

 

 腹の中が、やけに広い。ついさっきまで詰まっていた場所を、冷たい空気が撫でていく。

 

 足の間から、産声が上がった。一つ、二つ。重なって、四つ。そのうち一つだけ、ひどく高い。泣き方を、まだ知らない声だった。

 

 その声を聞いた途端、胸の奥が熱く張った。乳が、勝手に滲む。誰が求めたわけでもないのに、体のほうが先に、呼ばれたと勘違いする。

 

(……違う。違う、これは……)

 

 気づけば、両腕が前へ伸びていた。鎖がぴんと張り、手首の枷が骨に食い込んで止める。指先だけが、空を掻いた。あと十センチ。たった十センチが、届かない。

 

(今度は、ナニを産まされた……)

 

 見上げれば、天井一面の鏡。そこに答えが映っていた。緑がかった灰色の皮膚の赤子が、四匹。歯茎から、牙の芽がもう覗いている。

 濡れた体から、薄く湯気が立ち、羊水と鉄の混じった匂いが、鼻先まで昇ってきた。

 

(あぁ……今回はオークの仔か……)

 

 一匹が、拳を握ったり開いたりしていた。爪の先ほどの小さな指。ひとつ、ふたつ。五本、ある。

 いつも数えてしまう。数えたところで、何もしてやれないのに。

 

 その一匹のまぶたの形が、自分に似ている気がして、慌てて目を逸らした。

 これで何千匹目になるのか。数はとうに忘れたのに、指の数だけは、毎回、確かめてしまう。

 

――ブゥン!

 

 床の魔法陣が赤く灯り、脈打つように明滅したかと思うと、閃光が部屋を覆い尽くした。

 

 待って、と思った。声には出なかった。

 

「う、ぁ……ッ」

 

 まぶたを焼く白に、思わず目を閉じた。閉じる直前、小さな拳が、こちらへ伸びた気がした。

 

 白の向こうで、四つの産声が、ひとつずつ遠ざかっていく。高い声が、最後まで残った。やがてそれも、石壁に吸われて消えた。

 

 目を開けると、分娩台の上は空だった。羊水の筋だけが残り、立ちのぼっていた湯気も、見る間に薄れていく。鼻の奥には、湿った赤子の匂いだけが、しばらく居座った。

 

(……寂しい)

 

 六日間。たった六日、同じ体の中にいただけだ。それでも、腹の中で蹴る場所の癖も、しゃっくりの間隔も、覚えている。

 

 なのに、顔は、産んだ端から、覚えきれない。

 

(くそ……どうして私は……ッ)

 

 目頭が熱くなるのを、まぶたを閉じてやり過ごす。息を吸い、吐く。

 目を開けると、天井の鏡の中の自分と目が合った。

 

 そこにいたのは、歪(いびつ)に伸びきった腹を晒す経産婦が一人。

 

(なんて、ひどい顔……)

 

 鏡の中の顔に、見覚えはなかった。他人の顔だ。剣ダコのあった掌も、傷痕の走った肩も、どこにもない。指の長さも、爪の形も違う。声は、自分で聞くたびに、他人のものだ。何ひとつ残っていない。

 

 疲れで落ちくぼんだ目に、「産めたことへの達成感」に似たものが一瞬だけ浮かんで、すぐ消えた。見間違いだと思いたかった。

 

(……醜いカラダ)

 

 腰まで届く銀の長髪は、汗と脂で肌に貼りついていた。

 男の保護欲と嗜虐心を刺激する、整った童顔。

 それとは対照的に、男の性欲を煽るよう設計された娼婦の肢体。

 

(特にこの胸……ッ)

 

 手では抱えきれぬほどの爆乳。魔改造された乳腺からは、母乳が止まることなく溢れ、ぐにゃりと歪んだ腹に、こぼれ落ちていく。

 

 私のカラダは、魔族たちの悪意によって、好き勝手作り替えられてしまった。

 勇者だったころの面影は欠片も残っていない。

 

(こんな姿、見たくないのに……ッ)

 

 天井の鏡がそれを許さない。種付けや分娩のとき、私の顔が天井を向く体勢になることを計算して取り付けられたモノ。

 

 もっとも見たくない瞬間——「快感に歪んだメス顔」を、否が応でも直視させられる。

 

「くそ……ッ……くそ、ぉ……ッ」

 

 目の奥が熱い。涙は流すまいと、息を深く吸った。肺に入ってくるのは、鉄錆と、獣の脂が腐りかけたような鼻が曲がる臭気。舌の上にまで、味が張りつく。

 

 身じろぎに合わせて、天井から伸びた鎖が、ジャラリと耳障りな音を立てた。

 

(忌々しい鎖……)

 

 両手首と両足首に嵌められた魔鉄の枷は、常に「力」と「魔力」を吸い続ける。冷たい上に、ずっしりと重い。そのせいで、今の私は赤子同等の力しか出せない。

 

(……仮に外せたとしても、ね)

 

 正面に視線を落とす。魔王の魔力でしか開かない、魔鉄の扉。連行された日に一度だけ開いた、その分厚さを、今でも覚えている。

 

(魔王が死なない限り……ん?)

「なんだ、あれ……?」

 

 扉の脇、見慣れた石壁に、真新しい銘板が打ちつけられていた。松明の赤を、鈍く返している。

 

(いつのまに……全然気づかなかった……)

 

 何年も私をいじめて、まだ飽きないのか。

 心の中で冷笑しながら、目は勝手に文字を追っていた。

 

『最高戦犯独房:魔王軍直轄・繁殖分娩室』

【苗床個体】元勇者アレクシア(現種族:淫魔奴隷)

【罪状】魔王様殺害未遂、その他666項

【判決】極刑——生涯メス穴終身刑(不老不死につき『死』の救済なし)

【収監期間】100年1ヶ月

 

「なッ……!?」

 

 声が喉に詰まって、出てこなかった。頬が一気に熱くなる。

 ここは魔王城の最下層だ。この板を読めるのは、世界でたった1人、私だけ。

 つまりこれは、私に見せつけるためだけに、打たれたものだ。

 

「ッ!!…………はぁ」

 

 顔を赤くしても、何も変わらない。

 魔族たちを喜ばせるだけだ。

 それより、目が離れないのは、【収監期間】の一行だった。

 

(100年……)

 

 かつて同じ釜の飯を食い、背中を預けた顔が、一人ずつ浮かんでは消えていく。みんな、とうに寿命を迎えて、土に還った。

 

(20歳で、魔王の前に立った。……それから、100年)

 

(あの頃の俺なら、とっくに――)

 

 ……いや。私は堕ちても元勇者。神に授かった【不老不死の加護】は今も健在だ。老いず、若返らず、致命傷も病も、数刻で塞がる。不変不朽のカラダ。

 それが祝福ではなく檻になるとは、思いもよらなかった。

 

 視線の先で鈍く光る『生涯メス穴終身刑』の刻印。

 仮に、すべての生き物が死に絶えても、私はここから出られない。

 

「助けて、誰か……」

 

 呟きは石壁に吸われて、返ってこなかった。

 

 魔王城の最下層の円形地下牢には、日の光など届かない。赤い松明が揺れ、影を壁に這わせている。

 

 石の壁や床の至る所には、私のカラダを蹂躙した魔物たちの精液。

 そして、数えきれない出産で飛び散った私の体液——血と羊水の跡が、何重にも重なって黒ずみ、乾き固まっている。

 

 部屋の中には、むせ返るような臭気が充満している。

 鉄の匂いと油脂の匂い。

 

「く、さぁ……ッ♡♡ ホントひどい、ニオイ♡♡」

 

 それなのに、どうしてか嗅いでしまう。

 メスの本能が突き動かされ、豚のようにヒクヒクと鼻を動かし、悪臭を肺いっぱいに吸い込む。

 

――ドクン!

 空っぽになった子宮が目を覚ました。

 

「んぐぅうッ……♡♡」

(ま、たッ……♡♡ はじま、ったぁ……ッ♡♡)

 

 いつもの性衝動が始まった。孕み袋が空っぽになれば、私のカラダは新たな子種を求めて勝手に発情し始める。そのように設計されている。

 その証拠に、下腹部に刻まれた『淫紋(いんもん)』が赤紫色に怪しく輝いている。

 

「はぁ――……ッ♡♡ はぁ――……ッ♡♡」

(全部……全部、アイツのせいだ……ッ♡♡)

 

 淫魔女王(サキュバスクイーン)。かつて不老不死の勇者だった私を、女のカラダに作り替え、淫魔奴隷(サキュバススレイブ)という家畜の種族へ堕とした、すべての元凶。

 下腹部の淫紋は、その女王に堕ちた証。刻まれた者は、女王にも、主人種族のサキュバスたちにも、逆らえない。

 

 鏡に映る姿は、人間そのもの。家畜のように発達したウシ乳。筋肉が落ちた牝(メス)の肢体。角も尾もなく、肌の色も人間と変わらない。

 だが故郷では、この淫紋こそが人を魔族に転生させた証であると、語り継がれている。

 

「ふぅ――……ッ♡♡ ふぅ――……ッ♡♡」

 

 発情の熱に浮かされ、荒い呼吸とともに溢れ出したサキュバスフェロモン。

 無意識に何度も吸い込み、肺いっぱいに満たしていた。

 

「すぅ~~~~ッ♡♡ あ、ぁ゛あああッ♡♡」

 

 思いっきり吸い込んだ瞬間、チカチカと視界が弾けた。

 ビクンと跳ねて、無様に潮を吹く。

 

 淫魔奴隷(サキュバススレイブ)の体は、自分から立ちのぼる香気に耐えるよう作られている。元が人間の女だからだ。

 だが、私は元男。無理やり女体化させられ、その肉体を淫魔奴隷に変えられた。結果、自分の体が撒く香りの毒で、自滅する欠陥品ができあがった。

 

 それも、女王が、そうなるとわかったうえで仕組んだこと。

 

「あ……あ……っ! やだ、やだ……ッ!!」

 

 下腹部から生まれた熱が脊髄を駆け上がり、脳髄を支配する。

 思考がどんどんピンクに染まり、肉体の制御権を奪われていく。

 

――プツンッ!

「あ゛ッ!!……お゛ッ♡♡ お、ちんぽぉ~~ッ♡♡」

 

 理性の千切れる音。本能のままに身体が動き出す。

 表情を淫らに歪め、舌を下品にさらけ出して、無様におちんぽ懇願。 

 

「……ッ!! く、くしょぉ……ッ♡♡ なんで、こんなぁ……ッ」

 

 メス堕ち済みの肉体は、私の意思を裏切る――長い年月を掛けて躾けられた結果だ。

 早く堕ちろ。早く惨めになれ。

 そうやって私の意思をメスへと矯正してくる。

 大きく口を開き、己の体臭を「すぅううう~~~ッ♡♡」と吸い込む。

 

「ぷはっ♡♡ や゛め゛ぇッ♡♡」

 

 分娩台の上で、駄々っ子のようにバタバタと身体を揺さぶる。

 四肢を繋ぐ鎖がジャラジャラと不快な音を立てた。

 産み落としばかりの膣穴からは、羊水の残滓と、どろりと愛液が混ざり合って石畳に滴り落ちる。

 

「お゛、まんこぉ♡♡ ズボズボ、してぇ……ッ♡♡ はやく゛おち゛んぽぉッ♡♡」

 

 頭では「黙れ、喋るな!」と叫んでいるのに、喉から漏れるのはメスの嬌声。雄マラを求め続ける。

 己の身体で唯一動く上半身——乳房が大きく揺れるたび、デカ乳首を貫いた巨大リングピアスが肉を千切らんとばかりに暴れ狂う。

 

「い、た゛い……乳首ッ!! けどッ♡♡ き゛もち゛いいよ゛ぉ゛♡♡」

 

 胸に走る激痛すら、快感へ変換するマゾ肉は、本能のままに雄(オス)を求め、無様な叫びを地下牢に響かせる。

 

「おちんぽ、ほしいっ♡♡ おちんぽ、ほしいよぉっ♡♡」

(なんで……こんな……っ)

 

 狂いたい。狂って楽になりたい。

 だが、神に与えられた勇者の肉体と精神がそれを許さない。今もなお、「魔王を倒せ」「世界を救え」と使命を与えてくる。

 

 今、私にできるのは、こうやって魔族の苗床として敵の兵力を増やすだけ。世界が続く限り、永遠に産み続ける運命。

 

 出産して孕み袋が空になれば、すぐに次の種が注がれる。

 私の出産は七日に一度。六日間は不眠不休で輪姦され、七日目に仔を産み落とす。

 そして、子宮が空っぽになれば発情し、再び種付けへ。

 この百年間、一日として途切れることなく続いた輪廻。

 

「おちんぽ♡♡ おちんぽッ♡♡ おちんぽぉ~~ッ♡♡」

 

 発情の熱に浮かされた私は、すっかり頭から抜けていた。

 天井の鏡ではないことに――。

 

 天井の鏡が、水面のように、かすかに波打った。

 

『ぎゃはははっ!! ひっでぇ顔だな!』

『パパ、こんなのが勇者だったの?』

『産んですぐに、こんな醜態晒すのかよ!』

 

「あ……」

 

 降り注ぐ嘲笑と罵声が、頭蓋に直接染み込んでくる。鏡は、いつの間にか巨大なモニターに変わっていた。

 画面が、碁盤の目のように並ぶ。城内の広場。城下町の酒場。貴族邸の食卓。どの画面にも、こちらを見つめる魔族の顔があった。笑い声は画面ごとに遅れて届き、輪唱のようにずれて重なる。

 

 肩車された幼い魔族の子が、こちらを指さしている。父親らしい角の生えた男は、腹を揺らして笑っていた。別の画面では、酒杯を片手にした老いた貴族が、舌打ちしながら目を細めている。扇の陰で笑う貴婦人の、紅を引いた口元だけが、やけに大きく映っていた。

 

 指さす小さな手。五本、ある。さっきまで私の前で開いたり閉じたりしていた手に、よく似ていた。

 あの子の目に、私は何として映っているのだろう。……母親、という言葉が、頭の隅をかすめて、すぐ消えた。

 

 忘れていた。いや、【忘却の呪い】で、記憶を封じられていた。

 

(おもい、だした……ッ)

 

 週に一度、仇敵だった元勇者が出産に悶える様を、魔族たちは見物する。私たちの国で、悪事を働いた貴族の処刑が民の娯楽だったのと、同じように。

 

 これは、最高の見世物なのだ。

 

 この世のどんな責め苦よりも、この視線のほうが、堪える。

 

(みないで……みないでぇ……っ!!)

 

 いつもなら、このあとの「仕置き」の様子まで、魔導モニターで中継される。だが、今日は違った。

 

「皆こんばんは~♡ 淫魔女王、ルナマリアです♡」

 

 空間がぐにゃりと歪み、甘ったるい香りが部屋へ流れ込んだ。鉄錆と脂の臭気の上に、花を煮詰めたような匂いが、薄く膜を張る。虚空から、黒翼を広げた影が、ゆらりと舞い降りる。

 

「相変わらず、良い産みっぷり♡ アレクシアちゃん♡」

「淫魔女王(サキュバスクイーン)……ッ」

「なに♡ にらんじゃって♡ ぜんぜん怖くないわよ♡」

 

 その顔は、私と瓜二つ。私と同じ顔に、女王の風格を足した顔だ。百年前、魔王に敗れた私を女体化させるとき、ベースになったのが、彼女の身体だった。

 

 だが、決定的に違う。彼女の佇まいは、頭を下げさせる側の、女王のそれ。私は、男にも女にも屈服するよう、根本から歪められた家畜の種族。同じ顔の上に、天と地ほどの格差がある。

 

「でも、ちょっと生意気……アレクシア、いつもの挨拶」

 

 女王の薄い唇から言霊が落ちる。

 耳に届いた瞬間、舌が自分のものではなくなった。

 

「は、はいぃっ♡♡ ご主、人様ぁっ♡♡♡」

 

(やめろ。なにを……言ってるんだ、私は……ッ)

 

 喉の奥が、私の許しなく開いた。

 舌は唾を吸ったように重いのに、命じられた言葉だけが滑らかに転がり出ていく。奥歯で噛み止めようとしても、顎が動かない。

 

――ジッ。

 

 下腹部の『淫紋』が、焼き鏝を押し当てられたように熱を持つ。熱は背骨を駆け上がり、背が弓なりに反った。手首の枷が骨に食い込み、ぎしりと軋む。

 

 主人種族に逆らえない呪い。殺したいほど憎い女を、口だけが、うっとりと「ご主人様」と呼ぶ。耳に届く自分の声が、蜜を煮詰めたように甘い。それがいちばん、おぞましい。

 

 爪先が、冷たい石畳を掻く。膝が笑い、肩が震え、歯の根が合わない。恐怖のせいだと、思いたかった。

 

「いい子ね、アレクシア」

 

 汗に濡れた頬を、女王の指がなぞった。爪の先が、ひやりと冷たい。

 

「ねえ、次に産む仔の使い道、知りたくない?」

 

 耳元に落ちる声は、子守唄のように優しかった。

 

「今度はね、兵士にしないの」

 

 ……ほっとした。

 

 情けないことに、息のほうが先に緩んだ。戦場へ送られずに済む。誰かを殺さずに済む。誰にも、殺されずに済む。

 

「勇者の魔力と不老不死の力を受け継いだ仔は、魔族には最高の御馳走なのよ」

 

 息が止まった。鎖の擦れる音だけが、やけに大きく響く。

 

(……ごち、そう……?)

 

 音が、遠のいた。耳の奥で、血の巡る音だけが、ごうごうと鳴っている。胃の底が冷たくなり、指先が痺れる。

 

 これから胎(はら)に宿るものを、皿に載せる。——そう、聞こえた。

 湯気。銀の匙。笑い声。見たこともない食卓が、まぶたの裏で、勝手に組み上がっていく。

 反射で、腹を庇おうとした。両腕は、鎖に引き戻され、枷が骨を擦っただけだった。

 

「ああ、安心して」

 

 女王は、扇の先で、私の鼻先をちょんと叩いた。

 

「オークの仔たちは、今までどおり兵にするわ。御馳走にするのは、豚との仔だけ」

(豚……?)

 

 安心。その一言で、肩から力が抜けた。

 抜けたと気づいた途端、酸っぱいものがせり上がる。口の中に、出産のとき噛んだ舌の、鉄の味が戻ってきた。皿に載らない。ただそれだけのことで、ほっとしてしまった自分に、吐き気がした。

 

 視線が分娩台の上へ落ちた。さっきまで四匹がいた場所に、羊水の筋が一本、松明の赤を返している。

 

(寂しい、なんて……)

 

 さっき、確かに思った。見ないふりをしていただけだ。本当は、とうに知っていた。あれは、私の仔だった。

 

 五本ずつ揃っていた、あの小さな指を思い出す。あの子たちは、兵になる。高い声で泣いていたあの子も、いつか剣を握る。誰かを斬って、斬られて。それでも、今は生きている。

 

 次の仔は、握る暇もなく、皿に載るらしい。

 

「そう」

 

 女王は、口元を扇で隠した。

 

「豚の仔はね、魔族みんなの『御馳走』になるの。あなたの仔が食卓に上がる夜は、街じゅうがお祭り騒ぎよ♡」

 

 扇の上から覗く目尻が、ほんの少し、下がった。

 

「だから、たくさん産んでね。兵隊と、御馳走を。休まないで、ずっと」

 

 ぱちん、と扇を閉じる音。それだけで、頭上のモニターが歓声で割れた。

 

『御馳走だってよ! 勇者サマの仔が!』

『うちの子にも分けてくれねぇかな』

 

 画面の向こうで、誰かが腹を抱えて笑っている。

 統一感のない罵声が、この瞬間だけ、ぴたりと揃った気がした。まるで誰かが指揮でもしているみたいに。

 

 女王は、画面に向かって、ひらひらと指を振ってみせた。ご主人様は、観客の扱いがお上手だ。

 

(……ご主人様)

 

 今、頭の中で、そう呼んだ。声には出していない。なのに、舌の根に、あの甘ったるい響きの余韻が残っていた。

 さっきの発情のあいだ、頭の中のどこにも「いつもの私」はいなかった。

 呼び名ひとつで、思い知る。この身は、もう、女王に逆らえない。

 

「いつもの輪姦じゃつまらないでしょう。今回は、とっておきの一匹だけ」

 

 扇の先が、魔法陣を指した。

 

「名前は螺旋魔豚(スパイラルボア)。サキュバスの叡智を結集させた三年がかりの自信作♡」

 

 床の魔法陣が、再び血の色に染まる。部屋が震え、背もたれの革越しに、低い振動が、背骨へ這い上がってくる。

 

「百戦錬磨のエルダー・サキュバスたち三人が、最初の一晩のうちに全員、音を上げたのよ♡ 薬を打って、魔法をかけて、五人がかりでやっと止めたの」

 

(止めた……?)

 

 止めなければ、止まらないものを、ここへ呼ぶのか。鎖が、かたかたと小さく鳴った。震えているのは、自分の手首だった。

 

「この子ね、一度『番(つがい)』と決めたら、離さないの。あなたのために、そう作ったのよ」

 

 扇が、ぱたぱたと揺れる。甘い香りが、風に乗って鼻先を撫でた。その底から、焦げた鉄と、濡れた獣毛の臭いが、細く混じってくる。

 

「そのうえ絶倫なの♡ あなたが出産するそのときまで、バカみたいにメス穴を掘削し続ける」

 

「いや……いや……ッ」

 

 唾を飲み込もうとして、喉が、からからと鳴った。背もたれに体を押しつけても、革の下から、振動だけが追ってくる。逃げ場は、どこにもなかった。

 

「……不老不死でよかったわね。壊れることもできないんだもの♡」

 

 壊れることも、できない。

 正気のまま、六日間、抱き潰される。顔も知らない化け物に。

 舌の根は、すでに乾ききっていた。

 

 女王が、扇の上から私の顔を覗き込んだ。目だけが、満足そうに細まる。

 

「いちばんの自慢はね……ふふ、仲間うちのあだ名にもなってるの。『雌殺し』」

 

ズシン……! ズシン……!

 

 地響きが、足元から迫ってくる。分娩台の脚が軋み、鎖が、ちりちりと擦れ合った。

 

「さあ、あなたの旦那様の登場よ♡」

 

 床の紋様が、ひときわ強く光った。

 影が、天井の松明を遮った。

 

 背が、天井に擦れそうだった。濡れた剛毛が束になって垂れ、そこから泥が糸を引いて落ちる。平たく湿った鼻。口の端から反り返る、黄ばんだ牙。豚だ。

 

 ……いや、豚の形をした、何かだ。小さな目が、脂の奥で光っていた。

 

 直後、鼻腔を突いたのは――息を詰まらせる、悪臭だった。

 腐った水草を煮詰めたような泥の臭い。その底に、濃い獣の脂が貼りつく。舌の上にまで、味が張りつくほどだ。

 

 女王でさえ扇で鼻を覆い、「あら」と眉をひそめた。

 

(く、さ……っ。息が、できな……)

 

 鼻の奥がつんと痛み、視界が潤んだ。吐き気が、喉元まで何度も上がってくる。重たい湿った鼻息が肌を打ち、ねばつく熱が皮膚に残る。

 

 こんなものに触れられるくらいなら、舌を噛んで死にたい。……死ねない体で、そう思った。

 

 だが――豚の剛直を目の前に差し出された瞬間、私の視線は吸い寄せられた。

 

 赤黒く充血し、凶悪な螺旋を刻んだドリル状の巨根。

 大人の太ももほどもある太さのそれが、発情の熱気でギラギラと濡れ光り、脈打っている。

 

(あ……あ……ッ♡)

 

 胃が縮み、指先から血の気が引いていく。膝の裏を、冷や汗が伝う。

 怖い。吐きそうなほど、怖い。

 なのに、下腹の奥で何かが、ゆっくりと目を開けた。

 

 頭が「嫌だ」と叫び終わるより先に、淫紋が脈を打った。今までで、いちばん深い鼓動だった。

 皮膚の下を熱が這い、冷えたはずの汗の上に、別の汗が滲んでいく。

 

 喉の奥が、冷たいまま、熱い。相反する二つが、同じ場所に居座っている。膝が笑う。恐怖のせいなのか、そうでないのか。震えの出どころを、もう、見分けられなかった。

 

 モニターの向こうで、嘲笑がいっそう高まった。

 

「さあ、思う存分楽しみなさい。アレクシア♡」

 

 腹に手を当てたかった。当てられるはずもなく、鎖が鳴っただけだった。

 この腹に、新しい命が宿る。六日間かけて私の胎(はら)で育つ。そして皿に載るのだと、女王は言った。

 本当なのか、脅しなのか。女王の顔からは、読めない。読めないまま、私は、産まされる。

 

 女王の声が遠のき、獣の鼻息がすぐそこまで迫っていた。

 私は、正気のまま、六日六晩の中へ堕ちていく。今度の仔の指も、きっと、数えてしまう。

 

 

 


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